第40話 覚悟を決めなさい!
あっという間の惨状。
すさまじい勢いで屍と化す兵士たち。
ディンは四階からその様子を眺め、しばらく呆けて動けなかった。
「なんだ……あれ?」
「まさかハナズ? なんであいつがここに?」
そうつぶやくシーザは明らかに困惑していた。
「あいつ。魔人か?」
「ああ。ロキドスの配下。七体のうちの一体。灼熱のハナズ。非常に好戦的で単騎での戦いを好む。奴にどれだけの仲間が殺されたか……」
勇者エルマーと魔王ロキドスの戦いに出てきた魔人の一体。歴史の勉強で学んだ魔人がすぐ傍にいるという現実にディンは混乱する。
「はっ? なんで今、このタイミングで? こんな平和な世界で?」
「目に見える部分が平和だった。都合のいい切り取りをしていただけ」
シーザに全身覆われたルゥがつぶやく。
「平和に見える世界でも争いは絶えない」
「盗賊団の癖に達観したことを言うね」
「ユナ。それは誤解。私は盗賊団ではない」
ディンはルゥの目をじっと見る。
「いや、嘘つけ! 自分でクロユリだって認めたじゃん!」
「……認めてない」
ルゥは目をそらしながらぼそりと言う。
「いや、言ったじゃん!」
「わかった。言った。が、私は盗人ではない」
ルゥは開き直っており、妙に冷静だ。
三日間、話して気づいたが、ルゥは端的すぎて説明が雑なところがある。
ルゥとの戦闘もアイリスのように本気で戦ってはいなかった。
「事情があるってこと?」
「だから、そう言ってる」
「いや、敵っぽい匂わせしかしてないよ!」
「おい、まずいぞ!」
シーザは声を荒げる。
群衆はほぼ脱出したが、代わりに兵士たちはほぼ全滅。
残っているのは第二王女エリィ・ローズ。
すでに交戦状態だ。
「第二王女が最前線に立ってる」
豆のように小さいエリィの背中から見える覚悟。
ディンは思わず駆け出していた。
「待て待て! 気持ちはわかるが、やめておけ。勝てる相手じゃない!」
四階から降りていくユナことディンにシーザは必死の思いで叫ぶ。
「馬鹿! それはお前だけの身体じゃないんだぞ!」
遠くに遠ざかるディン。置いていかれる感覚はシーザに喪失感を思い出させた。
――エルフは人間と交流すると、得られるのは喪失感ばかりだ。仲良くなってもすぐに人間は死ぬ
それは同じエルフ族の先輩からの忠告。たぶんそれは正しい。千年以上軽く生きるエルフにとって人間は儚い生物だ。実際、ロマンピーチ家と付き合い、すでに多くの死をシーザは弔った。エルマーは死に、息子のサガリ―も死に、今一緒にいるのは孫のディンだ。
楽しいこと以上に悲しいことが襲ってくる。人はすぐに死ぬから。でも、シーザの中で偽れない思い。
(私は人間が好きだ。そして、ロマンピーチ家は私にとっての家族だ)
そんな家族の一人が無謀にも魔人に突っ込もうとしているが、自分にはなすすべがない。無力感で涙が出そうになった時、ぼそりと聞こえた一言。
「シーザ様。私の話を聞いてほしい」
そう言って、ルゥは淡々と喋りだした。
第二王女エリィの隣には戦闘要員でない白髪の部下がいた。
「エリィ殿下、今からでも退避を。観客たちの退避はほぼ完了してます」
最前線で大量の兵士たちが戦った結果、オークション会場の闘技場はすでにもぬけの殻。
その代わり、闘技場内は大量の死体で溢れていた。
「私には魔術師団としての責任がある」
「それ以上に王族としての責務が大きい。あなたが最前線に立つべきではない」
説得の言葉に必死さが滲み出る。すでに対峙し合った状況で、逃げられるタイミングはとうに過ぎてる。が、エリィ一人なら今すぐでも瞬間移動で離脱が可能だ。
にもかかわらず、エリィはそこから動こうとしない。
「私、自分が何をしたいのかわからなかったの。なんとなく王族の義務をこなして、なんとなくそれが嫌になってなんとなく魔術師団に入った」
闘技場に立つ魔人を見ながら淡々とエリィは話す。
「気まぐれな浮き雲みたいだけど、今はっきりわかった。私は己の力を証明するため、自分の力で民を守るため、魔術団に入ったんだって!」
「エリィ殿下……しかし」
「ここで逃げたら、あいつがこの闘技場の外に出る。誰かが止めないといけない。だから――」
エリィは声を張り上げる。
「覚悟を決めなさい!」
ハナズは二階席のエリィに視線を向け、魔力を練り上げる。
「炎獄の槍」
一度に強力な五本を射出。
「橋渡し」
またも瞬間的に魔術が消え、後方から己の魔術が飛んできて、それらを受け止める。
「時空魔術か」
二階席に立つエリィは飲み物を一口含む。それは魔力を回復するための魔術薬だとハナズは察し、口元を歪ませる。
時空魔術は一見万能に見えるが、大量の魔力を消耗する。継戦能力が低く、本来戦闘向きではない。
「距離を置いてるのは、近づかれたら困るからだろうが」
足に力を込めようとした時、周辺の異変に気付く。
死んだと思っていた魔術師たちが這うように周辺をうごめいていた。
「まるで蛆虫だな」
「蛆虫はお前だ。害虫が」
先ほど仕留めきれなかった一人の魔術師がそうぼやき、ナイフを手に持つ。
「エリィ殿下。ご武運を」
そのまま己の首を掻き切った。
(自害した……このタイミングで!?)
