三章 意地
「ミラぁっ!」
強烈な爆音を上げながらあたしはミラの家地下の修練場を訪れる。
屋敷の吸血鬼に修練場だけはと拒まれたが、そんなの関係なく押し通った。
「……なんだ騒がしいな。一体何の用だ」
一番広い所に出ると彼は大勢の部下相手に見慣れぬ剣を構えていた。やはりあたしの予想通りだ。
「聞きたいのはこっちよ。あんた残党狩りで忙しいんじゃなかったの? なんでこんなとこで新しい武器慣らしてるのよ」
「その件はもう終わった。次の脅威を警戒してヴィクトリアスの戦闘データから開発した武器を慣らして何が悪い」
「悪いとは一言も言ってないわ。でもそれならあたしの武器も更新してくれない? ちょうどこっちも倒したい存在がいるのよ」
星域の奥地にいるボスを倒すのにミラの協力は不可欠だ。だからまずは彼を納得させるところから始めなければいけない。
まぁ、結局はいつも通りだが。
「……俺は一言も倒したい存在がいるとは口にしてないぞ」
「ふんっ、そんな顔して鍛えてるくせに何言ってるわけ。そもそもあたしが倒したい存在って言えばあんたしかいないじゃない。一体何と勘違いしたのよ」
言葉遊びをしながらあたしは周囲を確認した。
結界を維持する吸血鬼と疲弊して倒れている吸血鬼、それとミラの相手をしていた吸血鬼。もう言い逃れは出来ない。
普段は選ばない手段で自らを追い込んでいる彼は、厄介そうにこちらを睨む。
「…………そうだな、貴様はいつも俺を目の敵にしていた。だが今の貴様には別の目的があるように感じられるが?」
「勘ぐり深いわねぇ。まっ、あたし達が語るのに言葉はつまらないと思わない?」
そう言いながらあたしはヴィクトリアスを変形させて結界へと近づく。歩きながらゆっくりと。
「貴様と一緒にするのはやめろ。俺は貴様のように残念な語彙力の持ち主ではない」
「言ってくれるじゃない」
「本当の事だろう。だが貴様を簡単に黙らせるとしたらやはりこれが一番か」
ミラがそう言うと彼の部下が創る結界に穴があき入れるようになった。そしてあたしが中に入ると彼の部下達は全員結界から出ていく。
やっぱりそうよね。手短に強くなりたいならあたしが相手する方が効率的よね。
「決まりね」
この言葉を境にあたし達は本気の殺し合いを始めた。
あたしはいくつもの魔法剣を創り出し、それらと同時にミラへと斬り掛かる。
対するミラは序盤から分身魔法を使い、大量の炎弾と共にあたしを迎撃する。おそらく魔法剣への対応を分身に任せるつもりだろう。むしろ魔法剣で処理しなければあたしがやられそうだ。
それからあたし達はしばらく剣を交わし続けた。
以前のミラと違い武器を新調したせいかヴィクトリアスの性能でごり押す事は出来ない。むしろ剣の単純な技術で劣るあたしでは学ぶ事ばかりかもしれない。
だがそれが自身に更なる経験を与えてくれる。どうすればこの男を越えられるのかを真剣に考えさせられる。
そしてそれだけ認められる相手がいるのなら、あたし達は星域の奥へ行き背中を任せられる。
やれる。これならやれるとあたしは確信が持てた。
それがなによりも嬉しかった。
「ハッ、そうよ、これよ! ウジウジ悩んでた時間が本当に惜しいわ!」
「今日はいつになく元気だな。もう少し寝ていればいいものを」
「嫌よ、すべき事が見つかったんだから」
あたしに出来る事は戦う事のみ。そして戦う事でメリアともう一度会える可能性があるなら、あたしはどんな敵にも挑んでやる。
「俺は気付いて欲しくなかったがな」
「でしょうね、後は任せろなんて言うぐらいなんだから。あたしはそんなに信用出来ない?」
「逆だ」
「えっ?」
「信用しているからこそ、俺が失敗した時にパラヴィアを任せたかった」
ミラの立ち回りからあたしに戦って欲しくない事は察していたが、その理由までは分からなかった。
そして予想外の言葉があたしの足を止める。
「なにそれ。もしかして負ける前提で挑む気だったの」
「最悪の状況を想定したまでだ」
「悪いけど逃げに見えるわね。挑むだけ挑んで、そのうえで失敗した時の事を考えてる。あたしならそんな情けない考えしないわ」
「それは貴様に守るべき大勢の部下がいないからだ」
