第22話 急転

早馬そうま、お疲れ様」


「早馬さん!お疲れ様です!」


 球場きゅうじょう関係者かんけいしゃ出口には、すでに茉依まいとオフェーリアが待っていて、俺を出迎えてくれた。


「おう、お疲れ様。じゃあ、帰るか」


 球場から駅へ続く帰り道。

 試合後しあいご売上清算うりあげせいさんと着替えに時間を取られたせいで、周囲しゅういにはもう観戦かんせん帰りのファンの姿はなく、ほとんど人影ひとかげもない。

 3人で並んで歩いていると、茉依が突然口を開いた。


「そういえば、晩御飯ばんごはんはどうする?食べていく?」


「ば、晩御飯?」


 そうだ、晩御飯だ。

 俺は大事な事を忘れていたことに気づく。


「どうしたの早馬、そんなに頭を抱えて」


「茉依、実は、うちに食材しょくざいが無くて……」


「そうなんだ、じゃあ、3人で食べて帰ればいいじゃない。なんか問題でもあるの?」


 無問題モウマンタイとばかりに気軽きがるに言ってくれる茉依。

 そうだ、こいつはオフェーリアの食欲を知らないんだった。


「食べて帰りたいのは山々やまやまなんだが、今日のバイト代が軽くぶぞ。それも、下手へたしたら3人分のバイト代が」


「ええ!?今日の3人分のバイト代って、私も結構けっこう売上があったし、オフェーリアちゃんにいたっては新人の最多売上記録さいたうりあげきろくを更新してボーナスもついたから、かなりのがくよ。それって冗談よね?」


「冗談なんかじゃないぞ、すごいんだ、オフェーリアの食欲しょくよくは」


 茉依に深刻しんこくな表情で語る俺。

 その後ろでは


「いやー、それほどでもないと思うんですが……」


 とオフェーリアが頭をいている。


「ねえ、オフェーリアちゃん。ちなみに今日の昼ごはんは何を食べたの?」


「今日は、早馬さんにをご用意頂きました。つるっとさっぱり頂けて、とても美味おいしかったです!」


「そ、そう。で、どれくらい食べたの?」


 オフェーリアは遠くを見るような目つきで考え込む。


「たしか、12たばでしたっけ?早馬さん?」


「ああ、その通りだ」


「12束ってちょっとしたお中元ちゅうげんでもらう量じゃない!。本当にそんなに食べたの?」


 おどろく茉依。


「だから、昨日ファミレスで食べた時も、ものすごい金額になってしまってな。うちの家計からすると、今月はオフェーリアを連れての外食がいしょくけたいところなんだ。」


「それは……、たしかに大変そうね……。とは言え、何も食べないわけにはいかないし……」


 俺に同情どうじょうし、あごに手を当てて考え込む茉依。

 数歩すうほ進んだところで、何か妙案みょうあんを思いついたように、手をポンと打った。


「そうだ!、二人とも私の家に来てパーティーしない?実はこの間買いすぎちゃって、いっぱい残ってるのよ。結構な量あるから、きっとオフェーリアちゃんもおなかいっぱいになるわよ」


