第16話 どいつもこいつも

「ほら、これが『消火前』の写真画像


 茉依まいのスマホに燃えさかるビルと、そのビルに向かって勇ましく杖を振り上げる神官の衣装を着た”G65Gカップ”の少女の姿が表示される。


「で、こっちが『消火後』の写真」


 スワイプされた指に合わせ写真が切り替わると、今度は窓ガラスが全壊した火の消えたビルと、その前でがっくりと肩を落とす同じ衣装を着た”A65Aカップ”の少女の姿がスマホに表示される。


「このSNSに投稿された今朝のビル火災の写真なんだけど、燃えている時には大きかった神官の子のおっぱいが、火が消えた後には小さくなってて『この神官少女がおっぱいから火を消したに違いない』とか言われて大バズりしているのよ。これってあなたよね?本当におっぱいから何か出して火を消したの?」


「いや、その、何か出して消したわけではないのですが……」


「という事は、何か出したわけじゃないけど、火を消したのはあなたなのね?じゃあ、どうやって消したの?なんで火が消えた後におっぱいが小さくなってるの?」


 茉依の質問にになり、またもや目で助けを求めてくるオフェーリア。


「茉依、実はオフェーリアの胸は、魔力のうつわなんだ」


「は?まりょく?まりょくって?」


「魔法を使う力の魔力、分かりやすく言えばゲームのMPマジックポイントのようなものだ。今回は魔法を使って火を消したから胸がこうなってしまったらしいぞ」


「魔力……魔法……。早馬そうま、あんた、それ本気で言ってるの?」


「もちろん本気だとも。俺はすべてを見てたんだから」


 俺はオフェーリアとのこれまでの経緯を、『俺にとって都合の悪い部分』を除き茉依に話し始めた。


 ◇


「オフェーリアちゃんは早馬と電車の中で偶然出会った異世界の特級神官さんで、魔法が使えるけど使った分だけおっぱいが小さくなる。で、今回は火事を消すのに魔力を使いすぎたから、おっぱいが”Gカップ”から”Aカップ”になった……って、とても正気とは思えない話だけど、二人とも私をだまそうとしている訳じゃなくて本当の話なのよね?」


 俺とオフェーリアがそろって首を縦にふる。


「失った魔力を全回復するには、この世界で一週間かかるらしいのだが『人に感謝される』ほど早く回復するそうだ。それも深く感謝されれば、されるほど早く。上手く行けば2~3日での全回復も夢じゃないらしい。オフェーリアは自分の世界異世界で行われている魔王軍との戦いに加わるために一刻も早く魔力を回復させようとしてるんだが、茉依も協力してやってくれないか」


「『特級』って肩書からすると、オフェーリアちゃんは神官さんのエースなのよね?本来『中六日なかむいか』で投げるはずのエースが『中一日なかいちにち』で出てきたら、対戦相手にしたらたまったもんじゃないわね。早く戦いに加わりたいというのもうなずけるわ」


 野球ヲタらしく魔力回復の日数を先発ピッチャーの登板間隔のように話す茉依。


「オフェーリアちゃん、ちなみになんだけど、魔力が回復したらこの『消火前』の写真みたいにおっぱいが大きくなるの?」


「はい、その写真は私の魔力が最大マックスの時ですので、回復が進むにつれ徐々に大きくなって、最終的にはその大きさになります」


「……なるほど、それでスッキリしたわ。家賃減額だなんて、自分の生活費を削るような真似をするのには何か理由があると思ってたのよね。早馬、あんたオフェーリアちゃんのおっぱいを大きくさせて何かたくらんでいるんでしょ?」


「は?『何か企む』だなんて失礼なことを言うな。俺はあくまでオフェーリアを不憫ふびんに思って善意でやってるだけだぞ」


『できれば魔力最大マックスパイ包み究極の治癒魔法をお見舞いしてほしい』。『少なくとも魔力最大マックスでもう一回祈ってほしい』。そんな本心を隠す俺に茉依が厳しくツッコんでくる。


「どうだかな~、本当かな~、オフェーリアちゃん気を付けてね。この人『おっぱいマイスター』って呼ばれてるくらい、おっぱい好きで有名な人だから」


「『おっぱいマイスター』……?。茉依さん、『おっぱいマイスター』ってなんですか?」


「『おっぱいを極めし者』の事よ。人づてに聞いた話だと早馬は『お殿様』や『お金』のように、『胸』の事も『お胸』と『お』を付けて呼ぶくらいにリスペクトして、日夜おっぱいの研究にいそしんでいるらしいわ。その研究成果なのか知らないけど、この人、見ただけでサイズが分かるのよ。それも驚異的な精度で」


