第12話 ハルトマン侯爵家

 賊を打ち倒した俺は、すぐに父さんの容態を確認した。


 見た目は派手に血が出ているけど、ひとまず気を失っているだけで命に別状はなさそうだ。

 御者の人も……馬車の影に隠れて見えなかったけど、ちゃんと生きていてくれたみたいで良かった。


 賊の襲撃に怯えて、ずっと小さくなっていたらしい。

 見て見ぬふりしか出来なかったことを謝ってくれたけど、御者は護衛でもなければ戦闘職でもないんだ、自分の命を最優先にして当然で、非難されるようなことじゃないだろう。


 けど今はそんなことより、父さんを医者に早く診せることと、氷漬けになった賊をどうするかってのが問題だな。


 今すぐ町に戻って人を呼んできたいところだけど、前世みたいに平和でもないこの世界、怪我人と非戦闘員を残して唯一戦える俺がここを離れるっていうのも……。


「……ん?」


 そう思っていたら、こちらに近付く気配を感じて"空"を見上げる。


 なんで空? と、自分で自分の感覚に首を傾げながらそれを探すと……風を纏う緑髪の少女が、ふわりと舞い降りて来るところだった。


「人、呼んどいた。大丈夫」


「お前は……シルリア。どうしてここに?」


 ちょっと見えそうになったスカートから目を逸らしつつ、俺は問いかける。


 まだそういうのを意識する歳でもないのか、俺の反応にこてんと首を傾げつつ、シルリアは答えた。


「気になって、ずっと見てた。襲われてたから、助けに行こって。えらい?」


「見てたって……凄いな」


 この近くまで後を付けてたって感じでもないから、多分町から俺達の様子を見てたんだろうけど……何十キロと離れてるのに、よく見えるな。


 これが魔法の力か、とその便利さに感心していると、本当に街道の向こうから警備隊らしき人達がやって来るのが見えた。


 良かった、これで父さんを助けられる。


「…………」


「ティルティ、大丈夫か?」


「あ……はい。これで、助かる……んですよね……?」


「ああ、大丈夫だよ。悪い奴は全員やっつけたからな」


「はい……」


 まだ恐怖心が抜けきらないのか、ティルティは俺の腕にしがみついたまま離れようとしない。


 そんなティルティを慰めるように撫でながら、俺達はシルリアが呼んだ警備隊に連れられて、もう一度ガストの町に戻ることになったのだ。






「えーっと……この部屋でいいんだよな?」


 ガストの町に到着した後、俺は全身に受けた火傷の手当を受けた後、警備隊の詰所で事情聴取を受けることになった。


 襲撃を受けたことで、精神的に不安定になっている様子のティルティを残していくのは不安だったけど……シルリアが見ていてくれるようなので、ひとまずは信じることにする。


 今のティルティは、ゲームみたいな悪逆非道の公爵令嬢じゃなくて、単なる男爵家の養子だからな。


 ゲームでさえ関わりが薄いシルリアと一緒にいたからって、どうにかなることはないだろう。


「失礼します」


 そんなことを考えながら、俺は指定された部屋に入り……中にいた"少年"の顔を見て、頬を引き攣らせた。


「やあ、待っていたよ。ソルド・レンジャー」


「……初めまして、ライク・ハルトマン様」


 鮮やかな緑色の髪と、爽やかな笑顔のイケメン……いや、今はまだ俺と同い年くらいだし、イケメンっていう言い方は変か? でも、将来確実にそうなるだろうって確信が持てる美少年なのは確かだ。


 俺がプレイしたゲーム、"ノブファン"の攻略対象の一人、ライク・ハルトマン。とびっきりのとして描かれているその男が、幼気な少年の姿で目の前にいた。


「おや、僕のことを知っているのかい? 今日初めて会うと思うのだが」


「警備隊の詰所で、年端もいかない子供を取り調べの場に呼ぶ隊員なんていないでしょう。それを押し通せる存在がいるとすれば、このガストの町を治めるハルトマン侯爵家しかあり得ませんよ」


「ふふ、正しい推理だね。期待以上だ」


 何の期待だよ、と俺は少しばかりげんなりした。


 コイツは腹黒メガネという渾名が示す通り、攻略対象の中でも随一と言っていいほど頭がキレる。

 ゲーム内でも、コイツのルートだけは少し特殊というか、あまり戦闘力がない代わりに策謀でどんどん状況を改善していってくれるから、ノブファンをノブファンたらしめた戦闘シーンが少なくて……要するに、"正解"さえ知っていれば非常にクリアしやすい"初心者向き"の攻略対象だった。


