第9話 急ブレーキをかけて前のめりにさせたりもした
「ごちそうさまでした。おかげさまでお腹いっぱいです」
7月最後の月曜日、7時18分
元ハラヘリ少女が手を合わせ、今は無き食材たちとその提供者である俺に感謝の言葉を述べると、積み重ねられた空き皿を手に流しに向かう。
部屋の隅では、昨日貸し出した布団や差し入れた生活用品がきれいに整理され並べられている。
まさに『立つ鳥後を濁さず』という状態だ。
「すぐ出発するのか?」
台所の流しで皿を洗う背中に声をかけると、水道を止めタオルで手を拭きながらこちらへ振り返る。
「お皿も洗い終わりましたし、祈りを捧げさせて頂いたら失礼しようと思います。
「そうか、残念だが仕方ないな」
『おっぱい狩り』で出会い、『お胸ダイヴ』で知り合いに。
ファミレスで共にディナーを楽しんだ後は、うちのアパートの空き部屋で一泊……。
昨日から今までのセンセーショナルな出来事が思い出される。
(『お胸ダイヴ』が記憶なしで『無罪』となれば、もっと眺めさせて頂くために引き止めたいところではあるが、
俺が少女とそのお胸へ名残惜しさを感じていると、少女もまた名残惜しそうに窓辺へと歩みより静かに窓を開ける。
初夏のさわやかな風が部屋に舞い込み、窓の外には太陽に照らされた街並みが光り輝いている。
「昨日の夜、この窓から見た夜景に感動したのですが、明るい時間に見る景色も素晴らしいですね。本当に素敵なお部屋を貸していただいてありがとうございました」
「この部屋を気に入ってくれたみたいだな。もし借りてくれるのであれば今なら特別価格良いぞ。他に入居者が決まるといけないから早めの契約がオススメだ」
俺の営業トークにオフェーリアは無邪気な笑顔で応える。
「はい!機会がありましたら、ぜひお借りしたいです!。その時は、今回のお礼に何かお土産を持って……」
そう言いかけたところで言葉が途切れる。
「ん?どうかしたか」
「
目を細め窓の外を指さすオフェーリア。
ここから1~2キロ先にあるビルから煙が出ているのが見える。
「あれは火事……か?」
「やはり火事ですか!。早馬さん、あのビルまで急いで行く方法はありませんか!?」
名残惜しそうに景色を
「『急いで行く』って、行ってどうするんだ?」
「あのビルに取り残され、その身に危機が迫っている人がいるかもしれません。神官としてそのような人々を見過ごす事はできませんので救助に参ります」
その目は責任感に溢れている。
「それは素晴らしい考えだが、行ったとしても着く頃には消火されて解決してると思うぞ」
「こちらの世界の消防の方が優秀なのは知っていますが『私の魔法があれば救えていた』ということも起きるかもしれません。全ての人が助かるのであれば、私の出番なんてどうでも構わないのです。ですからお願いします」
言葉の強さに合わせ目の鋭さが増す。
救助に駆けつけるというのは本気のようだ。
「『急いで行く方法』……か。ふと思うのだが、この世界の移動手段ではなく、魔法で
「いくら魔法でも、あらゆる物理法則を無視して物体を瞬間的に別の場所に移動させるのは無理です。といいますか、魔法で瞬間移動できるのであれば、私が電車に乗る事もなく早馬さんにもお会いしてないですよ」
ごもっともな回答だ。
「じゃあ、ファミレスで見たフォークとスプーンのように、風の魔法であそこまで自分を吹き飛ばすというのはどうだ?」
「それはできますが……ものすごく酔います」
「は?」
意外な答えに思わず聞き返してしまう。
「実は前に試したことがあるんです。風の魔法の力があれば簡単に自分の体を飛ばすことができるのですが、バランスを取るのが恐ろしいほど難しく、5分飛んだだけで、その後30分はあまりの気持ち悪さに全く動けなくなってしまいました……」
強風の日にビニール袋が飛ばされている光景を思い出す。あの袋と同じ動きが自分の体にも起こると思うと確かに『船酔い』のような状態になるのも無理はない。
「ですので早馬さん、なにか良い移動方法はないでしょうか」
すがるような目で俺を見る。
「行ったら間違いなく帰るのが遅れると思うが、魔王軍とやらは大丈夫なのか?」
「魔王軍も気にはなりますが、あの場所で危険にさらされている人がいるのではないかという方がはるかに気になります。見過ごすことはできません」
その言葉から強い決意を感じ、移動方法を模索する。
(あのビルに行くには駅前を通らなければならないが、この時間はいつも渋滞してるので車はNGだ。そうするとバイクか……。ん?バイク……?、そうかバイクがあるじゃないか。バイクでオフェーリアを乗せて行けばいいのだ。なんて素晴らしい移動手段だ!)
「わかった。車だと渋滞して時間がかかるからバイクで行こう。飛ばせば5分くらいで着くはずだ」
移動手段に目途のついたオフェーリアの顔が明るくなる。
「そのバイクは私が乗っても大丈夫なのですか?」
「俺の後ろなら大丈夫だ。125CCのバイクだから
「ありがとうございます!」
自分の部屋に戻りヘルメットを持ち出すと、それをオフェーリアに渡し駐輪場でバイクにエンジンをかける。
「じゃあ、後ろに乗ってくれ。飛ばすからしっかりつかまるんだぞ!振り落とされて自分が救助される羽目になったら洒落にならないからな」
「はい!」
オフェーリアがバイクの後部座席に座り、運転席の俺の腹に手を回す。
「それじゃ揺れたら落ちるぞ、もっと俺にしがみついてくれ」
「承知です!、こうですかね?」
さらに強い力でぎゅっと俺にしがみついてくる。
先程よりも強く背中にオフェーリアを感じる。
「OKだ!じゃあ、行くぞ!!」
「はい!お願いします!!」
後部座席には「火災現場で窮地に陥っている人々を救いたい」という崇高な考えの美しき神官少女。
運転席には「背中いっぱいに”
それぞれの思いを乗せた二人乗りのスクーターは、軽快なエンジン音を上げ走り出した。
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