三章 役目
「ひひひっ、ほんっとヒール壊すの上手いなエリカ」
暇な時間に二人きりでダンスの練習をしていた時、あたしは何度もハイヒールを壊した。
「今その名で呼ぶな。あと仕方ないでしょ、慣れてないんだから。もうっ、なんでこんなに細くて高いヒール履いてるのよ、貴族って。頭おかしいんじゃないの」
「おいおいそれは口が悪すぎるって。それに身長は高く見せたいものだろ? ゼラだってミラさんとの身長差を気にしてたじゃん」
メリアにそう言われあたしは少し考え直す。確かに……ミラとの身長差は縮めたいかも。
なんていうか、得意気に見下ろされるのが腹立つ。
飛べば済む話だが常に飛んでいるわけにもいかないし、それならハイヒールを常に履いている方が日常的にはありだ。
「……もう少しダンス頑張る。そして慣らす」
「おう、運動神経はいいんだからどうとでもなるべ」
剣と魔法の授業以外でもメリアは時間がある時あたしのそばにいた。くだらない事から何まであたしを誘っては巻き込んできた。
「ほんっと知らない事だらけだな。詐欺師にあいそうで怖いぞ〜ゼラ見てるの」
「バカにしないで。あたしはそういうのに絶対引っかからない」
「ミラさんに引っかかってるのはどうなの?」
「あー……割とアウトかも。あいつ胡散臭くないって言ったら嘘になるし」
メリアとの色んな些細なやり取りが頭の中を巡る。
イヴと知り合えたのもメリアのおかげで、二人で過ごす時間も三人で過ごす時間も新鮮だった。
戦闘訓練に食べ歩き、デートとか言うのはよく分からなかったけど、パラヴィアの街を案内してもらうのは悪くなかった。
短かったけど濃かったな……そう感じていると誰かがあたしを呼ぶ声が聞こえた。
「お嬢様……」
重いようで軽い意識が呼ばれた声に流され目を覚まそうとする。ここにいたいのにいられない。そんな感覚だ。
そしてあたしは目を開き見慣れたメイドと目が合った。
「お嬢様、大丈夫でしょうか」
「……何も問題ないわよ。それよりメリアとマリーは? 今日はあたし寝坊してないよね?」
「っ…………」
あたしの言葉にベルは表情を暗くして目を逸らす。普段見せないその表情にあたしは度肝を抜かれた。
そしてベルの言葉で全てを思い出してしまう。
「……ゼラお嬢様、もうメリア様はいません。お亡くなりになりました」
とても言いにくそうに真実を告げるベルは見ているこちらが痛々しいと感じるほどだった。言わせてしまった自分を嫌悪してしまうくらいに。
そうだ、あの時あたしは助けられなかったんだ。メリアの死も理解していたはずなのに、なんでこんな迷惑をかけているんだろう。
「…………あ、ああっ……そっか……ごめん、変よねあたし」
「いえ、ゆっくり休んでください。食事も気が乗らなければ、無理をする必要はありませんから」
「あたしは平気よ。それより、何かやる事ない? 家のためになる事、何か……」
考えずに出た言葉はこれだった。あたしはただ寝ているなんて事をしていたくないようだ。
だがベルには冷たい視線を送られてしまった。ただあたしを拒絶するのではなく、対応に困っているような、そんな冷たい視線。
「……ご自分の身体をよく見てはどうですか」
「えっ」
「その包帯だらけの身体で何をするつもりですか。そんなになるまで追い詰められる場所に何故一人で向かったんですか。どうして私に声をかけなかったんですか」
ベルに言われてあたしは気がついた。
右腕は包帯で固定され、出血の多かった頭部にも大袈裟なほど包帯が巻かれている。
他にも身体中に怪我人だと分かる処置が施されていた。
「いや、あの時は時間が……それにこれくらい別に……」
「……そうですね、時間との勝負ではありましたね。それに貴女様やミラ様の回復魔法なら傷は簡単に癒えます。でも身体にダメージは残るんですよ。そのダメージは積み重なると日常生活に支障をきたすようになるんです。お願いですから、今はゆっくり休んでいてください……」
