第18話 黒竜攻略
ブラックドラゴンは初心者殺しと言われていたが、攻略法が全くないわけではない。
いや、果たしてあれは攻略法と言っていいのかどうか……一番楽だと言われていたのが、回復アイテムのゴリ押しだった。
このドラゴン、見た目が派手な攻撃が多いせいで惑わされがちだが、実は防御力特化なために一撃一撃の威力はそれほど高くない。
なので、限界数まで持ち込んだ回復アイテムで受けるダメージをリカバリーしながら正面から削り合いを挑むっていうのが、王道攻略パターンだった。
でも流石に、今はその方法は無理だ。
第一に、ゲームの中ほど万能な、受けたダメージを一瞬でなかったことにする回復アイテムなんて便利なもの、この世界にはないってこと。
第二に、俺の剣の威力だと、仮に潤沢な回復アイテムが存在していたとしても正面から削り切ることが難しいだろうからだ。
もっと……父さんくらい極めればそれも可能なのかもしれないけどな。残念ながら、俺はまだ未熟者だ。
だから、俺が選択するのはもう一つの攻略法。
初心者殺しが相手なのに、ゲームに慣れた玄人しか使えないと言われた、周回プレイヤー向けの手段。
ブラックドラゴンの数少ない、そして手を出すのに最もリスクが伴う弱点部位……腹の下に全力で攻撃を叩き込み、短期決戦を挑むことだ。
『グオォォォ!!』
「っと……!! アインさん達はライクの傍で守りを固めておいてください!!」
「おい、坊主!!」
騎士達に守りを頼み、俺は前に出る。
それとほぼ同時に、ブラックドラゴンの口内に紅蓮の炎が灯った。
広範囲を一気に焼き払う、炎のブレス……その予兆を見て取った俺は、退くのではなく逆に大きく前に踏み出す。
「《氷狼……一閃》!!」
『ギャオォォ!?』
頭上を通り抜ける炎の熱に髪を焦がしながら、俺はブラックドラゴンの足元に転がり込み、弱点となる腹を斬り裂いた。
ブラックドラゴンのブレスは、高い位置から噴き下ろすようなモーションになることもあって、懐が安全地帯になる。弱点部位を遠慮なく叩ける、貴重な機会の一つだ。
ひとまずこれはゲーム通り。そして、弱点部位なら僅かながら刃が通ることを確認して一安心すると、一度大きく距離を取った。
『グオォォ!!』
俺が退避した直後、ブラックドラゴンが全身をぐるりと回し、丸太より巨大な尻尾が周囲を薙ぎ払った。
風圧だけで吹き飛ばされそうなその威力にゾッとしつつ、尻尾を振るうために背を向けたブラックドラゴンにもう一度突っ込み……こちらへ振り向いたタイミングを狙って、腹にもうひと太刀。
「《氷狼一閃》!!」
『グオォォ!?』
弱点部位とはいえ、楽々両断とはいかない。でも、間違いなく効果はある。
なら、後は……これを延々と繰り返すだけだ。
『グオォォォ!!』
その後も、次から次へとブラックドラゴンは攻撃を仕掛けて来た。
前足による引っ掻き攻撃。これは腕の真下に潜り込んで反撃を仕掛ける。
炎のブレスを細かく連発。これは全速力で走りながら、発射のタイミングごとに緩急と切り返しを入れて連続回避。撃ち終わった後に大きな隙が出来るから、そこを叩く。
空中へ飛び上がり、全身を使った急降下体当たり。最初に目にしたこれは、流石にどうしようもない。全力で飛び退いて、何とか回避する……!!
