第3話 修行とおやつ
父さんから剣術を習うことになり、俺は早速屋敷の裏庭へやって来た。
手にするのは、訓練用の木剣。父さんも同じものを持ち、対面する形で仁王立ちしている。
「いいか、ソルド。これから俺が教えるのは、“魔神流”と呼ばれる、一子相伝の剣術だ」
「魔神流……」
なんかカッコイイ名前が出てきたな。ゲームをフルコンプした俺でも知らないんだが、どんな流派なんだろう?
「人は魔獣に抗うため、魔法という牙を研いで来た。では、魔法を使えない者はどうすれば良いか? ──魔獣の力をその身に降ろし、魔獣の力を以て魔獣を討てばいい。そんな考えの下編み出されたのが魔神流になる」
「おお〜」
なんかすごいな、魔獣の力を降ろすのか。でも、魔法もなしにどうやって?
そんな俺の疑問に答えるように、父さんは得意顔のまま語り続ける。
「剣と一体となり、身も心も全てを一つの刃と化すことが出来れば、自ずと剣がその答えを教えてくれるだろう」
「うーん……」
どうやら、この辺りは理屈でどうこうって話じゃないらしい。
いまいちイメージ出来ずに首を傾げる俺に、父さんは軽い調子で言った。
「ではまず、俺が一つ魔神流の技を披露してやろう」
「いいの?」
「目指す形がハッキリしていた方が、お前もやる気が出るだろうからな。……ちょっと準備するから、待ってろ」
そう言って、父さんは家の中に一度戻った後……結構な時間を空けて、ようやく戻ってきた。
その両腕に抱えているのは、大きな丸太が一つ。これを探すのに手間取ったのかな?
「ふぅ……よし、少し離れていろよ」
「うん、分かった」
父さんが丸太を設置したところで、言われるがまま距離を置く。
すると、父さんは木剣を腰に添えた状態で、集中するように目を閉じた。
……まさか、あんな刃すらない木剣で丸太を切断するつもりなんだろうか?
もしそんなことが可能なら、とんでもない技だ──
「……ふっ」
小さな呼吸と共に、父さんは目をカッと見開き、腰の木剣に手を添え、構えを取る。
ごくり、と喉を鳴らして見守る中……父さんはそのまま、何もすることなく構えを解いた。
「……父さん?」
どうしたんだろう、と疑問に思う俺の前で……すとん、と丸太が斜めに切断され、倒れる。
何が起きたのか、全く理解出来なかった俺は、思わず目を見開いた。
「父さん、今、何したの!?」
「ふっ、お前にはまだ見えなかったか……今のが、魔神流剣術一の型、《氷狼一閃》。伝説の魔獣、フェンリルの力を降ろして放つ、神速の斬撃だ」
「す、すげえ……!!」
俺が考えていたよりも、ずっとすごい技を見せられてしまった。本当に、剣を振る瞬間すら見えなかったぞ……。
感動に震える俺に、まだ驚くのは早いとばかりに父さんは倒れた丸太を指差す。
「ソルド、斬り口をよく見てみるといい」
「え? 斬り口? ……こ、これは……凍ってる!?」
なんと、切断された丸太の断面は、ささくれ一つないどころか薄い氷の膜が貼っていた。
どういうことなのかと混乱する俺に、父さんはドヤ顔で説明してくれる。
「フェンリルは、雪原を駆ける氷河の主と言われている。そんなフェンリルの力を宿せば、斬撃に凍気が宿ることもまた必然だ」
「す、すげえ……そんなの、もうほとんど魔法じゃんか!?」
「魔法ではないさ。言ったろう? 俺に魔法は使えない、これはあくまで剣術だとな」
父さんのドヤ顔がどんどんウザイことになっていってるけど、披露してくれた技は本当にすごい。
何をどうしたら、魔法なしの剣術で丸太が凍るんだ? まるで手品か何かを見てるみたいで、ワクワクしてきた。
「父さん、今の技、俺も使えるようになるんだよな!?」
「真面目に修行を重ねていけばな。厳しい修行になるが、付いてこれるか?」
「もちろん!! 遠慮も甘えもいらないから、ビシバシ鍛えてよ、父さん!!」
この剣があれば、俺もティルティを守ってやれる!!