「…………ごめん」
感情的な訴えにあたしはただ謝る事しか出来なかった。
弱いせいで人に迷惑をかけた。その事実が重く胸にのしかかる。
苦しい、辛い。勇者だった頃とは違う苦しさだ
あたしはその感情から逃げるように口を開いた。
「あのさ、ミラは今日会いに来る? 会って話さないといけない事があるの」
「後で来る予定です。ですが嫌なら今日会う必要は――」
「――そうじゃないの。会いたいんだ」
「かしこまりました。アリエル様とヘリダ様には目が覚めた事をお伝えしてもよろしいでしょうか」
そう言われるとあたしの身体は動悸を感じ始める。それもただの動悸ではない。
心臓の拍動を何度も強く感じ吐き気まで覚える最悪な動悸だ。
理由は分かりきっている。
あたしにこの家にいる価値がなくなったからだ。
一人の子供すら守れないただの置き物。本当の家族を救えなかったただの偽物。
そんな人間に二人がなんて言うのか分からない。
怖い。今まで優しくしてくれたパパとママがあたしを捨てるのが怖い。自業自得だと理解していながらも会うのが怖い。
「……申し訳ありません」
ベルの声が聞こえた時にはあたしの意識が遠くなっていった。彼女に触れられたからか意識が鎮静していくように重く落ちていく。
そんな感覚にあたしは救われた。
--------
「大丈夫か、エリカ」
「んっ……ミラ?」
頬を通して送られてくる魔力で目が覚めたあたしは、目の前の男を見つめた。
心配そうにあたしを見ながら頬を撫でてくるミラはとても疲れているように見えて、あたしから大丈夫かと聞きたいほどだった。
「大丈夫だろうが一応伝えておくぞ。俺の魔法で貴様の怪我は治したから言ってしまえばその包帯はフェイクだ。貴様がどんな苦労をしたのかを周りに伝えるためのな」
「そんな気使い不要よ。それより聞きたい事があるんでしょ。あたしも話さなきゃいけない」
「話が早くて助かる。悪いが何があったのかを直接聞かせてくれ。察してはいるがエリカの口から聞きたい。昨日は聞けるような状態ではなかったからな」
吸血鬼の王である彼にあたしはあのダンジョンで何があったのかを伝えた。
五年前の吸血鬼残党がダンジョンの奥深くで力を蓄えミラに報復しようと準備していた事。今の部下の中にスパイがいる事。
そしてあたしがメリアを守れなかった事。この全てを。
後は些細な事ではあるが、メリアが仲間に見放されていた事も。
「……そうか。よくメリアの身を守ってくれた。そんな状況でよく生き残ってくれた。流石だよエリカは」
「皮肉? やめてよそんなの。全部あたしが悪いんだ。あたしがメリアに教えた魔法が悪かった。何も考えず防御魔法だけを教えておけばよかったんだ」
この件はあたしが教えた探知魔法が原因だ。それがなければメリアは実力に見合ったダンジョンに通う事が出来た。
あんな場所を見つける事もなかったんだ。あまりにも浅はかだった。
「確かに教えた魔法や急成長は原因の一部だろう。だがそれはエリカがメリアと向き合い、彼がより強くなれる可能性を信じたからだろう?」
「…………」
分からない。今となっては自分の選択の理由なんて分からない。こんなに変わってしまった環境で当時の自分を信じる事なんて出来ない。
「だからエリカは悪くない。むしろ悪いのはこの俺だ。同族の企みを見抜けなかったのだからな」
「それならあたしは五年前に殲滅しきれなかった。殲滅はあんたより向いてるのに。だから、結局あたしに問題がある」
どういうわけかあたしは自分を責めるミラを見たくなかった。いつも通りのあたしに対して傲岸不遜な彼でいて欲しかった。
ああ、これもあたしが悪いのか。あたしがメリアの命を奪ったから。
「とにかくエリカは自分を責めるな。今はゆっくり休んで魔力を回復させろ」
