第5話 『コテージで一泊』にすれば良かったか

「ですから、その『魔力は宿屋で一晩寝れば全回復する』というお話は、どこでつかまされた魔法知識ですか?と聞いているんです」


 あまりにも厳しい口調での問いかけで答えに詰まっていると、追い打ちをかけるように同じ質問をされる。

 『ゲームでよく見るお約束設定』の話をしただけなのだが何が気に障ってしまったのだろうか。答えないとこの詰問は終わりそうにない。


「ゲームです……」


「ああ、ゲームですか。なるほど。そういえば、こちらの世界のゲームがそうだってたしかに聞いたことがあります。はいはい、なるほどなるほど……」


 勢いに押され小声で答える俺に、オフェーリアはとあきれた表情でそう愚痴をこぼすと、再び険しい表情に一変する。


「宿屋で一晩寝れば魔力が全回復する……。こちらの世界の皆さんには魔力が無いので分からないと思いますが、そんなに簡単に回復するものではありません」


 言葉こそ丁寧語を使ってはいるが、その口調はまくし立てるようでとても厳しい。


「こちらの世界の人にも分かるようにお話しするなら……体力、そうHPヒットポイントです。私が聞いた話だと、こちらのゲームでは宿屋で一晩寝れば魔力マジックポイントと一緒にHPも全部回復するというではないですか。間違いありませんか?」


 オフェーリアに睨まれながら、これまでの人生でプレイしたRPGロールプレイングゲーム思い出す。

「俺の知る限りだが、ゲームの中で一晩寝ると、たしかにHPも全回復しているな」


「そうですよね。そうらしいですよね。で、ここからは例え話なのですが、こちらの世界で強い生き物は……、そうですね、熊、熊にしましょう!」


 例え話に出す生き物として『熊』がしっくりきたらしく、オフェーリアがポンと手を打つ。


早馬そうまさんが自分の村を守るため、襲撃してきた熊と戦ったとします。相手は村の食料を狙う空腹で凶暴さに磨きがかかった子連れのメスの大熊、グリズリーです。そんなグリズリー親子と格闘の末、早馬さんはなんとか勝利し村を守ったとしましょう」


「いや……、俺はグリズリーが襲ってくるような村には住んだこともないし、それにグリズリー親子に戦いを挑んで勝利するというのは、例えとは言えあまりにも現実味がないのだが……」


「例えです。戦って勝ってください!勝つんです!そうしないと村の食料は全滅です!冬も越せなくなります!勝ちますよね!?」


「はい。村と越冬するための食料を守るためグリズリーと戦って勝ちます……」


 ごり押しされた設定を受け入れた俺に向け、これまで同様の厳しい口調で例え話が続く。


「ただ、相手は凶暴なグリズリー親子。倒したとはいえ早馬さんも戦いで多くの傷を負い、残されたHPはわずか『1』。こんな瀕死の状態を宿屋で一晩寝るだけで元どおりに回復できますか?」

 

 HPわずか『1』。現実世界で体力が数値化されることはないが、瀕死状態という事は想像がつく。

 グリズリー相手に負った傷であれば、宿屋ではなく病院で一晩かけて治療したとしても全回復はあり得ないだろう。

 完全に回復するまでには数か月や数年、下手したら一生かけてという事になってもおかしくはない。


「いや……、その状態から一晩で回復するのは無理だろうな」


 腕を組み、俺の答えをとうなづきながら聞くオフェーリア。


「分かっていただけたようですね。魔力もHPと一緒で極限まで消費したら一晩で完全回復なんて無理。そんなのはゲームの中だけで現実にはあり得ないのです。もう二度と『魔力は宿屋で一晩寝れば全回復する』なんてガセ魔法知識を口にするのはやめてください。はてしなく迷惑ですので!」


 興奮気味にそう言い放つと、自分を落ち着かせるように息を整えるオフェーリア。

 だが、俺の次の言葉で再び興奮状態に戻してしまう。


「はてしなく迷惑……。確かに魔力を体力に置き換えて考えたら一晩での全回復には無理があるのは分かったが、こちらの世界のゲーム設定がオフェーリアに迷惑をかけているのか?」


「私ではなく、私たちの世界で魔法を使う全ての人に迷惑をかけているんです!!」


『私たちの世界で魔法を使う全ての人に迷惑をかけている』。

 異世界で魔法を使う全員に迷惑をかけているとは、なかなかすごい影響力だ。オフェーリアが変わらぬ攻撃的なテンションで言葉を続ける。


「私たちの世界にも全く魔法が使えない『無魔力者むまりょくしゃ』が数多くいます。この人たちは当然魔力について詳しくはないのですが、そのような方々がこちらの世界に観光へ来て、魔法が出てくる映画やゲーム、小説などにふれたらどうなると思いますか?」


『どうなると思いますか?』の前に『異世界の人々が観光に来ている』という驚きの事実に聞きたいことが山のようにあふれてくるが、今のオフェーリアの鼻息からすると話を逸らしたら火に油、怒りをかって炎上してしまいそうだ。

