第21話 シルリアの覚悟
気付いた時、シルリアはティルティと共に縛られ、薄暗い倉庫のような場所に放り出されていた。
周囲には黒ずくめの男達。覆面を被って顔を隠しているが、間違いなく侯爵家の手の者だろう。
家臣達が私的に雇った傭兵か、あるいは切り捨てても構わないと見限られた下級貴族か……どちらにせよ、自分が何らかの目的のために誘拐されたことは間違いないと判断する。
そしてそれは、恐らく兄の不利益になることだろうとも。
(ごめん、お兄……)
気を失う前にも一度心の内で呟いた謝罪の言葉を、今一度紡ぐ。
これまでずっと、ライクはシルリアが政争に巻き込まれることを恐れ、目立たないよう隠してきた。
シルリアが好き勝手に領内を歩き回っていたのも、使い道のない放蕩娘だと周囲に思わせるため、それとなくライクが手を回した結果だった。
シルリアが屋敷の外に興味を持つように。屋敷を抜け出しやすいように。
それに気付きながら……せめて少しでも兄の力になれるようにと、ライクの思惑に乗って領内を歩きつつ、出来る限りの治安維持活動を行ったりもしてみた。
それら全ての努力が、この一回の失態で無に帰したも同然だ。
(私を殺してもあいつらにメリットはほとんどないはず。となると……私の身柄と引き換えにお兄に何か譲歩を引き出すか……私を助けたフリをして、恩を売るか)
タイミングから考えると、恐らく今回の相手はライクがこっそりとダンジョン攻略に挑んだことに勘づいたのだろう。
ライクの立場が強くなっては困るが、いずれ通る道である事もまた確か。だからこそ、今のうちに恩を売り付け、首輪を付けてしまおうという思惑かもしれない。
(……そんなことさせない)
シルリアは、昔からお兄ちゃん子だった。
元より親との関わりが薄くなりがちな高位貴族、普段からよく構ってくれていた兄に懐くのは半ば必然と言える。
故に、よりによって自分の存在が兄の足を引っ張ることだけは認められないと奮起した。
(まずは何とか自力で脱出を目指す。それでもダメなら……死んでやる)
僅か九歳で固めるには壮絶過ぎる覚悟を胸に、シルリアは動き出した。
幸い、誘拐犯達の練度は高くないのか、全員がそわそわと落ち着きなく周囲を見渡したり、あるいは仲間同士意味の無い会話をして気を紛らわせたりしていて、シルリアに気を配っている者はいない。
その隙に、シルリアはこっそりティルティに近付いた。
「ティルティ。起きて。ティルティ」
「うぅ、ん……?」
幸い、シルリアの呼びかけにすぐに反応を示したティルティは、ゆっくりと瞼を開けた。
いまいち状況が掴めないのか、横たわったままきょろきょろと周囲を見渡し始めたティルティに、シルリアは「静かに」と促す。
「捕まった。二人で、脱出する」
「ど、どうやってですか……?」
黒ずくめの男が視界に映り、表情を青ざめるティルティ。
そんな彼女に、シルリアは作戦を伝えた。
「ティルティの魔法で逃げる。練習したし、出来るはず」
ティルティは簡単なものなら様々な魔法属性を操る事が出来るが、最も得意なのは闇──空間に作用する魔法だ。
流石に、まだ侯爵家の屋敷まで《
まだ、生きた物を転移させたことは一度もないが。
「わ、分かりました……! 頑張ります……!」
小声ながらもやる気の感じられるティルティの宣言に、思っていたより度胸があるなとシルリアは安心する。
最悪、兄であるソルドの名を持ち出して発破をかけようと思っていたが、それが不要のまま済んだことにホッとしつつ、どこからともなく隠しナイフを取り出す。
「シルリア……そんなもの、どこに持っていたんですか……?」
「乙女の嗜み」
そんなわけないだろう、というティルティの視線をスルーして、シルリアは自身とティルティを拘束する縄を手早く切る。
魔法でやった方が早いのだが、こうした縄には必ず魔法を封じ込めるための仕掛けが施されているため、こうしたアナログな代物が役立つのだ。
「合図する。そしたら、お願い」
「はい……!」
縄は切ったが、まだ大人しく捕まっているフリをする。
魔法の発動には、使おうとする魔法の難易度と使用者の練度に応じてどうしても時間を必要とするため、適当に使えば転移する前に男達に気付かれてしまう。
慎重にタイミングを図り、この倉庫内にいる男達の意識が明後日の方向へ向いた瞬間……シルリアは、魔法を放った。
「《
一瞬で構築されたのは、風を押し固めて放つだけの初歩の攻撃魔法。
それが、男達の合間を縫って正確に倉庫の入口に着弾。派手な音と衝撃を撒き散らす。
「なんだ!? 何が起きた!?」
「合図にはまだ早いぞ!?」
混乱する男達を余所に、シルリアがティルティへ目を向ける。