首から大量の血を流しながらその魔術師は最後にもがくように地面に何かを描く。
その時にハナズは気づく。八つの死体が等間隔で弧を描くように配置されていた。這いずったのは血で魔術印を描くため。「覚悟を決めなさい!」という言葉は、下にいる生きた部下への鼓舞。
八人の魔術師は死を賭して構築する。血で染めた魔術印。
一方のエリィはすでに長い詠唱を終えていた。
詠唱の最後を締める結び語を唱える。
「虚空監獄」
それは、上級魔術より難解な特級詠唱魔術に分類される。
魔術印と詠唱が必須で莫大な魔力量が必要となる大技だ。
結び語を唱えると同時に巨大な魔術印が光り、ハナズの周囲に見えない結界が張られた。
北から抜けても、南からまた入る。
東から抜けても、西からまた入る。
脱出できない虚空間。
「死体にも働かせるか。偽善者め」
ハナズの言葉など素知らぬ顔のエリィは、一級魔道具を即座に装着。
虚空間からの脱出は不可能だが、時空魔術で攻撃の転送は可能。それは一方的に攻撃ができることを意味する。
「天空あられ」
ハナズの上空に氷の魔弾が無尽蔵に降り注ぐ。
ハナズはそれを身体にまとう灼熱で溶かしていくが、いつまでもそれは止まらない。
苦痛で歪むハナズに対し、エリィは口元に微笑を浮かべる。
「エリィ様」
ディンはまさにハナズとの交戦中にエリィの傍に到着する。エリィは一切、視線を向けないが、誰が来たのかすでに把握しているようだった。
「ユナ、やっぱりいたのね」
その表情は余裕だが、目に余裕がない。にじみ出る汗と噛みしめる唇から必死さを噛み殺してるように見えた。
「逃げろなんて言わない。あなたも魔術師団の一員ならそこで見届けなさい」
それだけ言って、構える右手に力を込める。
左手の魔道具で繰り出す氷結魔術を右手の時空魔術で転送していた。圧倒的な攻撃力だが、膨大な魔力を消費し、みるみるエリィの魔力がすり減っていくのがわかる。
「うわぁああああああ!」
とどまることの知らない氷の魔弾が虚空間を埋め尽くしていた。ハナズは顔以外のすべてがあられに埋もれた状態だ。
(強い! これが一流魔術師)
ディンが勝利を確信した時、ハナズが満面の笑みを見せた。
「おい! 女王様。だいぶ魔力が切れてきただろ?」
埋もれかけながら、ハナズは右手を掲げる。
「無窮の零性」
ハナズの右手が光を放ち、そこから周囲は光に包み込まれる。
光が消えると、灼熱の炎をまとうハナズがそこに立っていた。
「はっ? どういうこと?」
魔術印の効果が消えていた。ハナズは右手に魔道具を握っている。
「魔道具で無力化された……」
エリィはその場にへたり込む。ディンの目から見ても、エリィの魔力はほぼ切れかけていた。
「そんな……」
「嘆くより大事なのは、今何をすべきか」
エリィは立ち上がろうとするが、足に力が入っていない。
「エリィ様。瞬間移動で離脱しましょう。今がその時です!」
「誰かがあいつを食い止めないと……ゼゼ魔術師団の主力はほとんど外の魔獣討伐に当たってる。フローティアやタンタンがここに来るにはまだ時間がかかる」
「確かにそうかもしれませんが! 今はあなたの安全の確保が最優先です!」
必死の説得だが、自然と間が空く。エリィはへたりこんだままつぶやく。
「私、勇者物語好きなんだよね」
「はあ?」
唐突な話題にディンは思わずあんぐりとしてしまう。
「オキリスでの攻防戦、勇者エルマーは魔人を前にして重傷を負っても背中を向けることはなかった。エルマーがそこを逃げたら街が襲われ、人々が殺されることがわかっていたから」
――逃げることは悪いことじゃない。でも、絶対に逃げちゃいけない時がある
祖父エルマーの言葉。ディンにはまだ理解できない行為だった。いざという時に自分の命を省みず、他人の命を優先するという選択。
とてもじゃないが自分にできる気がしない。
「勇者物語は好きだけど、私たちは勇者じゃない」
ぼそりと声に出たのはまぎれもないディンの本音。
「だねぇ。でも、意志は誰かに継いでほしいな。私はエルマー様が埋もれて欲しくない。忘れられて欲しくない。ただの銅像と思われたくない。そうでしょ、ユナ?」
「エリィ……この状況で……」
エリィは口元に微笑を浮かべる。
「これは気まぐれじゃないよ」
じっと見つめられる。とても長くて本当は短い時間。
「勇者の孫はどうするの?」
心の奥にいる自分を値踏みされてるような気分になった。深く息を吐き、闘技場の中心にいる魔人を見据える。
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