第39話 赤い涙を流す子供
オークションはつつがなく進行していた。数日前、近隣の村が魔獣に襲われたという噂は流れていたが、アルメニーアの住人はどこか他人事だった。
魔王が
それはこの街に来た商人や観光客も同じだ。ゆえに魔獣の噂を聞いてもアルメニーアは例年通り、人の行き来が活発でオークションも熱気を帯びていた。
一級魔道具、宝石、オートマタ、彫刻、骨董品。
珍しいものが続々と紹介され、そのたびに観客席から声が上がり、入札合戦で白熱する。
そんな流れの中、まことしやかに噂されていた出品物が登場すると、観客たちの熱気はさらに上がった。
「魔王ロキドスの血です」
瓶の中にある赤い液体。
わずかに煌めきがあり、見ていると呑み込まれそうな不思議な魅力がある。
「赤い涙を流す子供。魔王ロキドスを倒した勇者エルマーはロキドスをそう表現しました。見た目は狂暴で
意外に知られていない事実に皆が感嘆の声をあげる。
「名もなき魔族だったロキドスは赤い血の涙を四六時中流し続けていました。あらゆる場所に血だまりができ、それを飲んだ生き物が魔族となり魔獣が生まれた。魔王伝説の始まりです」
司会の言葉に合いの手を入れるように拍手。
「ロキドスはいつのころからか人の形となり、言葉を発するようになりました。そして、知性の低い魔獣とは別に自分の言葉が通じる魔族を生み出しました。魔人の登場です。魔人は人のような姿をしており、言語を操り知性が高い。魔王ロキドスに従う七体の魔人。ロキドス亡き今も彼らは存在していると言われています!」
大仰に司会は叫び、そのわざとらしさに観客が声をあげた。
「魔人なんてもういねーよ!」
「全員死んでるよー」
魔王の死後、隣国で五体の魔人を目撃した報告はいくつかあるが、街や村を襲った記録は一切ない。ゆえに民衆は魔人たちが生きているとは思っていない。
「もし彼らが生きていれば、オークションに参加してこのロキドスの血に入札するでしょう! まぎれもなくこれは本物です! とある研究者から本物というお墨付きと鑑定書をいただきました。では!」
司会はタメを作る。
「これより競りを開始――」
司会の言葉が途切れたのはすぐ目の前に爆発するような衝撃音と共に何かが落下してきたからだ。それは人の形だと確認できたか、明らかに人ではなかった。
皆がそれを見て黙り込む。
五十二年前ならこの時点で逃げだしていたかもしれない。魔力をまとうそれを確認しても、皆どこか現実感なく暢気にそれを眺めていた。
「あの……これは何かの……演出?」
司会がつぶやく。
その直後、司会の首がぼとりと落ちた。声を拡散する魔道具を首のない司会から奪い、人でないそれは会場にむかって口を開く。
「どうも。七大魔人のハナズで――す」
「はっ?」
会場の全員がその言葉を確かに聞いたが、うまく消化できていなかった。
闘技場の中心に立ち、自らをハナズと名乗ったそれ。
長い白髪と褐色の肌。女性らしい身体のラインだが、女性とは思えないほどの巨躯で頭部には二本の角。何より群衆を見入るその瞳はどこか人間のそれとまるで違う。
金縛りにあったように皆、動けず固まっていた。
が、それは一般人のみだ。
会場を固めるアルメニーアの警備兵及び魔術師団員は即座に動く。
「撃て!」
囲い込む数人が手に持つ魔銃で魔弾を連射。
避ける素振りも見せず、ハナズは両腕を組んだまま受ける。
何事もなかったかのように周囲を一瞥して一言。
「魔弾ってのはこう撃つんだ」
ハナズの周囲に球体の魔力が大量に現れる。
その直後に四方八方に高速発射。
兵士たちの胸を一瞬で貫き、うなだれる間もなく地に伏せる。
「なっ!」
流れ出る兵士たちの大量の血。
それを確認して悲鳴のような声が上がる。
「魔人だぁ!」
事態を理解した群衆はパニックとなり、一斉に逃げ出した。
アルメニーアは王都に近い大都市であり、対人部隊は王都オトッキリーとも大きな差はなく優秀だ。
そんな優秀な兵士たちが果敢に魔道具でハナズを攻撃するが、ハナズの身体に傷一つつかず、ハナズは歪んだ笑みを浮かべながら反撃。ハナズを囲い込む兵士たちは紙くずのように次々と身体を八つ裂きにされていった。
ハナズの前方に八人の男が並ぶ。
いずれも他とは一線を画する魔力の高い魔術師たちだ。
両の手を合わせる。
「魔術解放」
ハナズはそれを鼻で笑う。
「出たな。ゼゼ一派」
「行くぞ」
火、水、風、雷、土、引斥力。それぞれの得意魔術を駆使して、ハナズを少しずつ追い込む。
「ようやく
一通りの魔術師と手合わせした後、ハナズはぼやいた。
「じゃあ私も使うかぁ」
両手を合わせ、即座に広げる。展開されるのは両手から禍々しい炎。
人が使用する魔術は、魔力を利用し知識と技術を組み合わせる。一方、魔族が使用する魔法はもともと備わった力であり、詠唱や魔術印など不要である。
が、ロキドスをはじめとする魔人は人間の魔術を盗み、取り入れているので独自の高度な魔術を使用できる。
「炎獄の槍」
結び語と同時に出現する炎は長く細い槍の形状になり、ハナズが構えて射出。一人に刺さり、一瞬で全身が灼熱炎に包まれる。その異常な威力に対峙する全員が目を剥く。
「でも、これはただの狩りだな」
ハナズは口元を歪ませて笑う。その後もなんとか士気を落とさず、ハナズに猛攻を仕掛けるも一人、また一人と倒れていく。
周りの兵士も死に、気づくと闘技場に立つ人間は残り一人となった。
闘技場は屍の山。
最後の一人は青ざめて、目を閉じていた。
「動かない獲物ほどつまらないものはないな」
そうぼやきつつも、止める気配はない。
「炎獄の槍」
「橋渡し」
男に当たる直前、槍が消えて、ハナズの後方から槍が出現し腹部に貫通。
「んだ?」
腹部に視線を落とした瞬間、目の前に大蛇のようなものが突っ込んできてその先端が腕に刺さる。
「ちっ」
敵の武器だと認識するが、それを外す間もなく、すさまじい力で身体を持ち上げられる。
瞬く間に宙に浮いて、そこから地面へ強力な叩きつけ。
地面に当たる衝撃で刺さった武器が抜けた。
「うっ……」
伸縮する武器の先に持ち主がいた。
二階席でたたずむ気品あふれる女性。
ダーリア王国第二王女であり魔術師団序列三番。
エリィ・ローズ。
祈りを込めるように両手を合わせる。
「魔術解放」
お互い視線が合う。
「ようやく戦いができそうだな」
ハナズは笑みをこぼした。
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