その意図を汲み取ったティルティは素早く起き上がり、慎重に魔法を使った。
「《
初めて挑戦する、人の転移。
失敗すれば次元の狭間に体の一部が取り残されてしまう恐れもある、非常に危険な魔法だ。
ゆっくりと、深呼吸しながら発動し……そうして開いた穴に、ティルティ自身よりも早くシルリアが飛び込んだ。
「ふえっ!?」
「大丈夫そう。早く来て」
普通は使用者がまず通り抜けて安全確認すべきでは……というティルティの眼差しをまたまたスルーし、シルリアは彼女の手を取って倉庫の外へ。
外に出れば、普段から領内をフラフラと歩き回っているシルリアには、現在地がどこかすぐに分かった。
これなら、後は風の魔法でティルティと一緒に飛んで帰るだけ……そう考えた刹那。
視界の端から、紅蓮の炎が飛来した。
「っ!?」
「きゃあ!!」
直撃こそしなかったが、足元で爆発した炎の衝撃で吹き飛ばされ、二人揃って地面を転がる。
すぐさま起き上がろうとして……ズキりと、両足に走った激痛に、思わず顔を顰めた。
見れば、先程の炎に巻かれて両足を火傷しており、とても立てそうにない。
ティルティは、と目を向けると、こちらは目立った外傷こそないものの、転んだ時に頭を打ち付けたのか意識を失っていた。
そして……そんな二人の前に、一人の男が立ち塞がる。
「よぉよぉ……逃げようったってそうは行かねえぞ……? ガキどもがよぉ……」
「……ドゴラ」
見覚えのあるその男の名を、シルリアは呟く。
レンジャー家の馬車を襲撃し、ソルドの活躍であえなく捕まった奴隷商。
牢に繋がれ、今は処罰の内容を決める裁判の只中にあるはずのこの男が、どうしてここにいるのか。
考えるまでもなく、このためにわざわざ家臣の誰かが勝手に釈放したのだろうと察し、シルリアはげんなりした。
(囚われていたはずのこいつが脱獄し、逃走のために私たちを攫った……それを、黒幕の誰かが悠々と助け出してお兄に恩を売る、そんな感じのシナリオかな。最悪)
この一連の事件を引き起こした何者かの狙いを、シルリアはほぼ正確に読み取った。
だが、それが分かったところでどうしようもない。
風の飛行魔法は、手足に突風を纏わせ、そのまま手足を動かすことで体勢を制御しながら飛ぶ魔法だ。
その要となる足を負傷した今、満足な飛行は出来ない。
逃げられず、元よりこのレベルの魔法使いを倒せるほどの実力もないシルリアでは、どうやったってもうこの状況を覆せなかった。
(こうなったら、せめて……お兄に迷惑がかかる前に、死のう)
シルリアが取り出したのは、先ほど縄を切る際に利用したナイフだ。
シルリアはこれを「乙女の嗜み」と言ったが、実はその表現は間違っていない。
なぜならこれは、高位貴族の令嬢が、いざという時に自ら命を断てるように持ち歩く、自害のためのナイフなのだから。
(さようなら、お兄……)
これを胸に突き立てれば、込められた魔法の効果によって痛みもなくその体が灰となり、死ぬ。
自分という足枷がなくなった兄が、その願いの通り侯爵家を手中に収めることを祈りながら……シルリアは目を閉じ、ドゴラに止められるより早くナイフを振りかぶって──
「やめろ、シルリア。そんなこと、お前の兄ちゃんは望んでない」
すんでの所で、止められた。
「えっ……」
聞き覚えのある声に目を開けると、目の前に立っていたのはソルドだった。
一体いつの間に現れたのか、ずっとそこにいたドゴラでさえ目を剥いている。
「シルリア……お前、自分がいなければライクはとっくに侯爵家を手中に収められてるのにとか、そんなこと考えてるんだろ?」
「え、あっ……」
どうしてそれを、とシルリアは思った。
手駒として利用するならばまだしも、政争に巻き込まないように手を回し、守りながらの権力争いとなれば確実に全てが後手に回る。
それを分かっていながら、それでも自分を守ろうとするライクを見て、確かにシルリアは何度も考えた。
自分がいなければ、こんな枷がなければ──兄は、もっと簡単に侯爵家を乗っ取れたのではないか、と。
「違うぞ。ライクはお前がいたから、あんな子供の身なのに侯爵家を手に入れようとしてるんだ。お前の存在が、あいつを強くしてくれてる」
だから、と。
ソルドはシルリアの手からナイフを取り上げ、代わりにその頭をそっと撫でた。
安心させるように、何度も。
「心配するな。お前が死ぬ必要なんてどこにもない」
手を離し、ソルドが剣を構えてドゴラと対峙する。
その瞳に、強い決意と……激しい怒りの炎を灯して。
「お前は俺が、守ってやるから」
ドクン、と。
シルリアの胸で、心臓が強く跳ねる音がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます