第11話 おまえは何を言っているんだ

「ですから、その『治癒魔法は傷ついた人に近づき、手を当てながらではないと使えない』というお話は、どこでつかまされた魔法知識ですか?と聞いているんです」


(しまった、これは昨日の『魔力は宿屋で一晩寝れば全回復する』と同じパターンだ……)


 脳裏にファミレスで問い詰められた記憶がよみがえる。


「映画とか、ゲーム中のムービーです……」


「ああ、魔法を想像して作られた映像からですか。なるほど。そういえば、こちらの世界のそういった映像作品での治癒魔法が使われるシーンはってたしかに聞いたことがあります。はいはい、なるほどなるほど……」


 またもや勢いに押され小声で答えた俺に、オフェーリアはとあきれた表情でそう愚痴をこぼすと、再び険しい表情に一変する。


「ちょっとお聞きしたいんですけど、早馬そうまさんの中で火の魔法とか、水の魔法はどんなものと思われてるのでしょう。火の魔法であれば大きな火の玉が『ゴゴゴゴゴ!』と、水の魔法であれば大量の水が『ドバドバドバ!』という爆音ばくおんと共に、遠く離れた広範囲の敵を攻撃するものと思っていませんか?決して相手に超接近して手をかざし、火で『ジリジリ』焼いたり、水で『ジャバジャバ』とちんまり攻撃する魔法だなんて思わないですよね?ね?」


「はい……。火の魔法は火の玉が『ゴゴゴゴゴ!』と、水の魔法であれば大量の水が『ドバドバドバ!』と豪快に大量の敵を蹴散らすものと思っております」


 著しく語彙力ごいりょくに欠ける魔法効果表現を引用した答えを、腕を組みとうなづきながら聞くオフェーリア。


「ですよね、やっぱりそうですよね。じゃあ、なんで治癒魔法だけはそんなイメージなのでしょう。火や水の魔法と同じように遠距離かつ広範囲に効果があるというのに、変な映像作品のせいで治癒魔法だけとんだとばっちりですよ。もう二度と『治癒魔法は傷ついた人に近づき、手を当てながらではないと使えない』なんてガセ魔法知識を口にするのはやめてください。はてしなく迷惑ですので!」


 またしても言い放たれた『はてしなく迷惑』の一言。その口調や表情から、今回も本気で迷惑に思っているのが分かる。


「はてしなく迷惑……。こちらの世界の映像が、そちらの世界異世界にそんなに迷惑をかけているのか?」


 やめればいいのに興味本意で聞き返すと、前回と同じテンションで、予想通りのリアクションが返ってくる。


「私ではなく、私たちの世界で魔法を使う全ての人に迷惑をかけているんです!!。こちらの世界の映像作品のせいで、『治癒魔法とはそういうものだ』と思い込んでしまった『無魔力者むまりょくしゃ』に遠距離から治癒魔法を使えば、魔法がちゃんと効いているのに『そんな遠くから治癒魔法を使うなんて、治す気あるの?』とか『遠くからだと効き目薄い気がするから、もう一回近くからやって』とか訳の分からないことを言われる始末。そんなでたらめな魔法知識を広めるのは、もう本当にやめて欲しいのです!!」


「わかったわかった。すまん、治癒魔法、本当にすまん!。だが今は火災対応が先だ。救助活動のためにここに駆けつけたんだよな、そうだよな!」


『こちらの世界の映像作品が異世界にどんな迷惑をかけているのだろう』という興味を解消した俺は、治癒魔法にまたもやどの目線からなのか分からない謝罪を行うと、『ここに来た目的』をさとしオフェーリアを落ち着かせる。


「失礼しました。この手の話になると、私ってばつい熱くなっちゃいまして……」


「とりあえず、ビルの中に人がいたら治癒魔法でその場所が青く光るのは分かったから早く魔法を使ってみてくれ。火が回ったら今無事な人も無事じゃなくなっちまう。そうだろ?」


「そうでした。では始めます!」


 オフェーリアが杖をビルに向け『不思議な響きのつぶやき魔法詠唱』を行うと、その終わりと同時に2階の1か所、5階の2か所がうっすらと青く光る。


「……やはり取り残された人がいたようですね。あのくらいの魔法反応明るさであれば、一か所当たり一人の合計三人といった所でしょうか。手分けして助け出しましょう!」


 ビルを見守る周囲の人々が突然の『青い光』にざわつく中、今度は杖が俺に向けられ『不思議な響きのつぶやき魔法詠唱』が行われる。

 なにやら魔法が使われたようではあるが、俺の周囲にも、俺自身にも効果らしいものは見られない。


「ん?何をしたんだ?」


「早馬さんの身を守る魔法を使いました。そのまま手を前に伸ばしてみてもらえますか」


「了解だ……おわっ!!」


 オフェーリアの言葉に従いそのまま手を伸ばすと、伸びきったあたりで手のひらに強烈な風を感じ、驚きの声を上げながらすばやく手をおろす。


「今、手にすごい風を受けたんだが、これが魔法の効果か?」


「はい、風魔法の力です。今、早馬さんの半径70~80センチくらいの所を強い風が回っていて、煙や炎が近づいても全てその風が吹き飛ばしてくれます。効果は私が解除するまでずっとです」


