第11話 初めての実戦

「ふんふふんふふ~ん♪」


「兄さん、ご機嫌ですね」


「そりゃあな、自分の剣を持てたんだし、嬉しいよ」


 馬車に揺られながら、俺は鍛冶屋から受け取った剣を胸に抱いて鼻歌を口ずさんでいた。


 そんな俺に話しかけるティルティも、俺の雰囲気に当てられたのか少し楽しそうだ。


「フレイも、次は自分の力だけで一本作るから待っててって言ってたし……いっそ二刀流とか練習しようかな~」


 いや、そもそも一刀ですらまだ未熟者の俺が、その場のノリで二刀流なんて出来るわけないんだけど……"自分の剣"を二つ目も作って貰える予定が出来ちゃったし、どっちもちゃんと使いたい。


「父さん、魔神流って剣を二つ使った技はあるの?」


「……安心しろ、ソルド。魔神流には十の型がある、その中には二刀流のような特殊なものも含まれているからな、お前ならいずれ習得出来るだろう」


「そっか、じゃあフレイが成長するまでに、俺もそれを教えて貰えるくらい修行しないとな!」


「そ、そうだな、頑張れ」


 なぜか目を逸らしながら、父さんはそう言った。

 どうしたんだろうかと首を傾げながら、俺達は馬車に揺られ続ける。


 レンジャー領に着くまで、初めて訪れた都会の町並みの感想や思い出について、ティルティとゆっくり話し込んで……ふと、その途中で。


 馬車が、一際大きな揺れに襲われた。


「きゃっ……!」


「おっと」


「うおっ──」


 ティルティが椅子の上で跳ね上がり、転がっていきそうになる。

 その小さな体を俺が抱き支えて守る一方で、対面に座っていた父さんが俺達の方に飛んできた。


 ティルティならともかく、魔神流を修めた父さんがこの程度の揺れでバランスを崩すなんてあるはずがない。

 どうしたんだろうかと疑問を抱いて……その直後。


 ぞわりと、馬車の外から魔法の"気配"を感じた。


「っ、しまっ……!!」


 俺がその気配に対応するよりも早く、途方もない衝撃が馬車を吹き飛ばした。


 何とかティルティを守るように身を丸くし、馬車から飛び出すんだけど……今の俺には、それ以上のことに対処する余裕はなかった。


「父さん!!」


 俺達と同じく、横転した馬車から投げ出された父さんだったけど……俺達と違い、血だらけの状態で倒れている。


 多分、魔法の衝撃から俺達を庇って……くそっ、襲撃イベントが起こるなら屋敷にいる時だろうと思って油断した!!


「えっ、あっ、え……? 兄さん、一体何が……お父様、どうして……え……?」


 突然の状況に理解が追いつかないのか、ティルティが俺の腕の中で混乱している。


 ……しっかりしろ、俺。ここで俺まで取り乱したら、ティルティだって守れないし、父さんを助けることも出来ないぞ。


 ここからだと安否が分からない御者の人も心配だし……まずは何より。


 今目の前にいる不審者どもを蹴散らすのが先決だ。


「お? ちゃんと"商品"は生き残ってるな。よーしよし、ツイてるぜ」


 いつの間にか、俺達を取り囲むように、武装した男達が集まっていた。その数、十人以上。


 林に囲まれた街道っていう立地もあったとはいえ、ここまで近付かれるまで気付けないなんて……本当に、まだまだ修行が足りないな。


 俺がもっとしっかりしてれば、父さんは俺達を庇う必要もなく、こいつらを制圧出来ただろうに。


「悪いな坊主、お前には悪いが、ここで死んでもらう。その娘をこっちに渡せば、温情をかけてやらんこともないが……どうする?」


「わ、私……?」


 まさか自分の名前が呼ばれると思わなかったのか、ティルティが震えている。


 そんなティルティを安心させるように撫でた後、俺は剣を腰に構えて立ち上がった。


「誰が大切な妹をお前らみたいな賊に引き渡すかよ。殺されたい奴から前に出ろ、俺がぶった斬ってやる」


「……ぷっ、くはははは!! こりゃあ傑作だ、おいお前ら、血も繋がらねえ妹のために、魔法も使えねえポンコツお坊ちゃんが相手してくれるってよ」


 ボスっぽい男が剣を肩に担ぎながら、俺のことを煽り立てた。


 げらげらと、賊共が品のない笑い声を上げているが……正直、油断していてくれると俺もやりやすいので助かる。


 ゆっくりと息を吐きながら、散々修行して来た居合の構えを取ろうとして……賊のボスは、俺に向けて魔法を放ってきた。


「《炎球ファイアボール》」


「くっ……」


 燃え盛る火の玉が真っ直ぐに飛んできたことで、俺はすぐさまそれを回避するんだが……そのせいで体勢が崩れ、技を放つ余裕がなくなってしまった。


 こいつ、魔法が使えるのか……!!