「休んでどうするってのよ……あたしにやれる事なんてもう……」
「まだ残党とスパイの数を把握しきれていない。他に拠点がある可能性もある。俺はしばらくそいつらを追う。その間この国を守れるのは誰だ。貴様しかいないだろ」
ミラにそう言われあたしは気づいた。彼の疲れの理由を。
おそらく寝ずにあちこちに転移して残党狩りでもしているのだろう。もしくは逃げたスパイを探しているのか。
詳細は分からずともミラは心を入れ替え今出来る事をしているのだ。
「……はっ、あたしを戦力として使う気はないんじゃなかったの?」
「なかったさ。だがメリアの為に誰よりも早く行動したのはどこのどいつだ。勝手に心変わりしたのは貴様だろう」
「……そうね。人間なんて嫌いなのに、気がついたら焦ってた。自分でもよく分からない。この家に来てからの日々は新鮮で、それで……」
気がつくと声が震え始めていた。思い出す日々は常に明るく心地よいもので、そんな日常の中には毎日あいつがいた。
「……無理するな」
「無理なんかしてない」
「そんな声で言われて納得出来るとでも? 悲しい時はただ感情に従うしかない。俺の前では我慢するな」
そう言いながらミラは胸へとあたしを抱き寄せた。それだけで抱えていた感情が勝手に吐き出る。
こんな情けない自分が嫌いなのに、ミラの前では隠せない。ほんと、不思議な男。
「少しは落ち着いたか?」
吐き出し溢れるものもなくなった頃にミラはそう尋ねてくる。
またミラに迷惑をかけ嫌な頼り方をしてしまった。それなのにあたしの心はほんの少しだけ楽になっていた。
「もう大丈夫」
「怪しいな。今はゆっくり休め。後は俺に任せろ」
「……あんたこそ休みなさいよ。クマあるわよ」
「悪いが今は休めなくてな。それに俺なら大丈夫だから安心しろ」
まぁ現在やる事があるミラにこんな事を言っても意味はないのだろう。だが少しは休んで欲しい。そう思いあたしは口にした。
「……それなら血飲んで。魔力も必要でしょ」
「貧血気味な怪我人から吸うほど追い詰められてはいない。いいから今は気を使わずに休め。回復しきってから吸わせてもらえればそれでいい」
「……分かった」
結局あたしの無駄な気遣いは遠慮され終わった。傷は治っても血液が減っているのはその通りで、何か食べなければ流石にまずい。
「理解したか。あとは……傷を治しきる前にフィアナスタ家に戻したから周りからはかなり心配されるだろう。自分を責めずにそいつらの相手はしておけよ」
「……うん」
「それじゃあ俺は……ああ、一番大事な事を伝え忘れていた。メリアの死体だが見つからなかった事にしている。つまりは行方不明扱いだ。口裏合わせろよ」
ミラの言葉にあたしは首を傾げた。何のためにそんな事を。
「どうして?」
「フィアナスタ家の都合だ。今三男の死を知られたくない理由があってちょっとな」
「まぁ……分かった」
どうやら貴族の都合という奴だろう。
あたしには理解出来ないめんどくさいものなら深く知る必要もない。
「では俺は行くぞ。守れなくてすまなかった」
そう言いミラは消えていった。
守るも何も、あたしが守られる事を望んでいないと知っているくせに。
いや、もうあの男には嫌というほど守られているのに自覚がないのか。バカだな、あたし。
「あたしも……やらないと」
彼には彼の後始末があるように、あたしにも後始末がある。
怖いけど……やるしかない。向き合うしかない。
ミラと話したおかげであたしには少しだけ勇気が出た。そういう意味ではやはり今のあたしは、勇気ある者ではないようだ。
臆病なのは変わらないな。けどそれも元勇者らしい。
そう感じながらあたしはベッドから降り部屋を出た。
「もう大丈夫なのですか?」
部屋の外で待機していたのかベルがすぐあたしに声をかける。
「大丈夫。二人に事情を説明しないといけないから、会わないと」
