三章 焦燥

 突然現れたメイドの言葉でおだやかな場の空気は一瞬で張り詰める。


「……まずは落ち着いてください。正確な情報を伝えられないのであればどんな人間でも救出は不可能ですよ」

「ひっ……申し訳ありません……」


 あまりにも動揺している彼女をどう落ち着かせようかと考えていると、イヴがすぐに彼女の理性を取り戻した。首元にいつでも魔法を撃てる長杖を添えるという荒業で。


「落ち着いたなら質問に答えて。今日メリアが行ったダンジョンは低レベルなとこだったと聞いてるけど何があったの?」

「……ギルドの想定ではそうでした。ですが誰も見つけていない隠し扉をメリア様が見つけてしまったようで、そこから先は地獄だったようです。しかもメリア様は仲間を逃すために一人囮になる事を選んだようで……」


 メイドの言葉を聞きあたしは自分が原因だと気づいてしまった。もし本当にメリアが隠し扉を見つけたのなら、それはあの探知魔法の力だからだ。

 その事実があたしを焦らせる。


「っ……その仲間はもう帰ってきてるの? ダンジョンはどこ?」

「ダンジョンはここです。皆さん帰ってはいますが、ボロボロでミラ様でないときっと……」


 いまだに長杖で脅されているメイドは端的に話し、所持していた地図を広げて指を指した。イヴのおかげですぐに動ける。


「分かった、行ってくる」


 そう言い窓から出ようとした瞬間、あたしの腕を掴む者がいた。


「待ってください。そんな危険な場に一人で行くつもりですか。行くならあの吸血鬼と共に行くべきです」


 あたしの腕を掴んでいたのはイヴだった。その手は本気で離さまいと力を入れており、表情は彼女らしくないように見える。


「あたしなら問題ない。ミラは別にやる事があるだろうし時間が惜しい」


 他人の主張なんてどうでもよく、すぐに動きたいあたしとしては今のイヴは邪魔でしかない。だがイヴが相手なら簡単に説得する便利な手段がある。

 だからあたしはそのために魔力のセーフティを解除した。


「っ……二次被害は避けてくださいね」

「誰にもの言ってるのよ」


 やはりイヴは物分りがいい。魔力ですぐに他人の力を把握してくれる。そう感じながらあたしは窓から出て急いだ。


「私はあの吸血鬼を説得してから共に向かいます。救う必要のない命に割く時間なんて……」


 後ろからイヴの言葉が聞こえるが、全速力で離れるあたしの耳には一部しか届かない。だから途中から何を言いかけていたのかは分からない。けどそんなものはどうでもいい。

 それに二人の到着なんて必要ない。


 あたしが助けなきゃいけない。

 あたしが傷を癒さなきゃいけない。


 あたしがメリアを守らなきゃこの家にいる意味がない。生きてる意味がなくなるんだ。


「チッ……あんな魔法教えるんじゃなかった」


 焦りから生まれる嫌な汗が身体中から吹き出るのを感じる。自分の身が危ないわけでもないのにその汗は止まらず、心臓も普段の倍近く動いているように感じられる。

 クソっ、なんなのよこの感覚は。不快でしかない、早く消し去りたい。でも消えない。


「待ってなさいよ、メリア」


 胸の鼓動を必死に抑えながらもあたしは全力でそのダンジョンへと向かった。