ミラの主張は珍しく穴があるように思えた。普段なら理屈でも力でもあたしを丸め込んでくるくせに、本当に珍しい。
「ならなんであたしに自分がいなくなった未来を託そうとするわけ? 客観的に見ても一人で挑むなら死んでいいあたしが挑んだ方がいいと思うけど。あたしが失敗しても残るのはあたしよりパラヴィアを守れるあんたなのよ?」
「自分を大切に出来ないバカに任せる気はない。それに聖剣のない元勇者より俺一人の方が成功確率は高い」
「自分を大切にしてないのはあんたも一緒。責任感じてるのか知らないけど、あたしを使いなさいよ。二人ならどんな敵にも負けないわ」
一対一に拘っているのかミラはどうしてもあたしを戦わせたくないようだった。まぁあたしも怠慢の方が好きだけど、今回はそんな事を言っていられる状況じゃない。
そもそも敵が単体なのか複数なのかすら分からないし。
そんな事を考えていると、ミラは深いため息をついてから口を開いた。
「はぁ……今日の貴様はいつになく騒がしいな」
「ウジウジしてた分の反動よ。てか、そんなにあたしがついて行くの嫌? なんか他にも理由ありそうなくらい嫌がられてる気がするんだけど」
「どうだろうな」
「ふんっ、あたしが戦えるってのは今証明してるつもりなんだけど。なんでも出来る回復役のあんたと火力のあたしがいたらどんな敵も倒せるはずなのに、何が嫌なのよ」
ミラの態度にどうしようもない不満を感じるあたしは魔導砲を溜め始める。すると後ろから聞き慣れた声が届いた。
「あーそれは私の方でお答えしますね」
「えっ、ベル? いつの間に」
「っ……おいやめろ!」
ベルの声が聞こえた瞬間ミラは分かりやすい反応を見せた。
ふふっ、チャーンス。足止めしてその顔拝み続けてやる。
あたしの中のいじめっ子がそう判断すると身体は勝手に動く。あたしはミラに斬りかかり、隙を見せれば魔導砲をぶち込むと身体全体でアピールした。
「珍しく動揺してるじゃない。あたしはミラのそういう顔好きよ」
「チッ……この性悪が!」
「あんたが今まであたしにしてきた事の方がよっぽど性悪でしょ! いつか魅了の仕返ししたいってずっと思ってたんだから!」
ミラのあまりにもありえない言葉にあたしは感情的になりながら反論した。
いや絶対性悪はあんた。百人に聞いても全員あんたって言ってくれる。そう思えるくらいミラはあたしに性悪なイタズラをしてきてる。
「はぁ、夫婦漫才始めないでもらえますかね。うちのボスがエリカ様を危険な目に合わせたくない理由は簡単ですよ」
ミラの動きを抑えていると、ため息をついたベルがついに語り始めた。夫婦漫才なんてものをした記憶はないが、今は好奇心が勝っているので突っ込まない。
「勿体ぶらないで早くっ」
「おいベルっ! 余計な事を言えば給料なくすぞ」
「うっ……ゴホンっ、ミラ様はエリカ様にただ生きていて欲しいだけですよ。生前酷い目にあった貴女の新しい人生くらいは、平穏であって欲しいと願っている。これは私もですね」
給料という言葉で一瞬躊躇いを見せたベルだが、彼女は最後まで話してくれた。ミラの反応を見るにその言葉はおそらく間違いでない。
彼らはあたしに気を使って死のリスクからあたしを遠ざけようとしていたんだ。
「チッ……」
「分かりましたか? 私からすれば一人の弱者のためにお二人に命をかけないでもらいたいですね。メリア様も好きでしたが、貴方方の方が重要なので」
「悪いがそれは無理だ。今回の件は俺に責任がある。同族の罪は王であるこの俺の責任だ」
……確かにベルの言葉は正しい。あたしはともかく、一人の人間に対して吸血鬼の王が命をかけるのはおかしい。
そしてミラの考えは間違えている。でもその気持ちも分かる。責任を感じ過ぎて自分を追い詰めているのは、多分これまでのあたしもだから。
だからこそ、あたしは二人に伝えなければいけない。そして一人ではなく、皆で答えを出さなければいけない。
今後どうするかを。まぁ答えは既に決まってるから納得させるだけなんだけどね。
「ミラ、あんたバカ過ぎない?」
「なんだと?」
「まずあたしの事ぜんっぜん理解してない。確かに平穏は求めてたけど、戦う事で失ったものを取り戻せるならあたしは戦う。というか強さ以外にあたしに価値なんてないもの」
