悪役令嬢の兄に転生したけど、魔法が使えなかったので剣で破滅フラグを叩き斬ります

ジャジャ丸

第1話 悪役令嬢の兄になりました

 我が家に天使がやって来た。


 何を言っているのか分からないかもしれないが、俺も何が起きたのかは分からない。


 うちの父親が、天使としか思えない可愛らしい女の子を連れて帰ってきたのだ。


「ソルド、今日からこの子がお前の妹になる、大事にしてやれよ」


 年齢は、六歳くらいだろうか? 今の俺が七歳だから、一つ歳下になる。


 下級も下級の男爵家とはいえ、一応は貴族であるレンジャー家の一員になるという割には、服はボロ布を適当に巻き付けただけみたいな有様だし、身体中泥だらけで見るに堪えない。


 銀色の髪もパサパサで痛み切っていて、濁りきった翡翠の瞳は俺のことを見てすらいなかった。


 だけど……それでもなお、一目見ただけで魂の全てが惹き込まれるような、そんな不思議な魅力を放っている。


 けど、そんな感想を抱くと同時に、俺の頭の中には突如ハンマーで直接脳みそをぶん殴られたかのような衝撃が走った。


 視界を埋め尽くす、こことは違う他の世界を生きた記憶。

 鋼鉄の車が無数に走る、コンクリートのジャングル。夜の闇すらかき消す強烈な明かりに照らされた摩天楼の町。


 そんな世界での思い出が、一瞬のうちにフラッシュバックして……最後に、今目の前にいる女の子の記憶もハッキリと思い出した。


 この子……前世で俺がプレイしてた、乙女ゲームの悪役令嬢だ!?


「この子の名前はティルティだ、ほら、挨拶してやれ」 


 ティルティ。そう、ティルティ・マジェスター。


 マジェスター公爵家のご令嬢で、平民でありながら貴族たちが通う学園に“とある理由”から特例として入学してきたヒロインを徹底的に虐め抜く、それはもう性格の悪い女だった。


 ヒロインが攻略対象達との仲を進展させればさせるほど、ティルティからの嫌がらせもエスカレートし、最後は暗殺事件まで引き起こすくらい。


 当然、その末路は処刑以外ないし、最期は誰一人としてその死を悼むものもいない、悲惨で寂しいものだった。


 俺も最初は、こんな性格悪い女は死んで当然だろって思ったものだけど……そこに、制作陣の罠が仕込まれていたんだ。


 クリア後にだけ見れる、ティルティの過去話。そこで、彼女の抱えていた事情が全て明かされた。


 間違いなく公爵家の血は引いているが、妾の子ということで幼い頃に母親もろとも父である公爵に捨てられていたこと。


 賊に襲われて母を目の前で失い、自分自身も奴隷として売り飛ばされそうになったこと。


 そんな彼女を、とあるモブ貴族が助け出して家族同然に可愛がるも……そのモブ貴族もまた、ティルティを奪い返すための賊の襲撃に遭い、家族全員一人残らず殺されてしまったこと。


 母も、新しい家族も失って失意の底に沈んだティルティを唯一拾ったのが、それまで何の音沙汰もなく放置してきたマジェスター公爵家だったが……家に迎えられたというだけで、その扱いは使用人以下の悲惨なものだったということ。


 そんな境遇で、性格が歪まないはずがない。全てを知った俺は、なんだこのクソ女とか平然と口にしていた過去の自分を盛大に殴りたくなったのをよく覚えている。


 ……話が逸れたな。


 つまり、この子はこのままいけば、いずれ破滅の運命を辿ることになるってこと。


 そして……俺自身もまた、何年後かにこの子を狙う奴隷商の賊に襲われて、家族ともども殺されるモブ貴族だってことだ。


「ソルド、どうした?」


「え……ああ、うん、ごめん父さん、急な話でびっくりしちゃって」


 俺自身と、家族の安全を考えるなら、ティルティは受け入れるべきじゃない。何とかしてこの子がマジェスター公爵家の子だって情報を父さんに伝えて、引き取って貰うべきだ。


 でも……それでいいのか?


 マジェスター家の連中は、ティルティのことを決して歓迎なんてしてくれないだろう。


 自分達の身の安全のために、虐待されるって分かってる子を家に帰すのが正しいのか?


 ゲームの中でさえあの状態だったんだ、母親を失った直後に、たった五歳の身でそんな環境に放り込まれれば……もっと状況が悪化しないとも限らない。


 それに、何より。俺自身が、この子を助けたいと思ってしまった。


 こんな……こんな小さな子に、世界の何もかもに絶望したような目をしていて欲しくない。


「ティルティだったな、俺の名前はソルド。ソルド・レンジャーだ」


「……ぇ」


 そんな想いに突き動かされるまま、俺はティルティの小さな体をそっと抱き締めた。


 掠れた声で、戸惑いの言葉を零すティルティが少しでも安心出来るように、ぽんぽんと背中を叩いてあやすように。


「お前みたいに可愛い妹が出来て、すごく嬉しい。今日からよろしくな、ティルティ」


「…………」


 返事はない。俺の顔を困ったように見上げてはいるけど、抵抗もせず、かといって喜ぶ様子もなく、ただ人形のように俺に抱かれている。


 でも、それでいい。これは俺の我儘だ、ティルティが俺に心を開いてくれるかどうかは分からないけど……たとえそうならなかったとしても、自分のペースで立ち直ってくれるように、俺は俺で精一杯支えるだけだ。


 そして……二度と、ティルティの心が傷付かないように。

 俺が誰よりも強くなって、この子の運命を変えてやる!!

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