第2話 魔法がダメなら剣で最強になればいいじゃない
ティルティは疲れていたのか、家の中に入ってすぐ、倒れるように眠ってしまった。
最初はお風呂に入って、それから食事の用意を……なんて話していたのが全部無くなり、泥だらけのままベッドに運ばれていく。
……せめて体を拭くくらいはしなきゃいけないから、って理由でメイドに部屋を追い出された後、俺は父さん……ガランド・レンジャーに呼び出され、母さんともども父の執務室で詳しい事情を聞くことになった。
「すまない、急に連れてきて驚いたよな。ひとまず事情を説明するから……ミラウ、その物騒なものを降ろして貰えないか……?」
「ええ降ろすわよ、あなたの頭の上に」
「いや待て、本当に待て、勘違いしているようだから言っておくが、あの子は俺の隠し子とかそういうんじゃないからな!? 本当に偶然拾って、そのままにしておくのは可哀想だから連れて来ただけだ!!」
どうやら母さんは、父さんがどこぞで拵えた隠し子をカミングアウトしたようにしか見えなかったみたいだ。その手に大きな花瓶を構え、今にも父さんに投げつけようとしている。
俺はそうじゃないって知ってるけど……ここで否定するのは不自然な気もするしなぁ。
しかも母さん曰く、父さんは若い頃、そういう女遊びが好きな遊び人だったらしい。
「ソルド、お前からも何か言ってやってくれ!」
なので、ここで俺が返す言葉は一つだけだ。
「父さん……ティルティは父さんの忘れ形見として、俺が大切にするから!」
「違うそうじゃない!! いや、大切にしてくれるのは良いことだが!!」
ぐっと親指を立てると、父さんは涙ながらに身の潔白を訴える。
まあ、これ以上虐めるのも可哀想だし、程々にしておこう。
「母さん、ここはひとまず父さんの主張を聞いてみようよ。内容によって殴る回数も変わるだろうからさ」
「それもそうね。さあガランド、言い訳があるならしてみなさい」
「殴るのは前提なのか……」
本当に無実なのに、と肩を落としながら、父さんは事情を話してくれた。
と言っても、俺の記憶にあるゲームのストーリーが間違いじゃなかったって裏付けられただけだけど。
「なるほど、奴隷商の摘発を手伝っていたら、捕まっていたあの子を助けることになった、と」
「ああ。他にも何人かいて、帰るべき場所がある者は全員帰すことが出来たんだが……あの子だけは、捕まった時に唯一の肉親を失ってしまったらしくてな。孤児院に預けることも考えたが……ショックのあまりほとんど口も利けない状態だったからな、あれじゃあ孤児院でも世話は難しい。なら、いっそ俺が養子として引き取ろうかと」
「あなたねえ……子供は犬猫じゃないのよ? その一生に責任を負うってこと、分かってるんでしょうね?」
はあ、と溜息を吐きながら、母さんは頭を抱えている。
貴族が家の存続やらその他諸事情により養子を取ること自体は、さして珍しいことでもない。
俺は前世の記憶を"思い出した"だけで、ソルド・レンジャーとして過ごしたこの七年間だって忘れたわけじゃないから、ちゃんとその辺りの知識だって頭に入っている。
だからこそ……奴隷になりかけていた子を放っておけないから、なんて理由で養子に取る貴族は、なかなかいないだろうってこともよく知っていた。
「分かってる、ちゃんとあの子が結婚して家を出るまで、面倒を見るさ。幸い、ソルドも歓迎してくれているようだしな」
そう言って、父さんは俺の方を見た。
もちろん、歓迎も歓迎、大歓迎なのだが、ただ歓迎するだけではティルティも、そして俺達レンジャー家も破滅の運命を辿ることになってしまう。
故に……さっき考えていたことを実行に移すため、父さんに直談判した。
「もちろん歓迎するけど、それに当たって父さんに一つ頼みがあるんだ」
「頼み? なんだ?」
「俺、ティルティを守れるくらい強くなりたい! 俺に魔法を教えてくれ!」
