第19話 その頃の妹達

「……ティルティ。ソルド、すごいね」


「そう言うってことは、兄さんが勝ったんですね? そうなんですね!?」


 ソルドがライク達と共にダンジョン攻略に挑んでいる最中、侯爵家の屋敷ではシルリアがその様子を《千里眼クレヤボヤンス》の魔法で見物し、ティルティにもその情報を共有していた。


 兄二人は妹達に黙って出撃していたが、その程度のことで誤魔化されるほど彼女達も鈍くはないのである。


 そわそわそわそわと、戦っている当人たちよりもよほどこちらの方が心配になると思いながら、シルリアはポヤポヤと笑った。


「大丈夫。勝った」


「本当ですか!? 良かったぁ……」


 心底ホッとした様子で胸を撫で下ろすティルティを見て、本当にこの子は兄が大好きなのだなと微笑ましく思う。


 私も昔はこんな感じだったな……と、歳も変わらないのにどこか幼い妹を見るような眼差しになったシルリアに、ティルティはこてんと首を傾げた。


「本当。ドラゴン、真っ二つだった」


「ドラゴンを!? 流石兄さん、どんどんすごくなっていくなぁ……」


 キラキラとした眼差しで独り言のように呟くティルティだが、彼女はドラゴン殺しという偉業がどれほどの意味を持つのか、恐らく分かっていないのだろうとシルリアは思った。


 魔法が使えてすら、それを倒せる人間など世界中を探してもほとんどいないというのに、よりによって"魔法もなしに"撃破してみせた。間違いなく、史上初の快挙だろう。


 いや、あれが本当に魔法じゃないのかどうかは、議論が分かれるところだろうと思うが。


(あれが魔法じゃないっていうのは無理がある。でも、魔力がないのは本当だし、魔法発動の様子もなかった。……分からない、あれは何?)


 口に出す単語単語の会話文と違い、頭の中では高速で文章を紡いで思考を回すシルリアだったが、答えは出ない。


 何をどうしたら剣術で物体が凍り付き、剣術で炎が噴き上がるのか。

 理解出来ないが、学者でもないシルリアがいくら考えても答えなど出るはずがないので、もうそういうものなのだろうと無理やり納得して思考を打ち切る。


(その意味では、死体も残らず焼き尽くされたのは都合がよかったのかも。証拠がなければ、真実を話しても単なる与太話としか思われない)


 ライクの目的は、ダンジョンを自分主導で攻略することで、侯爵家内における発言力を高め、次期当主としての存在感を示すことだった。

 そうすることで、今は日和見を決めている中立的な家臣達を自陣に引き入れ、権力欲に憑りつかれた連中を一掃する切っ掛けを得られるだろうと。


 ドラゴン退治などなくともその目的は達成されているので、ソルドの力が知れ渡るのはまだ先になる。


 彼はライクにとって非常に重要な切り札ジョーカーになり得る存在だ。下手に注目を集め、地盤を固めきる前に他人に掠め取られるのだけは避けなければならない。


(バカなお兄だよ。私を使えば、もっと楽に事が進むのに)


 魔法の才能が一切なかったライクと違い、シルリアにはそれがあった。


 もしライクがシルリアを駒として利用し、早い段階で自身の力を示していれば、こんな苦労をすることもなかっただろう。


 そうしなかったのは、ライクの我が儘だ。

 妹を、こんなくだらない政争に巻き込みたくはないと。


 もっとも、シルリア自身はただ守られるだけの立場に収まりたくはないが。


「シルリアさん、お願いがあります」


「ん、何?」


「私に、もっと魔法を教えてください。兄さんの足手纏いにならないくらい、強くなりたいです!」


 シルリアと同じことを思ったのだろう、ティルティは真剣な眼差しでそう懇願する。


 無邪気なその姿に益々微笑ましさを覚えたシルリアは、その小さな頭を優しく撫でた。


「ちょ……シルリアさん! 私は真面目に言ってるんです!」


「分かってる。一緒に、強くなろ」


「あ……はい!」


 いくら兄同士が主従関係にあるとはいえ、他所の家の人間に対して心を許しすぎだろうと思うが、そういったところも可愛いなとシルリアは素直な感想を抱く。


 だからこそ、都合が良いなとも。


(このまま、この子と仲良くなれば……あの見るからに妹にゾッコンなソルドも、お兄を裏切るような真似は出来なくなるはず。いざとなれば、お兄を説得してソルドとの婚約も視野に……)


 もしこの考えをソルドが知れば、「まだ九歳なのに……流石は腹黒メガネの妹……」と奇妙な納得感を抱くことだろうが、幸いなことにこれは彼女個人の胸の内、誰に知られることもない。


 だが、いくら優秀ではあっても、シルリアもまたまだ子供である。


 兄であるライクやソルドの動向を見守ることに魔法を使い、頭の中は将来のこと、ティルティやソルドとの繋がりをどう強めるかでいっぱいで、それ以外の全てが疎かになっていた。


 それが致命的な隙になることを……ライクが見据えている"敵"は身内にいるということを、シルリアはまだ実感として理解出来ていなかったのだ。


「シルリアお嬢様、ティルティ様も、お茶が入りました」


「ありがと」


 二人が過ごす部屋に、一人のメイドが入って来る。


 特別仲良しということもないが、特別嫌い合っているという間柄でもない、ごくありふれたメイドと令嬢の関係を構築している相手の言葉を、シルリアは疑いもせず生返事で返す。


 そのまま、出された飲み物をティルティと共に口に含み──すぐに、自らの過ちに気付かされた。


「ぶっ──げほっ」


 違和感を覚えてすぐに吐き出すが、既に飲み込んだ分は戻らない。シルリアを強烈な眠気と眩暈が襲い、意識を保つことすら難しくなっていく。


 当然、無警戒で飲んだティルティがそれに抗えるはずもなく、既にその場に倒れて眠りについていた。


(睡眠薬……それも、対毒魔法を貫通するくらい強力な……!)


 顔を上げれば、お茶を運んできたメイドが口元を歪め、愉悦の笑みを浮かべている。


 しっかり観察していれば、お茶を飲む前からいくつもの違和感に気付けていたはずだ。


 たとえば、頼んでもいないのに夕食前の半端な時間に、突然お茶を運んできたこと。

 たとえば、お茶を運ぶだけのカートの下にはなぜか、大きな布袋が置いてあること。


 だが、今更それに気付いても全ては手遅れだ。何かしなければと考えるも、そこで咄嗟に行動に移せるような判断力は、今のシルリアにはまだ備わっていなかった。


(ごめん……お兄……)


 限界を迎え、意識を失うシルリア。

 そんな彼女とティルティの二人を、メイドはすぐに大きな布袋に隠し、何食わぬ顔で部屋を後にする。


 こうして、二人は何者かの手引きで誘拐されてしまう。


 それと、ほぼ時を同じくして。


「……ティルティ?」


 ソルドは何かを察し、遠く離れた地で顔を上げるのだった。

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