第5話 私はエルマーがロキドスに剣を突き立てたところをはっきり見た
伝説の勇者一行だったシーザとは当然付き合いが深い。エルフ族のため、年齢は二百才に近いそうだ。見た目はゼゼと同じように小柄で幼女にしか見えない。中身は口が軽くて薄っぺらいお調子者。
魔王討伐後の報酬をすべて金銭として受け取り、ろくに働かず食っては寝るという無職生活を延々と五十二年続けてる。ディンにはピンとこないが、身軽さというものを人生で重要視してるらしい。
「いよいよ生き残りは私一人だけになったわけか……」
椅子に座るシーザはどこか感慨深げにつぶやいた。葬儀に顔を出さなかったので、ディンからするとドライに感じたが、やはり仲間の死は彼女なりに思うことはあるのだろう。
「様々な思い出が走馬灯のように流れるな」
お決まりの自慢話が始まりそうだったので、ディンは即座に口を挟む。
「実はいくつか確認したいことがある」
「なんだよ?」
「魔王討伐の時のことだ」
「そんなの今まで何度も話しただろうが。今もこれから話そうと思ったんだ」
「なるべく客観的な情報が欲しいんだ。ほら、シーザは……ちょっと、あれだろ」
「何だ?」
「話を盛るだろ」
今まで言わなかったことをズバリ口にした。シーザは口をあんぐりさせた後、顔を真っ赤にして叫ぶ。
「ガキ! 何を言ってんだ! 私は嘘偽りないありのままを話してるっつーの!」
「じゃあさ『魔王に一撃食らわせてやった』っていつも語ってたけど、具体的にどうやったか教えて欲しい」
「魔銃を使って魔弾を浴びせてやった」
「ロキドスは魔術を吸収するって資料で確認してるんだが?」
「……あれだ。確かにそうだが……私のやつはじんわりと効いてたような……嫌がる素振りを見せてた」
シーザは視線をそらしながらぼそぼそ喋る。
「あのさ。思い出補正抜きで、当時のこと聞きたいんだよ」
「てめぇ! 思い出補正とはなんだ!」
「話してないことがあるのは事実だろ」
確信を持った言い方にシーザは顔色を変える。
「ゼゼに会った。あの人の作戦で二軍に分けて、じいちゃんらは囮役だったんだってな。一軍が殲滅された後、退却命令が出たのに突っ込んだと聞いた。本当か?」
「ああ。それは事実だ。別に隠していたわけではない」
「なぜ突っ込んだ? 常識的に考えて無謀だろう?」
「逆に聞くがなぜ無謀だといえる?」
「じいちゃんたちより強い一軍が全滅させられたんだ。とすると無謀だろ?」
「そこな! 私としてはゼゼ様の主観が大いに混じってる。お前の祖父、エルマーは決して弱くはない。魔術師団と関わりがなかったから、過小評価されていた節がある」
その指摘で気づく。祖父エルマーやシーザはかつて冒険者だった。今ではならず者とあまり変わらない解釈をされているが、当時はロマンのある仕事だったらしい。
冒険者の仕事の一つは魔獣を狩ることだ。祖父はその道の達人だったので、ロキドス討伐の作戦にも助っ人として呼ばれた。
それを踏まえると、祖父やシーザはあくまで外部から収集した優秀な傭兵ということになる。ゼゼが身内びいきをして、魔術師団に近い人間たちを高く評価している可能性は十分ある。
「ということはゼゼが言うほど一軍と二軍には力の差はなかったということか?」
「うん、まあ。危機的状況に追い込まれたときの爆発力……そこを加味すれば、たぶん……ぎりぎり上回った……かも」
視線をそらしながら喋る様子を見て、察する。ゼゼはちゃんと客観的に実力を判断して、一軍と二軍に分けたことで間違いないらしい。
シーザはディンをいぶかし気に見ていた。
「お前、なんだ? まさか疑っているんじゃねぇだろうな」
「ぶっちゃけると、ゼゼからどうやって倒したんだと追求されたんだよ。確かにおかしいよな? 一軍より弱い二軍がなんで倒せたんだ?」
シーザは軽く嘆息した。
「はあ。ゼゼ様も困ったものだが、ディンもどうかしてるぜ。祖父を信じずしてどうする?」
「別に疑ってるわけじゃない。疑問を解消したいだけだ」
「ゼゼ魔術師団がロキドスの遺体を検分した結果、分かったことがある」
「なんだ?」