「……無理はしないでくださいね」
そう言いベルはついてきた。
普段なら何も感じないが今回ばかりは心強い。そう感じてしまうだけ心が怯えているのだろうが。
なんて、頭に浮かぶ考えも感情も弱気なものばかりだ。
本当にあたしらしくなくて、元勇者らしい。
そんな自分の嫌な部分と強制的に向き合わされながら廊下を歩いていると、家全体の雰囲気が暗いのがよく伝わってくる。
通り過ぎるメイドの目は心配になるほど虚ろだったり、あたしを見るだけで泣きそうになる者までいた。
皆に大丈夫かと心配されるのは騙しているようであまり気分がよくない。
大袈裟に巻かれた包帯はあくまでミラの回復魔法がなかった場合の結果であり、現在のあたしは少し貧血気味なだけで身体に傷はないのだから。
「こんな包帯もう外してもよくない? 騙してる感じがして気まずいというか」
「ダメです。そもそもミラ様の回復魔法でなければ治しきれない怪我をしたのは事実ですから、貴女を見る全ての者にこれだけの怪我を負っても助けに行こうとした、という姿勢を見せる必要があります。でなければ、メリア様を慕っていた者に八つ当たりされる可能性がありますので」
「……あたしはそれでいいんだけどな。むしろ、その方が気が楽だ」
あたしが原因でこの家がメリアを失った事実は変わらない。それなら責めてくれた方がいい。
こんなにあたしの心配をする人間が多いのは予想外で対応に困る。
そう思っていた時だった。
「っ……ちょっとっ!」
背後からママの声が聞こえ心拍数が跳ね上がる。
覚悟は決めていたはずなのに、この人にどんな顔をされるのかが分からなくて怖い。
本来なら責められて当然だと理解しているのに、その結果を受け入れられる気がしない。
どうしよう、振り向けない。
身体が固まり動けずにいるあたしの背中に何かが触れる。
「なんでもう出歩いてるのよ!? こんなになるまで戦ったのに、なんで……」
背中に触れたママは震えた声を出しながらあたしを抱きしめる。その理由があたしには分からなかった。
「えっと、二人に謝らないといけないから……」
「謝る事なんてないわよ! それに……話さなくても分かるわ。貴女が全力で戦った事くらい。だからっ、今はゆっくり休んで……!」
あたしが想像していた何かとは違い、ママはあたしを責める言葉を使わなかった。それどころかあたしの身を心配して、意味が分からない。
あたしのせいで大切な家族を失ったというのに。
「……ごめんなさい。あたしが弱いせいで」
「エリちゃんは何も悪くない。むしろ、こんなになるまで必死に探してくれて、本当に感謝してるの」
いや、この包帯全部フェイクなんだけど。そう思うもそれを直接口にする事は出来ず別の形で伝えようとする。
「えっと、その……もう傷は治ってるの。だから別にこれくらい」
「ミラ君がいなきゃ死んでいたような傷を負って何を言っているの。私はエリちゃんがどんな状態で帰ってきたかを見ているの。だから、もう少し自分の身体を大事にして。二人も同時に失っていたら……わたしっ……」
ママの言葉を聞いてあたしは一つ理解した。
そっか、確かにあの時のあたしは死にかけてたな。あたしの回復魔法じゃ治しきれない部分をミラに治してもらったから今こうやって歩けるんだ。
あの時のあたしの具合を見てたら流石に同情もするのか。
「……ごめんなさい」
「いいの、生きていてくれたからそれでいいのっ……」
あたしを抱きしめ涙を流すママはとても痛々しかった。実の息子がいなくなったというのに、何故かあたしを責めずにそれどころか心配までしている。
そんな人にあたしは何が出来るのだろう。そう考えても結局あたしに出来るのは戦う事だけだった。
戦う事でメリアを守れていたら。そんな思いが頭から消えない。
「でも、あたしのせいでメリアは……」
