第14話 NO 魔力,NO LIFE

「はい、目の前にいます!」


 オフェーリアの声が思った以上に近い位置で聞こえる。

 ビルから出てきた俺に気づき、すぐに来てくれたようだ。


「見てくれ、この出血を!そして激しく痛むんだ!急いで俺を『パイ包み究極の治癒魔法』で治療してくれ!!」


 俺の人生で一番の演技力を発揮し、腹の底から痛みを感じているような声をひねり出す。


早馬そうまさん、出血は『顔を強打したことによる鼻血』ですよね。もう治癒済みですよ」


「へ?治癒済み?」


 オフェーリアに言われ鼻をすする。

 たしかに詰まっていた血が無くなり、嘘のように通りが良くなっている。


「本当だ……止まってる」


「それと痛みですが魔法を使っても鼻血以外は怪我の反応はありませんでしたので、頭から垂れている液体……、このにおいはトマトジュースですね、それが目に入っただけと思います。ですのでこれをどうぞ」


 目が開けられない俺の手の上に、湿ったものが乗せられる。


「これは?」


「濡れタオルです。これで顔を拭けば痛みも取れ、すぐに目が開けられるようになりますよ!」


「ありがとう……。じゃあ『パイ包み』は……?」


「はい、『エンパナーダ・デ・パイ究極の治癒魔法』を使うような大怪我じゃなくて本当によかったです。救助お疲れ様でした!」


 演技することも、交渉することもできず予想以上の手際の良さで治癒されてしまった俺の体。

 こうもあっさり治癒され、実際に鼻血も止まっているとなると、大怪我はおろか、ちょっとした怪我をしたですらするのは難しい。

 ビルを出てから秒で閉ざされてしまった『パイ包み』への夢を悲しみながら、最早うっとおしいだけの存在となったトマトジュースを濡れタオルで拭い始める。


「なあ、ずいぶん手際がいいが、こんなふうに人を治癒するのって、いつもの事なのか?」


「『いつもの事』と言われれば『いつもの事』ですね。魔王軍との戦いでは、傷ついた人をすぐに前線へ戻れるようにするのが神官の仕事ですので。ここは魔王軍に邪魔されず治癒に専念できたので良かったです。いつもこうならいいのですが……」


 自分たちの世界異世界での戦いを思い出しているのか、オフェーリアは静かにそうつぶやいた後、明るい口調に一変して、なんとも答えずらい質問を投げかけてくる。


「で、なんでトマトジュースなんて頭から浴びちゃったんですか?」


 タオルを持つ手が止まる。

 まさか『パイ包み狙いで大量出血を偽装するために浴びました!』などと本当の事を言う訳にもいかない。

 

「救助中にのどが渇いたので、ビルの中で偶然見つけた冷蔵庫を開けてみたんだけど、中にあったのがトマトジュースだけでな。で、しかたなくそれを飲もうと缶を開けたら、風の力で舞って頭からぶちまけられた、ってわけだ」


「そうなんですか、それは災難でしたね」


 でっち上げの状況説明に気遣いの言葉をかけてくれるオフェーリア。


「それにしても、早馬さんも、早馬さんが救助した方も大したことが無くて良かったです」


「『早馬さんが救助した方』……アニキ、いや稲田さんか。稲田さん大丈夫そうか?」


「稲田さんとおっしゃるのですね。今、救急隊の方の肩につかまって、元気そうに何かお話しされてますよ」


「それは良かった。目が開くようになったら挨拶にでも行くかね」


 濡れタオルを持つ手を再び動かし始めると、不意に肩をつかまれ、そのまま後ろに十歩ほど歩かされる。


「ん?肩つかんでるのオフェーリアだよな?どうしたんだ?」


「救急隊の方は来られたのですが、なぜか消防隊の方がまだ来ていないんです。このままだと火が燃え移ってしまうとおもいますので、これから私が魔法を使って消火しようと思います。ここなら安全ですので動かないでくださいね」


 確かに先ほどから救急車の音は聞こえるが、消防車のサイレンは聞こえてこない。


「了解、ここでおとなしく顔を拭いてるよ。でも、オフェーリアが使えるのは風魔法と治癒魔法の2つと言ってたよな?どうやって消火するんだ?」


「風魔法の力で消火できると思いますのでやってみます」


「風?風当てたら火が強くなる気がするんだが……」


「いえ、風で消す方法に心当たりがあるんです。では始めますね」


 ようやく顔を拭き終えた俺が目を開けると、数メートル先には杖を持ちビルに向かって『不思議な響きのつぶやき魔法詠唱』を始めたオフェーリアの背中が見える。

 そのまま背中を見守ること数十秒、『つぶやき』が終わり杖が振り上げられると、ビルに強い風が吹きつけ、窓を叩くかのような『ドンドン』という大きな音が鳴り響き始める。

 

 『なんだ、この音は……?』

 

 周囲の人々がその音に反応し視線をビルに向けた瞬間、風の力に耐えられなくなった窓ガラスが一斉に『バリバリバリバリ』というすさまじい音を立て割れ始める。

 降りかかるであろうガラス片から逃れようと、みなビルから離れるように走り出すが、オフェーリアは微動だにしない。


(これ、魔法の力だよな……とすると、言われた通りここで待機だ)


 移動することなく全ての窓ガラスが割れるのを見届けた俺は、魔法によるものと思われる風が止むのを確認すると、背中を向けたままのオフェーリアのもとへ駆けつけ声をかける。


「おい、大丈夫か?さっき窓ガラスが一斉に割れたのって魔法の効果だよな?何をやったんだ?」


「早馬さん『爆風消火ばくふうしょうか』ってご存知ですか?火のすぐ近くで強烈な爆風を発生させて一気に消火するという、こちらの世界で油田火災や森林火災のような大規模火災の時に使われる消火方法なのですが、それを風魔法でやってみたんです。ただ一方向から爆風を起こしてしまうと割れたガラスが周りに飛び散ってしまい危険ですので、今回は四方向から同時にビルの外側から内側へ向かって爆風を起こしました」


 オフェーリアの言葉通り、ビルから火も煙も消え完全に消火されたようだ。

 そして、全ての窓ガラスが割れて無くなっているにも関わらず、周りにはガラス片一つ無く、怪我をしたという話も聞こえてこない。

 

「『爆風消火』なんてものを知っているのもすごいが、魔法でを起こして、誰にも怪我させずに消火するなんて大活躍じゃないか!これ、表彰されるんじゃないか……ってオフェーリア、どうしたんだ?」


 興奮気味に語る俺とは真逆に、功労者であるオフェーリアの後姿は、なぜかがっくりと肩を落としている。

 

「本当に怪我された方もなく、消火できて良かったです……。ただ……」


 消えそうな声でそう話すオフェーリアが、振り上げていた杖をおろし、ゆっくりとこちらに振り向く。


「ただ……、『爆風を起こす魔法を同時に四つ』はさすがにやりすぎだったようで、魔力を全部使い切ってしまいました……」


 悲しみに暮れる顔の下のお胸には、先ほどまで鎮座していた”G65Gカップ”の巨乳おおむねの姿は無く、トップバスト75、アンダーバスト65。”A65Aカップ”の貧乳へ姿を変えていたのだった。

 

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