第12話 実はブチギレ

「この新兵器の効果でここまで無傷で来れてしまったので、どうにか怪我をしたい。で、その怪我をビルの外にいる女性に見せなければならない。と?」


 怪訝けげん面持おももちをした稲田氏の質問に、俺は首を縦に振る。


「一体なぜそんなことを……。新兵器の評判を落としたい何か理由でもあるのか……?その女性は君とライバル関係にある開発担当者で、新兵器の失敗で人事的な評価を落としたいとか……?」


「『一体なぜそんなことを』ですか。それも当然『政府の機密事項』なので答えられませんし、あまりこの話に興味をもって頂きたくないです。ただ……」


「ただ?」


「ただ、俺がこのビルの中で怪我しないと、稲田さんを連れて外には出れないというのは間違いありません」


 あまりにも無慈悲な現実に天を仰ぐ稲田氏。


 そうだ、俺がここに救助に来たのは全てオフェーリアの『パイ包み究極の治癒魔法』を食らうためだ。

 怪我をせず、無傷な身体状態で戻っては元も子もない。

『死なずにできるだけ見た目がひどく、痛みの少ない怪我をしている』

 これが俺がビルから出る時のベストな状態だ。


 オフェーリアは『大怪我するなんてことがあれば』と言っていたが、見た目がひどい状態で俺が大きく痛がるをすれば、慈悲深い神官様の事だ、きっと『パイ包み』をお見舞いしてくれることだろう。


「でも、火に飛び込んだとしても、この風が守ってくれてしまうんだよね?」


「はい、ここに来るまでに何度か試したのですが、風で火が飛び散ってしまい大丈夫無傷でした」


 俺の目の前、風魔法のに座る稲田氏がに向かって手を伸ばし風の強さを確認する。


「かなり強烈な風だ。なにか怪我しそうなものを投げつけても、軽い物なら吹き飛んじゃうだろうし、どうしたらよいものか……」


 腕を組み熟考じゅっこうする稲田氏。

 先ほどの『俺が怪我しないと、稲田さんを連れて外には出れない』という一言が効いているらしく怪我する方法を真剣に考えてくれている。


「近くにあるもので、風に飛ばされない重い物……」


 そうつぶやいた所で、稲田氏が何かを思いついたように声を上げる。


「そうだ!給湯室の奥にポットがあると思うから持ってきてくれないか。中身はさっき私がお茶を飲もうと入れた満タンの熱湯、そこそこの重量なのでこの風で飛ぶこともないと思う。それを使えば火傷やけどできるぞ!」


「ポットの熱湯で火傷か……」


 火傷。

 火災現場で負う怪我として何も違和感はない。

 それに、怪我をする方法もいたってシンプルだ。


 ポットの熱湯を体の火傷したいところに流す。

 ポットの中の熱湯に体の火傷したいところを突っ込む。


 このどちらかさえ行う事が出来れば、簡単に火傷をして目標達成ミッションコンプリート

 ただ、かなりの痛みを伴う行為であることは容易よういに想像ができる。

 ビルを出れば完治できるとはいえ、実行するにはかなりの覚悟が必要だ。


「稲田さん……、なかなかの妙案だとは思うのですが、あまりにもやることが激しすぎて、ちょっと難しいかな……。もっと楽な方法はないですか……ね?」

 

「は?、何言ってるんだ!?怪我したいんじゃなかったのか?」


「怪我はしたいのは山々なのですが、その、熱湯はちょっと……跡残っちゃうかもしれないし……」


 俺の煮え切らない態度に、稲田さんがイラついているのが分かる。

 むしろ、ちょっとキレている。


「ここに置いて行かれると困るから付き合うけど、このビルのことをよく知らない君と、怪我で一人では歩けない私。それにこの火事だ。行動範囲が限られ自由に物が入手できない中、この強烈な風の邪魔を受けず、君にダメージを与えるな方法なんて、そう簡単には思いつかないぞ。何か譲歩じょうほできることはないのか?」


 ここから脱出するときには救いとなるであろう『新兵器』を、邪魔者扱いするほどに厳しく攻め立ててくる稲田氏。

 きっと『置いて行かれると困る』という前提が無ければ、こっぴどく怒鳴られていた事だろう。


「うーん、ひどく怪我をしているように見えれば、実際にはたいした怪我でなくてもなんとかなるかもしれません」


 稲田氏の勢いに押され譲歩案を提示する。

 当然ながら本当にひどい怪我しているのがベストだが、熱湯で火傷する以外の方法が思いつかない以上、ひどい怪我を見た目と、俺の痛がる演技力で慈悲深い神官様と交渉し『パイ包み』を勝ち取るしか方法はなさそうだ。


「本当か!?ひどい怪我をしているようにさえ見えればいいんだな」


「はい、とりあえずそれで……」


「『とりあえずそれで……』って、はっきりしてほしい。ひどく怪我しているように見えれば、その風を使って私を連れてこのビルから出てくれるんだよね!?」


「はい……出ます」


 俺から新たな『ビルから出られる条件』の言質げんちを得た稲田氏が、再び腕を組み考えを巡らせる。


「ひどい怪我をしているように見える……か。ちょっとベタだが、あれを使ったらどうだろう。給湯室の冷蔵庫に小さな缶が一本はいっていると思うんだが持ってきてくれないか?」


「了解です!」


 俺が離れて風の力が無くなっても大丈夫なよう、口をハンカチでおさえる稲田氏を確認すると、その横を通り給湯室に入る。

『生ゴミ収集は月・金』と書かれた紙や『キッチンペーパー』、『放置されていたビニール袋』など給湯室内の軽い物が一斉に俺のまわりを舞うが、目標の冷蔵庫は近づくたびにガタガタと震えるだけで、その重みのせいで飛ぶ気配は全くない。


 念のため風で飛ばないように左手で冷蔵庫を押さえながら右手で扉を開け、手前に置かれたペットボトル、食べかけのチョコレート、未開封のシュークリームを横にずらすと奥に1本の小さなスチール缶が姿を現す。


『モンデルテ トマトジュース 190g』


(なるほど、持ってきてほしいと言ってた缶はこれだな……)


 意図をくみ取った俺は缶を手すると、稲田氏の待つ給湯室入口へ急ぎ戻った。

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