第6話 これは秘匿物。勇者エルマーが持っていたもの
翌日、問題が解決して晴れやかな気持ちで朝を迎えた。しかし、この日は少し寂しい出来事があった。勇者エルマーの最後を看取るという本人の希望で居候していたフィアンセのミレイがトネリコ王国の実家に戻る日だった。
「さてさて! しばしのお別れです!」
荷造りを終えたミレイが地下に降りてきた。
ここからトネリコ王国までは本来三か月以上の長旅になるが、ミレイの邸宅にも瞬間転移装置がある。ミレイが持つ魔術印カードはそこに設定されており、ディンの地下にある瞬間転移装置から一瞬で飛べる。
「まあ、隣の部屋に移動するようなものだから」
「うん。本当に魔道具って便利ね」
トネリコ王国にほとんど魔道具は流通していないにもかかわらず、瞬間転移装置のような超一級魔道具がミレイの邸宅にあるのは、ディンが融通したからだ。
「これからは魔道具の時代だ。俺は魔道具コレクターとしても名をはせるぞ」
「なんだそれ?」
ははっと笑いつつ、ミレイの顔から笑みがすっと消える。
「ユナも早く目が覚めて欲しいね」
お互い避けていた話題だ。自然と気持ちが沈み、ディンは視線を落とす。
「ディンは魔術師団のこと、やっぱり許せないの?」
「そうだな。ユナが事故になった件からどうしても感情的になるのかも」
「そう……」
「無論、敬意を示してる部分はある。ユナがお世話になってる魔術師もいるしね」
近年、魔道具の量産化と技術向上が目覚ましいダーリア王国は魔術師の存在が揺らぎつつあるが、隣国トネリコ王国はいまだ魔術師が尊敬される存在だ。特に祖母が勇者一行の魔術師であるミレイは尊敬の念が深い。
取り繕うように付け加えた言葉だと察したのか、ミレイの表情はさえない。が、すぐに口元を微笑みの形に戻す。
「嫌いなのは仕方ない。でも、昔の人たちが命をかけて戦った結果、今平和な世界があるってことは忘れないで」
「わかってるし、敬意は示してるよ。じいちゃんのことは誰よりも誇りに思っている」
「それを聞けてホッとしたかも。ユナの事故の件で二人の衝突は聞いてたから」
それは事実だ。ユナの昏睡状態に関して、ディンは祖父と何度も衝突していた。祖父は魔術師団に任せるの一点ばりだったからだ。
――ジョエルやゼゼ様は信頼に値できる方々だから任せる
それは事故を起こした当事者たちを信頼するという言い分に聞こえ、激しい言い合いとなった。
「ユナの件の対応に関してはまだ怒ってるけどね」
「でも、エルマー様もユナの昏睡のことはずっと調べていたんだよ? 私もエルマー様から頼まれて資料を取り寄せをしたこともあったし」
「ん! なんだそれ」
それはディンにとって初耳だった。
「詳しくは知らないけど、意識不明の方が目覚めた例をたくさん調べてたみたい。それってユナのためでしょ?」
ディンとしては引っかかりを覚えた。もちろんユナのことが心配で個人的に調べていたという可能性もなくはないが、ディン自身色々と昏睡状態について病院から聞いた情報をまとめたものを持っていた。
ユナの件で衝突したといっても、不仲というわけではなかったので、常識的に考えれば共有すればいい話だ。少なくともディンに報告しなかった理由がわからない。
「調べものって、今どこに……?」
そう言った瞬間の不意打ち。ミレイが頬に口づけした。
「それはディンの家族に聞くことじゃない? なんにせよ、またねディン! 次は結婚式だね」
石板の上に乗り、いたずらな笑みを見せて手を振り、一瞬で消える。
ディンは少し放心状態になってた自分に気づく。
「やられた」
少しの間、その場に呆けていた。
「じいちゃんが調べたものって、どこにある?」
侍女たちに聞きまわり、たまたま知っていた一人に資料を集めてもらった。
資料を一枚一枚めくって内容を確認しているが、目ぼしいものはなく、ミレイの言う通り昏睡から目覚めた人を調べているようだった。
「気のせいか……」
ユナとは別件の何かを調べていたと推測していたが、当てが外れた。資料を置いて少し呆けていると、扉をノックする音が聞こえる。
入ってきたのは母のエミーだ。
「ちょっといい?」
「どうしたの母さん。無理しないで」
長い距離を歩けない母が自分の足でディンの部屋に入るのは珍しい。
「重要な話をしたかったんだ」
そう言って、大事に両手で握っていた拳をゆっくり開いた。