「エリちゃん、お願いだから自分を責めないで。貴女のせいじゃない。誰かのせいとか、そういうのじゃないのよ」
ママの言葉は相変わらず優しくて温かかった。だからこそ、今の騙しているような状況は嫌だった。
「……そういうのは、全部知ってから決めて欲しい。これから二人に何があったのかを話すから。あたしのせいなんだ、本当に」
「エリちゃん……」
ママと向き合い伝えたあたしはパパの部屋へと向かった。本来の予定通り、そこであたしは真実を伝える。自分の罪を。
--------
「なるほど、確かにそれはメリアがあのダンジョンの奥へと進んでしまった要因の一つだね」
「ちょっと貴方! そんな言い方しなくても!」
あれからあたしはパパの部屋に入りメリアの身に起きた事とあたしの関連性を話した。
最初はパパもママのようにあたしの心配をしてくれたが、傷は問題ないと伝えるとすぐに理解してくれた。
「客観的事実だろう。ゼラが教えた魔法が原因で敵対している吸血鬼と遭遇してしまったのは覆しようがない」
「っ……でもっ!」
「誰かのためにした行動が裏目に出るなんてのはよくある事だ。それを一々咎める私達ではないだろう? 認めるものは認めた上で話さないとこの子はずっと自分を責めると思うがね」
「っ…………」
パパの言い回しは正直少し難しい。でもあたしを責めているようには聞こえないのが嬉しいようで、辛い。
「先に伝えておくよゼラ。私達はこの話を聞いても君を責めるつもりは一切ない」
「えっ……?」
「そもそもフィアナスタは国を守る武力の象徴のような家系でね。あの子が君と会わずにうちの仕事に手を出せば、どこかで命を落としていた可能性が高い。魔王がいなくなった世界でも争いは起きるからね」
「……メリアはどちらにせよ長生き出来なかったかもしれないって事?」
予想外の言葉にあたしは聞き返す事しか出来なかった。こんな時はただパパの言葉を待つしかない。
「先生としてあの子を見た時にどう感じた? そして勇者としての経験を踏まえて答えて欲しい。防御魔法が苦手で突出した才能のない人間の生存確率は高いと思うかい?」
「……低いわ。防御魔法以外は上の下だから強くはなれる。でも肝心な時に背負うリスクが大きい。そう感じた」
パパがあたしに訊いてきた内容であたしは察した。
ああ、この人もメリアの危うさに気がついていたんだ。
防御魔法を苦手とする人がどれだけ生存率を落とすのか、この人はちゃんと理解している。だからあんな事を言ったんだ。
「その通り。メリアには防御魔法が不得意という分かりやすい欠点が見えたからこそ、幼い頃から剣と魔法を厳しく教えてきた。おかげで同年代に天才のいない剣では学年で一位になっていたよ。魔法ではイヴ君に劣っていたが、彼女は彼女で特別だからね」
そう、メリアが剣の腕でクラス一位なのは本人の実力だけではない。同年代に天才がいないってのもあった。
魔法で才能があり実戦慣れしているイヴに劣っているのは当たり前だ。
「……フィアナスタの仕事って、そのレベルで成長しても物足りないの?」
「安心して任せられるレベルではないね。だから君がメリアの先生になってくれた時はこれで少しは変えられると思ったんだ。現に成長スピードはおかしな事になっていた。これが勇者の力なのかと驚愕してしまったよ」
パパは少し明るい表情でそう口にした。息子の成長を思い出しているのだろうか。
あたしは……メリアの成長を見ていて楽しかったな。
でも結果あたしが殺してしまった。勇者の力としては最低な結果で皮肉だ。
「しかし、それですらダメだったのなら仕方がない。この件はどうしようもない事故だったんだ。君にはそれを理解してもらい、あまり自分を責めないでもらいたい」
「…………」
目を覚ましてから話す人全員があたしに自分を責めるなと言う。
