第10話 やさしさよりも包まれたいもの
「あれが火災現場か……」
火と煙を噴き出すビルの数十メートル手前に駐輪場を見つけた俺は、そこにバイクを止め、同乗者と共に歩いて近づく。
ビルの周囲では逃げ出してきたと思われる顔に
その様子を見てオフェーリアがつぶやく。
「やはり、私たちの方が早かったようですね」
7月最後の月曜日、7時33分。
週明け月曜日の通勤・通学時間帯。ただでさえ混み合う時間帯に駅近ビルでの火災ということもあって周囲の道路はどこも大渋滞。
バイクの機動力をフルに発揮し、車が通らない小道を選びなんとかたどり着いた俺達だったが、緊急車両とはいえ、消防車や救急車があの混雑をかき分けて来るのにはまだ時間がかかりそうだ。
「やはり来てよかった……。取り残されている人がいるかもしれません。早速、私たちで救助活動を始めましょう!」
やる気マキシマムの熱いまなざしでビルを見つめるオフェーリア。
俺はその口から発せられた『青天の
「えっと、今『私たち』って言ったか?」
「はい、言いました。『私たち』で救助活動を始めましょう」
「えっと、その『私たち』には俺も含まれるということか?」
「もちろん
『火災現場にオフェーリアを連れて行けば魔法で何とかするのだろう』
そんな思いと『
頭の中で往年の流行語『聞いてないよオ』がこだまする。
「嫌、そんなつもりで来たわけじゃない……」
あんなところでのご宿泊や、そんなところでのご休憩のお誘いを受け、戸惑う少女のようなセリフを口にする俺に、神官様はお構いなしにぐいぐい攻めてくる。
「えっ、どうしてですか?目の前に命の危機にさらされている人がいるかもしれないんですよ?なんで助けに行かないのですか?」
「いや、俺の服装を見てみろ。上はTシャツの上に長袖シャツを羽織っただけ、下はジーンズ、足元はスニーカーだ。これであのビルに入ったら数秒で俺自身が要救助者になってしまう。行かないではなく、行けないだ」
オフェーリアの目の前でくるっと一周まわり、装備の貧弱さを見せる。
そんなを俺をあごに親指と人差し指をあて、考え込みながら見守るオフェーリア。
「……ということは、安全に救助活動が行えるのであれば、やっていただけるという事ですかね?」
「そうだな。間違いなく安全ってなら、やっても良いかな」
オフェーリアがこの『やっても良いかな』という言葉にすかざず反応する。
「で、あれば大丈夫です!。安全に救助活動が行えるよう、事前に早馬さんに体を守る魔法を使います。その力があればビルの中で炎はおろか、煙すら浴びることすらありませんので全く危険はありません。ですので是非やりましょう!」
『安全』というキーワードを使い、満面の笑顔で救助活動に誘うオフェーリア。
「『炎はおろか、煙すら浴びることはない』か……。それは確かに心強い魔法だが、炎や煙よりもやばい状況、そう、例えば天井が崩れ落ちてきたり、ガスに引火して大爆発なんていうときも守ってもらえるものなのか?」
「それはですね……えーっと……きっと大丈夫です!。それに……」
『きっと大丈夫』という答えに早くも『安全』が揺らぐ中、神官様の言葉が続く。
「それに、今の私の魔力量であれば究極の治癒魔法『エンパナーダ・デ・パイ』も使えますので大丈夫です!」
オフェーリアは得意げな顔でその大きな胸をポンと叩くが、何が『大丈夫』なのか俺には全く不明だ。
「『究極の治癒魔法?』、『エンパ……パイ』?『エンパ・なんちゃら・パイ』ってなんだ?」
「『エンパナーダ・デ・パイ』。こちらの世界の言葉で『パイ包み』という意味を持つ特級神官のみが使える究極の治癒魔法です。この魔法を使えば、どんなにひどい状況に陥ったとしても、治癒者の胸に包みこまれればすぐ回復しますので、万が一、早馬さんが大怪我するなんてことがあったら、私がこの『エンパナーダ・デ・パイ』ですぐに治療します。そうすればすっかり元通り、なので安心して救助活動に
笑顔を強める神官様。
『体を守る魔法』で『安全』な救助活動の勧誘だったはずだが、いつの間にか大怪我しても『究極の治癒魔法』で『すっかり元通り』と論点が変わっている。が、今の俺の注目ポイントはそんなところではない。
(『パイ包み』、『治癒者の胸に包みこまれれば』だと……。なんだ、そのパワーワードは……『祈り』を遥かに凌駕するではないか!)
