第2話 ストップ!駆け込み乗車!!
(ここは……?)
目の前を漆黒の闇が支配する。
この暗闇の中であっても不安や恐怖を感じさせないのは、顔全体を包む柔らかさと温かさ、そして香りのおかげであろうか。
ふわふわとした極上の柔らかさと、人肌のあたたかなぬくもり、シトラスの香水に
まるで誰かに抱かれているかのようで、この暗闇がむしろ心地良いとすら感じてしまっている。
嗚呼、なんと素晴らしい闇の世界なのであろう。
いっそ、このまま闇の住人となって、ここで一生を……。
『――先程の緊急停止ですが、後続の電車に飛び乗ろうとしたお客様がドアに挟まったことが原因と判明いたしました。当列車には影響がありませんので、運転を再開いたします。立っている方はおつかまりください』
闇の世界での現実逃避中、車掌のアナウンスで元の世界に引き戻され、ゆっくり動き出す電車の揺れで現実を思い出す。
(顔面からお胸にダイヴ。さすがにやばくないか、これは)
お胸に受け止められた顔を恐る恐る上げ、そのお胸のオーナーであるコスプレ少女を見ると、彼女も無言のまま驚いた表情で俺を見ていた。
爆睡中、車内の大きな揺れで目を覚ましたら、自分のおっぱいに顔をうずめている男がいた。
彼女目線ではそう見えたはずだ。そりゃ驚くだろう。すぐさま大声を上げられなかったことはラッキーだったが、いつ捜査当局に通報されてもおかしくはない状況だ。
この難局を乗り切るにはどうしたら良いのだろうか。
過度に謝罪しすぎると逆に怪しまれ『本当はわざとやったのでは』と通報される可能性があるし、何事もなかったように全く謝罪しないというのも逆上され、これまた通報されてしまうかもしれない。
とはいえ、これは急停止という偶然がもたらした不幸なぶつかり合いだ。決してわざと行ったものではない。
ここは『やましい気持ちで行っていた狩りの最中での出来事だった』という都合の悪い事実はひた隠し、
対応方針を決めた俺は、驚いた表情のまま固まっている彼女の方を向き、刺激しないよう落ちついた声で作戦通りの謝罪を行う。
「先ほどは失礼しました。すごい揺れでしたが、お怪我などはありませんか?」
この謝罪の言葉に『大丈夫ですよ』などと軽やかに返してくれるのであれば、今回のことは『偶然がもたらした不幸なぶつかり合い』という事をコスプレ少女も分かっていて、特に問題視していないと判断して良いだろう。一件落着だ。
だが、そうでない場合には明るい未来が見えなくなってしまう。その時、俺はどうなってしまうのだろうか。
祈るような気持ちで彼女の返答を待つが、コスプレ少女は表情を変えず、見開かれた瞳からは大粒の涙が浮かんでくる。
(まさか無言で泣くなんて……。そんなにショックだったのか!?。これは、どうにかしないと!)
『どうしたらよいか』と対策を思案している間にも少女の瞳には涙が増え続け、ついには大粒の涙となってあふれ出す。
この涙に気づいた周囲の乗客が、何事かと俺とコスプレ少女に視線を送ってくるのがわかる。
先程の『お胸ダイヴ』も目撃した人であれば、この涙との2連コンボで『車内に
(これは『万事休す』って奴なのでは……。こうなったら潔く、古来から日本に伝わる究極の方法で謝罪し、許しを乞うしかあるまい)
俺が床に正座しようと席から動き始めた瞬間、涙を浮かべ
その声はとても力なく、とても乾いている。
「あの……大変申し訳ありませんが、私に何か食べ物を頂けないでしょうか。今日で丸三日間、なにも食べてなくて……」
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