第23話 とある家臣の焦り
「失敗しただと……? どういうことだ!!」
侯爵領のとある場所で、男の怒声が響き渡る。
彼の名はワルガー、ハルトマン侯爵家に仕える家臣であり、分家の一つを預かる当主でもあった。
そんなワルガーの怒りの形相に怯えながら、黒ずくめの男は何とか自分が見聞きしたものを主へと伝える。
「シルリア・ハルトマン及びティルティ・レンジャーの誘拐には成功し、手筈通りの場所に監禁しました。ですが……ソルド・レンジャーの襲撃によって、あえなく全滅の憂き目に……」
「バカな……奴はライク様と共に、秘密裏にダンジョン攻略へ向かったはずだろう? それがなぜここにいる!?」
「ふ、不明です……」
ライクは内密に事を運んでいたが、敵が身内にいるのが現状だ。家臣達に隠し通すことは難しかった。
それを把握した上で、ワルガーは今回の計画を立案したのだ。
ライクがダンジョン攻略に失敗したならば、それで良し。
《
無断外出の末に騎士を失い、命を救われたとなれば、ライクもワルガーの言葉には逆らえなくなる。
最悪、ダンジョン内でライクが死亡する可能性もあったが……そうなったらそうなったで、失意のシルリアに優しくし、後ろ盾になることで権力を掴むつもりだった。
逆に、ダンジョン攻略に成功していた場合に考えていたのが、今回の作戦だ。
シルリアを誘拐し、ライクの帰還を待つ。
そして、ワルガーの手勢で助け出すことで、恩を売るのだ。
それはほとんど完璧に成功し、難なくシルリアを誘拐出来たというのに──まさか、こんなにも早く戻ってくるとは。
「いや、そもそもだ。仮に何らかの手段で戻って来れたとして……ソルド・レンジャーは剣術だけの子供ではなかったのか? お前達“影”はもちろん、呪具まで持ち出したのだぞ!? それが、たった一人の子供に全滅させられたというのか!?」
ワルガーも、ソルドがドゴラ達賊の襲撃を退けたという情報は耳にしている。
しかし、所詮は賊だ。ロクに魔法も使えない雑魚を蹴散らして調子に乗っているだけだろうと、大して気にも留めていなかった。
騎士達がやたらと騒いでいたのも、
それなのに、ワルガー自慢の暗殺部隊も、ただの一般人だろうと騎士にも勝る無双の力を与えるという呪具を持たせたドゴラさえも、ソルドに負けたという。
到底、信じられなかった。
「我々“影”は……あの少年に手も足も出ず、剣のひと振りで薙ぎ倒されてしまいました。そして、ドゴラ……奴は、ただの賊ではなかった、騎士にも匹敵する実力者でした。そんな男が呪具を使い、“魔人”に変じ……それでも、あの少年には届きませんでした」
「……バカな」
へなへなと脱力し、ワルガーはすぐ近くにあったソファへどかりと座り込む。
そんなことはあり得ないと、ワルガーの常識が否定する。
だが事実として計画は失敗し、弱冠十歳でダンジョン攻略を成し遂げたライクの名は、瞬く間に社交場を席巻するだろう。もはやそれは、変えようのない流れだ。
「くそっ……どうにか、どうにか出来ないのか……? こんなチャンスは、今しかないというのに……!!」
ワルガーは、権力というものに憧れていた。
分家の当主といえど、所詮はハルトマン侯爵家に扱き使われるだけの手駒の一つでしかない彼にとって、“使う側”の立場というものは、いくら欲しても手に入らない至上の椅子に見えたのだ。
それでも、憧れは所詮憧れとして、何事もなく終わるはずだった。……ライクの父、現ハルトマン家当主が病に倒れるまでは。
直系の子供たちがまだ幼く、当主の座を継いで政務を執り行うには不安が残る今ならば、上手く立ち回れば“使う側”に回れると、夢見てしまった。
一度夢見ては、止まらない。止められない。何がなんでもこのチャンスを物にしなければと、ワルガーは既に後戻り出来ないところまで踏み込んでしまっている。
「何か……何か……!!」
しかし、そこで妙案が浮かぶほどに優秀な男であれば、“ただの手駒”として使われるだけの立場でいることなどなかっただろう。
故に、彼の野望はここまでだ。
何事もなく日常に戻り、これまで重ねた罪の露見を恐れて今まで以上に日陰の立場に引きこもる、そんな未来しかない。
そのはずだった。
「やあ、ワルガー君。随分と困っているみたいだね?」
悪魔の囁きに、耳を貸さなければ。
「あ、あなた様は……!! な、なぜ、いつここに!?」
誰にもその所在を知られていないはずの、ワルガーの隠れ家。そこに、まるで最初からそこにいたかのように佇んでいたのは、一人のまだ幼い少年。
まだソルドともさして変わらぬ年齢のその子供を前に、ワルガーは震え上がった。
なぜなら、その少年こそが王国中に根を張る最凶最悪の闇商人集団、タイタンズの長。
そして──とある大貴族の次期当主でもある少年なのだから。
「なぜって、僕が渡した呪具がどうなったか気になるのは当然だろう? あれはまだ試作品なんだ、データは多いに越したことはない」
「それは……申し訳ありません、失敗しまして……!」
「知ってるよ、だから来たんだ」
そう言って、少年はワルガーにいくつもの呪具と……それとやや意匠が異なる腕輪を一つ、虚空から取り出し投げ渡す。
慌ててそれを受け取ったワルガーは、意図が掴めず困惑の表情を浮かべた。
「あの……これは、一体……?」
「呪具はそのまま以前と変わらず、人に無双の力を与える代わりに魔人になる代物だ。そしてそいつは……呪具の力で魔人に変じた者達を、自由自在に操るための魔道具だよ」
「っ……!!」
呪具は強力だが、代償として魔人となり、理性を失い暴れ出すというデメリットがあった。
だが、この腕輪があれば、強力な手駒を理性の下で完璧に制御出来るという。
あくまで、呪具を使った当人達の自我とは関係なく。
「それを使えば……侯爵家をひっくり返すことだって出来るだろう。魔人に襲われ壊滅の危機に瀕した侯爵領を救うヒーローにだって、ね」
「お、おお……!!」
確かにそれなら、ダンジョンを攻略したライクを押しのけ、民衆の支持の下当主になることも夢ではないかもしれない。
しかし、ワルガーの本質は小物である。それほどの力を急に手渡され、不安を覚えた。
「ありがたいのですが……どうして私に、このようなものを……?」
「言ったろう? 僕はそれを実際に運用したデータが欲しいんだ。僕は貴重な“友人”とデータが得られ、君は望むものを手に入れられる……Win-Winってやつさ」
「な、なるほど……!!」
小物であるが故に警戒したワルガーだが、小物であるが故に一見筋が通ってそうに思える理由を提示されると、それにホイホイと乗ってしまう。
そんな愚か者の男を、少年は慈愛の眼差しで見つめていた。
「頑張ってくれ、応援しているよ」
「はい!! 必ずや、期待に応えてみせましょう……!!」
そんな二人のやり取りの一部始終を見届けながら、“影”の男は心から思った。
仕える相手を、間違えたかもしれない──と。
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