第41話 お前、まさかエルマーの孫か?
正直、覚悟が決まったとは言えない。強引にエリィに押し出されたようなどこか浮ついた気持ちだ。
「魔力の回復薬を飲んで、少し回復できればとっておきが出せる」
エリィの中で勝算があることを聞いて、ようやくディンは踏ん切りがついた。
時間稼ぎはディンが得意とするものだ。深呼吸して、ディンは死体の山ができた闘技場に降りる。漂うのは血と肉の焦げた不快な臭い。
死が充満した世界。あまりに死体が転がっているせいでそれが人でないような錯覚に陥り、現実感がない世界に入り込んだようだ。
そのせいか両足も浮いてるようで地面を踏み込んでる感覚があまりない。色々なものが麻痺した感覚だが、ひとたび正常に戻れば負の感情に支配されそうでもある。
落ち着かない自分の心をごまかすようにディンは自分に言い聞かせる。
(大丈夫。俺ならできる。できる。できる)
「んだ、お前?」
ハナズは相対するユナことディンをごみのような目で見ていた。
「まあ、殺せるならだれでもいいけどな」
殺すことに一切の躊躇がない思考。死神が具現化されたならきっとこういう存在なんだろう。
両手を合わせて、魔術解放。ルゥとの連戦だが、魔力は変わらずとめどなく溢れてくる。
「ほぅ。チビのくせにすばらしい」
ハナズは独特の構えで両手を握りしめ身体全体に力を込める。途端に爆発的な魔力があふれ出た。
「私よりは下だけどな」
思わず唖然とするほどの魔力量。種族としての絶対的な力の差をはっきり見せつけられる。
(後手にまわったら終わりだ。魔力の密度が違いすぎる)
ディンは片手に持つ魔銃を連射しながら、ハナズの周りをぐるりと弧を描くように高速移動。
魔壁すら展開せず、ノーガードでハナズは受ける。
「最近の魔術師は豆粒をくらわすのが好きなんだな」
暢気な言葉を放つハナズの足元に転がしたのは爆炎花。
破裂して赤い炎の花が一瞬でハナズを覆うが、ハナズは表情一つ変えず腕を組んだままだ。
「灼熱に炎を浴びせるとは笑えるな。属性の相性も理解できねぇか」
後方にまわるディンが再びハナズに向かって球体のものを投げる。
「学習能力もないときた――」
球体の魔道具が破裂した瞬間鳴った音でハナズは耳を抑える。
二級改造魔道具、醜音玉。対魔族に対し不快な音を放ち、相手をひるませる。ちなみに人間にはただの破裂音にしか聞こえない。
効果を試したことのないぶっつけだが、ハナズがかなり不快な表情で耳を抑えているので、相当なものらしい。その隙にディンは両手持ちの魔銃を取り出す。
一級改造魔道具、魔道破弾。連射性能はないが、圧倒的な破壊力が売り。現在手持ちの魔道具で最強の破壊力を誇る。
ディンは即座に発射。
と同時に目にも止まらぬ速度で射出され、魔壁を展開する前にハナズの腹を貫通した。
「って……痛ぇな! てめぇ!」
殺意むき出しで襲いかかり、ディンはわずかにひるむ。
魔道破弾をしまい、右手で反発魔術。
ハナズは一瞬よれるが、かまわず突っ込んでくる。
ポケットから取り出した爆炎花をハナズに投げつける。
一瞬で爆ぜるも、黒煙から飛び出したハナズはやはりダメージ皆無でこちらとの距離をさらに詰める。
ディンは右手で反発。
距離約三歩分。近ければ近いほど反発は強く作用する。
ハナズは後方に態勢を崩し、その下に転がっているのは爆炎花が爆ぜたと同時に投げた醜音玉。
左手の魔銃で撃ち破裂させ、再びハナズは表情を歪めて反射的に耳を抑えた。
その隙に距離を取り、再び魔道破弾に持ち替え。
十数えれば、それはチャージされる。両手に持ち、照準をハナズの胸に合わせた。
再び強力な魔弾を放つも、今度は魔壁が展開される。
(先手先手ならいける)
「焦熱融解」
結び語の詠唱と同時に、ハナズから火柱のようなものが上がり、それがハナズの右腕に凝縮して放射された。
即座に飛び込むように横にかわすも、その威力に固まる。
「はっ?」
それは目を疑う光景だった。
放たれた先は円形闘技場を覆う外壁ごと熱で溶けており、貫通して大きく穴が開いていた。
魔壁なんて何の意味もなさない。当たれば即死だ。
血の気が引いて、ディンはハナズの後方にまわりこみ、さらに距離を置いた。
「ちょこまかと上手くよけるな、チビ」