「あ、揚げ物パーティー」


 若者の多くは揚げ物が好きだ。

 それが『売り子』として大量の汗をかき、走り回った後なら、なおさらだ。

 きっと失ったカロリーも回復するだろう。


「茉依、非常にありがたい話だが、本当にいいのか?というか、そんなに揚げ物があまってるのか?」


「大丈夫よ早馬、本当にいっぱい余ってるの。実はどう処理しようかとなやんでたくらいだから、片づけてくれると本当に助かるわ。遠慮えんりょしなくて大丈夫よ」


「そうか……、そこまで言ってくれるなら、お邪魔じゃまするか。オフェーリアもそれでいいか?」


「はい、全く問題無しです!。むしろ、是非ぜひお願いしたいです」


 上機嫌じょうきげんのオフェーリア。

 余程よほどうれしいのか、小声で「揚げ物、揚げ物♪」と口ずさんでいる。


「じゃあ、よろしく頼むよ」


「了解よ、じゃあ、うちに行きましょう」


 3人で駅に向かって歩きながら、周囲しゅういの様子が少しずつ変わっていくのを感じる。

 球場の周りにはいなかったユニフォーム姿のファンたちが、どの店に飲みに行こうかと楽しそうに話している。

 そのとなりには、会社帰りのサラリーマンたちがつかれた顔で無言のまま歩いているのが見えた。

 くらかった道も徐々じょじょに明るくなり、自動改札じどうかいさつが見えてくる。


「……そういえば茉依、『今月かなりピンチ』って言ってたが、何か高価こうかなものでも買ったのか?」


茉依は一瞬いっしゅんドキッとした表情を見せた後、わずかに緊張感きんちょうかんただよわせた口調くちょうこたえた。


「いや、欲しい選手せんしゅのカードが全然ぜんぜん出なくてさ……」


 この後、茉依の家でカードがかれた野球やきゅうチップスを大量たいりょうに食べさせられ、ひどい胸焼むねやけにおそわれることを、俺とオフェーリアはまだ知らないのだった。


 ◇


 8月1日 火曜日、時刻6時2分


 ドアをノックする音で目がめる。


「はい、どちら様ですか?」


 まだはっきり開かない目のまま、ドアに向かって声を掛ける。


「あの、朝早くすいません。オフェーリアです。ちょっと緊急きんきゅうでご相談そうだんしたいことがありまして……」


「わかった、ちょっと待ってくれ」


 布団ふとんから起き上がり、玄関の姿見すがたみに自分の姿をうつす。

 Tシャツに短パン、髪はボサボサで、とても人前に出られる状態じょうたいではないが、緊急なら仕方がない。

 昨日、魔力まりょく完全回復かんぜんかいふくしたオフェーリアが、今日の午前中には異世界自分の世界に帰ると、夜中よなかあぶらぎったゆびでポテトチップスを食べながら話していたのを思い出す。

 そのままドアを開けると、ひたいに汗を浮かべたオフェーリアが立っていた。


随分ずいぶんあわてているみたいだがどうかしたか?。もしかして異世界に帰るのに何か問題でも発生したのか?」


「はい、実はそうなんです……。先程、ヒルドブランド王国から連絡がありまして、魔王軍まおうぐんもこちらの世界に魔力を回復しに来ているから、私はこの世界にとどまってそれを阻止そししろという指令しれいがありまして……」


 困惑こんわくした表情のオフェーリア。


「それでおねがいなのですが、このまま202号室をおりできないかと……」


 反応はんのううかがうように、上目遣うわめづかいで俺を見る。


「ああ、いいぞ。約束した通り、家賃やちん特別価格とくべつかかくでOKだ。そうだな、『売り子』のバイトができる間は、売れたビールの数で決めるのはどうだ?」


 俺の提案に目を丸くしておどろくオフェーリア。


「え、そんなのでいいのですか!?早馬さん、困りませんか!?」


「困るも何も、空室くうしつよりは使ってくれた方が全然良いし、それがオフェーリアならさ。」


 表情が一変いっぺんし、オフェーリアがとびっきりの笑顔を見せる。


「ありがとうございます!あのお部屋が好きだったので、どなたかにりられてしまったらこまるなと思って朝一番あさいちばんけ付けたのですが、本当によかった……。これからもよろしくお願いしますね、早馬さん」


 オフェーリアは深々ふかぶかと頭を下げた。

 前にれる彼女のかみ、そしてわずかにふるえるかたからは、言葉にできないほどのよろこびの気持ちがあふれているのがつたわってくる。

 俺は、そのポーズから見える”I65Iカップ”の谷間たにま破壊力はかいりょく圧倒あっとうされながら、この『り』が少しでも長く続くよう祈っていた。


 <第一部完>

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うちのアパートに住み始めた美少女神官は、今日もおおむね(巨乳)良好。 磯芽ずん @IsomeZun

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