 再び正面に手をのばす。

 今度は襲いかかる強風から手をおろさず耐えてみるが、その勢いで体の向きを変えられそうになる。


「なるほど……、これが『安全』な救助活動のための身を守る魔法か。確かにこれだけ強力な風なら、煙や炎はおろか、軽めの障害物であれば全て吹き飛ばしてくれそうだ」


「はい。それでいて人を飛ばすまでの力はありませんので、救助を待つ方には近づくことができます。早馬さんはその魔法で身を守りながら、2階の人の救助をお願いします」


「了解だ。5階の方が2階よりも救助者が多いが大丈夫か?」


「はい!私は魔法で何とかできますので大丈夫です!では、先に行きます!」


 ビルの入り口に走っていくオフェーリアの後ろ姿を見届けると、その場で深呼吸し肺を新鮮な空気で満たす。


「では俺も行くとするか。夢のパイに包まれるために!」


 俺もビルの入り口にむかい走り出した。 


 ◇


(これは……結構やばいな……)


 治癒魔法の『青い光』が見えた場所を目指し2階の通路をゆっくりと進む。


 火災現場は3階と4階。

『火や煙は上に向かう』とはよく言われるが、真下階であるこのフロアでは炎こそ見えないものの、その全体が黒い煙で包まれている。

 きっと魔法の力が無ければ方向を見失い、歩くこともままならなかったはずだ。


 オフェーリアが俺に使った魔法の効果は絶大で、どんなに黒煙で覆われた場所でも近づくだけで風が煙を一掃し、目の前はたちまちクリアー。

 半径70~80センチと狭い範囲ではあるが視界は保たれ、床に転がる障害物に足を取られるような事もなく、難なく進むことができている。


(こいつは本気でやばいな……。まさか、こんな強力な魔法だったとは……)


 そろそろ『青い光』が見えた場所に差し掛かってしまうだろうか。

 そう思い、さらに歩くのをスローダウンさせるが万事休ばんじきゅうすす。

 目の前の床に革靴の先端を見つける。


(これ、要救助者の物だよな……。まだ、なにも食らっていないが見捨てるわけにもいかない。対応するか……)


 悲しみの気持ちを抑え革靴方向にさらに進むと、吹き飛ばされた煙の中から給湯室入口の壁を背に疲れ切った顔で床に座る制服姿の男性が現れる。

 胸には「ミリカ総合警備保障 稲田」のバッチ、このビルの警備員のようだ。


「君は……?」


 煤で汚れたメガネ越しに驚きの表情で俺を見る稲田氏。

 見たところ40代半ばといった所だろうか、俺よりもはるかに年長者という事もあり、つい敬語になる。


「ちょっと頼まれて救助に来ました」


「いや、『ちょっと頼まれた』からって誰の依頼でこんな所まで?それに、さっきから窓も開いてないのに風が煙を吹き飛ばしてくれているのだけど、これはひょっとして君の仕業か?」


「それはちょっとノーコメントで」


『異世界の神官に頼まれて、風魔法の力でここまで来ました』なんて正直に言えるはずもなく、とっさに出てしまったお茶を濁すための回答に稲田氏が目を輝かせる。


「この煙の中を一人で救助に来れる能力、君が姿を現すと同時に吹き始めた不思議な風、そして明かせない依頼者……。分かったぞ!君は国から派遣された特殊救助隊の人なのでは!?。この風は災害救助用に開発された新兵器によるもので、実証実験じっしょうじっけんをかねて救助に来た、そうなのだろう!」


 俺を見つめる稲田氏。

 その手のマニアなのか、その目はキラキラと輝き、また鼻息も荒い。

 色々聞かれると対応が面倒なので、この思い込みに便乗することにする。


「まあ、そんな所ですかね。これ以上は『政府の機密事項』なので言えないんですけど……」


「『政府の機密事項』とは!政府派遣の特殊救助隊の人に来てもらえるとはなんと心強い。実は逃げようとしたら足をくじいてしまい動けなくてね。申し訳ないが肩を貸してはもらえないだろうか」


 稲田氏は起き上がろうと手を伸ばすが、俺はその動きをそっと制止する。


「すいません。実は俺、ある理由で怪我をしないとこのビルから出られないので、今は助けることができないんです。稲田さん、何か簡単に怪我するいい方法を知らないですか?」

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