第10話 奴隷商の企み
「……何? 貴族共に奪われた“例の商品”がこの町に来てるだと?」
「へい。間違いありません」
なぜか腕を包帯で吊るし、そうなった理由を頑なに話そうとしない部下からの報告を受けて、一人の男が薄暗い倉庫の中で思案する。
彼の名はドゴラ。非合法の奴隷売買組織“タイタンズ”……の下部組織の一つを束ねる男だ。
彼はここ、ガストの町を中心に展開する商店の取り纏め……という表向きの仕事の裏で、人攫いや高利息による金貸しなど、とても人に言えない所業を繰り返して財を成している。
しかし当然ながら、そんなことを繰り返せば秩序を守る側の人間である貴族や衛兵達に目を付けられてしまう。
それでも、適当な部下をトカゲの尻尾のように切り捨てながら、ここまで上手くやって来たのだが……三年ほど前に起きた大規模な“粛清”によって大勢の部下を失い、多大な損害を出していた。
それこそ、本来なら“タイタンズ”の幹部として取り立てて貰えるはずが、その話が立ち消えて一から出直しとなってしまうほどの──
「その商品は今、どうしてるんだ?」
「レンジャー男爵家に身を寄せているようですね」
「レンジャー、レンジャー……聞いたことねえな」
「仕方ないですよ、魔法も使えねえ貧乏貴族だって話ですから」
「ふぅん……なるほどな」
魔法も使えない貴族など、反乱が起きたらどうするのかと聞きたくなるのだが、小さな村を治めるただの村長のようなものと言われれば納得もする。
町と呼べる規模ならその長には貴族の血縁者がつくのが普通だが、小さな村であれば何の力もない平民が単なる纏め役として就任している例も少なくないからだ。
「そういうことなら、チャンスだな」
貴族達が取り締まりを年々強化しているが、彼らもただやられるままで終わるつもりはなかった。
三年前に失った戦力はほぼ補充が完了しているし、以前よりも強力な手駒はいくつもある。
もちろん、だからと言って貴族達と全面衝突などということになれば分が悪いが──適当な木っ端貴族であれば十分に潰すことが出来るだろう。
その戦力を証明することで、相応に力と野心を秘めた貴族に“無理に潰すよりも利用した方が得だ”と思わせ、裏の繋がりを作って地盤を固める。それがドゴラの目標だ。
そして……力を示す上で、レンジャー家というのは獲物として非常に都合が良かった。
消えてなくなったからといって貴族達がそれほど目くじらを立てるような重要人物でもなく、それでいて大した損害もなく“貴族家を潰すだけの力がある”と証明出来る相手なのだから。
「それでいて、“商品”もついでに奪い返せたら最高だ。あれはなかなか良い拾い物だったからな」
レンジャー家で養われている少女──ティルティのことは、ドゴラもよく覚えている。
彼らが初めて
身寄りもなければ、誰一人としてその存在を認知していない、見目もそれなりで将来は美人になるだろうと予想出来る少女だ。間違いなく金になるし、どう売っても足がつかない。
もっとも、そうして奴隷にした直後に貴族達からの粛清が始まってしまい、世話をする余裕がなくなったので食事も与えず放置していたのだが……まさか、貴族が養子に取っているとは思わなかった。
「レンジャー家は今どうしてるんだ?」
「どうやら、息子に剣を買い与えるためにここに来たようですねえ。それを受け取り次第自領に帰るつもりでしょう」
「なるほどな……よし、決めたぞ!」
部下からの情報を頭の中で纏め上げたドゴラは、不敵な笑みと共に立ち上がった。
「すぐに部下を集めろ、レンジャー家を潰すぞ」
「了解です。ちなみに、仕掛けるのはいつにするので?」
「連中が町を出た後、人気がなくなったタイミングを狙う。初撃で馬車を潰して、部下で囲んで中の奴らを全員消すんだ」
「それだと、“商品”が馬車の転倒で死んじまうかもしれませんぜ?」
「そうなったら仕方ねえ、運がなかったと諦めるさ。それより、侯爵家と事を構えなくて済むように、衛兵どもに金積んどけよ。街道の見回りと運悪く鉢合わせたりしないようにな」
「了解です」
方針を固め、部下が動き出す。
その背中を見送りながら、ドゴラはほくそ笑んだ。
「お前らレンジャー家に大した恨みはねえが……まあ、俺らに目を付けられた自分達の不運を呪うんだな」
こうして、ソルド達レンジャー家の面々を狙い、不穏な影が動き出すのだった。
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