 --------



「メリアっ! いるなら動かないで! 今助けに行くから!」


 ダンジョンに着きメリアを探し始めるが今のところ彼の魔力は感じられない。

 そして周囲の魔物は雑魚ばかりだ。


 おそらくまだ隠し扉の奥にいるのだろう。そう考えあたしは黒い霧のようなものを飛ばす。

 メリアの魔法で言うならエリア・ウィンドだ。これで超広範囲を探索する。


 もっともあたしの魔法となると雷や炎の魔力が混ざる失敗作なため、彼のと同じ名で呼べるものではなくなっている。


「……隠し扉はもっと奥か」


 生き残りから隠し扉がどの辺か聞いておけばよかった。そんな後悔が頭をよぎるが今更どうしようもない。

 ただ全力で駆け回り探知範囲に引っかかるのを待つだけだ。


 だがその待つ時間はあたしの胸にどうしようもない負担を強いてくる。

 ここ最近でのメリアの成長には目を見張るものがあったのだからきっと大丈夫。そう何度も自分に言い聞かせても鼓動が収まらない。


 焦りで息まで荒くなってきた頃だった。


「っ……!」


 怪しい雰囲気の何かを感じたあたしは全速力でその何かを目指して飛んだ。飛行魔法とヴィクトリアスの力を最大限に活かしながら道中の魔物は無視してただ全力で。

 おかげでその何かまではすぐに着いた。近くで感じ取ればそこに隠し扉がある事は簡単に理解出来る。


 だが肝心の扉は見えない。目の前に最近作られたであろう土魔法の壁があるからだ。

 にわかには信じ難いが、その壁は扉の奥からこちらへ入れなくするかのように道を塞いでいる。


「……下衆なゴミ共が」


 どうやらメリアが守ろうとした友人とやらはメリアの事を大事には思っていなかったようだ。

 パーティメンバーに捨てられる人間を見るのは自身の過去を思い出して気分が悪い。その八つ当たりも込めながらあたしは壁を破壊し扉を開けた。


 すると分かってはいたが低難度のダンジョンとは思えないほど強力な魔物の反応を多数確認した。それもあたしの想定以上の魔物ばかりだ。

 それが焦りを更に加速させる。以前メリアとイヴで終えた仕事の魔物でもここまで強力ではない。いや、比較出来るレベルですらない。


 中には上級魔族だと思われる魔力すら感じられる。明らかにこの場は異常だ。


「マズイ……マズイマズイマズイ」


 自然とそんな言葉を漏らしながらもあたしは足を止めずに奥へと向かう。幸いメリアの魔力反応は扉を開けてからすぐに感じ取れた。本当に弱く今にも消えてしまいそうだがまだ生きている。


「メリアっ! 今行くから!!」


 広い廊下を全力で駆け巡りメリアの元へ向かうが、流石に魔物の妨害が先程とは大違いだ。ほんの少しの足止めさえも今は苛立たしく思える。


「そこをどけっ!」


 あたしは道中の魔物をヴィクトリアスで斬り裂き、リーテン・デューダを使い捨てるように射出する。大半の魔物はそれで終わるが、中には足止め目的のくだらない弾幕を張ってくる連中がいた。


「チッ、あたしの邪魔をするなぁ!!」


 そんなウザったいだけの雑魚に魔導砲をぶち当て急いでメリアの元へと向かう。急いで、どこまでも急いでたった数分の距離を何時間も焦って走っているような、そんな感覚に囚われながら。

