二章 日常の先

「お姉様起きてー」


 ぐふっ、なんだろう……お腹に何か衝撃が……でもまだ寝ていたい……。


「うー! お姉様ぁ!」


 ぶはっ、今度は首に衝撃がっ。でも今日は眠気が……。


「むううぅっ、起きろー!」

「がはっ」


 意識がはっきりした時には目の前がいつもの部屋ではなくなっていた。どういうわけかあたしの視点は床からになっており、見覚えがあるようなないようなメイドさんが驚きながら見つめてくる。


「お姉様起きたぁ?」


 状況が理解出来ずにいたあたしは下からマリーの声が聞こえて自身の状況を理解する。

 ああ、あたしは風魔法で上の部屋まで打ち上げられたのか。そして上半身だけが上の部屋に貫通してしまったようだ。


 マリーってば小さいのによくあたしやメリアをいつも吹き飛ばせるなぁ。


「ゼラお嬢様、大丈夫でしょうか?」

「大丈夫だけどなんか抜けない。下から引っ張ってくれない?」

「かしこまりました」


 そう言いベルはあたしを引っ張りベッドまで下ろしてくれた。


「わぁ、お姉様起きたぁ」

「んっ、マリー朝から激しすぎ」

「だってお姉様起きないんだもん」


 抱きついてくるマリーを撫で回しながらもあたしは天井を土魔法で直しておいた。とはいえ流石に目立ってしまう。


「ありがとベル。天井大丈夫かな」

「大丈夫ですよ。マリー様によく壊されてるのでフィアナスタ家は修復慣れしてます」

「あー確かにそっか。あれ、今何時?」


 マリーを撫でながらあたしはある事に気付いた。

 あれ、そういえばメリアは来てないのかな。朝マリーが来る時は大抵メリアも一緒に来て起こされる。朝の鍛錬を早くしたいからだろう。


「今は八時半になります」

「うげっ、寝坊じゃん。メリアに文句言われそう」


「メリア坊ちゃんは八時に出かけられましたよ。なんでも友人とダンジョンに行くとか」

「ふぅん……そっか。まあ今のあいつなら余裕か」


 イヴと友人になってから約一ヶ月、あれからメリアはとても成長した。冒険者ランクも一つ上がり最近は前より楽しそうにリーテン・デューダを回避している。


「それより本日はイヴ様がいらっしゃる日では? もう準備を始めてもよいかと」

「そういえばそうね。まぁメイクとか別にしなくてもいいでしょ。今はマリーがいるし」


「ダメです。いいから魔力鎮静から始めますよ」

「……はーい」


 ベルとあたしはどうにか抵抗するマリーを離して毎日してもらっているマッサージを始める事にした。イヴの前で魔法を見せてもおかしな事にならないために。

 マッサージの最中マリーはずっと不貞腐れながらもあたしに構えと視線を送り続けていた。それがとても可愛く愛らしい。


 そして途中で部屋に入ってきたアルは顔を真っ赤にして出ていってしまった。まぁマリーと違い多少成長していると意識してしまうのだろう。互いに。


「ほんと平和。かえって慣れないわ」

「アル様の精神は平和ではないと思いますよ。多感な時期に貴女が現れて」

「あたしは何もしてない」


 アルとの関係はなんていうか、話せる関係になってはいるがぎこちない。あたしが話すの下手なのもあり気まずくなってはアルがどこかに行ってしまう。二人きりだといつもそんな流れだ。

 それとまぁ……アルからは胸や足への視線を割と感じる。別にいいけどさ。


 逆にイヴと二人きりの時はそんな事もなく静かな時間を過ごせる。

 ただ同じ部屋でたまに話しながらそれぞれ好きな事をする。それだけの穏やかな時間。


 メリアはそんなあたし達を気まずいなど耐えられない空気などと好きに言っていたが、おそらくあたし達二人にそんな感覚はない。むしろ居心地がいいくらいで、騒がしいメリアの方が邪魔だ。

 だからイヴも飽きずに週に一度はフィアナスタ家に来るのだろう。


「終わりましたよ、たらしのお嬢様」

「どういう意味よそれ。とりあえず服」


 あたしがそう言うとベルは無言でいつもの衣装を着せてくれる。最近他人に着せられるのに慣れてしまった自分がいるのは少しマズイ気がする。なんていうか、少しずつ堕落している。

