第17話 ダンジョン討滅作戦

 ダンジョンの中は、なんというか……不思議な空間だった。


 山の中にあった、空間の裂け目みたいなところに入って真っ先に目についたのは、ただただ黒い真っ暗な空。


 夜空というわけじゃなく、さりとて視界が闇に閉ざされているというわけでもないその空に、不思議な感情を抱きつつ……足元はしっかりと土があり、見渡す限りの草原が広がっている。


 そして……その草原の至る所に歩哨のごとく立っていたゴブリン達が、不躾な侵入者たる俺達を見て、即座に動き出した。


「来るぞ。坊ちゃん、坊主、ちゃんと背中に隠れてな」


 坊ちゃんはライクのことで、坊主は俺のことか。


 アインさんの若干ややこしい呼び方に頷きつつ、ひとまず様子見を兼ねて言う通りにする。


 前に立ち塞がる三人の騎士へ、ワラワラと寄ってくるゴブリン達。


 暗緑色の肌と、今の俺やライクとさほど変わらない身長を持った小鬼達は、棍棒を手にドスドスとこちらへ向かってくる。


 ……足遅いなー。


「《火球ファイアボール》!!」


 当然、ただでさえ遅い足で、真正面から向かってくる小鬼なんて、騎士の敵じゃない。

 まずはアインさんが炎の魔法を放ち、正面のゴブリン達を吹き飛ばした。


「《風刃エアカッター》!!」


 続けて、ツヴァイさんが緑色に光り輝く疾風の刃を次々と飛ばし、アインさんの炎で撃ち漏らした敵を一匹ずつ処理していく。


 それでも、中には上手く弾幕をくぐって接近する個体もいたんだが……そこをカバーするのが、三人目のドライさんだった。


「……《岩槌ロックハンマー》」


 空中に岩の塊が突如出現し、ドライさんが腕を振るうのに合わせて自由自在に飛び回る。


 当然、そんなものに横から殴り付けられては、ゴブリンもひとたまりもなかった。

 その攻撃で、辛うじて接近戦に持ち込めそうだった個体も全滅する。


「へえ〜、良い連携だな、すごい」


 ゲーム内では、ティルティ……マジェスター公爵家に最期まで付き従う悪の騎士、みたいな敵もよく出現してたんだけど、ここまでしっかりとした連携で戦うやつはあまりいなかった。


 間違いなく精鋭クラス。もしゲームの中で出てきたとしても相当に苦労するだろうな。


「父の代から仕えてくれている、忠義に厚い自慢の騎士達だ、当然だろう」


 そんな俺の評価が嬉しかったのか、少し鼻が高そうに語るライク。


 最初に言っていた通り、この三人だけで終わりそうだな。俺が保険だっていうのは本当のことだったらしい。


 ただ、気になるのは……はずだってことなんだよな。


 俺っていう保険が手に入ったことで、初めて攻略に踏み切れたっていう考え方も出来るけど……ゲームでヒロインを連れて初めてダンジョンへ向かった時、仲間キャラなんて一人もいなかったのも引っ掛かる。


 いくらゲームに似てるからって、ここはゲームの世界じゃない。多少違うことがあったっておかしくないといえばそうなんだけど、どうにも胸騒ぎがするんだよな。


「問題ありませんね、この調子で先に進みますか」


「ああ、頼む」


 だから、初戦で勝利を収め、意気揚々と先へ進むメンバーの中で、俺だけが周囲を警戒し続けていた。


 何か不測の事態が起こった時、すぐにでも対処出来るようにと、剣の柄に手をかけたまま集中を続け──だからこそ。


 “それ”の出現を、俺はいち早く感じ取ることが出来た。


「っ、上だ!!」


 俺の叫びに、騎士達が一拍遅れて反応する。


 そこにいたのは、漆黒の空に溶け込むようにして飛来する、一つの巨体だった。


 一対の翼を広げ、漆黒の鱗を全身に纏う伝説の魔獣。


 ドラゴンが、まるで隕石のような勢いで俺達の方へ突っ込んで来たのだ。


「あれは……まさか、黒竜ブラックドラゴンか!? まずい!!」


「ライク様、お逃げください!!」


 何とかライクだけでも着陸地点から逃がそうと、騎士達が動き出した。


 けれど、このスピードだとライクは助かるかもしれないが、騎士達が助かるかどうかは怪しい。


 ──やるしかないな。


「魔神流剣術、一の型……《氷狼一閃》!!」


 剣を抜き放ち、ブラックドラゴンを叩き斬らんと神速の居合を放つ。


 大気をも凍てつかせ、岩だって両断する威力の斬撃が、まだ距離のある段階でブラックドラゴンを斬り裂く……はずだったんだが、ブラックドラゴンの鱗が硬すぎて、刃が通らなかった。むしろ、叩き付けた俺の腕が反動で痺れている。


 だが、何とか落下軌道を逸らすことには成功したようで、俺達のすぐ後ろをブラックドラゴンが滑るように着陸した。


「っとに……まだまだ修行が足りないな……!!」


 ブラックドラゴンは、ゲーム序盤に登場する中ボス的な存在だ。めちゃくちゃ強くて、攻略サイトにも初心者殺しなんて書かれ方をするくらい厄介な存在だった。


 その強さは、なんといってもその全身の強度だ。


 あまりにも硬くて、強力な攻撃スキルがまだ出揃っていない序盤ではほとんど有効打が与えられない。


 その癖、こいつの攻撃は今みたいに回避の難しい全体攻撃が多く、体力の削り合いになればこっちが先に力尽きるという嫌らしさ。


 乙女ゲームで出すような敵じゃないだろと、十回目のリトライでやっとクリアしながら叫んだ記憶が蘇る。


「でも……ゲームと違って、今回はリトライなんて出来ないんだよな……」


 ゲームのような魔法スキルも使えない。

 切り札の剣術も、火力という面ではまだまだゲーム序盤の初級スキルと大差ない性能しかなかったのか、ブラックドラゴンにはあまりダメージが通ってないように見える。


 普通に考えれば、逃げるべきなのかもしれないけど……こうなると、やっぱり仮説は正しかったって認めるしかないんだよな。


 ブラックドラゴンを倒せないと、アインさん達はここで死ぬ。


「坊主、坊ちゃんを連れて早く逃げろ。ここは俺達でどうにかする!!」


 今日初めて会ったばかりの人達だ。死のうが生きようが、俺にはさほど関係ないのかもしれない。


 だけど、この人達が死ねばライクが悲しみ、これから先ずっと自分のせいで失わせた命を背負って生きていくことになる。


 それが、将来ティルティを容赦なく断罪し、一片の慈悲すら見せることのない腹黒野郎を形作る一因になってしまうのなら……。


「いえ……こいつは、ここで俺が仕留めます」


 俺が、命を懸けて守る価値は十分にある。


「正気か? 坊主が何をしたかは見えなかったが、さっきの一撃で腕が痺れたんだろう、隠しても無駄だぞ」


「よく見てますね。でも、大丈夫です」


 痺れた手で、知らず知らずのうちに震えていた足をぶん殴る。


 問題なく動くようになったそれを、軽く開閉して調子を確かめると……俺は、今一度剣を鞘に納め、構えを取った。


「コツは掴みました。必ず仕留めてみせます」

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