第25話 ガランドの息子観察日記2

 俺の名前はガランド・レンジャー。しがない木っ端貴族……のはずだ、多分。


 なぜ多分なのかって? 間違いなく俺の血を引いているはずの息子がバケモンだからだ。


 俺の宴会芸を見ただけで、魔神流とかいうなんちゃって剣術を本当に成立させてしまったことも驚きなら、その剣術で侯爵家の御曹司に従者として指名されてしまったことも驚きだ。


 まあ、それだけならまだ、狂喜乱舞して飛び回るだけでいいんだが……まさか、十歳でダンジョン攻略を果たし、魔人まで倒すとは思わなかった。


 俺も軽い気持ちでダンジョンに潜ったことがあるから分かる。あそこは人外魔境だ、生半可な気持ちで潜っていいところじゃない。


 終わりが見えないくらい無限に湧き出る魔物、見た瞬間に死を悟るくらいバカ強いダンジョンボス。


 ボスを倒せば"門"を閉じれるって話だったが、あんなもんどうやって倒すんだよって思ったもんだ。


 そして……魔人なんて、そういったダンジョンボスと日々戦う騎士達でさえ、二度と戦いたくないっていうくらいのバケモンらしい。


 それを、よりによって俺の息子が倒した。うん、全然現実感ないわ。


 いや、それでもまだ、うちの息子がヤバすぎるって冷や汗かくだけで済んだんだ。


 でもその……この状況は本当に、勘弁して欲しい。


「ガランド・レンジャー男爵。あなたがソルドの師匠だと話を伺っているのだが……騎士として侯爵家に仕える気はないか?」


 ハルトマン侯爵家の長男、ライク・ハルトマンから、真剣な眼差しで打診を受けてしまった。


 二人きりの部屋で、誰にも聞かれないように防音の魔法を使った上で詰められて(?)いるこの状況は、まるで犯罪者にでもなったみたいだ。


「い、いえその……俺に戦う力はないので、勘弁して頂けると……」


「……やはり、膝に受けたという矢傷が後を引いているので? あなたが運び込まれた後、侯爵家の医者は特に異常はなかったと言っていたが……」


「それはその……日常生活を送る分には問題ありませんが、剣を振るうとなるとなかなか……」


 当たり前だが、そんな怪我をした経験なんてない。

 そもそもとして力がないんだから、怪我なんて関係なく戦えないんだ。


 だが……それをバカ正直に打ち明けたら、俺ってもしかして詐欺罪とかで捕まってしまうのでは?


 そんな恐怖から、全てを語ることは出来そうにない。


「そうか……いや、すまない、そういった後遺症が残る可能性については僕も知っている。辛いことを聞いてしまったな」


「いえ……」


 この状況が何よりも辛いです、とは言えない。


 でも、これで納得してくれたなら良かっ……


「だが騎士としては無理でも、指導者として仕える道はあるのではないか? ソルドをあれほどの剣士として成長させた手腕、是非とも僕の部下に発揮して欲しいのだが」


 ノォォォォォ!!!!


 表向き笑顔のまま、俺は心の中で転げ回り天に向かって絶叫した。


 指導なんて出来るわけがない。俺は剣の才能すらない落ちこぼれで、ソルドがあそこまで強くなれたことがまず異常なんだから。


 もし侯爵家の騎士達を指導なんてしようものなら、すぐにボロが出て処刑されてしまう!!


「買い被りです、ソルドは勝手に強くなっただけで、私の指導などあってないようなもの。あの強さは、あいつ自身の努力と才能によるものですよ」


「そうか……秘伝の技を、そう易々と他家に漏らすわけにはいかないというわけだな」


 正直に本当のことを伝えたんだが、ライク様はなぜか変な方向に解釈してしまった。


 いえ違います、単にソルドがおかしいだけなんです。信じてください!!


「男爵の気持ちは分かる、我が家にも、たとえ友好的な相手であろうと他家に流すわけにはいかない情報というのはいくつも持っているからな。すまない、無理を言ってしまった」


「お、お気になさらず……」


 秘伝でも何でもないが、追及が終わったのは素直に助かる。


 ホッと胸を撫で下ろしていると、ライク様は気分を変えるように、明るい声色で言った。


「さて、こうしてあなたを長々と独占していては、ソルドに怒られてしまうな。彼は今訓練場にいるのだろう? 一緒に行こうか」


「ええ、そうですね」


 ついさっき、妻のミラウからの説教を終えたソルドが、改めて俺からの指導を受けて強くなりたいと発言していたことを思い出す。


 魔人を倒すような怪物に教えることなんて何もないんだが、息が詰まるようなこの空間にいるよりはマシだろう。


 そう思って、ライク様と一緒に訓練場へ向かってみると……予想通り、ソルドが剣を携え待っていた。


「あ、師匠! ライク様との話し合いは終わったんですか?」


 ティルティは、侯爵家のご令嬢と一緒にいるのか、この場にいない。だから、ソルドも修行する時のように俺を師匠呼びしている。


 うん、何となくその場のノリで師匠呼びするように言ったのは俺だけど、今は勘弁して貰いたい。


 俺の隣にいるライク様はもちろん、なんか周囲の騎士からも「えっ、あいつがソルドの師匠?」「とてもそうは見えないが……あれでもソルドより遥かに強いらしい」「マジか、人は見かけによらないって本当なんだな……」なんて囁き声が聞こえて来る。


