第4話 秘密は誰にでもあるものです

 フローティアと二人きりになった空間でゼゼは腕組みを解き、軽く嘆息した。


「はじめて会ったが、なかなか厄介な男だな。失言にならないぎりぎりのラインで皮肉を吐いてくる。私も少しカッとなった。噂には聞いていたが、ユナとは大違いだ」

「彼は勇者一族の中でも異端ですね」

「ああ。ただなかなか胆力がある。圧をかけたつもりだが、表情には一切出さなかった。あれは血の成せる技なのかな」


 ゼゼは不機嫌な表情から一変して楽し気に話し出す。自分に対し敵意を抱く相手と対峙するのは久しぶりだったせいかもしれない。


「だが、目の中の動きまではごまかせん。あれは思わぬ質問をされたときの目だ。奴は間違いなく何か隠してるぞ」


 フローティアにその違いの区別がつかなかったが、千年以上生きるとも言われるエルフのゼゼには経験からその機微を感じ取っていた。


「彼が私たちに話してくれるとは思えませんが」

「それはな……私もユナの件で負い目があるのは事実だ」


 魔術の才能を見出し、ユナを誘ったのはゼゼだ。ユナがあの状態になったのは事故だが、監督責任があったのは間違いない。魔術師団に入った身内が、訓練中に意識不明の重体になってしまうとなれば、敵視するには十分な理由ともいえる。


「ただこちらとしてはあの男と敵対したくない。なんとかうまくこちらに取り込めないものか」

「それは限りなく難しいと思われます」


 フローティアの冷静な指摘にゼゼは少し眉をひそめる。フローティアの魔術の才能は買っているが、傍に置く人間としてはあまり気が利かない。

 とにかく話が続かない。ただ最近ではこういう側面も育成の範囲内だなと受け止めるようにしていた。


「フローティアも少し関わりがあったんだろ? 奴はどういう人間だった?」

「一言でいえば、身ぐるみを剥いで、貧民街の路地裏に捨てたくなる男です」

「うむ。私の今の気持ちを適切に表現しているな。誰もが通る道だったらしい」

「ただ捨てたとしても今と似たような立場まで上りつめてきそうな男でもあります」


 ゼゼは「ほう」とつぶやき、関心の眼をフローティアに向ける。


「人心掌握に長けて、自己演出が非常にうまく人望がある。十代のころ、勇者の孫というステータスを利用して貴族の大物達や大商人たちのパイプ作りをしていた印象です」

「勇者の孫の話だよな?」


 あきれた様子でゼゼは問いかける。


「商人と関わって何かあるのか?」

「一言でいうと勇者事業を展開していくようです」


 二人の間でしばらくの間、長い沈黙が続き、ゼゼが口を開く。


「勇者事業って……なんだ?」

「わかりません」


 妙に気まずい雰囲気になり、再び静寂に包まれる。触れてはならない何かに触れた感覚だ。


「あれが勇者の末裔まつえいとは……時代の変化は時に残酷だな」


 天井の虚空を見つめながらゼゼは嘆息する。

 だが、あの男の言うことをすべて否定する気もない。


 時代は変わった。急速に魔道具が一般市民に普及されるようになり魔術は身近なものになった。それは悪いことではないはずだが、魔術印の意味を理解しない者が、魔術の詠唱をしたことのない者が、わが物顔で魔術を語るという恐ろしい世の中になった。


 魔術の奥深さは千年近く研究を続けたゼゼにさえ、いまだ底が知れない。魔道具を使って、知った気になるこの世界はどこか歪みが生じているような、おかしい人間が増えたような、そんな錯覚に陥る。





「私一人の力では魔王を倒せなかった。それを達成できたのは、私を支えてくれた仲間たち、およびすべての国民だ。この国にいるすべての国民に感謝したい。これが最後の言葉です」


 迷いなく改竄した言葉をディンは国王に告げる。

 後戻りできないが、ライオネルには伝達済みだ。下手に変えない方がいい。

 国王アンベール・ローズは穏やかな表情でそれを受け止めた。


「ふむ。勇者らしい言葉だ」


(勇者らしい言葉に改竄したからね)


 現国王は四十七歳であり、ディンと同じく生まれた時はすでに魔王がいない時代だった。だからなのか、穏やかな雰囲気に包まれており、「鳩王」などと陰ではささやかれている。


「勇者の死について明日正式に発表する。その後、この国だけでなく世界中で勇者エルマーをしのび、尊ぶことだろう」


 表情には出さないが、ゼゼの言葉が脳裏によぎった。


――貴様はいかにして魔王を倒した?


