第8話 早起きの価値はプライスレス

 7月最後の月曜日、時刻6時32分


『メゾン・ド・ノースシャトー』


 北条の『条』を『城』に置き換え、無理やり英訳するという『アパート名あるある』で前大屋の祖母に名付けられたこのアパート。


 駅から500メートルという利便性の高さと、高台から街を一望できる素晴らしい眺望ちょうぼう。木々に囲まれた静かな立地で部屋は広めの1DKというストロングポイント強みを、駅まではほとんどが急坂という険しい道なりと、古さが目立つ築30年の建物というウィークポイント弱みが見事に相殺そうさい


 全8部屋中、俺が住む管理人室を含め現在の入居率は50%。決して人気物件とはいえないこのアパートの『202号室』前で、右手に折り畳みテーブル、左手にトースターを持ち、本来は住人のいないドアに向かい声を掛ける。


「おーい、起きてるか?両手ふさがってるからドア開けてくれないか」


「はい!起きてます!すぐドア開けます!」


 内側からドアが開けられると、玄関には昨日と同じ神官の衣装をまとったオフェーリアが、外の日差しにも負けない輝かしい目をして立っていた。


「朝食ですかっ!?」


「……声をかけたらすぐにドアが開いたけど、もしかして待っていたのか?」


「実は30分前からドアの前でずっと待ってました……」


 照れくさそうに右手でお腹をさする。相変わらずハラヘリっぷりのようだ。


「分かった、すぐに準備するよ。これから食材を持ってくるから、、部屋の中に入れておいてもらえるか?」


「承知しました!」


 テーブルとトースターを少女に託し管理人室へ戻ると、朝一で駅前に行って買った8枚切りのパン一斤と総菜を入れたカゴ、紅茶入りの水筒をお盆に載せ、再び202号室へ。


 開いたままのドアの向こうには、託したテーブルとトースターが部屋の中央に置かれ、その横でオフェーリアが正座しているのが見える。


「部屋入るぞ」


「どうぞ!」


 はずむような声の入室許可を得てテーブルの上にお盆を置くと、さっそく臨時家主やぬしによるチェックがはじまる。


早馬そうまさん大変です!。お願いしたパンの他にも水筒とカゴがありますが、これはなんですか!?」


 昨日の夜『朝食にパンを用意しようと思うけど、いつもどれくらい食べているんだ?』という俺の質問に対し、『ありがとうございます』と恐縮しながらも『朝はいつも8枚切りの食パンを8枚ですかね』と、食べやすく薄めの8枚にスライスされたパン一斤いっきんを所望した少女。

 今は所望したパンの持参品に熱い視線を注いでいる。


 俺は『大変です!』という一言に苦笑いしつつ、オフェーリアの向かいに座りカゴを開け中身を見せる。


「パンだけでは足りないと思って、念のために8枚入りのハム3パックとレタスサラダ、それにゆで卵も4個持ってきたぞ」


 とのどを鳴らすオフェーリア。


「ちなみにですが、私はどれだけ頂いてよいのでしょうか……」


 持ってきた食材のラインナップに口からあふれそうな透明な液体を手で隠す。


「どれだけって、全部オフェーリアのために用意したものだ。好きなだけ食べていいぞ」


 この言葉に少女は正座のまま一段と背筋を伸ばした後、深々と頭を下げる。


「本日も素晴らしい施しを有難うございます。昨日に続いて頂いてばかりなのも申し訳ありませんので、私に何かできることはないでしょうか」


「『何か』って?」


「はい。今の私は何もお返しできるような物を持ち合わせていませんので、せめて何か、そうですね『お手伝い』や、『お仕事』をさせて頂いてお返しできれば……と」


「『お手伝い』や『お仕事』か……」


 そうつぶやき腕を組む。


(考えるまでもなく答えは『もう一回祈ってくれ』の一択だ。それに尽きる。だがすぐに答えて『即答だったけど、祈る姿に何かあるのかしら』などと変に勘繰られて祈る姿を変えられでもしたら大惨事だ。ここは少し時間を空けて答えるとしよう)


「うーん……」


 腕を組みながら、考えるをする。

その間もオフェーリアは答えを待ち、俺の顔を伺っている。


(もう、30秒ほど『考えた』か。そろそろいいだろう)


 「そうだな、昨日と同じ『祈り』をしてくれたらいいかな」


 「えっ、祈るだけで良いのですか?確かに昨日、すごくほめていただきましたが……」


 もっと大変な仕事を言いつかるとでも思っていたのか、長考の末に出された答えに驚きの表情を浮かべている。


「いや、昨日も言ったが、あの祈りは本当に素晴らしい祈りだったぞ。ぜひ、昨日とをささげてもらえないだろうか。あの祈りがあれば、朝からやる気に満ち溢れた一日が送れる気がするんだ。頼む」


 俺の祈りに対する情熱的な想いに、オフェーリアが喜びの表情を浮かべる。


「『頼む』だなんて、そんな……。私の祈りにそこまで言って頂けるなんて光栄の極みです。本日も喜んで捧げさせていただきますので、朝食の後で少しお付き合いください」


「うん、よろしく頼む」


 表面上は平静を装い返事したが、俺の心の中にはの嵐が吹き荒れる。


『あの祈り』を受けるとなれば、間違いなくまた『あの素晴らしいお胸の光景』が見られる。

 こんな時間から『狩り』ができるとは、5時に起きて朝食の準備をしたがあったというもの。

 こうなると空腹でまた記憶を無くされ、祈りの事を忘れられるのだけは避けたい。


「これからトースターでパンを焼くけど、昨日みたいに空腹でつらいなら先にゆで卵食べてていいぞ。」


 記憶保持のため、すぐに食べられる『ゆで卵』を勧めるが、オフェーリアはほほえみながら顔を横に振る。

 

「ご心配いただきありがとうございます。たしかにお腹は空いていますが昨日の『3日間食事抜き』の時ほどではなく、体調はおおむね良好ですので大丈夫ですよ。それよりも、ハムとレタスと一緒に卵をパンにはさんで食べたらおいしそうですので焼けるまで待ちますね」


 俺の心配を一掃するかのように、体調良好を笑顔でアピールされる。


(顔色も良いし体調は問題なさそうだ。ただの方、これは大丈夫なのか?)


 オフェーリアの元気な笑顔の下、今日も堂々たる姿で鎮座するお胸だが、昨日ファミレスで見た時よりも数ミリ程度小さくなっているように見える。


『おっぱいマイスター』として修練のために訪れたしかるべき店で、しかるべきプレイ後の残り時間で実施した、しかるべき『姫』への聞き取り調査において、『下着内でのポジショニングのズレ』や『一般的なものとは異なる機能を持った下着の着用時』にこのようなが発生する事があると聞いたことがあるが、より高みを目指す身としては、はっきりとした原因を把握しておきたい所だ。


(とは言え、『今日のお胸の位置、昨日よりちょっとずれてない?』や『昨日の下着、寄せて上げるタイプのだった?』なんてとても聞けないしな……。何か原因を探る方法はないものか)


 原因調査の方法に思いをめぐらせていると、トースターから飛び出した2枚のパンにオフェーリアの熱い視線が注がれる。


(そういや、動いているうちにポジショニングが修正され、元の大きさに戻ったケースもあったな……。とりあえず今は様子見、食事の準備をしてやろう)


 トースターから取り出した香ばしい香りの2枚のパンを皿の上に乗せると、『待ってました!』と言わんばかりの表情のハラヘリ少女にそっと差し出した。

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