第19話 投げる精密機械

「おい!今、さっきよりもはやいボールが”シュっ”って行ったぞ”シュっ”って!危ないじゃないか!」


 顔をかすめていった危険球きけんきゅうに抗議する俺を、茉依まい仁王立におうだちで腕を組み、するどい目つきでにらみ返す。


「さっきより速いボールだったのは、さっきよりも失礼なことを言ったからじゃないかしら……。早馬そうま、これだけは言っておくわ。私はこの動きやすいサイズの胸が気に入ってるの!。本当に、本っっっ当に『魔力があれば』なんて思ったことも、”Gカップ”がうらやましいなんて思った事もないんだから!。だから、二度と変なことを言うんじゃないわよ!わかった!?」


 3人だけの通路休憩所に、茉依の怒りともなげきとも受け取れる絶叫ぜっきょうがこだまする。

 オフェーリアは茉依の迫力はくりょくに押されているのか、無言のまま成り行きを見守っている。


「いや、さっきオフェーリアの胸を見ていた時の顔は、明らかにうらやましそうだったが……」


「もう一回言うわ。二度と変なことは言うんじゃないわよ!わかった!?」


 どこからか取り出した3つ目のボールを握りしめ、『俺に向かって投げるをしながら』という脅迫きょうはくとしか思えない動きをしながらねんを押してくる。


「はい、分かりました。もう言いません。なので、そのボールを投げつけるのは勘弁かんべんしてください。というか、お前、ボールをいくつ持ってるんだ?」


「あんたみたいにセクハラする奴が多いから、それなりの数を持ってるの!。……もういいわ。私はものすごく気分悪くなったから先に行くわね。次は『6回が終わったら』ここに集合よ。じゃあね」


 茉依はそう言うと、必要以上に大きな音を立ててドアを閉め、不機嫌ふきげんそうに部屋を出て行った。


「……しまった、ちょっとからかい過ぎたか。こりゃ後で謝った方がいいかもだな」


 静寂せいじゃくおとづれた通路で、俺が少しばかし反省していると、オフェーリアが思いつめたような顔で話し出す。


「早馬さん、確かに茉依さんは怒っていましたが、あれは、からではなくて、不安だからじゃないでしょうか」


「不安?」


「はい、不安です。私も未熟者みじゅくものゆえによくある事なのですが、魔力なく小さな胸のままでいると不安になって、自暴自棄じぼうじきになってしまったり、無意味に怒ってしまう事が有るんです」


 俺の頭の中に、202号室の折り畳みテーブルにすオフェーリアの姿が浮かんでくる。


「ああ、午前中の『今の私は見ての通り、魔力ゼロの使えない神官なのです!』って吐き捨ててたやつか?」


「それです……。恥ずかしい姿をお見せして申し訳ありません」


 ばつが悪そうに苦笑いするオフェーリア。


「茉依さんも今、不安のあまり『この動きやすいサイズの胸が気に入ってるの!』なんて強がりを口にしてしまっていると思いますので、少し落ち着いたら、私、言ってあげようと思うんです。『今は小さなその胸も、あせらずすこやかに成長すれば必ず大きくなります。だから何も不安になることはないのですよ』って。こちらの世界の人は”成長”で胸が大きくなるんですよね?ならば茉依さんもこれからバンバン”成長”すれば、きっと大丈夫ですよ!」


 両手を広げ、力説するオフェーリア。

 茉依の事を本気で思って言っているのだろう、その表情は真剣そのものだ。


「……オフェーリア、その『こちらの世界の人は”成長”で胸が大きくなる』というのは、どこで知った話なんだ?」


「前にお見せしたガイドブック『異世界の歩き方』に書いてありました。私たちの世界で魔法を使える者は、魔力回復にともなって胸が大きくなるが、こちらの世界の人には魔力が無いので、胸は”成長”で大きくなるって」


「なるほど、理解した。理解した上で言うが、それ、絶対に本人に言っちゃいけないやつだ。絶対だぞ。絶対に茉依には言うな。もし言ったら大変なことになるぞ!」


「え?なぜですか!?せっかく茉依さんを元気づけてあげようと思って考えた言葉なのに……。あ、それはもしかして、特有の文化である『やるな、やるなと念を押された事は、本当はやってほしい事』というやつですか?これも『異世界の歩き方』に書いてありましたが……」


『異世界の歩き方』うぜぇ。

 そう思いながらも、茉依の耳にオフェーリアの言葉が入ってしまった場合に繰り広げられるであろう惨劇さんげきを回避すべく説得せっとくを続ける。


「いや、違う。本当に『言うな』と言っているんだ。そのガイドブックのの説明は間違いではないが、肝心なことが書かれていない。確かに成長と共に大きくなるが、その度合どあいに個人差がある上に、こちらの世界の人のの成長は止まるんだ。オフェーリア、ちなみに聞くのだが、君の身長はいまでも伸びているのか?」


「え、私の身長ですか?子供の頃はぐんぐん伸びていましたが、ここ数年は成長が止まってしまったのか全く……。はっ!早馬さん、もしかして茉依さんの胸は、もうあの大きさで止まってしまったと……」


 ものすごく『気の毒そうな顔』になるオフェーリア。


「だから、茉依の胸のことで何か言うのも、そんな顔を見せるのも、絶対にするんじゃない。変に刺激しげきして怒らせたりしたら、今度はオフェーリアめがけてボールが飛んでくるぞ!」


「なるほど……、私も理解しました。茉依さんのためにと思っていた言葉だったのですが、全く正反対の効果をもたらすものだったのですね。ボール投げつけられるのは嫌ですので言うのは止めておきます。物理攻撃は苦手ですので……」


「うん。『触らぬ神にたたりなし』ってやつだ。分かってくれて良かったよ。じゃあ、そろそろ俺は仕事に戻るぞ」


「はい、私も戻ります。そういえば茉依さん、投げたボールをそのままで行っちゃいましたね。そのままだと、でこっそり休んでいるのがバレちゃうと思いますので拾ってきますね」


 足早あしばやに通路の奥に移動し、ゆかに転がる2つのボールを拾い上げたオフェーリアだったが、壁に貼られたポスター見た瞬間、視線しせんがくぎ付けになり動きが止まる。


「おーい、どうした?」


「……茉依さん『野球やっている』っておっしゃってましたけど、ものすごくコントロール良いんですね」


「そうだな。さっきも2球とも顔面スレスレのボールだ。多分、当たらないように投げているのだろうから、なかなかのコントロールだと思うぞ」


「あ、いえ、それもそうなんですが……。早馬さん、ちょっとこちらに来ていただいて、このポスターを見てもらえないですか?」


「ん?」


 オフェーリアの横にった俺は、同じようにポスターをのぞき込む。


「私見てたんですけど、茉依さんが投げたボールって早馬さんの顔をかすめた後、このポスターに当たってるんです。最初のボールも、2回目のボールも、どちらも。でも、このポスターにボールが当たったあとは一つしかないんです。これって、もしかして……」


「……ああ、これは間違いなく、2球ともまったく同じ所に当ててるんだ。あいつ『外野手やってる』って言ってたけど、ピッチャーやるべきだろ、ここまでコントロール良いなら」


『無駄な会議をなくそう!』と書かれたポスターのちょうど『!』の部分に出来た『ボールの当たった跡』には、異なる2つの角度の『模様もよう』が残されていた。

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