「ロキドスは老いてた。ロキドスが何歳でどれくらい生きたのか、誰にもわからないが、余命間近の死に体だったんだよ」
はじめて聞いた事実だった。おそらく魔術師団のみに共有されたもので、一般人にはほとんど知られてない情報なのだろう。
「つまり、弱っていたってこと?」
「正確な表現ではないな。魔術師を例にすると、魔術師は年を取る方が魔術のレベルは高い。魔力量調整や魔力制御など長い年月で洗練されていくからな。だが、魔術師のピークは三十代から四十代と言われる。理由は継戦能力だ」
それは聞いたことがあった。若いと魔力切れを起こしても一晩寝れば回復するが、年を取るごとにリカバリーに時間がかかる。短期決戦なら、年配の魔術師に分があるが、連戦になる戦場なら若い者が強いというものだ。
「ロキドスは継戦能力が低かった?」
「諸説ある。ただ私たちの戦闘中、ロキドスの魔力が切れかかっていたのは事実だ。だから、勝てた。ただゼゼ様からするとロキドスの魔力量からそれはありえないらしい。腑に落ちない点があるのは確かだが、倒したのは間違いない」
熟練の魔術師からすると疑問の余地があるということらしい。ゼゼが突っかかってきた理由がわかったが、それ以上にシーザの話を聞いて引っかかりを覚えた。
「そもそもなぜゼゼの撤退命令を無視して突っ込んだ?」
「それは現場でしか感じ取れない勝機というものがあるんだよ」
「魔王の巣の周りで魔族の相手をする囮役だったんだろ? 巣の中の状況なんてわかんないじゃん。どういう判断で突っ込んだ?」
明らかな矛盾。シーザは視線をそらさないが、わずかに間が空く。
「……ふん。ロキドスは慎重なやつでな。この機を逃すと、別の巣に移動する可能性が高い。とすると、奴を討つ好機を逃す。ゆえに特攻をかけた」
「敵陣に攻め込むときは、細心の準備と勝算を。それが五割以下なら撤退が正解。じいちゃんの言葉だ。あんたの昔話にもこれに似た逸話、よく出てきたよな?」
祖父のエルマーは冒険者であるがゆえに慎重な戦士だった。戦いは常に万全を期して、仲間を無謀な目に合わせない。そういう話はシーザだけじゃなく、色々な人から聞いた。
「俺の考えだと馬鹿正直にじいちゃんは突っ込まない。ということは、突撃せざるを得ない理由があったんだな?」
シーザはディンをじっと見据え、観念したように両手を広げる。
「うむ。やはり鋭いなぁ。さすが勇者の孫、ディンだ」
(このたぬきばばぁ。やっぱり隠し事をしていやがった)
ディンは不敵な笑みを零すシーザを睨む。
「んな睨むなよ。別に隠していたわけじゃない。そこは大人の事情というものがある。ディンも大人になったんだからそれはわかるだろ?」
「まあな。ただ命を捨てる特攻までする理由はわからないけどな」
ディンの言葉に「うむ」とうなり、シーザは少し考えるポーズで一点を見つめていた。
「お前に話すべきか考えたが、考えれば考えるほど、聞く権利も資格もあるように思えるな。ディンなら立場もわきまえて、他者に口外しないだろうしな」
「だったらさっさと話してくれ」
「私の口からは言えない」
「何? 今言ったことと矛盾してるぞ」
「矛盾してない。察しろ。私の口からは言えないことなんだよ」
シーザは真顔だ。これが意味することは……かなり位の高い人間から
「話はここでおしまいだ。探るほどのことでもない。世の中にはこういうことはいくらでもある」
「別にいい。だいたいわかったから」
「何? んなわけあるかよ」
「ゼゼから話を聞いた。ロキドスは人間の子供を使って魔術の実験をしていたってな。ということはロキドスは人間をさらっていたわけだ」
シーザは口を真一文字に締めて、平静を装うが、ディンは構わず続ける。
「おそらくじいちゃんは一軍殲滅のタイミングで人質の存在を知った。ロキドスは慎重で巣をよく変える。だから、突っ込まざるを得なかった」
「……」
「が、俺はそれだけじゃないと睨んでいる。なぜならゼゼにはじいちゃんも敬意を示していた。たとえ一般人がさらわれていようと、ゼゼの撤退命令を無視してまで突っ込まない」