掌の上にあったのは首飾りだ。吊り下げられている宝石は赤く透明に煌めいていた。いつまでも見てられる、人を魅了するような神秘的な魅力がそれにはあった。
「ただの宝石じゃないな」
「これは秘匿物。勇者エルマーが持っていたもの」
「じいちゃんが?」
「とても大事で絶対に手放してはいけない。そう言われたんだ」
母はディンの手にそれを握らせる。
「ロマンピーチ家の家長はディンだからね」
「これって何なの?」
「色々調べてたみたいだけど結局何もわからなかったみたい」
なんだか要領を得ない答えだが、価値のないものでないのは間違いない。
手に握られた宝石をディンは眺める。
握って気づいたが天然物ではなく、加工がほどこされていた。
天文時計のようなものが内部にあり、動き続けている。
「時計ではないよ」
「まさか……魔道具?」
その問いに返答はなかった。
きわめて珍しい魔道具……の可能性のあるものということだ。
秘匿物ということは普通のルートから手に入れたものではない。冒険者時代に得た表に出ないお宝だとディンは推測した。
「わかった。責任もって、俺が管理する」
「あともう一つ。これを渡しておくね」
そう言って差し出されたのは手帳だった。
「じいちゃんが調べてた時、この手帳に色々書き込んでたみたい」
母はディンの行動を把握していたらしい。
「特に深い意味はないんだけど、なんとなく気になってさ」
「……中身は見てないけど、ユナのことだと思うよ。おじいちゃんも心配だったんだよ」
母の言葉がすっと腑に落ちた。表向き魔術師団に任せると言っても、何かせずにはいられず、ディンにも内緒で色々調べていたとしてもおかしくはない。
母が部屋から出た後、手帳をぱらぱらめくっていく。
そこには意識不明から目覚めた人間たちのリストが書かれていたが、想像していた内容と違っていた。
祖父が調べているのは、意識不明から目覚めた過程ではなく、目覚めた人間たちの個人情報だった。驚いたことにそれぞれの個人を特定し、詳細な情報まで調べあげていた。
「何かの事件を追っていたのか?」
すべての人間を調べたのか、リストに書かれた名前にはほぼすべて×がつけられているが、次のリストを確認すると、〇がつけられた名を見つけた。
フィリーベル。
それ以上のことは記載されていないが、一番下に書き殴られた祖父の文字を見て、頭を殴られたような衝撃を覚える。
――私は魔王を倒していない
死に際の祖父の言葉と一緒だ。
「何を言ってるんだよ……じいちゃん」
混乱して頭が真っ白になった。
気持ちを落ち着けるため、しばらくベッドで横になっていた。
意味もなく天井を見つめても祖父の真意は読み取れなかったが、ディンの中で一つ出た結論がある。
おそらく勇者一行であるシーザにも知らない事実があるのだ。
五十二年前、魔王ロキドスを倒した時に埋もれた事実。
それを知ることができるかもしれない場所に心当たりがあった。
「討伐記録全書の保存領域」
討伐記録全書とは、ゼゼが作り上げたもので、魔族を討伐した際、詳細を記録し、皆で共有する魔術師のシステムだ。
そこには、魔族の姿形、強さ、魔術のタイプだけじゃなく、戦闘の詳細や被害、犠牲者、当時の状況まで記載されている。
魔族討伐のため、昔は戦士団や冒険者ギルドの登録者などにも共有されていたし、一般人でもある程度は確認できる。が、戦闘の詳細や被害、犠牲者、当時の状況など細かい記録に関してはほとんどの人間が見ることができず、ゼゼに直接要請する必要がある。
当然機密のため、よほどの理由がないと却下される。
ディンによほどの理由はなかったが、祖父からもらった権利があった。
魔術師団に角が立つやり方になるが、ディンとしては強硬手段に出ることを即断した。すべては祖父から与えられた謎を解くためだ。
「にしても私は魔王を倒していない……か」
深く飲み込んでこなかった言葉をぼさりとつぶやき、今までない発想が浮かぶ。
「魔王は生きてる……ってことか?」
口に出してもピンとこなかった。魔王ロキドスは五十二年前死に、その死体も徹底的に調べられたのだ。多くの人間がその死を確認している。
「んなわけねぇよな」
ディンは気を取り直し、ゼゼとの交渉の運びに意識を集中した。
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