第3話 店長、大量オーダーです!

「わたしは何を頂けるのでしょうか……」


 7月最後の日曜日、時刻22時5分。

 テーブルの向こうに座るコスプレ少女が姿勢を正し、瞳に涙を浮かべながらつらそうな表情で問いかけてくる。


 電車内で食料を求められた俺は「これからご飯食べようと思ってたんだけど一緒に行かないか?おごるよ」という誘いにと首を縦に振って答えた少女と共に電車を降り、駅前のファミレスへ。


 わざとではないとは言え『お胸に顔からダイヴしてしまった』という事実で、俺の社会的な『生殺与奪せいさつよだつの権』をがっちり握ってしまった彼女。


 本来はご機嫌取り口封じで高級店にでも連れていくべきだったかもしれないが『丸三日食べていない』とつらそうに語る姿を見て、すぐに食事ができるよう『遠くの高級店よりも、近くのファミレス』ってことでこの店に連れてきたのだが、文句も言わない所を見ると特に不満はないのだろう。


 そして今回の『わたしは何を頂けるのでしょうか』という質問。

 この質問を発してからというもの、彼女は目の前のメニューに手を伸ばすことも無く、何かを待つように動かないでいる。


 俺に負い目があるのをいいことに好き勝手注文を始めても良さそうなものだが、それをしないということは『どのようなをするのか、誠意を見極めてやろうじゃないか』とでも考えていると思った方がよさそうだ。


 まずは気持ちよく食事をしてもらい、お腹と気持ちが満たされ、俺への心証が少しでも良くなった所で『お胸ダイヴ』の処遇をどう考えているのか探ってみるとしよう。

 ここはリーズナブルなファミレス。どれだけ食べられても『おっぱいエアバック利用料』とでも思えば 抵抗なく支払える金額に収まるはずだ。なので、ここは『気持ちよく、気前よく』。これが正解だ。


「好きなものを好きなだけ頼んでいいぞ」


 彼女に気持ちよく、そして気前よく答える。


「本当に……、本当に『好きな物をすきなだけ』頼んで良いのですか!?。わたし、すごく……、すっごーく食べますけど、本当に『好きな物をすきなだけ』頼んでも良いのですかっ!?」


 目を丸くして再び問いかけてくる少女。

 あまりに気前の良い回答で驚いているようだ。


(いいぞ、この表情はすごくいい。それに『好きなものをすきなだけ』という言葉を繰り返し口に出して確認するあたり、彼女の胃袋に刺さるフレーズのようだ。このまま『気前よく』行くとしよう)


「『好きなものをすきなだけ』頼んでいいぞ。三日も食べてないんだろ?電車の中で巡り合って、こうやって一緒に食事するのも何かの縁さ。お食べ。」


 目の前でサムズアップして見せると、彼女の表情と涙を浮かべた瞳が同時に明るくなる。


「好きなものをすきなだけ……、なんて有難いお言葉なのでしょう。では、さっそく選ばせてもらいますっ!」


 頭をぺこりと下げた後、メニューを手に取り三日間の空腹をおぎなう食料を探し始める少女。

 料理写真に刺激されたのか、その口元には光るもの液体が見え隠れする。


(メニュー見ただけであんなに口元が緩むとは。まあ、三日も食べていなかったんだから仕方ないのかもしれん。しかし、このコスプレ少女、電車内ではほとんどお胸しか見てなかったから気づかなかったが、こんなに美人だったとは……)


 肩までのびた美しい髪に大きな瞳、程よい高さでまっすぐの鼻筋、シャープなあごのライン、どれも美人要素を満たしたパーツで構成された整った顔に、明るい表情の時にまれに現れるという愛嬌たっぷりのワンポイントアイテム。

 安直な表現だが『すげー美人で、すげー可愛い』としか言いようがない。


 これでお胸には”G65Gカップ”が搭載され、出るとこが超出ている以外はキュッと引き締まっている『スリム体形(※但しおっぱいを除く)』という魅惑の注釈が付いた素晴らしいボディ。