 このトーンで話を聞くのも疲れてきた。いい加減落ち着かせたい。


「こちらの世界で魔法が出てくる映画やゲーム、小説などにふれたらどうなるんだ?」


 話が早く落ち着くよう、秘技『オウムが返し』で会話のバトンを戻すと、受けとったオフェーリアがテンションそのままで話を加速させる。


「『無魔力者』の間でに描かれている『こちらの世界の魔法知識』が正しいものと思い込んでしまうです。魔力の無い神官なんて戦いでは全く使い物になりませんので魔力回復を理由に休めば『一晩寝れば魔力は全回復するはずなのに何日も休めるなんて、魔法を使える人は本当にいい御身分でうらやましいですわ』なんていやみを言われる始末。でたらめな魔法知識を広めるのは、もう本当にやめて欲しいのです!!」

 

『もう本当にやめて欲しいのです!!』。

 この最後の一言への力のこもり方からすると、オフェーリアはよほど迷惑をこうむっているようだ。

 とりあえず『魔力は宿屋で一晩寝れば全回復する』は彼女のNGワード。

 他にもこちらの世界のファンタジー作品で得た魔法知識を彼女に話すときには気を付けた方がいいだろう。


「そうか……、それは『こちらの世界で魔法関連作品を作った人々』の配慮が足らなかったようだ。申し訳ない。ただなオフェーリア。俺は映画もゲームも作ってないし、小説だって書いてない。そんな俺に言っても残念ながら効果は知れてるぞ」


 俺がどの目線からなのかわからない謝罪を行った後、熱弁しても引き換えに得られるものの少なさについて指摘すると、オフェーリアが落ち着きを取り戻す。


「私こそ熱くなってすいませんでした。ただ『雨垂れ石を穿つあまだれいしをうがつ』という言葉もあります。誤った知識を持つ方に出会ったら、どんな方であっても正さなければなりません。それがこの問題解決への近道ですので」


 異世界人とは思えない難しいことわざ知識を披露したオフェーリアが、熱を冷ますかのようにドリンクバーで入手したオレンジジュースに口をつける。

 俺はその口がストローから離れたのを見はからい質問を続ける。


「魔力回復だけでなく観光と、異世界の人というのは結構こちらの世界に来てるんだな。観光に来る理由はなんとなく分かるが、魔力を回復しに来るというのは何か理由があるのか?」


「私たちの世界では魔力の完全回復に一か月かかるのですが、こちらの世界ではなぜか一週間で回復するのです。それに神官は『人に感謝される』と神の祝福を得てその分回復が早まるのですが、こちらの世界のこちらの国の方々は素直に感謝を表してくれますので、うまくいけば三~四日での全回復も夢ではありません。今、私たちの国はたびたび魔王軍の侵攻を受けておりまして一刻も早く戻りたくて……」


 自分の世界異世界で一か月かかる魔力回復が、こちらの世界では一週間。

 それに『人に感謝される』と回復スピードがさらにアップ。


 だとすれば『こちらの世界』の、それも『感謝の言葉をあまり言わない国』や『笑顔をそんなに見せない国』、『助けようと近づいたら銃を向けられる国』ではなく、素直に感謝の言葉を口に出す国民性を持つ『この国』に来るのは分からない話ではない。

 しかも魔王軍の侵攻という早期に戻らなければならない理由があるのなら、なおさらだろう。


「なるほど。この国に来た理由は分かったのだが、そんな神官様がなぜあんな極限空腹状態で電車に乗ってたんだ?」


「司祭様から『こちらの世界で一週間は生活できるお金』を頂いて来たはずだったですが、なぜか三日目で使い果たしてしまいまして……。司祭様がお金の計算を間違われたというのも考えずらいですし、なぜお金が足りなくなったのか今でも謎なんです」

 

 オフェーリアは首をかしげているが、テーブルの上の空き皿の山がその理由を物語っている。

 きっと司祭様の旅費計算にオフェーリアの高エンゲル係数は考慮されていなかったのだろう。


「それでも公園の水でなんとか空腹に耐え過ごした七日目の今日、なんとか魔力が全回復し、最後の残されたお金で『私たちの世界の入口』まで戻ろうと電車に乗っていたら早馬さんにお会いできた。といった所です。しかし、極度に思いをすると自然に涙が出てくるのですね。私、今日まで知りませんでした」


 電車で見た涙の真相が明かされる。

 てっきり『お胸ダイヴ』を受けたショックでの涙かと思ったが、から出たの涙だったとは。

 普通の人でも三日間の食事抜きはかなり苦しいが、これだけの食欲を誇るオフェーリアであればなおさらだ。

 恐ろしいほどの苦痛だったに違いない。

 

 ただ、涙の原因が『お胸ダイヴ』でなかったとすると、俺の『通報』についてはどう思っているのだろうか。

 向こうオフェーリアから何も言ってこないのに、こちらから露骨に聞くのも気が引ける。

 なんとか自然な形で聞き出しておきたい。


「まあ、とりあえずお腹いっぱい。元気になったようでよかったよ。で『私たちの世界の入口』ってのはどこにあるんだ?もう時間も時間だから、そんなに遠くは行けないと思うぞ」

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