 見かけ通りだ安心してくれと叫びたい。


「襲撃とか従者の件でずっとドタバタしてて言えませんでしたけど、俺、《氷狼一閃》を習得したんですよ! それから、我流ですけど技を二つ自分で作っちゃって……問題ないか見て貰えます?」


「おお、いいぞいいぞ……ん?」


 えっ、氷狼一閃って、斬った相手を凍結させるってやつだよね。

 習得した? 剣で物体を凍り付かせるなんて意味の分からん技を?


 しかも、我流の技二つ??


「いきますよー。……《氷狼一閃》!!」


 ソルドが居合の構えを取り、技名を叫んだ瞬間……少し離れた場所にあった藁人形が真っ二つになり、凍り付いた。


 ……は?


「続けて……《黒竜炎斬》!!」


 大上段に構えた剣を、ソルドが勢いよく振り下ろす。


 その瞬間、紅蓮の炎が空へと伸びて天を焦がし、訓練場の大地に落ちて大爆発した。


 炎が収まった後には、大きなクレーターが穿たれていて……は??


「これが最後です。すぅー……」


 既にお腹いっぱいなんだが、ソルドは更なる技を披露するつもりらしい。


 これまでの二つよりも長い時間をかけて精神集中し、剣を構えて……一閃。


「三の型……《天姫空閃》!!!!」


 最後のひと振りだけは、訓練場ではなく空に向けて振り抜かれた。


 藁人形を狙わないのか……と少しだけ思ったんだが、それは大正解だったろうとすぐに理解してしまう。


 空が……空が、斬られていた。

 真っ黒な斬閃が、青い空を二つに割っているのだ。


「教わった技じゃないので、邪道も邪道かもしれませんけど……どうですか? ちゃんと魔神流の技になってますか?」


 ソルドが何か言っているが、俺は顎が外れるんじゃないかってくらい空いた口が全く塞がらない。


 いや、待ってくれ。えっ、どういうこと? 空を斬るって何?


 えっ、空間ごと離れた相手をぶった斬る技? いや、なんで当たり前みたいに空間を斬ってるの? これで魔法じゃないって? 嘘をつくな嘘を。


 いや、そもそもただの斬撃で物が凍り付いたり、爆炎が起こったりする時点でおかしいから、今更なんだが!!!!


「師匠、どうしました?」


 周囲の騎士達も、「これなら魔人を倒したというのも頷けるな……」「ああ……これで十歳というのだから恐ろしい……」なんて呟いている中、当の本人だけが「何かやっちゃいました?」みたいな顔をしている。


 何かやっちゃいました? じゃないんだよ、お前は自分の異常性を少しは自覚しろ!! いや、別にそんなことソルドは一言も言ってないんだが、顔がそう言っている!!


「ソルド……もう、お前に教えることは何もない……」


「えっ、そんな!? 魔神流には十の型があるって言ってたじゃないですか、二刀流もあるって! それもまだ教わってないのに!!」


 そういえばそんなことも言ったな!! 過去の軽率な俺を今すぐぶん殴りたい!!


「ああ、確かに十の型がある。しかし、魔神流が弟子に伝える技は、十の技の内一つだけと決まっているのだ。残る九の型は、自らの手で作り上げてこそ価値がある。お前は誰に教わるでもなく、その境地に辿り着いた……故に、教えることはないのだ」


「師匠……」


 ソルドが感銘を受けたみたいな顔をしているが、俺としてはとにかく一刻も早くコイツの師匠という立場から脱却したいだけだ。


 間違ってもこんな才能お化けを育てたのが俺だなんて思われたくない。


 いや、以前は出世したソルドを指して「あいつを育てたのは俺なんだぜ」って自慢するのを夢見たりもしたんだが、ここまで規格外の存在になられると、もはや自慢する気にもならないというか……。


「分かりました。師匠の教えを守って、俺は俺の魔神流を極めます。そして、いつか師匠を越えてみせます!!」


 本当に何もせず勝手に成長したなら自慢出来たのに、なまじ師匠扱いな上に、ソルド自身が未だにあの手品を俺の剣術だと思っているのが非常にマズイ。


 ライク様はすんなりと引いてくれたが、今後更にソルドが有名になった時、俺にとんでもない厄介事が舞い込んできそうで気が気じゃないんだ。


「ああ……頑張れよ、ソルド」


 ほどほどに……くれぐれもほどほどにな。頼むからあまり目立たないでくれ。


「はい!!」


 でも、それは無理なんだろうなぁと……満面の笑顔で答えるソルドを見ながら、俺は諦めの境地の中で思った。

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