第20話 緊急事態

 ずっと、誰かに見られている気がしていた。


 最初は……というか、途中からは気の所為かなと思ってたし、特に嫌な感じもしなかったからスルーしてたけど、その気配が不意に消えたことに、言い知れぬ不安を覚えてしまう。


 それに……ティルティの名前が口をついて出たことに、他ならぬ俺自身が驚いていた。


「ソルド、どうしたんだ?」


 今はダンジョン攻略も終わり、帰り支度の真っ最中。そんな中で突然明後日の方向を見て呆然とする俺に、ライクは訝しげな視線を送る。


 それに対して、なんと答えるのが正解か、俺は少し迷った。


 何の根拠もない、ただそれまでずっとあった奇妙な感覚が消えたことで、ホッとするどころか急に不安になった、虫の知らせともいうべき嫌な予感。


 説明しても理解されるとは思えないし、何より俺自身上手く伝えられる気がしない。


 だから……俺は悩んだ末、用件だけを伝えることにした。


「悪い、俺は先に帰る。ティルティが心配だ」


「は……? いや、帰るとは言うが、どうやってだ? 馬車は一台しか用意がないぞ?」


「走ってだ」


「いやいやいや、確かに走って辿り着けない距離ではないが、それなら馬車で早足にして貰う方が早く着く。片付けが終わるまであと少しなんだ、ちょっと待って……」


「悪い、説明してる暇はないんだ、じゃあな!!」


「ちょっ、ソルド!?」


 ライクの制止を振り切り、俺は山を駆け下りる。


 とはいえ、あいつの言い分も正しい。いくら全力疾走しようが、流石に馬より速くとはなかなかいかない。


 ならば、どうするか。


「……ふぅー」


 山の途中にあった崖から飛び降りながら、俺は呼吸を整え剣に意識を集中させる。


 ……ゲーム内のキャラには一人、空間転移の魔法を操り、ヤバくなったら逃亡を繰り返したり、証拠の品や不都合な情報を持った人間を次々と消していくやつがいた。


 その圧倒的な力を恐れて彼女に従うしかない人間も多く、ヒロイン達も最後の最後、空間転移の欠点が見つけ出されるまで最凶の悪女として君臨していたキャラ──ティルティが。


 その力を、剣で再現する。


「…………」


 魔神流は、魔獣の力を降ろす剣術。特定の人間、しかも未来の姿を降ろそうなんて邪道が過ぎるけど、今はこれしかない。


 集中しろ。剣の声に耳を傾けろ。そして何より、力を降ろす対象を……ティルティのことを、ハッキリとイメージしろ。


「ティルティのためだ……」


 ゆっくりと剣を抜いていくのに合わせ、目を見開く。


 ティルティがいるはずの……侯爵家の屋敷まで届けと、必ず届かせると決意を胸に、スローモーションになった世界の中で剣を振り抜いた。


「時空の壁くらい、斬り裂いてみせろ!!!!」


 剣が漆黒の闇に染まり、目の前の空間にダンジョンの“門”にも似た裂け目が生まれる。

 その瞬間、俺の体は裂け目に吸い込まれるようにして引きずり込まれ……気付けば、侯爵家の屋敷、その“遙か上空”にいた。


「どわぁぁぁぁぁ!?」


 重力に引かれて落下する中で、思わず絶叫する。


 ああくそ、初めてやる技だから思いっきり失敗した!! もっと酷い失敗する可能性があったかもしれないと思うとだいぶマシだけど、それでも心臓に悪い!!


「《氷狼一閃》!!」


 空中で技を放ち、その反動で落下速度を軽減。更に、空中に生じた氷の柱を滑るように勢いを殺し、最後は地面をゴロゴロと転がって何とか無傷で着地する。


 ホッ……と息を吐きながら顔を上げると、ちょうど侯爵家でパーティーか何かが開かれていたのか、大勢の貴族達の視線に晒された。


 ……目立ち過ぎて恥ずかしいのと、お前らライクが出掛けてる隙に何をやってるんだという思いが混じり合う。


 いや、ライクがこのタイミングを狙ったのかな? そこら辺は詳しい事情を聞いてなかったな。


「誰だ、この子供は……?」


「今、空から降ってきたぞ」


「侯爵家の警備はどうなっている」


 まずいな、早く離れた方が良さそうだ。

 俺はライクの従者だから、ここにいること自体は別に問題ないんだけど……それを一々説明してられない。


 それに、こうして侯爵家に来てハッキリ分かった。


 ティルティの気配が……屋敷の中の、どこにもない。


「くそっ、どこだ……どこに行った、ティルティ……!!」


 襲撃事件は乗り切ったし、しばらくは何もないだろうと油断していた。

 一度乗り切ったってことは、奴隷商の残党がもう一度やり返す機会を伺ってる可能性だっていくらでも考えられたはずなのに……!!


「お前は……ソルドか、何をしているんだ……?」


 騒ぎを聞き付けて慌ててやって来た騎士達が、俺を見て呆れ顔を浮かべている。


 一度シルリアの手引きで訓練に参加させて貰ったからか、みんな俺の事を覚えていてくれたらしい。


 ……と、そこで俺は、ふと気付いた。


 ティルティだけじゃなくて、シルリアの気配も屋敷から消えてることに。


「ティルティ……俺の妹と、シルリアお嬢様の姿がどこにも見えないんだ、どこかに出かけるって話は聞いてる?」


「む……? いや、聞いてないぞ。今も部屋にいらっしゃるはずだが……」


「すぐに確認して!!」


「お、おう、分かった」


 ティルティだけじゃなくて、シルリアまで攫われたんじゃないかって仮説が立ったことで、俺はようやく事態が把握出来た。


 これはあれだ、ゲーム本編のライクルートで存在するイベントの一つ。ヒロインの力で実績を積み、発言力を高めたライクの存在を恐れた侯爵家の家臣達が、ライクに恩を売り付けるために仕掛けたマッチポンプだ。


 妹……シルリアを誘拐し、適当なところで自分たちの手勢によって助け出すのが連中の狙い。

 ゲームだと、決まった行動回数の間に手掛かりを集めて助けられないと、そのままBADエンドルートに入ってしまう厄介なイベントだった。


 それがまさか、このタイミングで起こるなんて……!!


 ……いや、落ち着け、俺。俺はスチルをフルコンプするために、バカみたいに難しいあのゲームを周回しまくったんだ、このイベントでシルリアが監禁される場所についての情報も頭に入ってる。


「絶対に助けてやるから……待ってろよ、二人とも……!!」


 だから……早まらないでくれよ、シルリア。


 ライクの足手まといにならないために自害するなんて、そんな未来には絶対させないから。


 ティルティの初めての友達を……むざむざと目の前で失わせてたまるかよ!!

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