混ぜるな危険〜プライドと青春とアイドルと私〜

鐘雪花

混ぜるな危険〜プライドと青春とアイドルと私〜

 中学生の頃、修学旅行でバスガイドさんがこんな心理クイズを出してくれた。

『あなたの目の前に塀があります。どれくらいの高さですか? 想像した高さが、あなたのプライドの高さです』

 バスガイドさんの答えに、ざわつく車内。無口で友達もいない私はというと、声もなくひとりで驚愕していた。なぜなら、私の目の前の塀は「見上げるほど高かった」からである。

 そんなわたしは高校時代、少人数の合唱部に、数少ない混声アルトとして所属していた。

 合唱部は、なんだかんだイベントが多い部活だ。高文連に学校祭、春秋の合唱祭、Nコンに全日本などなど……

 そのどれもが今は青春という宝石箱の中で輝いているわけだが、中には少し尖りすぎていて、触るのも危険な宝石が無造作に入れられていたりする。

 これは、その手に負えない宝石の話である。


◆◇◆


 それは、私が高校生2年生のときに起こった大事件だった(んな大げさと思う方もいるだろうが、こちとらプライドが高いので、なんでも大事件なのだ)。

 あれは確か、どこかの練習会場へと向かう乗り物の車内でのこと。

 いったいどんな流れでそうなったのかは覚えていないが、車内にはソプラノとアルトの先輩がひとりずつと私が乗っていた。

 先輩たちは楽しそうに昨日のテレビの話をしていた。バラエティやドラマ、そして好きなアイドルグループについて……芸能関係の話題に疎い私には、数学の問題よりもちんぷんかんぷんだった(残念ながら、今でもそっち系の話には疎いのです)

 しかし、心優しき先輩たちは「わたしたちだけ盛り上がっているわけにはいかん! 後輩を孤立させてはいかん! 我々は先輩(1つ上の)なのだから!」という眩しい使命感からか、なんと私にも話を振ってくれたのである。


「ねぇねぇ、さっちゃん(あ、私のことです)は『嵐』の中でだれがいちばん好き?」


 この質問に私は心の中で、ほっと胸を撫で下ろしていた。

 よかった『嵐』なら知ってる!

 私は「えっと、そうですねぇ」と、いっちょまえに腕なんか組んで『嵐』の面々を頭の中に思い浮かべていた。

 確か、母と妹が好きなのは相葉くんだったなぁ。なんでも「動物に好かれているところ」が好印象らしい。そうか、動物ってなぜか「動物に優しい人」がわかるからねぇ。

 同期の合唱部員が「これわたしの彼ぴ〜」って言いながら携帯の待ち受けを見せて「いやニノじゃん」ってツッコまれるの待ってたっけ。私は初見で「ニノ」ってわからなかったけど。

 土日に活動中の合唱団でも、アラサーのお姉さんたちがLIVEのDVDの話してたなぁ。自分は大野くん推しなのに、娘さんは翔ちゃんが好きみたいって教えてくれて微笑ましかった。

 ふんふん、なるほどなるほど。小学生の頃『浜崎あゆみ』も『小林幸子』も知らなかったわたしでも、アイドルグループの『嵐』ならわかるぞ!

 そうだなぁ、あの中で私がいちばん好きなのは……

 彼らの顔を思い浮かべながら、私は先輩に笑顔でこう答えた。


「私は『嵐』なら岡田くんが好きですね」


 よく本読むんですけど、読んだ本がドラマや映画になるときは、たいてい彼が主演なんですよ。それで、よくテレビで観てて、カッコイイなぁって思ってるんです。

 先輩の相槌の後に、そう続けようとしていた私は、そこでようやく車内が異様な雰囲気に包まれていることに気がついた。

 静まり返る車内。目の前には、鳩が豆鉄砲喰らったような顔の先輩たち。そして恐らく、私も同じような顔で先輩たちに向き合っていただろう。

 なんだ、この「場違いな一言を発してしまった」かのような雰囲気は……と息を呑む私(いやまさにその通りだったことには気がついていない)。

 それはなんとなく「数学の簡単な問題を黒板に出て解くように言われたのに、自分だけ理解できてなくて首を傾げているような感覚」に似ていた(今の私なら「いやどうして気づかないんだよ! なぜ何が起こったのかわかってないんだよ! この芸能系オンチっ!」と罵ったに違いない)。

 そして、そんな何もわかっていない私に、顔を見合せていた先輩たちは「1たす1は2だよ」とでも言うかのように、


「岡田くんは『V6』だよ」


 と、教えてくれたのだった。

 その瞬間、私の顔はキャンプファイヤーのように燃え上がった。

 ……ああーっ! なんという凡ミス!!

 私の頭の中を、F1レーサーが言葉たちを引き連れて駆け抜けていく。

 ああそうだった岡田くんは『V6』だった『嵐』と一緒に最近よくテレビで観るから混ざっちゃったんだうわぁやっちまった〜っ!

 恥ずかしい〜っ!! 穴があったら入りたい〜っ!! え? そんな穴なんてないって? それなら自分で掘るまでよ! 掘って掘って掘りまくってブラジルから飛び出してサンバ踊って忘れてやるわ! ってダメだ! ここは公共交通機関内! 穴は掘れないしブラジルにも行けないしサンバも踊れない! というかそもそもサンバなんて生まれてこの方踊ったことないぞ!

 ……と、ここでようやく私の頭の中のF1レーサーはピットイン。先輩のお答えからここまで、おそらく0コンマ3秒ほど(マジかよ数えたんかい)。言葉たちが駆け抜けたサーキットに残された私は、


「あ〜! そうでしたねあははは」


 と、照れ笑いを浮かべたのであった。

 この時点で「顔面キャンプファイヤー」はすでに全身へと広がっており、もはや火柱。

 このまま燃え尽きて灰になるのではと気が気でなかったが、ちょうど目的地に到着し、私は無事鎮火されたのだった。

 その後、先輩たちが私にアイドルグループの話を振ることはなかった。おかげで私が恥ずかしい思いをすることはなかったが……やはり寂しいものがあったのは事実である。


◆◇◆


 ……そして時は流れて、現在。

 嵐もV6も、もはや過去の遺物のような扱いをされている(ような気がするのは私個人の感想ですファンの方ごめんなさい)中、あの頃の恥ずかしさは健在である。

 青春という宝石箱の中で輝く、少し尖りすぎている宝石……それは今でも、プライドの高い私を苦笑させている。

 目の前の塀は、まだまだ高いままである。



おわり

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