 あと少し、もう目の前だ。そう感じながら角を曲がった先であたしの義兄は倒れ込んでいた。血だらけで今にも死にそうで、でもまだ生きている。魔力を感じる。


「メリアっ!」

「っ……エリ……」


 こちらに気づき目を動かすメリアを見てあたしの心はどうにか安堵を得た。

 彼の仲間への怒りやどうしてこんな無謀な事をしたのか、言いたい事はいくらでもある。


 けどその前によかったと感じた。これならあたしの回復魔法で命だけは救える。後はミラに任せればどうにかなる。それが分かっていたから。


「大丈夫、死なせない。あたしがあとはどうにかする」


 あたしは回復魔法をかけながらそう言い探知範囲内の魔物を警戒する。中には魔族もいるが、そんな事はどうでもいい。

 既にあたしの目的は達成しているのだから。


「っ……げろ、エリカ……」


 周囲の警戒をしながら回復魔法をかけるあたしにメリアはそう口にした。

 そんなにあたしは信用がないか。あたしの過去を知っているくせに。そう思い鼻で笑おうとした瞬間の出来事だった。


 突然地面が爆発して連鎖的に新たな爆発が次々と起き始める。


「っ……!」


 爆発が爆発を呼び、更には周囲の魔物がこちらへと一斉に魔法を撃ち始める。無属性の飛び道具に始まり炎魔法、雷魔法、闇魔法、どれも爆発の威力を損ねないものだ。

 この時点であたしは察してしまった。


 ああ、これは罠か……と。

 戦場ではよく見る手段だ。わざと生き残りを戦地に残して助けに来た者を有利な状況で一方的に嬲る。


 あたしも殺したい魔族を誘い出すためにしたっけな。今回はされる側か。

 メリアを防御魔法で庇いながらもあたしの頭はどこか理性を取り戻したようにクリアだった。もう守っているそれはモノに成り下がったと理解しているのに。


 初手を防げなかった時点で生きていられない傷を負っていたと分かっているのに、あたしの防御魔法は自分の身ではなくそのモノを優先して守っていた。


「……………………」

「ハハハハッ、いいもんが釣れたな。最近現れた厄介な女をこうもすぐに捕えられるとはよ」

「ですねボス。これであの裏切り者に一矢報いる事ができますよ」


 爆発と魔法が収まると、離れた所から魔族の声が届いた。

 魔力を見るにこいつらは吸血鬼だな。そう感じあたしは尋ねた。


「…………裏切り者ってミラのこと?」

「そうだよ。俺達本物の吸血鬼をこんな所に追いやったあのクズだよ。魔族のくせに人間と共存だなんてイカれてやがる」

「……そうだね、イカれてるよあいつは」


 守れなかったモノを見ながらもあたしはゴミの言葉に賛同した。

 本当にミラはイカれてる。あたしなんかを拾い幸福を分かち合いたいと言うのだから。


 その言葉が嬉しくてついてきたというのに、あたしは一体何をやっているのだろう。


「だがそのイカれたクソ吸血鬼もあと少しで終わりだ。最高の戦力が手に入ったんだからよ」

「戦力?」

「お前の事だよ、ローダンセ・ゼラ・フィアナスタ。これからお前は俺達に洗脳されて手駒のように働く事になるんだ。お前の力ならあいつにも勝てそうだしな」


 得意気に語る汚らわしいゴミはあたしをゼラと呼んだ。どこで情報を仕入れたのかは知らないが、そこまでしか知らないんだと同情してしまう。


「ふぅん……残念だけどそれは無理よ」

「あ?」

「あたしはあの男に一度も勝てた事がないの。だから洗脳なんて反応速度が落ちる余計な魔法をかけたら絶対に勝てない」


 そもそもお前達雑魚の精神魔法がこのあたしに効くわけないだろ。そう思いながらもあたしは立ち上がった。

 全身ボロボロだが痛みには慣れているし、この程度なら回復しながらでも動かせる。強いて言うなら頭部と右腕の出血が特に酷いため、そこはあまり負担にならないようして優先的に治す。くらいか。


