第4話 蝗害(こうがい)
イナゴの群れに襲われた村というのは、こういう状態なのだろうか。
7月最後の日曜日、時刻23時18分。
テーブルに出来上がった料理が届き始めると、そのにおいに導かれるように目を覚ましたコスプレ少女はイナゴの群れ並みの食欲を
次から次へと届けられる料理たちは右から左に平らげられ、油汚れが残るだけの皿となって山のように積み重ねられている。
『そんな小さな口で、どうやったらそんなに早く食べれるのですか?』と聞きたくなるようなスピードながら一口ごとに幸せそうな表情を浮かべるその姿を、最初こそ『おお、いい食べっぷりだねキミ。キミみたいな若いもんはしっかり食べなきゃいかんよ』などと、ようやく入った新入社員にご機嫌で食事を振る舞う中小企業の社長のような気持ちで微笑ましく見届けていたが、大量の料理が次々と消えていく
俺が水を飲み胸焼けを落ち着かせる中、食べている方はペースを乱すことなく豪快な食べっぷりを続け、たった今最後の『チョコレートパフェ』を完食。スプーンをテーブルに置いたところだ。
「ふう……。ごちそうさまでした」
全てを喰らいつくした少女が一息つく。
その瞳から涙は消え、この店に入った時とは比較にならないほど満ち足りた表情をしている。
「見た感じだいぶ良くなったようだけど、もう大丈夫か?」
「おかげさまでおなかいっぱいになりました。ただ、急に食べたので胃がちょっとびっくりしちゃってますが、おおむね良好です!」
「そうか、それは良かった」
おなかをさすりながら、笑顔いっぱいで元気よく答える少女。
その表情と膨らんだおなかを見る限り空腹問題は無事解決、彼女自身の言う通り
『
俺がお胸の姿を確認したところで、彼女が急に「あっ!」と声を上げる。
「そう言えば、食事に夢中でまだ名乗ってもおりませんでした。私ってば、なんと失礼なことを……。私はヒルドブランド王国で特級神官を
テーブルの向こうで姿勢を正し深々と頭を下げる少女。
(『ヒルドブランド王国』?その国で特級神官を務めてるって外国の人なのか?だとしたら、通報された場合には法律の違いでより面倒なことになるかもしれん。それに初めて聞いた国の名だ。どんな国なのかも全くわからん。少し探ってみるか)
「元気になったならそれでいいよ、頭を上げてくれ。俺は
早々と自己紹介を済ませ本題に入る。
「言葉が上手だったので気づかなかったんだけど、オフェーリアさんは外国の人だったんだな。驚いたよ。『ヒルドブランド王国』って聞いたことが無いんだけど、どこにある国?ヨーロッパの方?」
国の名前から地域にあたりをつけて質問すると
「オフェーリアと呼んでくださいね、私も皆からそう呼ばれてますので。それに言葉をほめて頂いてうれしいです。こちらに来るために猛勉強して覚えたんですよ」
と笑顔を見せた後、すぐに表情を切り替え、思いもしない答えを口にする。
「早馬さんが『ヒルドブランド王国』をご存知ないのは無理もありません。こちらの世界ではなく、異世界に存在する国ですので」
「は?異世界……の国?」
「はい、異世界の国です」
そう答えるオフェーリアの顔は真剣そのもの。
『異世界の国』の話なんてとても信じられないが、嘘をついているようにも、ボケているようにも見えない。
「えっと、オフェーリアが『異世界の国』の神官だというのなら、どうしてこの世界に?」
「はい、魔力を回復するため、一週間前にこちらの世界へ来ました」
「は?魔力?魔力って魔法の?」
「はい、魔法を使うための
「オフェーリア、魔法使えるの?」
「はい、使えます」
俺から
その顔は相変わらず真剣そのものだ。
ただ、何も根拠なくこんな話を信じてよいものか俺も戸惑いを隠せない。
「申し訳ないが、なんでも良いので魔法を使って見せてもらえないか?話を信じないわけでは無いのだが、突然『異世界から来た』、『魔法使えます』と言われても……」
言い終る前に、俺の意をくんだオフェーリアが口を開く。
「早馬さんが戸惑ってらっしゃるのは分かりますので、何か魔法の効果をお見せしますね。こんなに良くして下さった方に『異世界や魔法のウソをつく変な奴』と思われるのは私としても悲しいですし」
オフェーリアが大きな瞳を閉じ、静かな声でつぶやき始める。
これが『魔法の詠唱』というやつなのだろうか。
『人には発音できない言葉がある』と言われるが、これがそうなのかもしれない。真似できそうにない『不思議な響きのつぶやき』だ。
彼女のつぶやきが終わると、完食した『ふわふわたまごのオムライス』のプレートの上に置かれていたスプーンとフォークがすーっと俺の目の前まで浮かび上がる。
(!?)