今でこそ勇者と呼ばれ、率先して人助けをする印象があるが、当時は魔王討伐のために編成された戦士だ。常識的に考えて、個人の感情より軍の規律を守る。少なくとも祖父はそういう人間だ。
「規律を無視してでも突撃したのは……身分の高い人間がさらわれていたから。これだな?」
「ちっ」
「しかし、まだおかしい。ロキドスの人質になりじいちゃん達に救われたのなら、別に隠すことでもない。にもかかわらず、ここまで歴史的に封殺されている理由――」
「ディン。それ以上は踏み込むな。知っても知らなくても大した問題ではない」
「なら知っていてもいいだろ」
沈黙が続く。真顔でシーザと向き合ったのは、いつ以来だろうか。
やがて根負けしたようにシーザは深く息を吐く。
「誰かは絶対言わん。ただし、なぜ口止めされているかだけは教えよう。変な噂が流されてしまわないためにな」
「ピンとこないな。たださらわれただけじゃなかったのか?」
「魔術の実験に使われた人間もいたが、それらの人間はまったく別の扱いをされていた」
一呼吸開けてシーザは言う。
「魔王は疑似家族を作っていた」
ディンが驚く番だった。
「魔王が家族? 人間をさらって家族ごっこをしていたってことか?」
「話を聞く限りは……」
「なぜ、そんなこと?」
「推測だが、実験の一環じゃないか? 人間の家族を疑似的に作って人間というものを体験しようとした」
ディンの中で魔術を使う獣程度に考えていたロキドスの印象が変わった。
――私は魔王を倒していない
祖父の言葉が頭によぎり、はっとなる。
(まさかあれは……魔王の意志を継ぐ人間がいるという意味か?)
「家族ごっこで魔王と子作りした人が?」
「ない! ない! ない! さすがにない! ディン、きっしょ!」
少し身体をのけぞらせ、シーザはドン引きした。
「生態が違うから、それはありえん」
「疑似家族で魔王を父親と思い込んで、その意志を継ごうと考えた人間は?」
「ディン、急に頭悪くなった気がするけど、どうした!」
心底あきれた様子でシーザは突っ込んだ。
「いや……影響力とか。ありそうだからね」
「あれはただの人質だ。が、影響がないとはいえんな。まっ、これでわかったか。どうあれ事実を公表すると、どういうねじれた噂が立つかわからん」
「確かに」
魔王と疑似的とはいえ家族になっていたことが明るみに出れば、周囲の見る目が変わり変な噂が立ってもおかしくない。体裁を気にする高貴な身分の人間なら、封殺させる事案だ。
ディンはシーザをじっと見た。
「話してなかったのはそれだけ?」
「ああ。そもそもなんでこんな話をした? 何かあったろう?」
今度はそっちの番だと言わんばかりにシーザが追求の目を向ける。
「白状すると、じいちゃんが死に際に言ったんだよ。『私は魔王を倒してない』って」
「はあ? なんだ、それは! 一人じゃ倒せなかったとか、そういう意味じゃないんか?」
「だと思うけど」
「私はエルマーがロキドスに剣を突き立てたところをはっきり見た。その後、ロキドスの死体を確認して、何度か憂さ晴らしに剣を刺したし、ロキドスの死体は多くの人間が確認している」
どさくさにシーザが死体蹴りしている事実が判明したが、重要なのは魔王にとどめを刺したのは祖父であり、ちゃんと魔王の死体も確認されていること。
「間違いないんだよな?」
「ふん。嘘をつくわけがないだろう。間違いなくお前の祖父エルマーはロキドスを倒した。疑いようのない事実だ」
一点の曇りなく、この世の法則であるかのようにシーザは言い切る。
それはディンが一番聞きたかった言葉だった。ここに紛れがないのなら、後ろめたいことなどないはずだ。
ディンは安心して、自然と笑顔がこぼれる。
「なんだ、お前。気持ち悪い」
「久々にシーザの武勇伝を聞きたくなったな」
たちまちシーザの機嫌はよくなり、何十回と聞いたシーザの武勇伝を聞かされることになった。
ディンが背中から剣で突き殺される3840分前のことだ。
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