第13話 話し合い

 俺はゲームの攻略対象キャラの一人、ライク・ハルトマンから、従者として指名された。


 従者とは何かというと、まあ一言で言えば専属のお世話係だな。


 将来重役につくことが決まってる大貴族の子供が、信用出来る部下を早いうちから作っておくために、寄子貴族の中で歳が近い子供を宛てがうことが多い。


 その意味では、ハルトマン侯爵家の後ろ盾によって男爵位を得た、レンジャー家の息子である俺が従者になるのは、まあ妥当な流れと言える。


 父さんがまだ襲撃の時に負った怪我の治療中なのに、妹の処遇まで含めて俺の一存で決定してしまうのがちょっと普通じゃないけど。


「というわけで……事後報告になって申し訳ないんだけど、俺と一緒にしばらく侯爵家で過ごさないか?」


「…………」


 そういった説明をティルティにするべく、俺は父さんが寝ている侯爵家の医務室にやって来た。


 この三年でやっとレンジャー家に慣れて来たところなのに、急にこんな話をするのはやっぱり酷だっただろうか?

 何の反応も示さないティルティに、罪悪感を覚え……そんな俺に、ティルティは不安でいっぱいの表情を浮かべたまま、思わぬことを口にした。


「兄さん……侯爵家に仕えて、何をするつもりなんですか?」


「何って……多分、俺達を襲った賊の残党狩りとか、あるいは魔獣の討伐とか……そういう感じの事だと思うけど」


 俺の知る限り、攻略対象キャラであるライク・ハルトマンの目的は、侯爵家の乗っ取りだ。


 直系の長男坊であるライクが乗っ取りなんて変な話ではあるけど……彼にはそれをしなきゃいけない"理由"があるからな。


 それを実行する一番の助けになるのが、今から五年後に訪れるヒロインとの出会い。

 ヒロインが持つ聖属性魔法の力を、自分の目的のために利用しようと持ち前の甘いマスクで近付くのが、ゲームにおけるライクの攻略ルートの流れだった。


 流石に、五年も前倒して攻略ルート内のイベントを進めたりはしない……と思うけど、ゲーム内でも侯爵家内部における自身の発言力を少しでも高めるため、幼い内から結構無茶なやり方で戦功をあげて来たって語られてたし、それに協力することになる可能性は高いだろう。


 ……とまあ、そんな詳しい事情は話せないにしろ、概ねそんな仕事になるってことをかいつまんで説明すると……ティルティは、ウルっと目尻に涙を浮かべながら、俺に抱き着いて来た。


「嫌です、また兄さんが危ない目に遭うなんて……!! お願いします、もうあんな……あんな無茶なことはしないでください……!! 兄さんまでいなくなったら私、私……!!」


「ティルティ……」


 俺の腕に巻かれた包帯に触れながら泣くティルティの姿に、胸が痛んだ。


 ……そうだよな、今回の襲撃を切り抜けたことで、俺は一つ死亡フラグを乗り越えたって達成感すらあったけど……ティルティからすれば、やっと手に入れた平穏がいきなり脅かされたんだ。たとえ死んでいなくても、ショックだったに違いない。


 こんなの、侯爵家に仕える仕えない以前の問題だ。


「大丈夫だ、ティルティ。俺は絶対にいなくなったりなんてしない。そのためにここに仕えるんだ」


「ぐすっ……どういうことですか……?」


「言ったろ? あの連中は、まだ残党がいるんだ。このままだとまたいつ襲撃に遭うか分からない。そうでなくとも、この世界はいつだって魔獣に町や村が襲われる可能性があるからな……そうなった時、真っ先に矢面に立つのは俺達貴族だ。その時、無事に生き残るためにも……俺は、もっと強くならなくちゃいけない」


 そうだ、俺はもっと強くなる。


 ただ勝てただけで満足してたら不十分だ。最強の剣士になって……何が相手だろうと、掠り傷一つ負わずに打ち勝つんだ。


 ティルティが、何の心配もなく毎日を過ごせるように。


「約束だ、ティルティ。俺がお前の不安も何もかも、全部斬り飛ばして幸せにしてみせるから。な?」


「兄さん……分かりました。絶対……破っちゃダメですからね……?」


 俺が差し出した小指に、ティルティもそっと小指を絡める。


 そうして、俺達兄妹が二人で仲良く話していると……それまで蚊帳の外だった人物が、不満そうに声を上げた。


「ソルド、ティルティ、仲直り。良かった。でも、私、忘れられてる?」


「……あ」


 そう、ずっと静かだったから忘れてたけど、この部屋には眠る父さんと俺やティルティの他に、シルリアもいたのだ


 思わず素の反応を溢した俺に、シルリアは更に頬を膨らませて不満を露わにする。


「私、ここでずっと励ましてたのに。忘れられた。ショック」


「そ、そうだったのか……」


 シルリアがティルティと一緒にいるのは知ってたけど、まさか励ましてくれてたなんて。


 ティルティの方を見れば、そんな彼女の言葉を肯定するように頷きが返ってきた。


「ごめん、ありがとうな、シルリア。助かったよ」


「ん、分かればいい」


 無表情のまま、えへんと胸を張るシルリア。


 そのお茶目(?)な仕草に、ティルティと二人で顔を見合わせて笑みを浮かべ……そんな俺達に、シルリアが更に言葉を重ねた。


「褒めてくれたから、一つアイデア」


「アイデア?」


「ん、ティルティの不安、失くせるはず」


 思わぬ言葉に、俺もティルティも揃って目を丸くする。


 一体どんなアイデアかと視線で問いかける俺達に、シルリアは口調だけは淡々と……無表情のはずなのに、どこかドヤ顔にも見える不思議な表情で言った。


「ソルドが強いこと、証明すればいい。なら、侯爵家の騎士と模擬戦が一番」

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