驚いた俺は、ふわふわと目の前に浮かぶスプーンの下を手を入れる。
手のひらに強い風を受けた瞬間、スプーンがガクッと落下し、手を戻すと元の位置に戻る。
どうやらスプーン下方向の狭い範囲だけ強い風が吹いているようで、その風の力で持ち上げられているようだ。
魔法でやってるとしたら地味ではあるが、なかなかすごい技だ。
「これが魔法の力?」
「風魔法の力です。元の世界に戻る前に魔力を大きく減らす訳にもいきませんので、消費魔力の少ない地味な魔法しかお見せできなくてごめんなさい」
そう申し訳なさそうに説明するオフェーリアの前で、今度はフォークの下に手を出す。
同じように手のひらに強い風を受け、その瞬間フォークがガクッと落下。手を戻すと元の位置に戻る。
(これ、手の込んだドッキリではないよな。送風機のような機械もどこにも見当たらないし、本当に魔法なのか……?)
ふと気になり後ろを振り返ってみるが『ドッキリ大成功』と書かれた看板を持った人物はいない。
これまで俺の興味はオフェーリアのお胸にばかり集中していたが、魔法への興味も一気に高まる。
「いやいや、これはなかなかすごい力だよ。他にも魔法使えるの?」
「私たちの世界で『特級』に昇格するには2つの属性の魔法をマスターする必要があるのですが、私は今お見せした風魔法と、治癒魔法をマスターしています。神官ですので」
神官と言えば治癒魔法。
これはこの世界のゲームや映画、小説などのファンタジー作品にふれる人々にとって、もはや当たり前のように受け入れられているお約束の設定だ。
オフェーリアも治癒魔法をマスターした理由に『神官ですので』と言っているあたり、異世界でも同様のようだ。
(こちらの世界のファンタジー作品で得た魔法知識って、本当に魔法が存在する異世界でも意外と通用するのかもしれないな)
そう思いうんうんとうなずいていると、一つ気になる事が頭をよぎる。
さっき、オフェーリアが語っていた『この世界に来た理由』と『来た時期』だ。
「あのさ、オフェーリア」
「はい、どうかなさいましたか?」
「さっき、『魔力を回復するためにこちらの世界に来た』って言ってたよな?それも『一週間前』に」
「その通りですが……、なにか気になりますか?」
オフェーリアが質問の意図を理解しようと、優しい笑顔を浮かべながら俺を見つめる。
「いや、魔力って宿屋で一晩寝れば全回復するものと思ってたから、回復のために一週間もこっちの世界にいたなんて意外だなと」
この世界の
その音に驚いた俺がスプーンとフォークを拾い顔を上げると、さらに驚くことが待っていた。
さっきまで優しい笑顔を浮かべていたオフェーリアが、別人のように険しい顔で俺を
急変したその表情に戸惑い何も言えずにいると、オフェーリアが威圧感を感じる厳しい口調で話し始める。
「は?『魔力は宿屋で一晩寝れば全回復する』ですって?それ、いつどこで掴まされたガセ魔法知識ですか?」
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