 そう思っているとベルにもその事実を指摘されてしまった。


「……あれ、お腹摘めるようになってません? ちゃんと運動してます?」

「えっ、毎日してるけどそんなに目立つ?」

「いえ、少しだけですが……食べすぎでは?」


 ベルの半開きの視線がとても痛い。そんな視線をあたしの目とお腹へ交互に送られるのがとても痛い。


「その、アレよ。雪山では太ってる方が生存確率上がるのよ。だから多少食べ過ぎてても問題ないというか」

「今太ったの認めましたね」

「うっ……」


 このメイド遠慮がないな。そう感じながら視線を逸らすとマリーと目が合った。

 不思議な事にマリーの瞳は赤く光り魔力を普段の何倍にも高めている。いつもは碧く可愛らしい瞳が、今はまるであたしのように赤い。


「お姉様、今凄く弱くなってる」

「えっ、ああ、ベルに魔力抑えてもらってるから」

「……今ならお姉様にも勝てそう」


 マリーのその言葉を聞いたあたしはつい吹き出しそうになった。

 彼の才能は認めているが、流石にこのあたしが負けるわけない。十近くも離れている年下に負けるかよ。


「ふふっ、この状態でもマリーがあたしに勝つには十年早いかな」

「なら、試していい?」

「いいわよ好きにしても。どうせあたしが勝つに――」


 目を閉じ胸を張りながらどんなふうに戦い方を教えるべきか。そんな事を考えていると誰にも使われた事がないが、誰よりも知っている魔力反応を察知する。


「――えっ?」


 気がつくとあたしはマリーの右手からほとばしる魔力の照射を全身で受けていた。それは赤黒く光り魔力の火花を散らすあたしの得意技だ。



 --------



「……それでこんなガキに負けたのか」

「うるさい笑うなバカ」


 現在あたしはミラの回復魔法により失った左腕を治療してもらっている。全身に傷はあるがまずは重傷な部位からという事だろう。

 あの時マリーの魔導砲をなんとか防ぎきったあたしは窓を壊しながら屋敷の外に追い出された。


 そして体勢を整え部屋を見ると次は複数の黒い魔法剣による追撃に襲われる。

 マズいと感じて瞬時にこちらも魔法剣を生み出し抵抗するも、魔力を抑えている状態ではこちらが押されてしまった。


 何がどうなっているのか分からない。ただ理解したのは本気を出さなきゃ危ない事。だからセーフティを解除しようとした瞬間、あたしは上空から魔導砲を打ち下ろされた。


「笑うなと言う方が無理がある。そこで可愛く寝てる七歳に殺されかけたんだろ? 元勇者の貴様が」


 ミラの言う通りなのは正直否定出来ない。


 魔導砲で地面に叩き落とされたあたしは痛みに怯んでいた。すると気がついた時には四肢に魔法剣が突き刺さり、どんな抵抗も出来なくなっていた。左腕が胴体と離れたのはちょうどこの時で、今考えても色々とおかしい。


 遅れて降ってきたマリーに首を掴まれた時には死を覚悟するくらいには追い詰められたのだ。このあたしが。


「仕方ないでしょ、まさか自分の技をこんなに使われるなんて思ってもいなかったんだから」


「そうだろうな。俺もまさか吸収した魔力から技を盗めるとは思ってもいなかったよ。それどころか聞いてる限りでは貴様の戦闘スタイルまで模していたようだ。全く、あのガキは天才だな」


