第7話 約80秒の絶景

「あの……さっきの電車での事なんだけど……」


「急に改まってどうしたのですか?」


「電車で俺が『食事、ごちそうしようか』と聞く前に、なにか『変なこと』が起こらなかったか?」


「『変なこと』ですか?」


「そう、『変なこと』だ」


 突然の質問に少し戸惑う表情を見せた後、首を傾げ記憶をたどり始める。


「『変なこと』ですか……。そうですね……。私、空腹を忘れようと深い眠りに落ちていたので、電車の中の事はあまり記憶がないのですよね。目を覚ました時もお腹が空きすぎて『何か食べ物を頂けないでしょうか』と声をだすので精一杯でしたし……」


「本当に何も覚えていないのか?よく思い出してみてくれ」


 俺の問いかけを受け、再び記憶を思い出すようなそぶり見せるものの、答えは変わらない。


「はい、やはり何も覚えてないです……」


 この最終回答ファイナルアンサーに思わず俺の頬が緩んでしまう。


「そうか、そうか、何も覚えてないのか」


「うれしそうですけど、電車の中で何かあったのですか?」


「いや、何もなかったぞ。うん、何もなかった!」


『通報』。このプレッシャーから解放され、ほっと胸をなでおろす。


(まさか『お胸ダイヴ』のこと自体を覚えていなかったとは本当に助かった!。だが何かの拍子で思い出す可能性が無い訳ではない。ここは『部屋貸し』の話は止め、すぐにでも別れるべきだろう。この素晴らしいお胸を見れなくなるのは非常に残念だが、背に腹は代えられない)


「おっと、もうこんな時間だ。そういえばこの後に仕事があったんだ。悪いけどここらで失礼させてもらうぞ」


「これからお仕事なのですか?こんな遅い時間なのに大変ですね。ご苦労様です」


『架空の仕事話』にねぎらいの言葉をかけてくれる少女に後ろめたさを感じつつ、そそくさと手荷物をまとめ、スマホの地図で近所で一番大きい公園今晩の宿までの道のりを説明する。


「――このコンビニの角を曲がればすぐに公園の入り口だ。希望通り水道と東屋があったと思うぞ」

 

「本当ですか!それはありがたいです。では、お店ここを出たら行ってみますね」


「うん、そうしてくれ。じゃあ、俺は急ぐからこれで」


早馬そうまさん、ちょっとだけお待ちいただけますか」


 テーブルの上に丸められた恐ろしく長いレシートを持ち、レジへ向かおうと立ち上がったところで呼び止められる。


「すいません、今の私にできることと言えばこれくらいですので、少しだけお付き合いください」


 俺の前に移動したオフェーリアは、その場で手を合わせる。


「本日は本当にありがとうございました。早馬さんに感謝の気持ちを込めて祈りをささげさせてください」


 目を閉じ『魔法の詠唱』と同じように不思議な言葉をつぶやきながら祈る少女。

 ただ、今回のつぶやきからは、前回にはなかった美しさと優しさが強く感じられる。

 俺は祈りの言葉の心地良さと、目の前に広がる壮大な『祈りの姿』に感動すると同時に、自分の考えの愚かさに気づき恥ずかしくなる。


(『何かの拍子で思い出す可能性が無い訳ではない』から『すぐにでも別れるべき』なんて、俺はなんとなのだろうか。もし思い出されたのであれば、その時に対応を考えればよいこと。今、俺がやるべきことは、こんな愚かな俺に、こんなにも素晴らしい祈りを捧げてくれているオフェーリアを助けてやることだ!)


「早馬さんに『幸運が訪れる祈り』を捧げさせて頂きました。この祈りを受けた人に本当に幸運が訪れるのか効果を確認したわけではないのですが、私たちの世界に古くから伝わる祈りですので、きっと効果はあるのだと思います。そうですね……『縁起もの』とでも思って頂けたら嬉しいです」


 祈りを終え、屈託のない笑顔を浮かべ立ち上がるオフェーリア。


「では、お引止めして申し訳ありませんでした。私もこれで失礼します」


 頭をぺこりと下げた後、テーブルの上に置かれた『異世界の歩き方』を手に出口に向かおうとする背中を、今度はこちらから呼び止める。


「なあ、オフェーリア。公園で寝るくらいなら今日はうちに泊まるか?仕事があるって勘違いしてたんだけど今日はもう終わりだった。後は家に帰るだけなんだがどうだ?」


 驚いた顔で少女が振り返る。


「えっ、私、早馬さんのお部屋に泊めていただいても宜しいのですか?。お邪魔になりませんか?」


 なにも警戒することなく、俺の部屋に泊まる前提で『泊まると邪魔になるのでは』を心配する少女。


(普通、『男の部屋に泊まる事』の方を気するだろう。そら、こんだけ警戒心なかったら一服盛られるってもんだ。だが、俺は紳士。『おっぱい狩り』は行っても、部屋で二人っきりなどという、新たな『通報事案』が発生しそうなシチュエーションは全力回避だ)


そう思いながら、少女の心配ポイントを解消しにかかる。


「実は俺、アパートの大屋なんだ。なので俺の部屋に泊めるわけじゃなく、今空いている部屋を使ってもらうから邪魔になんてならないぞ。ただ、空調が有るくらいで他の電化製品や家具の無い殺風景な部屋なのだけど、公園で寝るよりはマシだと思うがどうだろう。当然、屋根もあれば電気もついて水道もある」


 少女の目が輝きだす。


「ぜ、ぜひお願いします!。ちなみにですが……お風呂ははありますか……?」


「もちろん。部屋にシャワー付きバスタブがあるぞ」


 俺の答えに目の輝きが増したのが分かる。


「もしかして、トイレもありますか……?」


「もちろんだ。風呂もトイレも好きに使っていいぞ」


「お部屋専用のお風呂にトイレ……。それを自由に使って良いだなんて……。なんて素晴らしいお話を頂けたのでしょう」


 うっとりとした表情を浮かべるオフェーリア。

 部屋の風呂とトイレを使う想像をしただけでここまでの表情ができるとは、これまで一体どんな過酷な生活を送ってきたというのだろうか。


「ただ、先ほども申し上げました通り、それほどまでに施していただいても、今の私には何もお返しできるものはありません。本当に宜しいのでしょうか?」


「さっき祈りを捧げてもらったから何もいらないぞ。あんな素晴らしい祈りを見せてもらったら、もう十分だ」


 俺の言葉にオフェーリアが感極まった表情を浮かべる。


「『あんな素晴らしい祈り』だなんて……。そう言ってもらえてうれしいです。早馬さんに幸運が訪れるよう祈らせていただきましだが、幸運になったのは私の方だったようです……」



(これは、おっぱいエアバックの利用料……。これは、おっぱいエアバック利用料だから仕方ないんだ!)


 そう心の中で何度も繰り返しながら、レジで高級レストランのディナーコースかと思うような想定外の金額を断腸の思いで支払うと、祈りをほめられ輝かしい笑顔を浮かべる少女と共に店を出る。


 気が付けば、もうすぐ日が変わろうかと言う時間。本数が減り、次まで時間が空いてしまう電車での移動はあきらめ、二人でタクシー乗り場を目指す。


「そういえば早馬さん。さっき私の祈りをほめてくださいましたが、どのような点が『素晴らしい祈り』だったのか、後学のためにも教えて頂けませんか?」


 歩きながら唐突に質問を受ける。


「うーん、そうだな……。全てだな」


「え、全てですか?」


 良かったポイントを挙げるものと思っていたようだが、『全て』という予想外の回答に少し驚く質問者。


「うん。全てだ。本当に壮大でその全てが素晴らしい祈りだった。これからも変わることなく、あの祈りを続けていってほしい」


「そんなに褒めて頂けるなんて光栄です!これからも皆様に喜んでいただけるような祈りがささげられるよう、神官として精進してまいりたいと思います」


 決意を新たに前を向くオフェーリア。

 その目はやる気に満ち溢れている。


(うん、いい目だ。これで、あの素晴らしい祈りはこれからも続けられる。できれば明日もまた祈ってもらいたいものだ。今日うちのアパートに泊まってもらうのは、そのためなのだから……)


『ひざまずき祈りを捧げている姿を立った状態で上から見ると、壮大なお胸と谷間が丸見えで絶好のおっぱい狩りスポット』


 祈りの本当に素晴らしいと思えるポイントを胸に秘めつつ、本日の祈りの素晴らしい光景を『お胸よかった探し』の成果として心のノートに追記すると、少女と共にタクシーへ乗り込み家路についた。

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