「『サイズが分かる』って、まさか胸のサイズですか?」


「そうよ、おっぱいのサイズ。去年だったかしら、町で偶然すれ違ったときに『お前、そろそろ下着を”A70”じゃなくて”B70”にした方がいいんじゃないか?前より大きくなってるぞ』って、いきなりカップだけじゃなくアンダーバストのサイズまで言われたんで、試しに下着屋ランジェリーショップで測ってもらったら本当にその通りのサイズになってて驚いたわよ。全く恐ろしい能力だわ。きっとオフェーリアちゃんも測られちゃってるわよ」


「……早馬さんすごい、それ、すごいです!」


『ドン引かれる』と思いきや、俺にまさかの『尊敬そんけい眼差まなざし』を向けるオフェーリア。


 そのキラキラ輝く瞳に気を良くした俺は、思わず『見たか!聞いたか!そして驚いたか!』と言いかけるが、茉依の凍り付くような視線を感じ、口をつぐむ。


「オフェーリアちゃん、いくら世話になっているからって、むやみに褒めて調子に乗せちゃダメよ。そんなセクハラスキル、持ってても迷惑なだけなんだから。で、話がそれたけど魔力回復への協力はもちろんするわ。早馬の企みが分からないのが気になるけど、オフェーリアちゃんが自分の世界異世界に戻るために必要なことで、私の家賃も減額になるとなったらやるしかないわね。『深く感謝してくれそうな人』、誰かいたかしら……」


 そう言いながら腕を組んで考え始めた茉依だが、数秒もたたないうちに何かを思い出したように手をポンと叩く。


「って、居たわよ『深く感謝してくれそうな人』。そう。さっきも言ったけど今月かなりピンチだから、無利子でお金貸してくれたりすると、かなり、かなーり深く感謝するわよ」


 茉依が上目遣うわめづかいで俺を見つめる。


「お前に金を貸したとしても、感謝する相手が俺では意味がないぞ。オフェーリアが感謝されないと。ちなみにオフェーリアは、昨日俺に出会わなかったら飯も食えず、公園で野宿していたような財政状態だ」


「オフェーリアちゃんからお金借りようなんて最初から思ってなかったけど、やっぱり早馬様からの援助じゃ魔力回復にならないわよね、残念だわ。それにしても野宿だなんて随分ひどい状況ね……。ねぇ、オフェーリアちゃん。『深い感謝』じゃなくて『浅い感謝』じゃダメ?『よっ、ねえちゃん、ありがとな』みたいな『あっさーい感謝』。それで良ければ、今日これから数百人レベルで感謝してもらえるとこ知ってるけど」


「えっ!?数百人ですか?」


「うん、数百人。頑張り次第でその人数は増減するけど、昨日、私はそこで少なくとも300人には感謝をされたわ。それに、異世界に戻っちゃうなら不要かもしれないけど、頑張った分だけお金も貰えるから野宿なんてしなくて済むようになるわよ。私は今日も行く予定なんだけど、オフェーリアちゃんも一緒に来る?」


「それはすごいです!いくら『浅い感謝』でも、そんなに大勢の方たちから感謝して頂けるのであれば、かなり回復できると思います。お金も頂けるなら早馬さんに何かお礼をしたいですし……。それも今日だなんて、もちろん行かせて頂きます!」


 そこがどんな場所なのかも聞かず、目を輝かせながら即答するオフェーリア。

 相変わらずの不用心さだ。


「わかったわ、私の紹介ならはいれるから話を通しておくわね。早馬、あんたは当然来るわよね。『活躍次第により来月の家賃減額の可能性アリ』なんだから、今回のあたしがどんだけ活躍するか見届けてもらわないと」


「まあ、行くのは構わんが……。数百人に感謝されて、頑張った分の報酬が貰えるなんて、一体どこに行くんだ?」


「それは着いてからのお楽しみってやつよ。そういえばオフェーリアちゃん、どうしても気になる事が有るんだけど一つ聞いていい?」


「はい、茉依さん、なんでしょう?」


「魔力がMPマジックポイントのようなものだっていうなら、『人に感謝される』なんて面倒なことしなくても、宿屋で一泊すれば全部回復するんじゃないの?」


 その瞬間、それまで笑顔で目を輝かせていたオフェーリアは、別人のような険しい顔に変わっていた。

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