「はっ、バカだなてめぇ。あの男がどれだけお前に惚れてるか知らないんだな。報告で聞く度に下心丸見えな行動がキモくて笑っちまうよ」

「……報告?」


 楽しそうに話すゴミは自分達の後ろにおぞましい魔法剣が創り出されている事に少しも気がつかない。

 メリアなら気づいてくれるんだけどな、これ。


「気づいてないとは可哀想だな。あの男の部下に俺らのスパイがいるんだよ。だからおめぇみたいな厄介な戦力も報告を受け知っていた」

「…………そうなんだ」


 スパイがいるならなんであたしの正体知らないのよ。それとも知ってて罠に嵌めたのかしら。勇敢ね。

 きっとミラのことだから屋敷やあたしのそばにいた部下は全員信じられる存在なんだろうな。だからこういう無能は本質に近づけない。


「まぁそういうことだ。その傷じゃ立つのがやっとじゃねーの? 大人しく俺らの物になってもらうぜ」

「……あんた達のスパイ、無能なんだね」

「は?」


 準備が整ってからのあたしは言いたい事を吐いていた。


「聞こえなかった? 無能って評価してあげてるんだよ、このあたしが。感謝して欲しいな」


 言葉の一つ一つから己の感情が伝わってくる。傲慢な八つ当たりは嫌いだが、今のあたしにはそれしか出来ない。


「ふっ、強がりも大概にしろよ。威勢がいいのは悪くねーが、状況が悪すぎるだろ。まっ、そんな人間をミラの目の前で俺の物にするのは悪くねーかもな」


 魔力を見て実力を把握する事も出来ず、周囲を警戒する事も出来ず、イヴやメリアの方がこいつらより強くなるに違いない。そう思いながらあたしは呟いた。


「……本当に母国とは違うな」

「なんだって?」

「パラヴィアは人間も魔族もあたしに優しいねぇ。こんな赤い瞳を持っていても、あたしを人間として見てくれるんだからさぁ」


 右手で赤い瞳を強調しながらあたしは魔力を分かりやすく解き放った。ドス黒いあたしの魔力はオーラとなり威嚇に役立つだろう。


「っ……おい、さっさと仕掛けるぞ。全員や――」

「――ぎゃあああぁぁっ!!」


 何かを察したゴミが指示を出そうとした瞬間、いくつもの悲鳴が重なり汚し合う。

 魔法剣が刺さったくらいで大袈裟だな。


「ローダンセ・ゼラ・フィアナスタ。パパとママがつけてくれたあたしの偽名。気に入ってるんだ。でも養子で偽名の赤目が、吸血鬼の王様とつるんでる時点で気づくべきだったね」

「クソっ!! てめぇまさかっ!?」


 ここまで伝えてようやく無能は気がついたようだ。けどもう遅い。

 全てが手遅れだ。


「そっ、あたしの本来の名はエリカ。お前達を滅ぼした女よ」

「っ、殺せ!! 今ならまだやれるっ!! 怯むなぁっ!!」


 残念な事に彼らは一枚岩ではなかった。あたしの正体を知り背を向ける者、そんな仲間を見て進む事も引く事も出来なくなる者、やけになり何も考えず特攻する者。


 負傷してるとはいえ、そんな烏合の衆に苦戦するあたしではない。一人も残さず魔法剣とリーテン・デューダで足を奪い、全員に死を望みたくなるような恐怖を与える事をあたしは選んだ。



 --------



 荒れたダンジョンの奥深くであたしはただ回復魔法を唱えていた。そのモノの傷はほとんどなくなり元気そうに見える。だが目は覚まさない。

 ずっと……ずっとずっとずっとずっとかけ続けている。けど目を覚まさないんだ。


 なんでだろう。なんで目を覚まさないんだろう。

 起きてよ、またあたしに騒がしい笑顔を見せてよ。馴れ馴れしく声をかけてきたあの日のように絡んでよ。


「なんで……」


 どうしようもない呟きがつい漏れてしまった時だった。

 頼りになるあの男の魔力を隣から感じあたしは振り向いた。


「……もうよせ。戻るぞ」


 だが彼の口から出た言葉はあたしが期待していたものではなかった。あたしが期待したミラならなんでも治してくれるっていう信頼を見捨てる言葉だった。


「ダメ、帰れない。まだ助けてない……」

「帰るぞ。ここで貴様がやれる事はもうない」

「やだ……あたしはまだメリアを救ってない……!」


 自分が本当に何をしたいのかも分からずに吐けた言葉はそれだった。

 そんなあたしを見てミラは表情を変え、しばらくすると目を閉じた。


 やめてよ、そんな目で見ないで。分かってる。分かってるから言わないで。

 あたしの想いも届かずにミラは目を開いて事実を口にする。


「……メリアはもう生きていない。俺でも治せないんだ。帰るぞ」

「っ…………あぁ、ああああぁぁぁっ!」


 もう今のあたしに魔族を蹂躙した時の理性はどこにもなかった。ただ罪悪感に押しつぶされ、回復魔法に逃げていた心は現実に引き戻されて今にも壊れそうになる。

 そんなあたしでは強引に掴み転移魔法を唱えるミラに抵抗なんて出来なかった。

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