三章 白蓮華

 これはフィアナスタ家に来てすぐの話。あたしがまだメリアと今ほど話し慣れてなかった頃だと思う。


「そういえば、なんであたしの名前ってこんなに長いんだろ。ローダンセ・ゼラ・フィアナスタって長くない?」

「えっ、父さん達から何も聞いてないの? そういうのすぐ話してそうなのに」


 ふと自分の名前を疑問に思ったあたしはメリアに訊いた。するとメリアは何か事情を知っていそうだった。


「何も聞いてないけど……」

「うちは代々産まれつき二つの名を親から与えられるんだよ。でも片方はすぐに名乗らせてもらえなくて、誰しもが認める成果を上げた時にもう一つの名を名乗れるようになるんだ。まっ、貴族特有のカッコつけたがりだな」


 最後の一言は余計じゃない? と感じたが、とりあえず事情は理解出来た。あたしはこの家に来たばかりで成果を上げてないように思うけど。


「へぇ……でもあたしこの家で何もしてないわよ? それなのにいいの?」

「このおバカ。パラヴィアを救っただろ。どんな成果よりもすげー事だからな。それにロチェスの命を救った時点で、父さんも母さんもエリカには感謝してるんだ。だから少しは誇れよ?」

「ロチェス?」


 突然知らない名前を出されたあたしは聞き返す。おバカと言われた事は後で言い返してやろうか、なんて思いながら。


「ああ、知らなかったか。フィアナスタ家の長女だよ。前に少し話したけど、エリカに魔法を教えて貰って凄く喜んでた白髪の女性。やっぱり覚えてない?」

「…………ごめん、思い出せない」


 勇者時代の記憶はもうあやふやで、重要性の低い出来事はあまり思い出せそうにない。きっと一度憎悪に呑まれてから頭が色々と壊れたのだろう。おかげであたしにとっては少し前のパラヴィアでの出来事すらこのザマだ。


「えっと、その人は今どこに?」


 そしてこの後あたしは迂闊に尋ねた事を後悔する。少し考えれば警戒出来たのに。


「……もういないよ。エリカがパラヴィアを去ってから一ヶ月くらい経った頃に亡くなった」

「えっ……なんで……」

「あの時は敵対吸血鬼の魅了と吸血で生命力吸われる事件が多かったろ? それでほとんど吸われた後でさ……まぁ仕方ねぇよ」


 メリアが口にした事件は、当時のあたしがミラを殺すべき敵だと誤解した理由の一つだ。

 あの時パラヴィアはミラから離反した吸血鬼が国中で悪さをしていた。その中でも多かったのが、魅了で精神を操り第三者には合意のように見せる吸血。魅了への耐性がない者や、日常に不満のある人間はほぼ全てがこれに堕ちた。


 厄介なのは国の法で裁けなかった事だろう。魅了を証明する手段が多くはなかったのだから。

 おかげで人間と吸血鬼のバランスは崩れた。


 そこで知識の乏しかった当時のあたしは、吸血鬼全てを敵だと誤解してミラに挑み敗北。そこからミラを慕う吸血鬼は人間に魅了はかけないし、生命力までは吸わないと教わった。

 あたしはイタズラで魅了をかけられるし、いつもお前に体力を吸われてないか? と今なら言えるが、これはまた今度。


 その後ミラやその部下、あとは当時の仲間と協力して離反した吸血鬼のほぼ全てを消し去った。というのが、あたしが覚えているパラヴィアでの出来事。


「……ごめん」


 当時を思い出し自分の行動が遅かったせいで救えなかった者がいると知ったあたしは、メリアに頭を下げた。

 なんだ、過去のあたし思ってたより無能じゃん。別にフィアナスタ家の全てを救っていたわけではないんだ。という意味のない失望を自分にしてしまう。


「なんで謝るんだよ。むしろエリカは救ってくれた側だろ。俺含めフィアナスタの皆がエリカに感謝してるんだぜ」

「でも……大事な人を早死にさせたのよ? あたしがもっと強かったら救えたかもしれないのに、それなのにどうしてそんなに恩を感じるのか、理解出来ないわ」


 このあたしの言葉はメリア一人に向けたものではない。フィアナスタ家の者に対しての言葉だ。


 ミラのおかげでパパとママがあたしに恩を感じているのは知っている。でも、大事な長女を死なせた人間に恩を感じる理由があたしには分からない。

 だからメリアに答えを求めたかった。


「…………じゃあエリカにはさ、最後に話したかったのに話せずに死別した人っている?」


 一度メリアは深呼吸するとあたしに尋ねた。そんなの答えるまでもない。


「いるに決まってる」

「なら、もしその人と一日でも話せるってなったら感謝しない? 本来なら話せずに別れる誰かとの、最後の時間を用意してくれた人に。大切な人が、安らかに逝ける最後を用意してくれた人に」


 メリアの言葉にあたしは故郷の人達を思い浮かべる。

 あたしが成長する度に褒めてくれたおばちゃん。弱いくせに身長はあたしよりもあるからって、いつもあたしの頭を撫でてきた幼なじみ。


 それと……色んな事を教えて育ててくれた村長。

 他にもたくさんいる。今となっては名前で呼ぶ事すら出来ない大切だった存在が。


 もしも彼らと最後に一言でも話せていたら。もしも彼らの最後が安らかなものだったとしたら。

 あたしは……。


「……そっか、そういう事ね」

「そういう事。だからもっと自信持てよ。エリカは俺達の勇者なんだからさ」

「ふっ、もう元勇者よ」


 この日メリアと話せたおかげであたしは少し楽になれたと思う。

 命を救う事は出来なくとも、心を少しでも守る事が出来たのなら……あたしがやってきた事に価値はあるらしい。


 ミラとメリアに連日励まされてるの、なんだか情けないや。そう思いながらあたしはメリアの隣を歩いた。

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