そんな気持ちで拳を握り締める俺に、父さんは先人としての威厳のようなものを醸し出しながら笑みを浮かべた。
「父さんではない、師匠だ。これからは、剣の修行中はそう呼ぶように」
「はい、師匠!!」
こうして俺は、父さん……師匠と一緒に、剣の修行に励むことになった。
「ティルティ、起きてるか?」
さて、父さんとの剣の修行を始めたわけだけど、当然それだけにかまけているわけにはいかない。
ティルティの運命を変えるには、俺自身が強くなることはもちろん、ティルティが悪女にならないよう、愛情いっぱいに育ててやらないといけないからな。
そんなわけで、父さんとの修行が一段落したところで、俺はティルティの部屋を訪れたんだが……。
「…………」
ティルティは、ベッドの上で膝を抱えて座り込んでいた。
まるで世界を拒絶するかのように丸まっている姿は、未だロクなケアも出来ずパサパサの髪も相まって本当に痛々しい。
見ているだけで心が苦しくなるけど、俺まで辛気臭い顔をしていたら余計に暗くなってしまう。
気合いで表情を笑顔に変え、ティルティのいるベッドの縁に腰掛けた。
「ティルティ、おやつ持って来たぞ。一緒に食べないか?」
「…………」
「いきなり硬いもの食べると胃がびっくりするからって、メイドのサリーが水飴を作ってくれたんだぞ。ほら、トロトロで甘くて美味しいぞ〜」
「…………」
頑張って話しかけてはみるんだが、ティルティはそもそも俺に目を向けてすらくれない。
ちょっと心が折れそうになるけど、今一番心が辛いのはティルティのはずだ、こんなことでめげていられるか。
そんな一心で、ひたすら話しかけ続けて……あまりにも反応がないまま、一人語りのネタも早々に尽きてしまった。
仕方ないので、ティルティが水飴を食べたくなった時のためにと、その場で延々と待機していると……ついに、ティルティの掠れた声が聞こえてきた。
「……どう、して……そんなに、私のこと……気にするん、ですか……」
「どうしてって、家族になるなら気にするのは当たり前だろ?」
「家族じゃ、ない……私の家族は……もう、いない……!」
あまり大きな声じゃないけど、その言葉の裏には俺じゃあ想像もつかないくらいの深い悲しみと絶望、怒りの感情で満ちているように感じた。
まだたった六歳の女の子が抱えるには、あまりにも重すぎるそれをどうしたら解消してやれるのか……正直、俺にはよく分からない。
「ごめんな。でもまあ、家族じゃなくても……やっぱり俺、ティルティのこと放っておけないからさ、出来るだけ傍にいるよ」
「だから……どうして……あなたには、関係……ないのに……」
「関係なら、もう出来てるだろ? 俺はお前の名前を知ってて、今こうして目の前にいるんだから」
傷付いて苦しんでる人全員を救いたいなんて言うつもりはないし、出来るとも思わない。
だけど今、目の前に苦しんでいる人がいて、俺に差し伸べられる手があるのなら……伸ばしたいじゃないか。
「その方が、俺も気分が良いからな」
「……勝手すぎる」
「ああ、これは俺の自己満足だ。だからティルティも、難しいこと考えずに俺の善意を利用したらいいよ。ひとまずここにいれば、贅沢三昧……とはいかないけど、飯と寝るところには困らないよ」
な? と語りかけるも、返事は返って来なかった。
こういう時、もっと気の利いた言葉が言えたら良かったんだけど……難しいなぁ。
どうしたものか、と悩みながら、さりとて今日の修行はここまでと父さんにも言われてしまっているので、他にやることもない。
会話もないまま、ただ静かにティルティの傍で足をぶらぶらさせ続けて……不意に、声をかけられた。
「……ちょうだい」
「ん?」
「おやつ……私にも、ちょうだい」
どうやら、ティルティも水飴が食べたくなったらしい。
やっと目を向けてくれたのが嬉しくなって、俺は大喜びで水飴を掬ったスプーンを差し出す。
「もちろんいいぞ! ほら、あーん」
「自分で、食べれるから……!」
「そ、そうか」
一応まだ病人だし、食べさせてあげた方がいいかと思ったけど、それは拒否されてしまった。
ちょっぴり残念に思いながらも、水飴が載せられたお皿ごとティルティに差し出すと、勢いよくそれを食べ始めて……ポロポロと、涙を零し始めた。
「おいしい……」
「そうか。好きなだけ食べろよ、もうここには、お前を傷付ける奴なんていないから」
「……うん」
ゆっくり、噛み締めるように水飴を食べるティルティを、そっと撫でる。
今度は拒絶されることなく、ただ黙って食べ進めるティルティを見て、ちょっとは心を開いてくれたのかな、なんて……そう思うのは、まだ早いかな?
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