「はあ、ぜえ、はあ……!!」
ここまで、ひとまず全ての攻撃をゲーム通り回避することは出来ているし……ゲームにおける魔法スキルほどの威力は出せずとも、剣術らしい隙の少なさで手数は出せてる。
とはいえ、体力の消耗ばっかりはどうしようもない。
一発喰らったら即死しそうな攻撃をノーミスで回避し続けながらの反撃は、相当に神経を擦り減らすし……正直、限界は近い。
『グルゥ……グルルゥ……』
でも、ブラックドラゴンももう限界なのか、口からはボタボタと涎を垂らし、明らかに疲労した様子で俺を睨んでいる。
自然と、俺は次の一撃で決着がつくだろうと確信した。
ブラックドラゴンもそれは同じなのか、これまでにない威圧感で全身を震わせ、天を砕かんばかりの咆哮を上げる。
そんなブラックドラゴンを見て、俺は素直に賛辞の言葉が口を突いて出た。
「はは……凄いな、これが魔獣か。ゲームではただ倒すだけの面倒な敵だったけど……こうして相対すると、やっぱり違うんだな」
対峙しているだけで伝わって来る、目の前の存在が放つ生物としての圧倒的な力。格の違い。
ゲームの事前知識で、予備動作から行動パターン、攻撃パターンまでほぼ丸暗記しててこれなんだ、何も知らずに相手してたら、俺はもう十回以上殺されてるだろう。
そんなチートありきでやっと食い下がれる相手の力を宿して戦うのが、魔神流。
俺はまだ、この剣術の真髄を理解出来ていなかった。
「ありがとう。お前と戦うことになったのはただの偶然だけど……お前のお陰で、俺はもっと強くなれたよ」
こいつを放置していたら、いずれ人に害を為す。
ダンジョンは放置すればするほど"門"が大きくなり、やがて中の魔獣全てが地上に溢れ出す"
だから、こいつを仕留めることに躊躇いはない。
だけど、ここで生きる一つの命として、敬意を示そう。
俺の、全身全霊の一撃で。
『ギャオォォォォォ!!!!』
ここに来て、ブラックドラゴンは俺が初めて見る挙動を見せた。
炎を吐き、俺の左右への退路を塞いだ上で、真正面から突っ込んできたのだ。
まさかゲームでは存在しない攻撃方法を見せるなんて……とは言わない。
それでこそ、俺が乗り越える価値があるとさえ思える。
「…………」
俺もまた回避を捨て、剣を上に振りかぶると同時に目を閉じた。
……まだ、俺は魔神流の技を《氷狼一閃》一つしか教わっていない。
十の型があると言いながら、父さんが他の型を教えてくれないのは、俺がまだ未熟だからだろうと思っていたけど……今は、俺が未熟かどうかなんて関係ない。
魔獣の力をその身に宿し、魔獣の力で魔獣を斬るのが魔神流の真髄。
ならば……今目の前にいる黒竜、ブラックドラゴンの力だって、この身に降ろせるはずなんだ。
「魔神流剣術……二の型」
ブラックドラゴンは、俺の知るゲームのブラックドラゴンを越えてみせた。
だから俺も、今ここで今までの俺を越えて先へ行く。
出来る出来ないじゃない……やらなきゃ死ぬんだ、絶対に成功させてやる!!
「《黒竜炎斬》!!!!」
カッと目を見開くと、目の前にブラックドラゴンの巨体があった。
まるで壁そのものが迫って来るかのような体当たりを紙一重で回避し、懐に入り込んだ。
それと同時に、ブラックドラゴンの腹に刃を添わせると──その切っ先に、小さな種火が灯った。
剣に宿った炎は、ブラックドラゴンの腹を切っ先がなぞるごとに急速に大きくなり、全てを飲み込む紅蓮の業火へと変貌を遂げていく。
『グオオォォォ……!?』
炎を纏ったその斬撃は、それまで薄皮一枚剥がすことしか出来なかったのが嘘のようにブラックドラゴンの腹を斬り裂き、その肉体を両断する。
断末魔の声と共に、黒竜の巨体は俺の後ろで二つに分かれて倒れ伏し……その残骸もまた、断面から発火した炎によって灰も残らず消えていく。
それを見届け、ゆっくりと剣を納めながら……こうして、俺の初めてのダンジョン攻略は幕を閉じた。
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