俺が知っているこの乙女ゲーム……"ノブレス・ファンタジア"、略してノブファンは、乙女ゲームとは名ばかりのガチガチの魔法アクションファンタジーだった。
異界からの侵略者、"魔獣"に対抗するための魔法騎士と、そんな彼らを頼って集まった人々をルーツに持つのが、俺が今いるここ、アルバート王国。
そんなアルバート王国に、魔獣に対する特効を持つ特殊な魔法、"聖属性魔法"を身に着けたヒロインが現れ、彼女が魔獣を撃滅する術を学ぶべく貴族学園に特例で入学を許されるところからストーリーがスタートする。
そんな設定だから、当然ストーリーの中では魔獣や、その存在を利用して国家転覆を企む悪の組織なんかとの激闘があったりするわけで……どのキャラもみんな、強力な魔法を武器に戦っていたはずだ。
前世の妹が、どんなに頑張ってもクリアできないって泣きついて来たからプレイすることになったくらいヤバい世界だし、強くならなきゃいつ死ぬことになるかも分からない。
つまり、そんな世界でティルティを守り、俺自身も生き残るためには、魔法を覚えることが一番の近道ってことになる。
「あー……すまないがソルド、それは無理だ」
「なんで? 俺、どんな厳しい訓練だって耐えてみせるよ!」
「いや、そういう意味じゃなくてな……お前には、魔法は使えないんだ。生まれつき、魔力が全然ないからな」
俺に似て、と父さんは自らを指し示す。
……魔力が生まれつきない。つまりは、えーっと……ゲーム的に言えば、MPが全くのゼロってこと?
だから……どれだけ訓練しようが、一生魔法を使えるようにはならないと、そういうことらしい。
「そ、そんなぁ……」
がっくりと、その場に崩れ落ちる。
まさかここまで俺がショックを受けると思っていなかったのか、父さんは途端に慌て始めた。
「ま、まあ落ち着け、魔法は無理だが、剣はどうだ?」
「剣?」
「ああそうだ、剣はいいぞぉ」
そう言って、父さんは自らの武勇伝を語り始めた。
剣を片手に戦場を駆け、その戦功を以て男爵の地位と領地を賜ったことを。
「昔の父さんはな、それはもう凄かったんだぞ? どんな魔法も父さんの剣に掛かれば敵じゃない、次から次へとばったばったと切り落とし、その凄まじい動きから"剣聖"なんて呼ばれてな……」
「あなたねえ……またそんな適当な嘘を……」
「嘘じゃない、どれも本当のことだぞ!!」
母さんは信じてないみたいだけど、俺は有り得なくはない話だと思った。
確かにゲームでは魔法がメインのキャラばかりだったけど、牽制のための弱攻撃として魔法抜きの剣術を使ってる奴もいたし……弱攻撃縛りで全クリした化け物プレイヤーもいたはずだ。
あの鬼のように難易度が高いゲームで、よくもまぁそんな縛りプレイが出来るなって思ってたもんだけど……逆に言えば、剣だけで戦えないこともないってこと。
父さんが実際に剣で戦場を駆けた経験があるなら、その剣術は俺が強くなるための唯一無二の道標だ。何としても教わりたい。
「俺は信じるよ! 父さん、俺に剣を教えてくれ!」
「よーしいいぞぉ、俺の剣術で、ソルドを兄ちゃんらしくカッコよくしてやろう!」
「はあ……なんだか上手いこと話をはぐらかされた気がするわね。でもまあ、ソルドも魔法が使えないからって何もしないよりはいいかしら。でもソルド、剣ばかりにかまけてあの子を放っておいたらダメよ」
「分かってるよ、母さん。強くなるのはあくまで、ティルティを守るための手段だってことくらい」
「分かっているならいいわ。ガランドは信用ならないから、その分あなたがしっかり見ていてあげるのよ」
「もちろん!」
「俺の家族からの信用が無さすぎる……」
悲しみに暮れる父さんを余所に、俺は改めて決心する。
何だか自動的に縛りプレイ状態になっちゃったけど……父さんの指導で世界一の剣聖に登り詰めて、ティルティを守る!
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