『おっぱいマイスター』として、常におっぱいに包まれたいと思いながら生きている俺にとって『エンパナーダ・デ・パイ』は治癒だけでなく、
「ちなみに、ちなみにだ。その魔法を受けた奴は歓喜の声をあげたりするのではないか?特に男は!?」
「そうですね……」
興味全開な質問にオフェーリアが口に指をあて記憶をたどる。
「究極の魔法だけあって私も過去に数回しか使ったことがないのですが、たしかに女性よりも男性の方が『魔法での治癒中』に大きな声を上げている気がしますね」
頭の中に”
もし俺が中学生であったなら、体中の血液が全て鼻から流れ出てもおかしくはない、それはそれは素晴らしい光景だ。
「治癒中、すごいことになってそうなんだが、その魔法を使うのが恥ずかしくなって『やっぱやめた』なんて事になったりしないのか?」
俺の質問を受け、過去の魔法使用時を思い出したのか、オフェーリアの頬が徐々に赤く染まっていく。
「あらためて言われると、たしかに治癒中の姿には恥ずかしいものがありますね……。でも、この魔法を使う時は緊急時ですから、これまで使うことをためらうことも、使うことに恥ずかしさを感じたことも無かったです」
この答えに俺の腹が決まる。
もはや救助活動を渋る理由などどこにもない。
救助活動を行い、死なない程度の大ダメージを受け、『
このシナリオ実現に向け、速やかに活動を開始したいぐらいだ。
「わかった。俺も救助しようではないか!」
「やってくれるんですね!有難うございます!!」
俺のやる気に満ち
「で、何をすればいいんだ?」
「はい、まずはビルに取り残されている人がいないか確認しましょう。もし居るようでしたら早く助け出さないといけませんので」
そう言うなり神官服の
あらわになった白い太ももには黒い
「映画とかでセクシーな女性スパイとか、女性暗殺者が武器を隠すためにそういうの巻いているのを見るけど、本当に使われてるんだな」
「私も普段は魔王軍と戦う身ですので、何かあったときにすぐ対応できるよう常に付けているんです。……すいません、あまり見られていると恥ずかしいので後ろ向いてもらっていいですか。終わりましたらお呼びしますので……」
再び頬を赤く染めたオフェーリアに
「お待たせしました。もうこちらを見て頂いても大丈夫ですよ」
呼び声に従い再び向き直すと、そこには肩の高さまである杖をもったオフェーリアの姿があった。
「おお、杖だ!。ここまで杖を持ってなかったから、本物の魔法使いは持たないものなのかと思っていたよ」
「いえいえ、もちろん持ってますよ。魔法を使うとき杖を媒介するだけで効果2倍!でも、消費魔力は変わらずという魔法使いの必須アイテムですから。ただ、かさばるので普段は小さくして持ち歩いているのですが、大きさを戻すのにも少し魔力を消費しますので強力な魔法を使うときにしか出さないんですけどね」
杖を構えて見せるオフェーリア。
その姿はまさに『この世界のファンタジー作品に出てくる神官』そのものだ。
あまりの
「で、取り残された人の確認方法ですが、これから私がビル全体に向け『切り傷を治すくらいの低レベルの治癒魔法』を唱えます。今も中に残っている人は怪我などの重大な問題が起こっていて動けない状態と思いますので、この魔法では力不足で完治はしませんが、治癒時に発生する『青い光』でその周辺が明るくなるはずです。早馬さん、魔法を唱えた後に青く光る場所を探してもらえないですか?」
『回復魔法で治癒するときに光る』。ファンタジー作品でよく見る光景だ。
「了解だ。オフェーリアが魔法を唱えたら青く光る窓がないか外からビルを見てまわるよ。で、気になる事が有るんだが、質問していいか?」
「はい、なんでしょう?」
「ここから低レベルではなく、高レベルの治癒魔法を使って中に残っている人の体力を回復させて、自分で逃げてきてもらうのはだめなのか?」
オフェーリアが静かに首を横に振る。
「ここから魔法で体力を全回復させることもできなくはないのですが、それって周囲を黒い煙が覆い、炎が目前に迫っているような所で、意識を失った状態から急に目を覚ましたり、怪我で動けなかったのが突然自由に動けるようになるってことなんです。そんな時、冷静に行動するのは誰でも無理で、過去を振り返ってみても、動かずにその場で待っていただいているのを救助する方が良い結果を残しているんです」
確かに、目の前に炎が迫る中で急に動けるようになったら、パニックを起こして煙で視界の悪い中をあちこち動きまわり、かえって事態を悪化させてしまうのだろう。
オフェーリアの語り口から実体験からの判断のようだ。
「なるほど、了解だ。じゃあ、魔法を唱える前に教えてくれ。しかし、治癒魔法って離れた場所にいる人にも使えるものなんだな。それもビル全体なんていう広範囲で。てっきり傷ついた人に近づいて、手を当てながらでないと使えないかと思ってたよ」
この瞬間、オフェーリアの顔色が変わり、一気に険しい表情になる。
その理由に気付いた時にはもう遅く、威圧感を感じるとても厳しい口調で話し出す。
「は?『治癒魔法は傷ついた人に近づき、手を当てながらではないと使えない』ですって?それ、いつどこで掴まされたガセ魔法知識ですか?」
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