 国王との面談はつつがなく終えたが、足取りは重い。

 正直、ゼゼに指摘された言葉は想定外だった。

 無視できない可能性が、うっすらと沸き上がってくる。

 祖父に隠し事があるか不明だが、自分の知らない事情があるかもしれないという可能性……これはどうにも否定できない。


「ディン様」


 王宮から出ようとした際、背中から声がかかる。

 第一王子ライオネルの護衛であるベンジャだった。


「途中までお送りいたします」

「ありがとう」


 王宮と魔術師団本部は、立地としてはすぐ隣だが、敷地が広いため当然多少歩くことになる。

 といっても王宮の周囲は特に警備兵の巡回が頻繁なので一人で歩いても問題はない。


「何かライオネル殿下から伝言でも?」

「いえ、特には。強いていえば、ゼゼ様との面会内容を気にしていたようです」

「大した内容ではないね。やや感情的になってみっともないところを晒してしまった」


 ディンはあえて会話の中身を伏せた。都合のいいときには情報を流し、悪いときは隠す。


「そうですか」


 ベンジャもそこまで面会内容にこだわってないようで、あっさり引き下がった。

 隣を歩くベンジャをちらりと見る。

 日に焼けた肌と鍛え上げられた肉体。腰に装備しているのは複数の魔道具と剣。


「そういえばベンジャは魔術師団にいたんだよな? 魔道具無しでも魔術を展開できるの?」

「もちろんです。ただ最近は制限も多いので、魔道具にどうしても頼りがちですね」


 昔は何も考えず撃つことができた魔術も現代では色々と手続きがあり面倒だ。例えば森の中で強力な火炎魔術を使うのは、火事になる恐れがあるので禁止。場合によっては法で裁かれる可能性すらある。


 貴族などの領地や街中でも基本許可制だ。無論、魔術師団や王宮戦士団なら規制は緩くなるが、場所によって出力制限はある。


「俺としては昔が少し異常だったんだと思う」

「異常じゃないと魔族には対抗できなかったのかもしれませんね」


 それは一理ある。ベンジャは口数が少ないが、たまに意表を突く言葉を言う。

 ライオネルが忌み嫌う魔術師団から引き抜いたのは、色々な思惑が絡んでいるのだろうが、こういう部分も買ってるのかもしれない。


「魔術師団の訓練ってのはハードだったのか?」


 いつかベンジャに尋ねた質問を自分がまたしてることに気づく。


「限界まで追い込まないと意味がありません。ユナ様とは在籍期間が重なっていないので私の知ってる訓練と同じとは言えませんが」


 必要最小限で具体的なことには触れない。

 魔術師団が属するのは特殊であるが、国軍だ。

 機密に接触するようなことは口外できない。だが、もう少し融通を利かせてほしいという心情もディンにはあった。ゆえに言葉を続ける。


「魔術師団では序列一番にまでなったんだろ? 実際、ゼゼ様はどうだった?」

「どうとは?」

「強さだよ。機密でいえないことが多いんだろうが、手合わせとかするんだろ?」


 ベンジャはわずかに言い淀む。


「……したことないですね」


 思いもしない答えだった。


「ゼゼ様は指示を出すだけで基本訓練にも参加しないので。ただ強いはずですよ。魔力もすさまじい」

「戦ってるところは見たことあるんだろ?」

「私はないです」

「嘘だろ?」

「基本的に本部で編成を組んで指示を出すのみです。少なくとも私が所属していたころは一貫してそうでした」


 軍であるなら高い地位の者が前線に出ないのは珍しいことではないがゼゼ魔術師団は少々事情が異なる。独自の裁量で動くことが許されているのはゼゼが最強兵器として王都を守るという盟約を王族とかわしているからだ。最強の魔術師という実力を担保にゼゼは今の地位を確立している。


 いざという時に戦えないなんてゼゼの場合、許されないのだ。

 が、ベンジャの証言を聞く限り、勘繰かんぐってしまう。

 ゼゼは他国との交流行事にも一切参加しない。さらに言えば、魔王討伐以降、公式には王都から一度も出ていない。


「戦えない理由がある?」

「さて。ですが秘密は誰にでもあるものです」


 ディンに対しても釘をさすような言葉に思わず口を噤む。

 が、聞けば聞くほどきな臭い。だが、王族でもゼゼは追求できない。


 祖父が魔王討伐の英雄であるなら、ゼゼは魔術界の象徴であり生きる伝説だ。世界中に支持者がおり、ゼゼに師事したいと考える魔術師はいまだ後を絶たないという。


 少なくともライオネルの言う通り今の国王が率先して何かすることはないだろう。

 祖父エルマー、ゼゼ。多かれ少なかれ隠し事をしており、今の自分でそれを知るのは難しい。

 が、解消できるかもしれない人物の顔がふと浮かんだ。


「寄り道したい場所がある」


 そう言ってベンジャを連れて、大通りを曲がり路地裏へ進む。

 ほんの少し歩いて到着したのは教会の手前にある邸宅だ。

 それは決して小さくないが大きくもない。


 その家の前でベンジャと別れ、ディンは扉を叩く。

 しばらくすると、見覚えのあるエルフが扉を開けて、顔を出した。


「久しぶり」

「ガキ。巷に流れる噂はやはり本当だったか……」

「ああ。じいちゃんは死んだ」

「ふん……まあ、入れよ」



 そう促したのは伝説の勇者ご一行の生き残り、シーザだった。

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