第5話 ガランドの息子観察日記
俺の名前はガランド・レンジャー。レンジャー男爵家っていう、まあ片田舎の小さな村を治める木っ端貴族だ。
本来なら、木っ端とはいえ貴族である以上、武力がなきゃ話にならないんだが……俺に関しては、武力なんて皆無だ。なのに男爵になっちまった。
魔法は使えないし、代わりに剣は多少齧ったものの、才能ゼロだからやめとけって師範から真面目に諭されるレベルだったしな。
なんでそんな有様で男爵位が貰えたのかといえば、戦場で功績を挙げたことが理由だ。
嘘じゃないぞ? ただし、武功じゃなくて慰撫の方だけどな。一応は剣を習ったからって金目当てに
剣を使った、ちょっとした曲芸と手品で盛り上げてな。
そんなわけで、“宴会の剣聖”なんてありがたいんだかありがたくないんだかよく分からん二つ名を頂戴した俺は、そのまま戦勝祝いの席で侯爵様から爵位を授かっちまったってわけだ。ちょうど、開拓したばかりで誰に管理を任せるか迷っていた土地があるからってな。
最初は不安だったが、貴族になった経緯をちょっとばかし脚色して武勇伝にしたら、それはもう女にモテまくって最高の気分だったね。
今はもちろんやってないぞ? そんなことして女侍らせたら、妻のミラウに殺されちまう。
何なら、今でも出掛ける度に浮気してきたんじゃないかって疑われるしな……若気の至りってのは怖いもんだ、めちゃくちゃ後に尾を引いてる。
お陰で、純粋な善意で連れ帰ってきたティルティまで、俺の隠し子だって疑われちまった。こんなに似てないのになぁ。
まあいい、過去の過ちよりも今のことだ。
ティルティを連れ帰った直後は、うちで上手くやっていけるのか不安もあったんだが、歳の近いソルドが上手くやってくれたようで、一ヶ月もする頃にはべったりとあいつの傍に引っ付いて行動するようになっていた。
ちょいと依存し過ぎな気がして不安もあるが……まあ笑顔も見せてくれるようになってきたし、助け出された時の状況を考えれば多少は仕方ないだろう。今後の課題だな。
それより、だ。正直俺としては、ティルティのことよりも無視できない問題が一つあるんだ。
何を隠そう、俺の実の息子……ソルドがヤバイのである。
「父さん……じゃなかった、師匠、居合斬りがいい感じに出来るようになって来たから、一度見てくださいよ!」
「ほうほう、どれどれ見せてみろ」
ティルティをうちで引き取って二ヶ月が過ぎようという頃、突然ソルドからそう言われた。
元々基礎の基礎しか知らない俺は、宴会芸でよくやっていた氷の斬撃(に見える手品)を披露した後、ひたすら基礎練習を続けろと伝えて半ば放置していたんだが……どうやら、いい加減褒めて欲しくなったらしい。
「俺は剣にはうるさいからな、そう簡単に褒めて貰えるなんて思うなよ〜?」
口ではそう言いつつ、内心ではどんなに不格好だろうと褒めてやるつもりだった。
ソルドはまだ七歳だ、新しく出来た妹のために強くなりたいという志は立派だが、魔法の才能もないあいつが強くなれる未来はないわけだし……適当に煽てつつ、努力することの大切さでも教えてやれればいい。
もしかしたら、俺と違って剣の才能があって、騎士は無理でも町の衛兵くらいにはスカウトされるかもしれないしな。
「ちゃんと見ててくださいよー」
「分かってる分かってる」
そんなことを考えながら、丸太に向かって木剣を構えるソルドを微笑ましい気持ちで見つめる。
はてさて、二ヶ月前からどれだけ成長しているやら──
「……はぁ!!」
ソルドの発した裂帛の気合いと共に、裏庭を突風が吹き抜けた。
ポカン、と口を開けたまま固まる俺の前で、丸太が切断されゴトンと地面に転がり落ちる。
「……はあぁぁぁ??」
何が起きたのか、意味が分からなかった。
えっ、斬ったの? 木剣で? 丸太を? 本当に??
「その反応……やっぱり、この程度じゃまだまだってことですね。分かってはいましたが」
何やら息子が悔しそうにしているが、どこがまだまだなんだろうか。
実は単なるドッキリで、何かしらの手品を覚えて俺を驚かせようとしているんじゃないかと、切断された丸太を見に行ったが……一応はこの道十数年の俺から見ても、何の種も仕掛けもなかった。
ちょっと意味が分からない。
「師匠の見せてくれた《氷狼一閃》に比べると、やはり断面が少し荒いんですよね。それに、どうしても斬撃に凍気を纏わせるということが出来なくて……何かコツとかありませんか?」
そんなものがあるなら俺が聞きたい。
「ふ、ふふふ……なかなかの成長ぶりだな、見違えたぞ、ソルド。だが、確かにまだまだ甘いな」
自分でも何を言っているんだと思いながら、俺は精一杯の虚勢を張る。
どうしよう、うちの息子が天才過ぎる。
本来なら喜ぶべきことなんだが、このままでは俺が適当な嘘剣術で息子を騙そうとしていたことがバレてしまう。
いや、いずれバレるだろうと思ってはいたが、それはあくまでソルドがもう少し大きくなって、ちゃんとした剣術道場に通える年齢になってからだと思っていたんだ。
だからその、これは……どうすればいいんだ?
「ソルド、お前はまだまだ“目”に頼りすぎている。もっと“剣の声”に耳を傾け、五感で周囲の気配を感じ取るんだ」
「それって、どうすればいいんですか?」
「目隠しをして、これまで通りの修行を続けるといい。目隠しをしたまま普段の日常生活すら送れるようになれば、自ずと次のステージへ上がれるはずだ」
混乱のあまり、気付けば俺はそんな適当な修行法を口にしていた。
いや、剣の声ってなんだ、五感で気配を感じ取れと言いながらなんで目隠しなんだよ、もう五感じゃないじゃないか。
自分で口にしながら、その場で矛盾に気が付いてしまうレベルの妄言なんだが……うちの息子はどうやら純粋過ぎるようで、それには全く気付くことなく素直に頷いてしまう。
「分かりました、頑張ります、師匠!」
「うむ、しっかり励めよ」
分かるんじゃない!! と心の中で叫びながら、さりとて今更全部嘘などと言えるはずもなく。
その後、本当に家の中でまで目隠しを始めたソルドを見て、適当な指導をした俺がミラウにめちゃくちゃ叱られたのは、言うまでもない。
まあ、当のソルドは、目隠し生活一週間くらいで、当たり前のように家の中を一人で散歩するようになっていたんだがな!
……いや、えっ、ちょ……うちの息子、本当に天才過ぎない……?
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