 ノブファンの癒し枠だの、チョロメガネだの言われてた……が、それはあくまでヒロインから見ての話。


 ヒロイン以外からすれば、コイツに関わった途端無茶ぶりのオンパレードで生きた心地がしなかっただろうことは、数多のシーンが証明している。

 他の攻略対象ではヒロインが魔法で解決するパートを、このメガネが他人に押し付けて解決してるんだから当たり前だ。


「それで、ライク様は俺に何の御用でしょう? まさかバカ正直に取り調べだけするためにここにいらっしゃったわけではないですよね?」


「話が早い人は好きだよ。それと、敬語もいらないから肩の力を抜いてくれ、僕は君に感謝しているんだ」


「感謝……?」


「君が打ち倒した賊は、僕らハルトマン家も対処に苦労していたんだ。なかなか尻尾を見せない連中だったからね……それが今回、君達レンジャー家の力を侮ってあっさりとボスの一人が捕縛された。あくまで下部組織の一つではあるけど、捜査が大きく進展する一助になってくれるだろう。お礼を言いに来るのは当然じゃないかな?」


「なるほど……」


 まあ、理屈としては合ってるな。


 だからって、感謝してはい終わりとはならないのが、コイツの厄介なところだけど。


「それで、ここからが本題なんだけど……君、しばらくうちに仕えてみる気はないかい?」


「は……? 急に何を言ってるんです?」


 敬語はいらないと言われたからといって、バカ正直にタメ口を利く気にもなれなかったけど……流石に思ったことをそのまま口にする権利くらいはあると思いたい。


 男爵家の、たかが十歳の子供にいきなりうちで仕えろとは、なかなかぶっ込んだ発言である。


「もちろんタダでとは言わないよ。君の実家の領地開発が進むよう、出来る限り便宜を図るし……君の訓練に必要な設備や道具も、一通り手配しよう」


「ありがたい話ですけど、どうしてそこまで? 俺、まだ十歳の子供なんですけど」


だよ。その歳で、十数名の賊を多少の火傷のみで犠牲ゼロのまま返り討ちにする実力者だ、早いうちに囲っておきたいと思うのは自然じゃないかな?」


 先行投資ってやつさ、とライクは語る。


 何だろう、嘘ってわけじゃないのかもしれないけど、やっぱり胡散臭い。


「……そういうあなたもまだ十歳程度でしょう? そこまでする権限があるんですか?」


「こう見えて、父上からはそれなりに権限を与えられてるよ。今の内から部下を一人二人連れ込むくらいは、問題なく認めて貰えるはずさ」


「……もしかして、適当な理由で俺のことをこき使おうとしてます?」


「そんなことないよー」


「わざとらしい棒読みやめてください」


 はあ、と溜め息を吐く俺を、ライクはにこにこ笑顔で見つめている。


 ……何というか、何を言ってもコイツの思い通りになりそうで腹立つなぁ。まあ、ゲーム通りのキャラクターなら、そう悪いことにはならないだろうけど。


 何せ……こいつの目的はあくまで、ハルトマン侯爵家を手に入れることだろうから。


「分かりました。俺にとっても悪い話じゃないですし、その話をお受けしますよ。ただ……一つお願いが」


「何かな?」


「俺の妹……ティルティも一緒に預かって貰えませんか? あの子に侯爵家の教育を受けさせてやって欲しいです」


 俺のお願いに、ライクは目を瞬かせた。


 ティルティは、ゲーム通りだと公爵家の人間として教育を受け、貴族学園に通うことになる。

 あんな地獄にティルティを送り込みたくはない……が、所詮俺の実家は男爵家だ、よっぽどないとは思うけど、公爵家から圧力をかけられでもしたら、到底抗うことなんて出来ない。


 だから……ストーリー上ではティルティを破滅させる攻略対象とはいえ、強大な力を持つ侯爵家との繋がりを作ってやりたいんだ。


 きっとそれが、あの子の運命を変える一助になるだろうから。


「随分と妹想いなんだね。まあ、気持ちは分かるよ、僕にも妹がいるから」


「シルリアのことですか?」


「ああ。随分とお転婆で、見ていて冷や冷やすることも多いけど、可愛い妹だよ」


 少し話が逸れたね、とライクが脱線した内容を元に戻す。


「分かった、君の言う通りにしよう。兄妹ともども、侯爵家でしばらく仕えるといい」


「ありがとうございます、ライク様」


「様はいらないって」


 くすりと笑うライクに、やっぱり胡散臭いなぁ、なんて思いつつ……。


 こうして俺は、思わぬ形で新天地での生活を始めることになったのだった。

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