第22話 復讐の闇商人

 なんとか間に合った……!!


 その事実に、俺はひとまずホッとする。


 イベントそのものが前倒しされたんだ、シルリアが自害に及ぶタイミングも早まるかもしれないと思って迷わず最短ルートでここに来たけど、それでもギリギリだった。


 あと少しでも遅れていれば、シルリアは死んでいただろう。


 倉庫の中に踏み込んだら、黒ずくめの賊はいてもティルティやシルリアの姿がなかったから、本当に焦ったよ。


 でも……手放しで現状を喜べるかというと、そんなはずもない。


 シルリアは足を怪我してるみたいだし……ティルティも、近くに倒れて気を失っている。


 生きていることは分かるよ。ティルティの気配はまだしっかりと感じるから。


 でも……傷付けられたっていう事実だけは動かない。


「ふぅー……」


 心の奥底から、怒りの感情が湧き上がってくる。


 ティルティ達を傷付けた目の前の男に対する怒り、こうなるように手引きした家臣達への怒り。


 そして何より……ゲームの展開を知りながら、それを防ぐことも出来ずティルティを危険に晒した、俺自身に対する怒りが。


「また会ったなぁ、クソガキ……!!」


「お前は……ああ、ティルティを誘拐しようとしてたクソ野郎か」


「ちゃんと覚えてたみてえだな……!! てめえに負けて、俺は全てを失った。奴隷商組織タイタンズとのコネも、部下も、俺自身の自由も、何もかも!!」


 奴隷商の男……ドゴラだっけ? 捕まえた後にそんな名前だって小耳に挟んだ気がする。


 そいつが懐から不気味な腕輪を取り出し、自身に装着した。


 その瞬間、ドゴラの全身から漆黒の魔力が溢れ出す。


「この戦いも、俺は単なる捨て駒だ、そんなことは分かってる。だがな、それでもてめえだけは殺さねえと気がすまねえ!! てめえも、てめえの大事なモンも、全てぶち壊してやらぁぁぁ!!」


「…………」


 ゲームでも見た覚えがある。確か“呪具”って名前で、自身の力を何倍にも高めてくれる代わり、暴走状態に陥って周囲の全てを破壊する禁じられた装備品だ。


 これを付けると、町の小悪党ですら立派な中ボスクラスの力を発揮する、めちゃくちゃ厄介な装備だったんだよな。でも……。


 それが、どうした。


「お前を倒したのは俺だ。俺を恨むのは好きにすればいい。でも……俺の大切ティルティに手を出そうっていうなら、容赦しない!! お前はここで、俺が斬る!!」


「うおらぁぁぁ!!」


 ドゴラが吼えると同時に、無数の黒炎が周囲に浮かび、俺目掛けて一斉に襲いかかってきた。


 俺は位置を移動しながら、剣でそれを斬り払って防いでいく。


「……くひひっ」


 まずは攻撃を凌ぎつつ隙を探ろう──と考えた俺の目に、ドゴラが不気味な笑みを浮かべる姿が見えた。


 まさか、とドゴラの狙いを瞬時に汲み取った俺は、踵を返し急いで元の位置に戻る。


「くたばれぇぇぇ!!」


「こんの……!! 《氷狼一閃》!!」


 狙って放たれた黒炎を、俺はギリギリのところで斬り払う。


 その後も、四方八方から徹底的にティルティやシルリアを狙い繰り出される黒炎を、俺は剣一本で全て防ぎ止めた。


「このっ、クソ野郎!! お前の相手は俺だろうが!! なんでティルティ達を狙う!?」


「くはははは!! 決まってんだろ? その方が確実にお前を殺せるからだ。これでも一回負けて痛い目に遭ってるからなぁ……油断なんかしねえ、打てる手は全部打って、確実にてめえを殺してやるよぉ!!」


「くっそ……!!」


 ダメだ、これじゃあ剣の間合いまで飛び込むことも難しい。


 《黒竜炎斬》なら少し離れた相手も斬れるけど、ドゴラは俺の速度を警戒してか過剰なほどに距離を取り、魔法の射程ギリギリからティルティ達を狙い続けてる。


 ティルティ達を守りながら、この距離を詰めて斬るのは……!!