何故こうもあたしに気を使うのだろうか。何故誰もあたしを責めてはくれないのだろうか。
どちらかと言えば……気を使われる方が苦しいかもしれないと、今あたしは感じた。
「よくない言い方にはなるが、早期に残党を見つけられたのはあの子のおかげでもある。もし野放しのままでいつか国に大きな被害が出ていたとしたら……そう考えれば今回の件で失った命が一つというのは悪くない。父親としては最低な考えだがね」
この時まであたしは勘違いしていた。パパは他の人より悲しんでいないのかなと。
でも違った。パパの腕は震え、声も震えていた。言葉は客観的にものを見ていても、身体は感情に素直だった。
だからママほど分かりやすくはなかったが、パパからも悲しみが伝わってきた。その上でこの人は、自分より苦しんでいるあたしに気を使っているんだ。
こういうものの見方もあるよ、と。
「…………ごめんなさい。貴方も苦しんでいるのに、まるであたしだけみたいな態度で」
「そんなことはない。目の前で救えなかった君が一番辛かっただろう」
「…………」
どこまでいってもあたしは優しく気を使われていた。ここまでされれば、いくらあたしでもその優しさは受け入れる。
でもね……そうじゃないんだ。
「それにしても、今日は一度もパパと呼んでくれないね。ゼラが嫌なら何も言わないが、私はゼラを本当の娘のように想っているよ」
「勿論私もよエリちゃん。だから、本当にお願いだから自分を責めないで。今はゆっくり休みましょう?」
「っ……ほんっと、卑怯なとこは両親も変わらないわね。あたしも……パパとママの本当の娘だったらって、思う時がある」
だからこそ、辛く感じる部分がある。
「エリちゃん、それなら――」
「――でもごめんなさい。その二人からメリアを奪ったのはあたしだから……家を出る」
二人の温もりが傷口に染みてとても痛い。二人の言葉を理解してもあたし自身が辛い。
だって、あたしは自分をこの家の人間だと認める事が出来ないから。
メリアがいなくなったのはあたしのせいなのに、その結果あたしとフィアナスタの関係は以前より良くなりました。なんて結果許せない。あたしがそんなの嫌なんだ。
「何かあったら戦力として使って欲しい。いつでも、どんな汚れ仕事もやるから」
そう言い残してあたしは部屋を出た。去り際に見えた二人の表情から伝わる感情が痛々しかった。
けどあたしに二人の温もりを享受する権利なんてない。
それは実子を守れなかったあたしが触れていいものではないのだ。それを受け取るべきは、メリアなんだ。
--------
「……それでここにいたと。貴女バカなんですか?」
「……仕方ないじゃない」
「私にはさっぱり分かりませんね。愛してくれる両親から逃げる気持ちが」
あれからあたしはメリアと共に見て回った街を一人で歩いていた。ベルが距離を置いてついてきてはいたが、とても離れているので気にはならない。
そして再びあのギルドに辿り着いた。中は変わらず人がいて、何も変わらない日常を送っている。その雰囲気がフィアナスタ家よりも過ごしやすく感じさせた。
だからかあたしはそこでしばらく無駄な時間を過ごしていた。適当な椅子に座り飲み物を飲んでは過去を思い出す。くだらない時間だ。
そんな事をしていた時に後ろから声をかけられた。イヴだ。
最初は珍しく動揺していた彼女だったが、傷は治っていると伝えるとすぐいつもの無表情に戻った。
それからは、ただ起きた事を伝えた。あのダンジョンで起きた事やあたしがここにいる理由を。
「それでこれからどうするつもりですか。帰らず適当な所に滞在するつもりですか」
呆れながら横目であたしを見つめてくるイヴは、珍しくメリアが渡したネックレスをつけていた。
これまではメリアに「ちゃんとつけろよ似合ってるんだから」と言われても「いや、これから魔物狩りに行くのにあんな高価な物持ち歩けませんよ」と返していたのに。