「うーん、ご自分の事を理解してないですけどねぇ、貴女も」
「同感です。まあそこもエリの魅力でしょうか」
ミラにあたしの意志を伝えようとしていると、何故かイヴまでこの地下にやってきた。屋敷の中で待っていてと伝えたはずなのに。
「ちょ、イヴ!?」
「遅かったので来ちゃいました。そこのメイドさんの案内もあったので」
「何をやっているベル!」
どうやらイヴを案内したのはベルのようで、彼女にミラからの怒声が飛ぶ。飛んだのだが……。
「もう元勇者バレしてたのでいいかなと」
「……おいエリカ」
ミラのヘイトはすぐあたしへと変わった。そしていつもの呆れた視線であたしを見下してくる。
「そんな目であたしを見るな。てかそうじゃなくて、なんで同族だからってあんたが責任持つ必要があるのよ。それならあたしだって人間の罪を背負わなきゃいけないじゃない。あたしはそんなの嫌よ」
「貴様は人の王ではないだろう。俺が人間と吸血鬼の共存を望んでいる以上これは仕方がない事だ」
「あたしは王より偉い勇者でしたー。そのあたしが人間嫌いになってるんだから、ゴミ共の責任まで持つ必要なんてないのよ。もしあんたに責任を追求する奴がいたら、あたしが守ってあげるわ」
正直理屈として正しいのかは分からないが、世の中ゴミクズの方が圧倒的に多い。なら一人の代表者が全ての責任を背負うというのは無理だろう。
「身勝手な女め。そこまで言うなら俺に勝ち力を示してみろ」
「結局は勝った方が正しいって事よね? いいわ、あたしの得意分野よ」
「ふんっ、勝率0%が」
「なっ!? 言ったわねあんた! 今日こそ絶対跪かせてやるわ!」
言ってはならない事を口にしたミラにあたしは突撃した。ヴィクトリアスを全力で振り回しながらリーテン・デューダで小刻みに隙を狙う。そんなあたしの見慣れたセットプレイ。
「…………なんですかあれは。私の知ってるエリとダチュラ伯爵はもう少し落ち着いているんですが」
「ただの夫婦漫才です。何故か話し始めるとガキになるんですよ、あの二人」
「……少し妬ましいですね」
「ああ、貴女もエリカ様に誑かされたのですか?」
「……ええ、メリアとエリに」
ミラに魔導砲を放ち、転移先を読んでヴィクトリアスを直撃させたあたしは確かな成長を感じていた。
だが彼の新しい武器はあたし渾身の一撃を防ぎきって仕切り直す。
ははっ、ほんとすぐ追いつかせてはくれないなこのクソ吸血鬼は。
そんな事を感じていると奥でイヴとベルが話しているのが目に入った。
「血の繋がりはありませんし明るさが真逆ですが、似てますよね。無自覚人たらしなところ」
「確かにそうですね。気がついたら二人に惹かれてました」
「……どこまで聞いているのかは知りませんが、あの二人ならメリア様を取り戻せると思いませんか? 私にはようやく希望が咲いたように見えるんです」
二人がどんな話をしているのかは知らないし聞こえない。目の前のミラをぶちのめすのに集中しているから。
でも……。
「……そうですね。エリを信じて待ってみます」
イヴの表情がほんの少し明るく見えた。それだけであたしは迷いなく前へ進める。
だって、初めての親友が期待して待ってくれてるんだもの。勿論隣のベルも。
ならやり遂げるしかないじゃない。
--------
「くそぅ……今日はいけると思ったのに……」
「負けちゃいましたね、エリカ様」
「元勇者でも負けるんですね。初めて見ました」
仰向けで倒れるあたしの視界を覗き込むように見つめてくる二人が入ってきた。
そしてなにげにイヴの呟きが傷つく。友達の前でカッコ悪いところを見られたのはキツい。
「違う、卑怯なあいつはあたしの魔力使ったの。あたしの力よこの魔法剣は!」
そう主張しながらあたしは腹部に突き刺さる雷の魔法剣を掴む。痛みは感じるがそんなものにはもう慣れている。
「だからなんだ。俺はマリーの真似をしただけだ。魔導砲はまだ分析しきれてないが、魔法剣なら使えるようになったからな」
「それが卑怯なのよ。あんたが魔導砲まで使えるようになったらあたしの取り柄なくなるじゃない。あたしはあんたの魔力タンクじゃないんですけど」