「ソルド……!!」


 そんな時、後ろからシルリアの声が聞こえた。


 振り向かず、迫り来る火球を斬り落とすことに集中しながら、耳だけでその言葉を拾っていく。


「ティルティ、は……私が、守る……! だから、気にせず……行って!!」


「…………」


 シルリアはそう言ってるが、出来るわけがないって本人も分かってるんだろう。

 体は震えてるし、気絶したティルティを抱き締めているその姿はまるで……自分の身を盾に守ると宣言しているようにしか見えない。


 そんなことさせられるか、と思うと同時に、シルリアの覚悟のお陰で俺も頭が冷えた。


 ティルティ達を守るために、この位置から動けないなら……この位置から、奴を斬ればいいだけだと。


「大丈夫だ、シルリア。俺が守るって言っただろ?」


 まずは《黒竜炎斬》を放ち、灼熱の斬撃で一瞬だけドゴラの視線を塞いだ。


 この技は一度失敗してるからな、しっかり精神集中しないと、まともに決まらない。


「くクッ、小癪ナ!! 目眩し程度デ、このオレの攻撃ガ凌げルと思ッタか!?」


 炎の向こうで、ドゴラが嗤う声がする。


 少しその声に違和感を覚えるのは……呪具の副作用だろう。


 あれは強大な力を使用者に授ける代わり、理性だけでなく人としての姿形までもを奪い、最後は完全な魔獣へと変えてしまう。


 その変異が、徐々に始まっているんだ。


「纏メテ焼き払ッテやル!!」


 俺が張った炎の壁が晴れた先で、ドゴラが発動していたのは漆黒の太陽とも言うべき魔法だった。


 全身から力を解放するのに合わせ、ドゴラの体にも変化が生じ始める。


 肌は黒く変色し、鱗のようなものが浮かび上がり。

 猫のように縦長に見開かれた瞳孔、白目の部分が黄色く染まり、頭には二本の角が伸びる。


 人から魔獣に堕ちた存在……“魔人”。


 完全に化け物へと堕ちたドゴラは、自身のそんな変化にも気付かないまま、愉悦の表情で魔法を放った。


「防ゲルものナラ、防イデミセロ!! 《闇天太陽ダークプロミネンス》!!」


 太陽が、落ちてくる。


 俺たちどころか、この倉庫街一帯が火の海になりそうな威力のそれに、俺は真っ直ぐ剣を構えた。


「防げるかどうかじゃない、防ぐんだよ」


「ハハハ!! イクラテメエノ奇妙ナ剣デモ、コレホドノ魔法ヲ魔法モナシニ斬レルワケガ……」


「斬れるさ。俺の後ろには、ティルティがいる」


「ハ……?」


 意味が分からないと、ドゴラは困惑の表情を浮かべる。


 そんなドゴラと、空を埋め尽くす漆黒の太陽へと、俺はただ真っ直ぐに剣を振り抜いた。


「知らないのか? 妹を守る兄貴はな、無敵なんだぞ」


 その瞬間、全てが静止した世界の中で、ドゴラは「アリエナイ」と目を剥いた。


 そんなドゴラに背を向けて、俺はゆっくりと剣を鞘に戻していく。


「魔神流剣術、三の型──」


 太陽が、割れていく。

 半ばから断ち斬られ、ゆっくりと二つに分かれ消えていく必殺の魔法の末路を眺めながら、ドゴラ自身の体にもまた、脳天から股下までを貫く一筋の斬線が引かれていった。


「《天姫てんき空閃くうせん》」


 前世の俺が知る悪女としてのティルティと、今の俺が知る天使のように優しいティルティ。


 二つのイメージを共に降ろし組み上げた新たな技は、空間を超え、光となって、闇の太陽と堕ちた魔人を共に斬り裂き、消し飛ばす。


 こうして俺は、再び襲いかかって来た脅威を、どうにか退けることに成功するのだった。

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