四章 守護者

 あたしが希望を取り戻した日から約二週間、あたしとミラはどこまでも高めあった。

 その間に取れた戦闘データはヴィクトリアスとリーテン・デューダの改良に使われ、あたしはより強くなったと言える。


 だが全てが上手くいったわけではない。

 ミラはあたしの魔力を大量に保持しても魔導砲を使えるようにはならなかったし、あたしは魔力量を更に底上げする事までは出来なかった。これではミラは火力を、あたしは持久力に欠けたままだ。


 まぁ魔導砲をそんな簡単に使われても困るが……こうなるとマリーの異常性が目立つ。


「そろそろ行くぞ。準備はいいな?」

「行ける」


 ミラに声をかけられたあたしは、小さなルビーがついたネックレスを首にかけて答えた。これはメリアの遺品であり、あたしの罪を象徴するアクセサリーだ。特に欠けたルビーがそれをよく表している。


 メリアから貰った指輪は現在フィアナスタ家にあってあたしは触れられない。まだ帰ってはいけないのだから。

 けどこれならつけてもいいだろう。女々しいかもしれないが、あいつと縁のある物を何か身につけていたいんだ。


「エリカ様。ヴィクトリアスの魔力消費量はそのままですが出力が上がってます。それと魔力タンクを増設したためほんの少しの間だけ魔力を吸われずに使えます。リーテン・デューダもエリカ様好みの仕様に変わり、扱いにくい代わりに速くなりました。もっとも全身の全てを新調出来たわけではありませんが」


 出撃前に細かく解説してくれるベルが今はありがたい。武器の確認を怠って本番でミスりましたは笑えないのだから。


「ありがと。一番の課題はそのままなあたりこの子ってじゃじゃ馬よね」

「使い手に似てな」

「あんだと」


 ミラの軽口に食ってかかるあたしだが、上辺だけの言葉だ。むしろ今はそういう軽口すらありがたく感じる。


「そうですね、お二人とも一番の課題は残ったままです。まだ日数をかけてもよいのでは?」

「流石にこれ以上行方不明で誤魔化すのは無理がある。エリカの筋書き通りにメリアを帰還させるなら尚更だ。そこの魔導士がもう少し強ければ時間はあったがな」

「……すみませんねぇ雑魚魔導士で。けど貴方達化け物とまだ学生の私を比較しないでもらえませんか?」


 この二週間でイヴのミラに対する態度はかなり変わった。何かあったら眉を八の字にして睨むイヴだが、原因はすぐ煽るミラだ。


「現在引きこもりの貴様が学生という身分に甘えるな。むしろ俺の部下に稽古つけてもらえただけ感謝するんだな」

「くっ……エリ、私フィアナスタ家に匿ってもらった方がよかったです。この男嫌いです」

「あはは、ごめん。でもほら、あたし今あっちに帰りにくいし頼りにくい……」


 泊めてもらってる立場のイヴは、言い返せなくなるとあたしの後ろに隠れて袖とマントを纏めて掴む。この仕草がなんだか守ってあげたくなる可愛さで、普段の無表情で冷たいイヴと差があり過ぎて困る。


「ったく、随分と生意気なガキと仲良くなったなエリカ。そして何故俺へのあたりがこんなに強くなったんだこいつは」

「先に嫌味を言って言い返しやすくしたのは貴方では? あと人前でエリカ様の血を吸うからかと」

「……なるほどな」


 ベルの説明に納得したミラは何故かあたしの首を見つめてきた。

 なんだ、もう血はやらんぞ。そう思いながらもあたしは話を戻そうとする。


「とにかくっ、あたしがイヴと出会えたのはメリアのおかげなんだから、さっさと取り戻しに行くわよ」

「貴様が仕切るな」

「うるさいバカ」


 話を戻そうとしてもこれだ。ほんっと生意気な男。でも今日は頼りにしてる。

 生意気なアホ吸血鬼の手を握ったあたしはイヴとベルを見る。そして一度深呼吸してから声をかけた。


「行ってくるね、二人とも」

「……信じてますからね、エリ。それと吸血鬼」

「ご武運を」


 あたしが二人の言葉に頷いた後、ミラは転移魔法を唱えた。


「油断するなよ」

「分かってる」


 ミラの転移魔法によりあたし達は星域のボス部屋前に足をつけた。と言ってもあたしが瞬殺したボスがいる部屋だ。

 このダンジョンの最奥地ではない。


「一応聞くけどあの魔力を必要とする扉の奥には転移出来ないの?」

「開いてからでなければ無理だ。座標を観測出来ん」

「なら先に魔力を持ってかれるわけか。魔力タンクに感謝するかも」


 そんな会話をしながらあたし達は扉を開き見覚えのある蠍型の魔物を相手にする。いくつもの尾があるあの大型の魔物だ。


 このダンジョンの奥地にいる敵が全盛期のあたしや魔王級の相手なら最善の状態で挑みたい。それが出来ないなら少しでも魔力を節約しておきたい。というのが本音だ。

 だからこいつに魔導砲を使うかは悩ましい。


「この雑魚に魔導砲とヴィクトリアスは使うな。貴様は注意を引くだけでいい」

「了解」


 ミラの言葉に答えあたしは前へ出た。魔法剣を手に敵の関節を見極めながら。

 比較的柔らかい関節にリーテン・デューダを刺しそこから内部に魔法をぶち込む算段だ。おそらくミラも体内への魔法を狙っている。これなら魔力消費も少ない。


 あたしがそう考えながら攻撃をかわしていると、敵はすぐに姿勢を崩した。ミラのリーテン・デューダだ。

 ちぇ……先を越されたか。そんな小さな苛立ちを覚えながらもあたしは魔法剣の属性を氷へと変える。トドメを刺すのではなくミラのサポートのために。


「凍りつけ」


 あたしが魔法剣を地面へ突き刺すと、ドス黒く光る氷が大地に広がっていく。その氷は蠍の足だけを奪い、ミラの妨害は少しもしない。


「…………」


 そして肝心のミラは何も言わずに小さな炎弾をリーテン・デューダへと撃ち込む。その弾は武器を通して蠍の体内を燃やし尽くす。


「悪くない連携だ」

「あたしなしでも同じ手段で倒せるくせに、よく言う」

「本番前の慣らしは必要だ。緊張で本来の力を出せないという事態は避けたい」


 ミラの主張は間違いない。正直プレッシャーは感じている。

 あたしの得意分野で絶望しかなかった状況を解決出来ると知った時は歓喜したが、結局やる事は殺し合いだ。


 戦う事は好きでも敵が魔王級の相手で、負ければ皆が不幸なままだと思えば何も感じないわけではない。


「……そうね。行きましょう」


 あたし達は初めて来た時と同じように壁へ魔力を注ぎ特別な扉を出現させる。そして扉の奥へと進んだ。あの時とは違う緊張感を抱きながら。


「……分かってるとは思うが、勝ち目がないと判断した場合は引け。まずは俺達が無事帰れる事を優先する。いいな?」

「一人で行くつもりだった奴がそんな事口にしても説得力ないから。必ず秘宝と共に帰るの。いいわね?」


 星域の最奥地で些細な言い合いをするあたし達をここのボスは見ているのだろうか。それともあの蠍のように意思のない魔物なのだろうか。

 そんな事を考えながらもあたしは意地を通す。


「……貴様は包帯だらけの自分を見て心配した両親に何も感じなかったのか?」

「感じたわよ。こんなあたしがこの人達の本当の家族を奪ってしまったっていう罪悪感をね。だからその罪を償うためにあたしはここへ来た」


 勇者の頃とは違う今の環境はあたしに新しいものを色々と教えてくれた。狭い世界しか知らなかったあたしに。

 だからあたしは恩を返したい。ミラにも、フィアナスタ家にも。


 いや、これは恩返しなんてものではない。罪滅ぼしだ。

 未熟な人間に育てられて亡くなったバカはあたしが連れ戻す。


 なによりあのバカとはもう一度話さなきゃいけない。別れる前に一度でも話せるかどうかは違うと、そう語ったのはあいつなんだから。


「…………」

「援護頼むわよ」


 そう言いあたしはヴィクトリアスを掴んでから星域奥地の扉を開いた。するとそこにいたのは巨大な魔物ではなく一人の人間の形をした存在だった。


「来てしまいましたね。はじめまして、元勇者と吸血鬼の王」


 扉を開けたあたし達に声をかけたのは、白い長髪をたなびかせる美少女だった。

 彼女の水色の瞳と目が合ったあたしはすぐに魔力の規模を測るが、どういうことか魔力はあまり感じられない。


「少し驚いたな。ここに来てからの俺達を見ていたのか?」

「はい。あの魔力の扉を開いた時から私には意識が与えられますから」

「ふぅん、なら目的も分かってるわね? 二対一は好きじゃないけど勝負してもらうわよ」


 先手必勝。そう考えるあたしは右手に魔力を溜め圧縮させていく。


「ええ、秘宝が必要なのでしょう? 私を倒せば手に入りますよ。命を蘇らせる秘宝が」

「なら早速っ!」


 彼女の言葉からこいつを倒すだけだと確信したあたしはすぐに魔導砲を放った。

 だが渾身の魔導砲は見えない何かに阻まれ防がれてしまう。


「っ……嘘……!?」


 よく確認すると目の前には見た事もない強固な結界があった。あたしの魔導砲ですら傷一つつけられない格の違う結界。

 こんな現象は初めてで、一番自信のある技が完全に防がれたショックは大きい。おかげで心臓の鼓動は激しくなり、目を見開いたまま動けない。


「悲観する事はありません。その結界はこの世界のルールのようなもの。物理的に壊せる代物ではありませんから」


 あたしの動揺を察したのか彼女は語る。世界のルールなんてあまりにも胡散臭い言葉を使いながら。


「…………」

「それと安心してください。私と戦う事は可能です。このステージに特別なギミックもなければ、私はそのレベルの結界を使えたりもしません。人間や魔族の限界到達点ならまだ勝機はあります」


 他人事のように淡々と話す彼女はどこか不自然で不気味だった。

 まるで勝ち負けに興味がないような、そんな感じだ。


「まぁ……私としては退く事をおすすめします。人も魔族も我々と関わるべきではない」

「どういう意味だ」

「そのままの意味です。後悔する前にここを立ち去りなさい、魔族と人間。本来生物は簡単に蘇ってはならないのです。自然の摂理に従いなさい」


 力を見せずに結界の奥で忠告する彼女にあたしは少し喧嘩を売りたくなった。

 理由は簡単。あたしは難しい話が好きじゃない。


「どうでもいいわよそんなの。それよりこのバカみたいに硬い結界で身を守りながら退けと言われても、ひよってるようにしか見えないわ。この結界の中に入るにはどうすればいいの?」


 そう言いながらあたしは結界を叩く。賢い奴なら挑発に乗らないだろうけど、こいつはどうするのかしら。


「ひよってるのではなく忠告してるだけです。貴女のようなせっかちさんもいますからね」

「それで戦うにはどうすればいいのよ。早く言いなさいよ、このビビり」

「…………一人ずつその結界に魔力を流して入るだけですよ」


 ビビりという言葉に少し反応した彼女はすぐ侵入方法を話した。


 まだ罠の可能性があるため周囲を警戒しながらだが、あたしは言われた通りにして結界の中へ入る。

 するとビビりちゃんは顔を上げて大きく口を開いた。


「もっとも、二人目が入れるのは一人目が死んだ時ですがね」

「っ……おいエリカ!」


 どうやらこの結界の中によそ者は一人しか入れないようだ。後ろからミラの焦る声が届く。

 だが入ってしまった以上彼女から目を逸らすわけにはいかない。そう思いあたしは振り向かずに口を開いた。


「大丈夫、絶対勝つ。でも一応……あたしが負けたら引いて。今のあんたの役目は情報を持ち帰る事。あたしの役目は、メリアを生き返らせる事なんだから」

「っ……ああ」


「ふふっ、随分とカッコいい女勇者ちゃんですね。好きですよ、そういうタチ女の素質を持った子。生意気すぎるとムカつきますが」

「チッ……あの女、わざとあんな言い方をしたな」

「てへっ、なんの事でしょう」


 ミラの言葉にわざとらしく答える彼女は少しあざとかった。正直戦えるような子には見えないが、油断は禁物だろう。

 そう思い魔力探知に集中する。


「あたしとしては都合いいわ。最近は怠慢で気持ちよく勝ててなかったからね。そろそろあたしが誰よりも強いって事を証明しないと」

「私としても戦う相手が貴女でよかったです。その舐めた言動が少々不愉快でしたので」


 どうやら挑発の効果はあったようで、敵は感情を持つ存在だと知れた。人間なのか魔族なのかは分からないが、魔物でない事は確かだ。


「へぇ……ならさっさとおっ始めるわよ」

「聖剣もなしに人間が……立場を弁えた方がよろしいのでは?」


 そう口にした瞬間彼女はあたしへ向かって走り始める。黄色い魔法剣のような物を生み出しながら。

 あたしは彼女の剣をヴィクトリアスで捌きながら様子を見る。


 この感じ……聖力の剣か。珍しいな。

 聖力はあたしを裏切った僧侶が使っていたためあまりいい思い出がないが、攻守において強力な力である事に変わりない。出来るなら魔法剣で対応したいが……。


 そう感じた瞬間あたしはある事に気がつく。

 あれ、別に魔法封じられてないぞここ。


「ミラーこれ楽勝かも」

「はぁ?」


 てっきり結界内では魔法を全て封じられると考えていたが、どうやらただの噂だったようだ。現にあたしは飛行魔法を使えた。


「ぐうぅっ!」

「なによ、拍子抜けね!」


 飛行魔法とヴィクトリアスの力を活かした一撃が彼女を吹き飛ばし、黄色い剣を折る。

 そんな隙だらけの彼女にあたしは魔法剣を囲うように飛ばした。


「呆気ない幕切れだこと」

「……まぁ、これくらいはやりますよね」


 完全に追い詰められた状況でも彼女は焦りを見せない。

 さっさと終わらせるか。そう思い魔法剣を動かそうとした瞬間だった。


「……魔力解放!」


 彼女の言葉と同時に溢れるばかりの魔力が聖力と交じり奔流を生み出す。その奔流は二つに別れ、一つは白い翼のように彼女の背を覆う。

 もう一つは結界内全体に広がり、触れたあたしの魔法剣全てを分散させていく。


「っ…………!?」

「聖剣を持たずにここへ来た事、後悔させますね」


 未知の現象に目を奪われたのも束の間。先程とは比べ物にならない速さで迫る彼女にあたしは反応しきれず、反射で動きヴィクトリアスを正面に構えるのが限界だった。


「ガハッ……!」

「これで私がビビりではないと理解しましたか?」


 防ぎきれずに後方の結界へ吹き飛ばされたあたしは一瞬で酸素を吐き出す。

 クソっ、身体が一瞬防御魔法で防ごうと勝手に動いたせいで重いのをもらった。あいつが魔力を解放してから魔法剣は消されたというのに。


 幸いヴィクトリアスの性能に助けられ、剣で斬られる事は防げた。だが魔法を無効化してくるのは噂通りのようだ。


「まだ立ち上がれませんか? 人間の身体というのは貧弱ですよね」

「はぁはぁ、うるさい」


 一撃で不利になったあたしだが何もしなかったわけではない。

 吹き飛ばされる瞬間に射出したリーテン・デューダが後ろから彼女の首を狙う。あと少しで……!


「無駄ですよ」


 そう言った彼女はあたしを見つめたまま右手で背後のリーテン・デューダを掴んだ。まるでそこに来る事が事前に分かっていたかのように。


「っ……!?」

「魔力解放した私に死角はありません。周囲に溢れるこの魔力と聖力で全てを探知出来ますから。勿論貴女の袖やスカートの中も」


 彼女の言葉は実に分かりやすかった。何故ならあたしがメリアに教えた魔法と同じ理屈だからだ。

 あたしだって使っている技術なのだから少しも不思議ではない。


 問題なのはあたしが魔法としてのその技術を磨いてきた事。魔力だけでも出来るが、一番自信があるのは魔法剣での探知だ。

 対して目の前の敵はそれを魔力と聖力だけで行っている。このあたしだけが魔法を封じられる空間で。


 どう考えても反応速度はあっちの方が上になるなぁこれ。


「……あんた名前は?」


 こいつ苦戦する……そう感じたあたしは名を尋ねた。聞いておいて損はない。


「ルシスと言います。貴女は?」

「エリカ」


 名を名乗ったあたしはリーテン・デューダを操れるだけ同時に展開する。こうなったら正面から物量で押すしかない。


 あれからヴィクトリアスと同時に扱える数は増え、魔法剣がなければ二十くらいまでならいけるようになった。流石にこれだけの数があれば探知されていようと当てられる。

 だがこの考えは甘かったとすぐに思い知らされる。


「その力もこの星域で得た技術だという事を忘れてませんよね?」

「何が言いたいの」

「エリカが同時に扱える数は……どうやら二十位のようですが……フッ、ホーリービット!」


 聞き返したあたしにルシスが見せつけたのは、聖力で生み出された魔法剣のようなものだ。

 彼女は魔法剣とリーテン・デューダの中間くらいの大きさで尖った武器を周囲に展開していく。


「なっ…………」


 そしてあたしを驚かせた要素はたった一つ。


「私はこのホーリービットを百基同時に扱えます。可哀想ですが、降参は出来ませんよ」


 圧倒的物量だ。


「チッ!」


 取り囲むように展開されるホーリービットをあたしは魔導砲で撃ちおろす。防御魔法が扱えない状況でこの数に囲まれたら終わりだ。

 だがその数は少しも減っているように見えない。おそらく壊れた瞬間次のを生み出しているのだろう。


「エリカはこのような攻撃手段をなんて呼ぶか知っていますか?」

「知らないわよそんなの!」


 余裕あるルシスの問いをあたしは言葉を選べずに返した。このやり取りだけで状況を物語っている。

 一つを扱うのですら難しいこのタイプの武器を、敵はあたしの五倍同時に操っているのだから。


 しかも反応もあっちの方が上。死角のない敵にあたしは今物量ですら負けている。


「でしょうね。エリカの生きる文明はまだそこまで発展していないでしょうから」


 必死にリーテン・デューダとヴィクトリアスを扱いホーリービットを壊していくが、無限とも感じられるくらいのホーリービットが新しく生み出されていく。

 マズイ。魔導砲で防ぐしかないが、乱射すればいずれ魔力切れを起こす。しかも魔導砲を撃ったところで広範囲に広がり過ぎて落としきれない。


 そしてついに恐れていた事態が起きる。

 あたしの全方位を囲い終えたホーリービットが全て同時に襲いかかった。


「ぐうぅっ、あああぁぁっ!」

「これはオールレンジ攻撃、と言うんですよ。エリカ」


 壁際に逃げるように下がり前方のホーリービットを魔導砲で撃ち落としたあたしだが、防ぎきれずにいくつもの傷を負ってしまった。ヴィクトリアスを背中の盾代わりにした事で背部の傷は少ないが、四肢や胴体の傷は数え切れない。


 もうあたしが戦える時間は残り少ないだろう。

 ははっ……持久力のあるミラの方が適任だったかなぁこれ。そう感じながらもあたしはヴィクトリアスを変形させる。


「はぁはぁ……はぁはぁ……」

「もう満身創痍と言ったところですね。終わりにしてあげましょう」


 新しく生み出されるホーリービットは再びあたしを囲もうと迫る。

 けどようやくチャンスがきた。全てのホーリービットを同時に撃ち落とすチャンスが。


「ヴィクトリアス最大出力……ここっ……!」


 あたしは射撃形態のヴィクトリアスの砲撃と魔導砲を同時に撃ち込んだ。これまでの迎撃で使っていた魔導砲とは比較出来ないほどの魔力を込めて。

 それは面で制圧する攻撃となり、正面の全てを包み込む。


 完全に囲まれている状況なら妨害が激しくてこの技は出来なかったが、現在あたしの背後はあの結界だ。おかげでリーテン・デューダが撃つまでの時間を稼いでくれた。


 そして状況を確認すると蜂のように周囲を飛び回っていた鬱陶しいホーリービットが鈍足化しており、本体のダメージで操作精度が落ちるのだとあたしに確信させる。


「ぐっ……がはっ……」


 あまりにも広範囲の攻撃に防ぐしかなかったルシスは少し辛そうにしていた。彼女の纏う聖力が大きく減っているのが見ただけで分かる。もしかしたら致命傷は聖力で肩代わりして防いでいるのかもしれない。


「油断したわねっ、ルシス!」


 今しかない。そう判断したあたしは、近接形態に変形させたヴィクトリアスを足替わりにして強襲する。


「なかなかやるじゃないですか……気に入りましたよ、エリカの事……でもっ!」


 競り合った後、あたし達は何度も激しく剣を交わす。

 どうやら剣の腕ではあたしの方が上のようだ。更に残りのリーテン・デューダを袖やスカートから追撃に使うと先程より反応が悪い。おそらく聖力を削った影響だろう。


 だが少し時間を与えすぎた。

 あたしの背後に新しくホーリービットが生み出されたのを感じる。


「壁際から離れたのは欲張りましたね! もう一度これでっ!」


 彼女の言葉通り背後のビットがあたしを襲おうと動き始めた。けどここから先はあたしに有利な読み合いだ。

 魔力も魔法も関係ない。元勇者としての勘であたしは動くタイミングを計った。


「あっ……なんで……」


 気がついた時にはルシスの腹部にいくつものホーリービットが突き刺さっていた。

 どうやら最後の読み合いはあたしが制したようだ。


「ヴィクトリアスの一番の強みは機動力よ」


 改良により最大出力での瞬間速度を上げたヴィクトリアスのおかげで、あたしは被弾する瞬間にルシスの背後へと回り込めた。

 体勢は崩しているが後は魔導砲で終わりだ。そう思いながらあたしはもう一度全力の魔導砲を撃ち込んだ。今度はゼロ距離で。


「うぐっ……はぁはぁ、はぁはぁ」


 無理な体勢での魔導砲による反動であたしは転げ回り、立ち上がれそうになったのは息を少し整えてからだった。

 なんとかルシスがどうなったかを確認しようとした瞬間。


「避けろエリカ!!」


 ミラの声が届き咄嗟に何かを回避しようとする。

 だがもう遅かった。


「ふぅ……ふぅ……凄いですねぇエリカは。この技まで私に使わせるなんて……」

「なっ……クソっ、動けない……!」


 謎の黄色い光に包まれたかと思うと、あたしの身体は自由を失った。

 ほんの少し動かそうとするだけで身体中に力を要求され、ボロボロの状態では受け入れる事しか出来ない。


 この状態でルシスを見つめると、彼女の綺麗な水色の瞳は赤く染まっていた。どうやら彼女はまだ魔力解放のような力を隠していたようだ。


「でも運が悪かったですねぇ。我々は倒された回数分強くなるんです。だからエリカに秘宝を託した人と比較する必要はありませんよ……聖剣なしでここまで私と戦える貴女は、文句なしで歴代最強勇者です」

「そんなの、どうでもいいわよっ……!」


 誰かと比較された強さなんて興味ない。結局ここで奴を倒し秘宝を手にしなければ意味がないのだから。

 クソっ、何かいい手は……そう考えているとあたしの目にヴィクトリアスが映った。


「もう終わりです」


 ヴィクトリアスは展開されたままあたしの魔力を吸い続けている。

 そうだ、身体は動かせなくとも魔力はまだ扱える。ならあたしに出来る事はこれしかない。


 そう思いあたしは必死に右手へ魔力を集めて魔導砲を放った。


「っ…………!」


 だが魔導砲ではこの謎の光を突破する事が出来なかった。


「足掻きますね。ですが、その光に一度捕らえられればどうにもなりませんよ。こちらから攻撃する事も出来ませんから」

「なによ……それ。じゃああんたは、どうやってあたしを倒すつもりなのよ……!」

「このまま二度と戻れない異次元へと行ってもらいます。この世の果てへとね」


 そう言いルシスは聖力を右手へと集めていく。まるであたしの魔導砲のように。


「出会い方が違えば、友達になりたかったですね。最初はムカつきましたが強い女の子は好きですよ、エリカ」


 最初の他人事のような雰囲気は消え、あたしを一人の人間として認めるルシスの言葉は、自然とあたしの中へと入ってきた。

 そしてどういうわけか彼女の表情も変わっていた。殺し合いをしていた関係とは思えないような明るいものに。


「エクスクルージョン」


 その言葉を聞いた瞬間、あたしの視界は一度白く染まり景色が変わった。まるで転移魔法でどこかへ飛ばされた時のように。


「…………!?」


 真っ暗な世界へと飛ばされたあたしはあらゆる変化に気がつく。

 声が出せない……息も吸えない。そして重力がない。


 この空間は一体なに?

 水中ではないが空中でもない。あたしの知らない世界だ。そう感じているとふと似た経験を思い出した。もっともそれはする側の経験だが。


 あたしの思い出した経験は、風魔法で酸素のない空間を作り敵を閉じ込めるという分かりやすいものだ。あたし好みではないので続けなかったが、決まれば基本抵抗出来ずに死ぬ。

 くそっ、現状はそれに近い。肺活量に自信はあるが酸素のない空間ではいずれ死んでしまう。


 だからあたしは早急にここを抜け出さなければ死ぬ。

 クソっ、せめて風魔法で酸素を生み出せれば。そう思い魔法で生み出そうとするが、相変わらず魔法は使えない。


 ……万事休すか。そんな諦めがあたしの中に芽生える。

 無様なもんだ。あれだけイキがって挑んだというのに。ミラに最高の武器を用意してもらったはずなのに。


 あたしは……大切な人を守れず約束も守れないのか。なんのために強くなろうとしたのよ。

 守りたくない人達はまだ生きているというのに、生きていて欲しい人は蘇らない。悔しいな。


 少しずつ身体の酸素が足りなくなり苦しくなり始める。

 ごめん、メリア。それとミラ。


 体内に残るミラの魔力に温もりを感じながら、あたしは瞼を閉じた。だがその魔力はあたしに声をかける。生意気な上から目線で「この程度か?」と。

 そして片目を開いた先では、欠けたルビーが宙に浮いていた。

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