「誰もそこまでは言っていないだろう。とにかく、もう覚悟は出来ているんだな?」
あたしの小言を軽く受け流したミラは早速本題に入った。
あれだけあたしが戦う事を拒んでいたミラだが、この一戦を通して少し態度が柔らかくなったように感じる。きっとあたしの力が必要だという事実を認めたのだろう。
「当たり前よ。だからここへ来た。ていうか勝手に魔力だけ吸って一人で星域に行くのは許さないから。あそこに行くのは最初の約束通り二人でよ。責任に支配されたりとか、どちらか一人が挑むのではなく、メリアが好きでもう一度会いたいから挑むの。これなら反対意見ないわよね?」
あたしはここで先程伝えられなかった言葉を全て形にした。結局は会いたいから強敵に挑む。それだけ。
それだけなのだが、責任感に苛まれていた頃よりは断然心が軽くなる。やっぱりあたしは力で解決するのが肌にあっているようだ。
「……ああ、分かったよ。しばらく二人で鍛えるぞ。魔法なしでの戦闘技術を磨いておきたい。星域のボスの前では魔法が使えないと噂されているからな」
「おっけ、そうこなくっちゃ。ついでにヴィクトリアスの改良よろしく」
「フッ、任せろ」
そう言いミラはいつもの得意気な表情を見せる。
勝負に負けはしたが、ミラはあたしが戦う事を言葉で認めてくれた。それが嬉しい。次は絶対にあたしが勝つけど。
なんて思っていると、ベルが突然あたしの頬に触れる。
「……エリカ様はよく顔を思いっきり蹴られた後でそんなに仲良く話せますね。女の顔を蹴ったんですよ、この男。敵ですよ敵」
「えっ、別に気にする要素なくない? 本気の勝負の最中よ」
「……まあエリらしいですね。貧民街育ちでも少しはそういうの気にしますよ」
二人に指摘されたあたしはミラを見上げた。すると面倒くさそうな顔であたし達は纏めてあしらわれる。
「おいそこのダウナー三姉妹。仲良くなるのは構わんが、一斉に俺の方を向くのはやめろ」
「むっ、なんですかその呼び方は。私はまだ明るい方ですよ」
ダウナー三姉妹と呼ばれたせいかベルは膨れて反論する。
いや、あんた結構無表情よ。楽しく笑う姿なんて基本見ないし、言われても仕方ないのでは?
あたしがそう感じていると彼女はトドメの言葉を刺される。
「黙れ貴様は減給だ。そもそも腹部に魔法剣を刺した後、トドメの一撃を与えるのに一番いい箇所は首だろ。だが斬り落として蘇る不死身な身体でもない奴を斬れるか? 斬れないから蹴り落としただけだ。こいつもそれは承知だ」
ミラの主張をあたしは理解していた。あの時空中で後ろから魔法剣が突き刺さったあたしは隙だらけだっただろう。
確実にやられると感じていた時にトドメ代わりとして蹴られたのだから、特に不満はない。二人はそうでもないようだったが。
「うん、分かってる。あの時ミラにはあたしを殺せる一瞬があった。だから素直に負けを認めてるのよ。あんたが雷属性を扱えるとは思ってもいなかったけど」
「魔導砲を習得しようとする過程で得ただけだがな」
「まぁそうよね。魔法が使えない領域に行って勝負するなら、あたしの魔導砲が必要よね。やっぱりヴィクトリアスと魔導砲のあるあたしが必要じゃない、ミラ」
一人で星域に行こうとしていたミラは、あたしの魔力から魔導砲を習得しようとしていた。その事実があたしをニヤけさせる。
ミラちゃんったら結局あたしの力に甘えようとしてたんだから。可愛い男。
「……なんだその得意気な顔は」
「ふっ、べっつに〜? ってあれ、ぎゃあああぁぁっ痺れるうぅぅぅっ!」
どうやらあたしの態度が気に入らなかったようで、ミラはあたしの身体中に電気を流す。それもあたしの魔力で。あたしの魔法剣で。
くそぉ……許せない……。
「……本当に漫才みたいですね」
「減給……減給……」
身体が痺れて動けなくなったあたしは、静かに血と魔力を吸われ始める。
ベルの嘆く声が聞こえるが、あたしのメイドなら助けて欲しい。
クソっ、なんでいつもあたしはあと一歩足りないんだ。いつか勝ってやる……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます