第15話 好きなもの『補殺』、特技『補殺』、趣味『補殺』

「ああ、やってしまいました……。火事を消火できたのは良かったですが、魔力を使い切ってしまうなんて……。早く戻って魔王軍と戦わねばならない時に、私は何をやっているのでしょう……」


 7月最後の月曜日、11時20分。


 戻るはずの無かった202号室の折り畳みテーブルに突っ伏し、泣きながら後悔の言葉を口にするオフェーリア。

 その胸には、ファミレスでテーブルにつぶされた巨大なおっぱいの姿はない。


「……一つ確認なのだが、やはり、その、魔力量の多い少ないってのは胸の大きさに現れるものなのか?」


 恐る恐る尋ねる俺に向かい、むくっと体を起こす。


「はい、その通りです。今の私は見ての通り、魔力ゼロの使えない神官なのです!」


 ひらべったい胸に手を当てながら自暴自棄気味じぼうじきぎみにそう吐き捨てると、再びテーブルに向け涙をポロポロ落とす。


(まさかお胸の大きさが魔力量で、魔力を使い切ったら”G65Gカップ”が”A65Aカップ”になるとはね……。今朝『小さくなった』と感じたのは、昨日ファミレスでスプーンとフォークを浮かせて魔力を消費したせいか。やはりなんかでは無かった。さすが俺、素晴らしい観察力だ……)


 火災現場での消火活動後、『魔力回復のためにこちらの世界へ来た以上、魔力を使い果たしてしまった今の状態では元の世界異世界には戻れない』と呆然と立ち尽くしていた所をバイクに乗せて部屋202号室へ戻ってきて以来、ずっと泣いたままのオフェーリア。

 なお、と違い、は背中に当たるものが何もない、それはそれは寂しいものであったことは付け加えておこう。


「やってしまった事はしょうがないじゃないか。そういえば、『人に感謝される』と回復が早まるって言ってたよな?なら、感謝されるような事ガンガンやって、早く元の世界に戻ればいいじゃないか」


「……そうはおっしゃいますが、『落とし物を拾ってあげる』ですとか『電車で席を譲る』のように、すぐにできることは人の感謝が浅く、魔力回復量も小さいんです。それに、そんな『すぐにできること』ですら、そうそう機会があるものでもありません。私が助けたお二人と、早馬そうまさんが救助された稲田さんから感謝の言葉を頂けていれば、命の危機を救ったという事で感謝も深く、回復量も多かったと思うのですが……。気づいた時にはもういないなんて……怪我をされていたので無理もないのですがあんまりです……ああっ」


 慰めの言葉も効果なく、突っ伏したまま泣き声を強めるオフェーリア。


 確かに『落とし物を拾う』なんてそうそうある事ではないし、『電車で席を譲る』に至っては『車内の席が満席』かつ『目の前に老人や妊婦さんのような席を譲るべき人が立っている』かつ『席を譲ったら受け入れてくれる』という3つ条件をすべて満たしたときに『感謝』してもらえるイベントだ。

 空席のある車内で席を譲るのはただの変な奴だし、席を譲るべき状況になったとしても『わしはまだ老いとらん!』などと拒絶されたら感謝されることはない。

 そう思うと『人に感謝されること』をするってのは意外と難しい事なのかもしれない。


 オフェーリアの言うとおり、俺たちに深く感謝してくれていたであろう稲田さん他二名の救助者が、魔法での消火中に病院へ搬送されてしまっていたのが悔やまれる。

 もし、感謝の言葉さえもらえていたのであれば、今のようにお胸が”A65”などという『魔力枯渇状態』にはなっていなかったのだろう。


「じゃあ、うちのアパートの草むしりしてくれないか?あれ暑い中でやるの大変なんだよ。やってくれたら感謝するぞ」


「それはお世話になっていますのでやらせていただきますが、早馬さん、草むしりしたら深く感謝してくれますか?できればもっと早く魔力回復できるような事があるとうれしいのですが……」


 遠回しに『タイパタイムパフォーマンスが合わない』と断られる草むしり。

 やってもらうと助かりはするが、長時間かけて草むしりをやってもらったとしても『感謝するか』と言われたら、おっしゃる通り、そこまでの感謝はしてはいないと思う。


(『人に感謝される』方法ねぇ……。しょうがない、あいつに相談してみるか)


「オフェーリア、これから『助っ人』を呼ぼうと思うのだが、そろそろ泣き止んでもらってもいいか?」


「『助っ人』……ですか?」


 瞳に涙を溜めたまま、オフェーリアが体を起こす。


「そう『助っ人』だ。ちょっと待っててくれ」


 手元のスマホに『頼みたいことが有るので隣の空き部屋へ。活躍次第により来月の家賃減額の可能性アリ』と入力し待つこと十数秒。『ドンドンドンドン』と部屋のドアがけたたましくノックされる。


「鍵空いてるぞ、入ってくれ」


 あわただしく開けられたドアの先に、小麦色に日焼けした肌に黒色のスポーツウェア上下という見るからに『体育会系女子』が現れる。


「ねえ早馬、いきなりこんな空き部屋に呼び出して『頼みたいこと』って何?あたし今月ピンチだから本当に家賃をしてくれるのならなんでもするわよ」


「誰もなんて言っとらんぞ。だ、


「何よ、ケチくさいわね。まあいいわ減額でも。8割とか9割減らしてくれるなら」


 彼女の名前は川瀬茉依かわせまい

 このアパートの201号室に住む21歳の女子大生、お胸は”B70Bカップ”の俺の幼馴染だ。


 幼いころテレビで見た海外リーグで活躍する『背番号51』のプレーに感動し野球のとりことなった彼女は、『毎日の野球鍛錬』と『その日に行われたプロ野球全試合の内容チェック』を欠かさず行うという生活を続けた結果、豊富な野球知識を持つ、走攻守そうこうしゅ三拍子さんびょうし揃った強肩巧打きょうけんこうだの『野球ヲタ外野手』へと成長。


 大学の野球サークルや草野球チームなどで、その可愛らしい外見からは想像できないほどのダイナミックなプレーをせる茉依まいは、この地域で野球をたしなむ者であれば誰もが知る有名人で顔も広い。

 きっとになってくれそうな人も知っている事だろう。


「で、私はどうすればいいの?」


「茉依、お前の周りに『何かに困っている人で、その問題を解決したら深く感謝してくれそうな人』は居ないか?もしいたら紹介してほしいんだが」


「は?『問題を解決したら深く感謝してくれそうな人』ってどういうこと?って、あれ……この子……」


 部屋に入るなりテーブルの横にちょこんと座っているオフェーリアに気づいた茉依は、何かを確認するかのように自分のスマホと彼女の体を交互に見始める。


「えーっと、うん、うんうん、やっぱりこの子だ……」


 スマホを片手にポニーテールを揺らしながら、オフェーリアをあらゆる角度から舐め回すように見つめる茉依。

 オフェーリアはというと、自分の体に浴びせられる強烈な視線に驚き、目で俺に助けを求めている。


「あまりにジロジロと見るから驚いてるみたいなんだが『やっぱりこの子だ』って、お前、オフェーリアと知り合いだったのか?」


「ううん、知り合いではないのだけど、こんなところにSNSでバズってる子がいるんだもの、驚いて見ちゃったわよ。早馬、この子って今話題の『おっぱいから火事を消した神官少女』よね?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

うちのアパートに住み始めた美少女神官は、今日もおおむね(巨乳)良好。 磯芽ずん @IsomeZun

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画