「お前らもやってやれ、カッコつけたがりのそのガキに、現実ってもんを教えてやるんだ」


「「「おおっ!!」」」


 ボスだけじゃない、他の連中も、あまり強くないにしろ全員魔法が使えるらしい。ただの賊の癖にマジかよ。


 ボス男と同じ火の玉から、氷柱の弾丸、光り輝く突風の刃、土塊の槍と、バリエーション豊かな魔法が次から次へと襲い掛かって来たことで、俺は回避で手一杯になる。


 しかも、相手の数は十人以上だ。それがこっちを囲んで次から次へと魔法を撃って来るものだから、ただ回避することさえ難しい。


 ゲームでなら、ただ回避する以外にも防御の魔法とかあったから、こんなシチュエーションでも乗り切る自信はあるんだけど……残念ながら、俺にあるのは剣一本。盾として使うことは出来ない。


 そんな中で、ついに足元で爆発した炎が、俺の体を焼き焦がした。


「くぅ……!!」


「兄さん!!」


 ティルティが悲鳴のように俺を呼び、駆け寄って来る気配がする。


 それを、俺は手で制した。


「来るな、ティルティ!! 下がってろ!!」


「でも、このままじゃ兄さんが……!! 兄さんまで、死んじゃう……そんなの、そんなの嫌……!!」


 今にも泣き出しそうな表情を浮かべるティルティを見て、俺は心が痛んだ。


 ……何やってんだ、しっかりしろ俺。何のためにこれまで修行して来た? ティルティを守るためだろ。

 それなのに泣かせるなんて、兄貴失格じゃないか。


「大丈夫だ、俺が勝つ。安心してそこで見てろ」


「ほう、まだそんな虚勢が張れるとはな……なら、勝ってみせろ、どうせ無理だろうがな!!」


 愉悦の表情を浮かべながら、賊共が再び俺に魔法を放った。

 十数発の魔法が、逃げ場なく俺へ襲い掛かる光景に、ティルティがまた叫んでいる声がするが……俺は、それら外界の情報を絶つように、目を閉じる。


「…………」


 今まで、一度だってこの技を成功させたことはない。


 それでも……こいつらを、魔法使いを剣で超えるためには、魔神流の技を今ここで完成させるしかないだろう。


「────」


 余計なものを見ないようにしたことで、迫りくる魔法一つ一つの存在が却って認識しやすくなった。


 これこそが、父さんが……師匠が言っていた、"目に頼らず五感で周囲を感じ取る"ということなんだろう。


 ここまで来れば、残る要素はあと一つ……"剣の声に耳を傾ける"だ。


「──心配するなよ、ティルティ」


 ただ静かに耳を澄ませば、剣が俺に確かに語り掛けて来るのを感じた。


 おれを信じて、ただ振り抜けと。


 己の信じる、絶対の意志を込めて。


「お前は俺が、守ってやるから」


 腰に構えた剣を、ただ"ゆっくりと"抜き放つ。


 これまでは理屈で物事を考え、ただ速く振ることばかり考えていたが、そうじゃない。

 丁寧に、ゆっくりと……感じ取った気配を一つ一つ、確実に斬り裂くのだ。


「魔神流剣術、一の型──《氷狼一閃》」


 目を開けると、俺に迫っていた魔法の全てが上下に斬られ、消し飛んでいた。


 それだけに留まらず、俺達を取り囲んでいた賊の男達もまた、その体を深く斬り裂かれ、傷口が凍結している。


「何が……起きた……?」


 俺の主観としてはゆっくりと……こいつらにとってはほんの一瞬のうちに起きたその出来事が信じられないと、賊のボスは目を見開いていた。


 傷口が凍り付いているために、ギリギリ死ぬことなく意識を保っているそいつの疑問に、俺は答えをくれてやる。


「斬っただけだ。魔法も、お前らも、全部いっぺんに」


「斬った……? 一体、どんな魔法を……」


「魔法じゃない、剣術だよ。俺に魔力はないからな」


「う、嘘を吐くな……剣で魔法を斬るなんて、そんなこと出来るはずが……!」


「実際、出来ただろ? これが魔神流剣術……ティルティを守るために手に入れた力だ」


 そう言い放った俺に、賊のボスは最後まで理解できないとばかりに恐怖と困惑の表情を浮かべたまま、意識を失い──


 こうして、俺達に降りかかった突然の災厄は、何とか防ぎ切ることが出来たのだった。

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