 まさに『完璧パーフェクト超人』ともいえるビジュアルを持った彼女が、なぜこんな極限の空腹状態で電車に乗っていたのだろうか。


「あの……、決まったので注文しても良いですか……」


 メニューを決めた彼女の顔からが一掃され、代わりに明るさが支配する。

 これから来る食事への期待が抑えられないといった感じだ。


「うん、俺も決めたから店員を呼ぼう」


 テーブルの上に置かれた『呼び出しボタン』を指でクリックし、待つこと数十秒。

 注文用の小型タブレットを手にした女性店員がテーブルの横に現れる。


 俺は先に注文するように手で合図すると、少女は店員に見えるようメニューの2つの料理に指をさす。


「えっと、”トマトのせイタリアンハンバーグ”と”トマトとバジルのサラダ”、このメニューの中のお料理を全て頂けますか?」


「えっ、『以外』全部ですか!?」

「えっ、『以外』全部か!?」


 店員と俺、ほぼ同時に、ほぼ同じようなツッコミを繰り出してしまう。


 しかし、店員は手練れだ。このような注文にも慣れているのだろう。

 すぐに顔から驚きの表情を消すと冷静に切り返す。


「お客様のご注文ではサラダ5品目、ハンバーグだけでも8品目の注文となります。この他にスープやパスタ、ピザやグラタン、デザート類も合わせると合計70品目以上のご注文になるのですが、本当によろしいでしょうか?」


 ファミレスでの注文確認時、店員に『よろしいでしょうか?』と聞かれることは多々あっても、『本当によろしいのでしょうか?』と聞かれたことは記憶にない。

 そんな普通ではない注文確認に対し、少女はあっけらかんと答える。


「はい、大丈夫です!全部食べれます!!」


「本気ですか!?」

「マジか!?」


 店員と俺、またしても同時に、ほぼ同じようなツッコミを繰り出してしまう。


「本気です。大丈夫です。全部おいしく頂けます!」


 そう笑顔で答える少女を見た店員は本気の注文である事を悟ったらしく、「失礼しました」と先ほどのツッコミを謝罪すると、ものすごい速さで少女の注文全てをタブレットに入力。

 その後、俺の注文分である『ふわふわたまごのオムライス』と『ドリンクバー』も入力を終えると、注文確認を始める。


「それでは、ご注文を確認させて頂きます。ご注文は『”トマトのせイタリアンハンバーグ”と”トマトとバジルのサラダ”のメニュー全品で、”ふわふわたまごのオムライス”と”ドリンクバー”は2つずつ』以上でよろしいでしょうか。


 ファミレスでの注文確認時、店員に注文した料理を一品一品読み上げられることは多々あるが、注文しない料理『以外』という確認をされたことは記憶にない。

 これまた普通ではない注文確認方法なのであろうが、今回の注文量ではこの方法が最適なのは理解できる。

 俺と少女が注文内容にうなずくのを確認した店員は、大量注文対応に加勢するためか足早に厨房へと消えていった。


 注文が終わると料理が来るのを待つばかりで、特にすることもない。

 少女も口元に光るものを残したまま、強烈な視線を厨房へ送りながら静かに待っている。


(この表情にこの口元、望むままに注文ができてかなり上機嫌のようだ。これは『お胸ダイヴ』の事をどう考えているのか確認する絶好のタイミングかもしれない。もし『通報』を考えているようであれば、注文キャンセルをちらつかせる『兵糧攻め』で思い止まらせることも……)


 頭の片隅に、我ながら最低の考えを浮かべつつ少女に声をかける


「あの……、さっきの電車の中での事なんだけ……」


 そう言いかけた途端、少女の顔がみるみるうちに暗く沈んだ顔に変わって行く。


「すいません。おなかがすいて意識を保つのがつらくなって参りましたので、お料理が来るまで眠らせてください。何かありましたら後ほど、ごはんのあとに……」


 か細い声を絞り出すようにそう告げると、少女はテーブルに突っ伏し、そのまま眠り始めてしまう。


(仕方ない、飲み物でも取りに行くか。でも、その前に……)


 俺は今見たばかりの『突っ伏したせいでお胸がテーブルに押しつぶされてしまったため、少しずつ頭の位置をずらしてお胸がつぶれない位置を探す少女』という少々マニアックながらもグッとくる姿を『お胸よかった探し』の成果として心のノートに記録すると、席を立ちドリンクバーへ歩き始めた。

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