第27話 兄妹のデート

 兄さんに、お出かけに誘われた。

 その事実だけで、私はこれ以上ないくらい舞い上がっていた。


 私にとって、兄さんは地獄のような孤独から救い出してくれた英雄で、何よりも大切な家族。


 そんな家族と過ごす時間は、私にとって何よりも大切な時間だ。


 なのに、最近の兄さんは何かに付けて剣、剣、剣で、全然私に構ってくれなかった。


 分かってる、兄さんが私のために強くなろうとしてくれてるってことくらい。


 私は……理由は分からないけど、奴隷商にとっては、男爵家と事を構えてでも欲しいくらいの存在みたいだから。


 でも、やっぱり私としては、兄さんには私なんかのために傷付いて欲しくない。

 そんなことしなくていいから……最期まで、私の傍にいて欲しい。


「……これでよしっ」


 そんな兄さんからの、久し振りのお出かけのお誘いだ。

 ちょうどお母様が来ているから、一緒になって服を選んで貰った。


 準備が終わると、私はすぐに部屋を飛び出す。


 急なお誘いだったとはいえ、準備に時間をかけて兄さんを待たせてしまっているし……。


 怒ってないかな、なんて少し心配していると……そんな私を目にした兄さんは、すぐに優しい笑みを浮かべた。


「今日は一段と可愛いな、ティルティ。新しい服だよな?」


「はい! この町で新しく買っていただきました。えへへ」


 兄さんに褒めて貰えた、可愛いって言って貰えた!


 そんな何気ない言葉だけでも、すごく嬉しい。


 喜びの感情のままに腕へ抱き着くと、兄さんは仕方ないなとばかりに撫でてくれた。


 兄さんに撫でられると、心が落ち着く。

 昔……お母さんが、私をよく撫でてくれていたのを思い出すから。


「それじゃあ、行こうか」


「はい!」


 兄さんと手を繋いで、町へと繰り出す。


 何度見ても、すごく大きくて発展した町だ。

 以前兄さんに、レンジャー領をこれくらい大きく発展させてみせるって言ったけれど……正直、どうすればいいのか全然検討もつかなかった。


 そんな私の考えを汲み取ったわけではないはずだけど、兄さんも同じように町を見て、ポツリと零す。


「何度見てもすごい町だよな、ここ」


「そうですね……人も多くて、活気があって、すごい町です」


「いや、活気はもちろんだけどさ、やっぱり魔法が当たり前にあるっていうのが、どうしてもな」


「ああ、なるほどです」


 兄さんの言う通り、レンジャー領では滅多にお目にかかれない魔法使いが、ここではごく普通に暮らしている。


 その理由は……。


「魔法使いはどこも欲しがる人材ですから、素質がある人はみんなこういった都会へ集まるのでしょうね」


 魔法使いは優遇される。それはどこへ行っても同じだ。


 辺境の片田舎より、大都会でその才能を振るった方がより多くの賃金を得て、贅沢な暮らしが出来るとなれば、才能があると分かった時点で、みんな都会へ移り住むだろう。それが普通だ。


 私はもちろん、兄さんの傍を離れるつもりはないけれど!


「誰でも魔法が使えるようになれば、レンジャー領ももっと豊かになるんだろうけどなー」


「魔法を、誰でも……ですか?」


「ああ。ほら、“杖”とかあるだろ? 魔法の発動を補助するやつ」


 兄さんの言う“杖”とは、魔力を流し込むだけで魔法を発動出来るようにした、魔法使い専用の武器のことだ。


 本来、魔法は生まれ持った適性に合う魔法しか使えないところを、“杖”を使うことである程度他の属性も使えるようになった。


 こうして平民の暮らしの中でも魔法を目にすることが出来るようになったのは、杖を開発した先人のお陰──と、シルリアのところでお勉強している時に習ったの。


「その杖を発展させてさ、魔力そのものがない人でも魔法が使えるようになったらなって」


「それは……流石に無理じゃないですか? 魔力がなければ、魔法は……」


「他の誰かが魔力を込めた電池……って言っても分からないか。えーと、杖そのものが魔力を持ってて、それを引き出して魔法を使う……みたいな?」


「…………」


「ごめん、適当な思い付きだから、忘れてくれ」


 兄さんはそう言って笑っているけれど……私はその言葉で、頭の中にこれまでになかったアイデアが閃いた。


 そうか、なんで気付かなかったんだろう……魔力がないから魔法を使えないのなら、他のところから魔力を持ってこればいいんだ!


「ありがとうございます、兄さん! 私、レンジャー領を大きくするっていう夢に一歩近付けた気がします!」


「えっ、そうなの? なら……良かったな?」


 やっぱり、兄さんは天才かもしれない。私一人じゃあ、こんな考えは一生浮かばなかったかも。


 忘れないうちに、とその場でメモを走らせていると、不意に兄さんが私の体を抱き寄せた。


「危ないぞ、ティルティ」


「きゃっ」


 どうやら、メモをしながら歩いていたせいで、馬車の前にフラフラと飛び出していたみたい。


 目の前を通り過ぎる馬車を見て、心臓が竦み上がる私を、兄さんはポンポンと落ち着かせるように優しく叩く。


「考え事もいいけど、歩きながらは関心しないぞ。鍛冶屋までもう少しだけど、ちょっとその辺で休憩するか?」


「い、いえ、大丈夫です……」


 どくんどくんと高鳴る心臓が、なかなか落ち着かない。


 轢かれそうになったのは確かだけど、こんなにも長く続く理由がそれだけじゃないことは、私自身よく分かっている。


「どうした? ティルティ」


「いえ、何でもないですっ」


 慌てて離れながら、私はお母様の言葉を思い出した。


 お父様は昔、女の人を取っかえ引っかえして遊び回る、どうしようもない女たらしだったということ。


 そして……兄さんが同じようにならないか、少し心配だと言っていたことを。


 初めて聞いた時は、兄さんに限ってそんな……と思っていたけれど。

 こうして少しお出かけしただけで、鍛冶屋の女の子からは特別な感情を……恋とは違うにしろかなり近しい想いを向けられて。

 シルリアに至っては、完全に“そういう気持ち”にさせてしまっていることを、曲がりなりにもシルリアの友達になった私はすぐに気が付いた。


 そして……私自身も。


「兄さん……兄さんは、私だけの兄さんですからね!!」


「え? ああ、うん、そうだな……?」


 全く理解していなさそうな兄さんに、心の奥で「兄さんのにぶちん」と罵倒の言葉を呟きながら、


 私は絶対に誰にも渡さないという意志を込めて、今一度兄さんの腕にしがみつくのだった。

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