ゆったりとハナズは近づいてくる。
はっきりと殺意を向ける敵で見えてくる生と死の境界線。
一歩間違えたら、死ぬ。
今まで曖昧だったものが強く意識させられ、恐怖で足がすくんだ。
「私はチビじゃない。ユナ・ロマンピーチという名前がある」
口を開いたのは、時間稼ぎのため。意外にハナズが小言をつぶやくので会話に応じる可能性に賭けた。狙い通りハナズはロマンピーチという言葉に反応する。
「ロマンピーチだと? お前、まさかエルマーの孫か?」
その目はさらに憎悪で満たされ、まといつく魔力が殺意で尖る。
「そうだ。お前、目的はなんだ? ただの虐殺か?」
「エルマーの孫に言う必要はねぇが……まあ、すぐ死ぬしいいか」
ハナズは円形闘技場のステージに放置されたある商品を手に取る。
「これだ」
手に持ったのは魔王の血だ。透明な小瓶に入った血は
「ああ! マジかよ!」
瓶のふたを開けて、それを一気に飲んだ。少しの間だが、ハナズは呆然としている。そして、虚空を見上げ叫んだ。
「ふざけやがって! 偽物じゃねぇか、舐めてんのか!」
憎悪を凝縮させた怒りの咆哮にディンは委縮する。
魔人が目的を果たせなかったことは喜ぶべきことかもしれない。
だが、窮地であることに変わりはない。
憎悪の矛先は自然と近くにいるディンに向けられた。
「加減する必要もなくなったからなぁ。全部溶かしてやる」
あふれ出る殺意。どこまでも滲み出て赤黒く染まる。
これが魔族……ディンは魔族というものをまるで理解していなかったことに気づく。恐怖で呼吸が荒くなり、その圧迫感に自然と足が一歩後退する。
思考がまともに働いてなかったせいか、地面に転ぶ死体に引っ掛かり尻もちをついた。
最悪のタイミング。
すでに殺意が織り交ざる灼熱の大魔術は練りあがっているが、足が動かない。この時、自分の足が震えていることにはじめて気づいた。
「会場ごと消し飛べ、勇者の血よ」
ハナズの両手から見たこともない濃度の魔術が放出……
寸前、ハナズの後方に瞬間移動して唐突に現れたのはエリィ。
「
振り返る前にハナズの腹部をエリィの右手が突き刺した。
貫通し、腹の中で手を開き、抜き取る。
「ぐっ」
直後にハナズは苦しみ呻く。
エリィがずっとネックレスとしてつけていた小さな壺。口に出さなかったがディンは知っていた。禁魔術を魔道具化した禁断シリーズ。
一級魔道具、蟲毒壺。ノミよりさらに小さい魔獣、名前のない猛毒寄生虫たちを魔力で三十年以上活性化させ、猛毒を絞り出す。
開発者は不明。掟破りの禁魔術。
解毒不能の毒と言われるが、代償は大きい。
その小さな壺を開いた時点で毒虫は一瞬で広がる。
「ぐうぅぅうぅぅ」
「毒なら無力化できないでしょう?」
「お前……右手を犠牲に」
確実に毒を与えるため、右手に毒虫を握った状態で、エリィは攻撃した。
エリィの右手はすでに変色しているが、表情は変えず二の手。
左手の一級魔道具で氷結魔弾。
打ち浴びせ波状攻撃するも、ハナズは苦痛で表情を歪ませながら、圧倒的魔力で周囲を爆発させすべて溶かした。
「焦熱融解」
ハナズの反撃をエリィは瞬間移動でかわす。
ハナズの後方に飛び地面から強力なつららを魔道具で放出。ハナズの身体を貫き、ハナズはうめき声を上げる。
が、そのままハナズは信じられない速度でエリィの目の前まで強引に距離を詰める。
マグマのような塊の魔力を両手で上から下に叩き落とす。
エリィは瞬間移動で再びかわし、ハナズの左手側に移動。
そこから打ち浴びせようと構えた左手から何も出ない。
魔道具から魔力が消えるのは、使いきったサイン。
「くっ」
歪んだ笑みですかさず間合いを詰めるのはハナズだ。瞬間移動で距離を置こうと試みるが、エリィはその場から全く動いていなかった。
指定の場所まで飛べないのは魔力量が足りないため。微笑みを絶やさないエリィの表情がはじめて歪んだ。汗が滴り、足元がふらついている。
「完全なる魔力切れだな!」
ハナズはその場で紅蓮の魔力を練り上げる。
「さよなら王族!」
「エリィ!」
打ち放たれたその暴熱はエリィの身体すべてを覆いつくした。
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