「まさかあたしの魔力から経験まで読み取ったっていうの? どんな化け物よ」


 普通では信じられないが確かに納得してる自分がいた。

 相手が油断する状況を作って魔導砲で撃ち抜く。もし仕留められなくとも魔法剣で動きを封じてもう一度魔導砲を当てればいい。


 それでもまだ生きていたあたしに対しては動きを封じるために魔法剣で四肢を狙う。

 あの小さな弟にされた戦術はあたしならやると確かに言えるものだった。


「確かめてみれば分かるだろう。貴様が本気で相手しても苦戦するならそれが証拠だ」

「ふんっ、結局あたしの魔力が優秀なだけよ。あんたまで魔導砲パクったら許さないからね」


「そう簡単に出来ないだろうから安心しろ」

「ならいいけど」


「……よし、大体こんなもんだろ。どこか痛いところはあるか? なかったとしても今日一日は大人しく休んでおけよ」


 そう言うとミラは回復魔法をやめ立ち上がった。

 腹の立つ男だがヒーラーとしての腕も確かなもので斬り離された左腕は回復しきっていた。痛みも違和感もなにもない。


 あたしの回復魔法じゃこれは無理だな……そう感じながらあたしは口を開いた。


「……ありがとね」

「小さくて聞こえん。なんて言った?」

「何も言ってないわアホ吸血鬼」


 あーやっぱ気に入らないわこいつ。少し得意気になり笑みを浮かべているのも気に入らない。


「そうか、ではそろそろ俺は行くぞ。またな、雑魚勇者」

「うるさい。次やり合う時は絶対屈服させる」

「どうせ負けるのは貴様だ。じゃあな」


 そう言い残しミラは消えていった。あたしも転移妨害結界を無視出来たらなぁ、なんて思わせられるその光景に少し嫉妬する。


「イヴ様が来る前にとんでもない目にあいましたね」

「まあ生きてるし平気。あたしよりマリーと屋敷が心配だわ」

「屋敷は修復班が直しますので。マリー様は疲れきって眠ってるだけでしょうし、一番重要なのはお嬢様の傷です」


 あたしの魔力を消費して流石に疲れたのか今のマリーはとてもぐっすりと眠っている。

 他人の力を借りたとは言え、こんな小さな子があたしを追い詰めたというのは少し考え難い。


「今日もまた派手に目立ちましたね、フィアナスタは」

「望んでやったわけじゃないけどね……っと、今日は早いのねイヴ」


 杖に座り窓からあたしの部屋に入ってきたのはイヴだった。

 好きに入ってきていいとは言っているが、皆あたしの部屋に入るのに遠慮なさすぎるだろう。ノックしてくれるのはアルとパパにメイドだけだ。


「たまたま見覚えのある技が見えたので。あれはあの吸血鬼ですか? それともゼラが?」

「どっちもハズレ」


 他者の力量を正確に測れる彼女らしい疑問だが答えは違う。そう思いながらあたしはマリーに指をさす。


「……つまらない冗談は嫌いですよ」

「それが嘘じゃないのよね。あたしに向かってさっき撃ってきた。このボロボロな服が証拠なんだけど、まぁ信じられないわよね」


「…………歳下の才能を妬んでしまうのは無様ですね。嘘をついているようには見えないのが嫌な現実だ」


 そう言いながらイヴは杖から降りていつものソファに座る。そこには既に彼女お気に入りの本と紅茶が置かれており、イヴは慣れた手つきで読み始める。

 ベルってば相変わらず仕事が早いことで。本当に優秀なメイドでかえってこちらが気を使ってしまう。


「今回は特別だから大丈夫よ。この子が常に出来るわけじゃないから」

「でなければ困ります」


 イヴは横目であたしを見てからすぐに視線を本へと戻す。自分の家では読めない本を読める時間が本当に大事らしい。


「そういえばさ、今日はメリアと一緒にダンジョン行かなかったのね」

「私は基本ソロ専ですので。それに私を嫌悪する人間がいるパーティに入りたいとは思いません」


 という事はメリアはイヴを虐めてる連中とパーティを組んだわけか。なんかやだな。人の交友関係に口出すような事はしないけど。


「理解した」

「フィアナスタ家に通うようになってからは、婚約者のいる男に会いに行くのがどうだの毎日のように嫌味っぽく言われてますからね。嫉妬は理解出来ますが不愉快な女ばかりで関わりたくない」


「あーなら会う場所変える?」

「このままで構いませんよ。奴らは気に入らない私に言いがかりをつけたいだけですから。それに雑魚の言葉に耳を傾ける気はないので」

「そう」


 イヴが興味なさそうにそう言うのであたしはひとまず安心した。よかった、心配するほどではないのだと。


「結局は冒険者ランクで黙らせられるので。もう少しでCに上がりますし、これもゼラのおかげです。ありがとうございます」

「こっちはよく分からない本貸してるだけで、それはフィアナスタの力。あたしの力は何も関与してないわ」


 結局本人が努力するかどうかであって、あたしはイヴの力にそこまで関与していないと思っている。メリアのように直接何かを教えてるわけでもないしね。

 ただイヴからしたら違うようで、あまり納得はしてくれていない。


「色々と魔法を見せてくれるのが助かってるんです。それに普通の人間は公爵と吸血鬼をここまで好きに動かせないと思いますよ」

「どこも好きにじゃないわよ。特にあの吸血鬼はね」


 そう伝えるとイヴは少しあたしを見つめた後視線を本に戻した。

 それから夕日が空を照らす時間になるまであたし達は好きに過ごしていた。イヴは魔法を試しながら本を読み、あたしはセーフティをつけた状態での魔法練習を。


 昼食は軽いものを部屋まで運んでもらい、あたしとイヴ、それと何故かマリーの三人で頂いた。

 マリーはイヴの魔力も気に入ったようで、彼女に対しても時折甘えるようになっていた。流石のイヴもマリーにキツい態度は見せず、黙って受け入れている。本当に甘え上手だなマリー。


 この三人の時はマリーも何故か静かで、変に気を使わずに気になったら声をかけ、何もなければ自分の好きにする。そんな空気になっていた。

 あたしはこの多少ドライな関係を気に入っている。


「時間的にそろそろですね。今日も助かりました。マリーも可愛かったですし」


 そう言いイヴは彼女の膝上で寝てしまったマリーを優しくベッドまで運んでくれた。本当によく寝る子だ。


「ならよかったわ。次はあたしと二人でダンジョン行かない?」

「悪くありませんね。ギルドを通すならゼラのランク上げから始まりますが」

「げっ……」


 珍しくイヴがほんの少し微笑むが、あたしは当たり前な指摘に言葉を詰まらせてしまった。

 だが次の瞬間にこれまでの会話も何もかもを無に帰す状況があたし達を襲う。


「ゼラ様お願いです! メリア様の救出をっ! 早くっ!!」


 突然扉を開けたメイドは真っ青な顔であたしを見つめそう言った。


 確かこの人は、メリアの周りでよく見た人だ。あたしにベルがいるようにメリアにも担当のメイドがいる。

 そのメリア担当のメイドが今にも泣き出しそうな表情であたしに縋っていた。丁寧な口調すら見失いながら。

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