第26話 休日の予定

 師匠に事実上の卒業を言い渡されてしまったが、それで修行の日々が終わるかというとそんなわけもない。

 十の型を完成させてこそ、魔神流の免許皆伝。ティルティを破滅の運命から守るためにも、魔人程度は軽く倒せるようにならないと。


 何せあのゲーム……"ノブファン"では、魔人が中ボスとして張ってたのは序盤だけ。

 最後の方では、ちょっとした雑魚敵ってくらいの頻度で出没しまくってたんだ。


 もちろん、ティルティが悪役令嬢ラスボスと化す未来はほぼほぼ潰えた以上、ティルティが手引きすることによって生じる魔人の事件は起こらない。


 ……はずだけど、今回の誘拐事件だって、俺の知るストーリーとは大きくかけ離れたタイミングで発生してるんだ、ティルティが悪役にならずとも、同じような事件が起こる可能性は十分にある。


 何なら……無理やり運命を改変したことで、より一層恐ろしい事件となって発生しないとも限らない。


 魔神流は、あくまでゲームにおける通常攻撃を極めた技。縛りプレイに等しいという前提を忘れたら、すぐに足元を掬われるだろう。


 主人公ヒロインを超えるつもりで鍛えねば。


「ダンジョン攻略? ……いや、流石に当分しないが」


 というわけで……例の誘拐事件から三日後の今日。ライクに次のダンジョン攻略はいつかと尋ねた結果がこれだ。


 がっくりと肩を落とす俺を見て、ライクは苦笑を浮かべる。


「どれだけ忙しなくダンジョンに潜る騎士だろうと、一つのダンジョン攻略から一ヶ月は休暇を取るものだ。特にソルドは、ダンジョン攻略から続けて魔人と戦い、シルリアを救ってくれたからな……休ませなければ、僕は部下を不当に酷使する悪徳領主になってしまうよ」


「むぐぐぐ……」


 そう言われてしまうと、俺としても無理強いは出来ない。

 というか、一ヶ月の休暇って……俺の知ってるゲームだと、ほぼ毎日ダンジョンに潜るなり魔人と戦うなりしてた気がするんだけど。


 やっぱり、ゲームはゲームってことかな?


「そもそも、戦って技術を磨くばかりが成長ではないと思うよ」


「うん? それってどういう……?」


「君の剣、立て続けの戦闘でかなり酷使されているはずだ。一度、鍛冶屋に診て貰った方がいいんじゃないかな?」


 素人考えだけど、とライクに指摘され、俺は確かにと頷く。


 実戦向きの剣をと注文したはいいけど、流石に黒竜や魔人との戦闘まで想定されていたかは怪しいし、刃こぼれだってしてる。


 せっかく時間があるのなら、きちんと研ぎ直して貰った方がいいだろう。


「それに……ダンジョンからここまで、妹との時間はちゃんと取れているのかい?」


「む……」


 言われてみれば、最近はあまりティルティに構ってやれてない気がする。


「彼女……ティルティだったね。まだ襲撃から日が浅いんだ、君がちゃんとケアしてやらなければならないんじゃないかい?」


「……お前の言う通りだな。俺が今するべきなのは、修行よりも先にティルティの支えになることだった」


 俺が強くなりたいのは、ティルティを守るため。手段と目的が逆になっちゃいけない。


「ありがとうライク、助かったよ」


「礼には及ばないよ、君にはダンジョンの件に加えて、シルリアを助け出してくれた恩もある。少しでもその借りを返せたなら……ああでも、あれか」


 そこで、なぜかライクは俺に苦笑を向ける。


 何とも複雑そうなその表情に、俺ははてと首を傾げた。


「シルリアの件に関しては、大切な妹の心を持っていかれた分で、貸し借りなしかな」


「……持っていくも何も、俺なぜか嫌われてるんだけど」


 未だ、あの事件以来口を利いてくれていないシルリアを思い出す俺に、ライクは溜息を溢す。


 ……家族全員からも同じような反応されたんだけど、なんで?


「まあ、その方が僕としては気が楽だし、別にいいんだけどね。シルリアは君を嫌ってなんかないよ、今は少し顔を合わせづらいだけさ。もう少ししたら落ち着くだろうし、気にしなくていいよ」


「そうか? ならいいけど」


 正直不安だったんだけど、実の兄貴がこう言ってるんだし、多分大丈夫なんだろう。


 それに、今はシルリアのことよりティルティのことだしな。


「じゃあ、ひとまず今日はティルティと町に行ってくるから」


「行ってらっしゃい。元々、ダンジョンの件が片付いたら一度レンジャー家に帰らせるつもりだったんだ、僕の許可は必要ないよ」


 そういえばそうだっけか、と俺はライクの従者になった時の話を思い出す。


 父さんの負傷から始まり、今はティルティが誘拐されていたこともあって経過観察中と、本当なら剣を買うだけで終わるはずだった小旅行が随分と長引いている。


 まあ、こういうトラブル続きの旅も、無事に終われば良い思い出になるだろう。


 そう気を引き締めながら、俺はティルティを外出へ誘うべく部屋へ向かった。


「ティルティ、いるか?」


「あ、兄さん、いらっしゃい」


 つい昨日までは医務室のお世話になっていたが、あまり占有し続けるのも良くないからと、侯爵家で暮らすようになった時に割り当てられた自室へ戻って来たティルティ。


 医者のお墨付きが出ればレンジャー家に帰ることになっているからか、今は荷物整理の真っ最中だったらしい。シルリアから貰ったらしい本を荷箱に詰めている。


「どうしたんですか?」


「ああいや、随分激しく戦って、剣にガタが来てたから、鍛冶屋でメンテして貰おうと思って……」


 と、そこまで話したところで、ふと気付く。


 前回は本物の剣を見るのが初めてだってことで興味を持ってくれたけど……普通に考えたら、九歳の女の子を鍛冶屋に連れて行ったからって、気分転換になるだろうか?


 連れ出すにしても、もう少し他の口実がいいんじゃないか?


「兄さん?」


「……メンテして貰うついでに、ちょっと町を観光してみないか? 俺達二人、兄妹水いらずでさ」


 ついでってなんだ、とは思うけど、これで興味を持ってくれるだろうか?


 正直、この町へ来た初日にある程度見て回ってるし、ティルティからしても今更かも──


「兄さんと二人きりでですか!? 行きます、絶対行きます!」


「お、おう、そうか。なら行こうか」


「はい! えへへ」


 嬉しそうに俺の腕にしがみつくティルティを見て、思わず笑みが溢れる。


 こんなことで喜んでくれるなら、もう少し早く誘えばよかったな、なんて、そんな風に思いながら。

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