それだけ大事にしているアクセサリーを彼女はギルドにつけてやってきたのだと思うと、少し思うところがある。
「……そのつもり」
今後の事なんて深く考えていないあたしは適当に答えた。イヴのイヤリングを見つめながら。
あたしがプレゼントしたイヤリングは普段使いしてくれているので、それでメリアに少し優越感を抱いていたが、今となってはそれすらない。
「はぁ……めんどくさい人ですね。一応今の貴女は公爵家の娘です。そんな人がその辺の宿に泊まると本気で言ってるんですか?」
「宿暮らしは慣れてる」
「言葉の意味を少しは理解してください。まぁ、めんどくさいしがらみばかりの世界に詳しくないのは仕方ないですが」
目を逸らしながらそう言うイヴは呆れる態度を微塵も隠そうとしていなかった。
「……イヴ、最初会った頃より遠慮なくなったよね」
「そうですか? 私はあまり実感ありませんが」
「うん、なんていうか……こういう関係初めてだから敏感なんだ。メリアもいて、三人の時間が楽しかった」
「…………そうですね、私もです」
それから少し無言の間があった。メリアなら気まずいというような間だ。
その間あたしは三人で過ごしていた頃を思い出していた。
騒がしいメリアがいて、あたし達はそれをウザがって、そんな時間。
「…………本当に、もう彼には会えないんですね」
「……うん。助けられなかった。あたしのせい」
「それは違います。強いて言うなら本人の責任です。本人の判断ミスです」
イヴの言う事はもっともだ。結局は自分の身を守れない奴が悪い。
そういうスタンスだったんだけどな、あたしも。
「……ゼラ、このギルドの二つ隣の建物が宿です。使うならそこにいてください。色々と都合がいいので」
「分かったけど、急にどうしたの」
突然の言葉にあたしは少し戸惑った。イヴはあたしが宿に泊まる事をよく思ってないようだったからだ。
「私、あの吸血鬼と共にダンジョンに向かうとは言いましたが、足手まといだと置いていかれたんです。それが悔しかったのと、殺さなきゃいけない連中がいるからです」
確かにあの時ミラは一人であたしの元へ来た。その裏にはそういう事情があったのかと今理解したが、正直どうでもいい。
それに彼女が何を言いたいのかをまだよく理解していない。
「お願いですゼラ。私を鍛えてください。私に吸血鬼の残党狩りが出来る戦い方を教えてください」
「……そういうのはミラがやってる。強くなる頃にはきっと終わってるよ」
イヴの望みを聞いてあたしは納得していた。
ああ、確かに矛先が彼らに向かうのは理解できる。あたしもあの場ではただ殺すのではなく弄ぶような殺し方をしていたから否定出来ない。
でも残りの数なんてたかが知れている。優秀なミラならすぐに片付けて終えるだろう。
「そうじゃないんですよ。貴女になら分かるでしょう。憎い相手は自分の手で殺さなきゃ前に進めないってのが。私はメリアを殺した連中も、メリアを見捨てた連中も許しはしない。それが彼に救われた私の、今出来る唯一の事なんです」
「っ…………」
あたしはイヴの覚悟を聞いてから心が揺らいでしまった。
ああ、この子は憎悪に素直だった。だから他の道なんて知らないし選べない。
「お願いします、ゼラ」
この子はもう、強くなり復讐する事でしかこの感情を発散出来ない。それがよく分かった。
「……深追いしないのが条件。あたしはまた教えた人に死なれるなんて嫌」
「勿論です。小さい頃から引き際はよかったですから」
こうしてあたしはイヴを鍛えるようになった。
フィアナスタ家を守る事と、イヴを鍛える事。その二つが今のあたしのやるべき事で、でも……その二つだけの生活はやはりどこか空虚で味気なかった。
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