二章 買い物
ゼラとして初めての仕事を終えた次の日。あたし達三人はミラから貰った報酬で買い物に来ていた。
その……ママに用意してもらった戦闘服ではなく貴族らしい服装で……。
だから今日のイヴは落ち着いた令嬢のような雰囲気で可愛らしい。
メリアは直接言いたくないけど普通にかっこいいのが癪だ。まぁ顔も性格もいいからなぁこのヘボ兄貴。
あたしはというと、外でヒールを折るわけにもいかないのでごねた結果燕尾服を着させてもらえた。
胸がめちゃくちゃキツいが、足元に気を使い続けるよりはマシだ。
ただやはり違和感があるのか、イヴは会った時にあたしを見続けたまましばらく口を開かなかった。
「っ…………ゼラ、なんですかその服は」
「やっぱりおかしいかな。あたしスカート苦手で」
「……いえ、似合ってますよ」
イヴはお世辞を伝えてからあたしの方をあまり見ない。たまに目が合うが、気まずそうに目を逸らされて終わる。
そんな感じで歩いていると、珍しく黙っていたメリアがようやく仕切り始める。あたしの耳元で「同性に効果抜群じゃんそれ」と囁いてから。
「よし、とりあえず二人のアクセでも買うか。センス抜群のこの俺に任せたまえ」
「自分で選ぶので結構です」
「あたしはそもそもいらない」
意気揚々と仕切るメリアだが、相変わらずあたし達の反応は彼に冷たいものだった。
貴族であるイヴはともかくあたしは本当にいらないし。そう思っていると相変わらず明るい彼はめげない。
「そう言わずにさ。ほら、この店とか凄いんだぜ。王家の人達も愛用してるようなとこで普通ならそう簡単に入れないんだよ」
得意気に語りながら大きな店を親指で指すメリアには悪いが、あたしは本当にどうでもいい。
多分あたしは綺麗なガラスと宝石の違いとか気づけないし、そんな人間に高価なものは分不相応だろう。
「そうやって誰彼構わず連れ回すから勘違いする異性が多いんですよ。残念な事に妹さんには少しも効果がないようですが」
「あー……まぁゼラは別だよ。でもたまにはお礼も込めて二人に贈り物したいじゃん。だから付き合ってよ」
そう言いメリアは店の中へと入っていく。
豪華に着飾られた店へと入るのにあたしは少し躊躇うが、それは隣の彼女も同じようだった。
「……こうなったメリアは止まりませんし、行きますか」
「……そうね、さっさと終わらせましょ」
王家御用達の店へと入ったあたし達はしばらく店内の商品を好きに見て回った。と言ってもあたしにはどれも高いだけの何かにしか見えない。
どうせあたしが欲しくなる物はないな。そう考えているとメリアと店員の会話が耳に届く。
「そっ、黒髪の子には落ち着いた色のネックレスとかがいいかな。エメラルドとかトパーズで新作あったらそれがいい。あっちの白髪の子には情熱的な色の、それこそルビーとかで新作あったりしない?」
「お任せください。エメラルドのネックレスでしたらちょうど今日入荷したものがございます。ルビーでしたら一点物の指輪なんてどうでしょう」
「いいねぇ、じゃあそれ持ってきて」
店員と手馴れた会話をする姿を見てあたしは、メリアって本当にコミュニケーション能力が高いなと実感する。
まぁあたしが低いってのもあるが、王家御用達の店で少しも緊張せずに意志を伝えられるのは普通に凄いと思う。
「イヴ、ゼラ、こっち来て見てみてよ」
頼んだ品物が彼の前に届けられると、メリアはあたし達を呼んだ。
そしてあたし達は驚愕する事になる。メリアが買おうとしてる品の値段に。
「っ……ま、待ってくださいメリア。流石にこれは宝石が大きすぎませんか。私は自分で買えませんよ」
「いいよ俺が出すから。てかそのつもりで来てるし、見た感じイヴはこれ気に入っただろ」
「っ…………」
貴族としてあたしよりも生きているイヴですら動揺する額があたしの前には表示されていた。
カタラーナを何個食べられるかとか、そういう次元じゃないレベルの額があたし達を酷く動揺させる。
「ゼラはそうでもなさそうだけど、とりあえず持ってて損はしないから受け取ってくれよ」
「……いや、流石に大丈夫?」
「俺を信用しろって。それより見た目が気に入らなかったりする? 他に好きなのあったらそれにするけど」
この状況においてメリアはたった一人の神のような存在になっていた。
この場のだれもが逆らえないほどの金銭力を見せつける彼に、あたし達は従うしかない。
「そういうわけではないんだけど、本当にいいの?」
「むしろ受け取って貰えない方が困るんだぜ、こういうの。こういう時くらいカッコつけさせてよ、二人共さ」
そう言われたあたし達は目を合わせぎこちなく頷いた。
メリアの言う通りここは受け取らないと彼の格好がつかないだろう。
「……ありがとうございます、メリア」
「ありがとね、メリア」
「いいってことよ。それじゃあ少し待ってて」
店員と共に奥へ行くメリアを見守り、声が届かなそうになってからあたしは口を開いた。
「……無駄に緊張したかも」
「私もです」
分かってはいたが彼の行動で緊張したのはイヴも同じだった。無表情でいることが多い彼女も今は疲労を分かりやすく見せている。
「まぁゼラにあの指輪は似合うでしょうし、よかったんじゃないですか?」
「それならイヴだって……ん?」
イヴが先程のアクセサリーをつけている所を想像した瞬間、あたしの中にある事が思い浮かんだ。
それからあたしは店内を見回す。些細で合わないかもしれない部品を探すために。
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもない」
彼女に気がつかれないようにあたしは探し続ける。そして一つだけ見つける事が出来た。あたしでも渡せそうな物を。
「戻ったぞーん。じゃっ、二人とも色々と調整してきてもらって。ゼラのはこの場で持ち帰れないけど、イヴの方は今日持ち帰れるから」
「分かりました」
「へぇ、そんなのあるの」
「そっ、ネックレスはまだ調整無しでもどうにかなるけど、指輪は流石にな。指のサイズ違ったらどうするのさ」
「あー確かに」
「それとリングにフィアナスタの刻印を入れたりとかしたいから、届くのはそこそこしてからだな」
メリアの説明に納得したあたしは店員の案内に従いついていく。
--------
「よし、次の店行くか」
あたし達の調整が終わるとメリアはそう口にした。どうやらまだまだ買い物は終わらないようだ。
次の店はもう少し庶民向けだと心の負担が減るのだが……。
あたしがそう思っているとその気持ちを代弁しようとしてくれる子がいた。
「それなんですがメリア。その……私はこれ以上はなんて言いますか……」
「気にしすぎだって。もうちょい楽しもうぜ、せっかくの機会なんだからさ。ゼラも早く来いよ」
もっともメリアには庶民の気持ちなんて伝わらなかったが。
そしてあたしはここで自分の目的を果たそうとする。
「ごめん先出てて」
「へぇ……やるじゃんゼラ」
メリアは怪しげな笑みを見せながらそう言うとイヴを連れて店を出た。
「何か購入されますか?」
「うん、このイヤリングをお願い。それとこれも」
そう言いあたしは目当ての物を二つ購入して店を出る。メリアは何かを察したような表情で見てくるが、あたしはまだ渡さない。
それからは三人で食事を楽しんだり各々が見たい店を一つずつ巡ったりした。気に入った服まで買って貰ったイヴは年相応の女の子らしい照れ方をしていて可愛らしかった。
同年代で集まり他愛のない会話をしながらの買い物は、思っていた以上に楽しくあたしの時間を有意義なものにする。
少し前では考えられない光景だ。これもメリアのおかげだろう。
そしてそんな楽しい時間はあっという間に過ぎる。
「さて、そろそろ私は帰りますね。その……今日は色々とありがとうございました」
「こっちこそありがとな。てか今日のイヴやけに素直じゃん。これなら毎回何かプレゼントしてもいいかもしれないな」
「っ……調子に乗らないでください。なんていうか、本当にメリアのやり方は卑怯ですよ」
「その卑怯なやり方はまだ残ってるぜ。ほらゼラ、早くつけてやれよ」
「そうね、今つける。動かないでね、イヴ」
メリアに促されたあたしは購入したイヤリングを出してイヴに近づく。
彼女は何をされるか分からない、といった無防備な無表情であたしを見つめてくる。その姿が少し愛らしい。
それからあたしは屈んで彼女の耳にイヤリングをつけた。メリアが買ったネックレスと比較すると小さなエメラルドだが、悪くはないだろう。
「うん、似合ってると思う。これあたしからのプレゼント」
「っ…………」
「ゼラ意外とセンス悪くないじゃん。似合ってるよ、イヴ」
「意外は余計よ」
正直こういうオシャレには自信もなく理解もない。だから変だったらどうしようという思いがあった。
しかしメリアに肯定してもらえれば安心出来る。余計な言葉はつけなくていいのに、とは思うけど。
「……フィアナスタは本当にずるいですね」
そう言いイヴは手鏡を出してあらゆる角度でイヤリングを確認する。そして時間が経つにつれ彼女の頬は赤く染まっていった。
「どう? 気に入った?」
「……とてもいいです。でも、その……」
「ん?」
「…………私は二人にこんな高価な物……返せませんよ」
俯きながらそう口にするイヴにあたしは、口にするか躊躇うものを感じてしまう。
いやプレゼントに見返りなんて求めないでしょ、バカじゃないの、と。
だって結局気に入った相手に喜んで欲しいから用意するのであって、困らせたいわけじゃない。
「いや勝手にこっちが渡したかっただけだし返されても困る。な、ゼラ」
「えっ……あ、うん」
「そもそもこっちは公爵家産まれなんだから、その俺やゼラと本心だけで関わってくれるイヴは貴重なわけ。だからこれまでと同じように仲良くしてくれたらそれが高価なお返しになるよ」
あたしの気持ちを代弁するどころか更につけ加えたメリアには相変わらず口が上手いと感じさせられる。
周囲にたらしと言われる理由はおそらくこういうとこだろう。
「そもそもあたしが買ったイヤリングはそこまで宝石でかくないけどね」
「そういう問題じゃないです……メリアもゼラも、本当にありがとうございます。大切にします」
「おう、大切に保管するだけとかなしな。気に入ったならちゃんとつけろよ」
「このイヤリングならともかく、あのネックレス普段使いは流石に躊躇いますよ。このバカ」
今回の彼女の罵倒は普段と違い少し温かいものだった。恥じらいだったり遠慮が感じられる可愛らしいやつだ。
「ははは、流石のイヴも今だけはいつものように言えないっぽいな。可愛いぜ」
「ね、可愛い」
「うるさいですたらし共。正直もう少し二人と過ごしていたいのですが、これ以上は親がうるさくなるので帰りますね。今日は本当にありがとうございました」
そう言いイヴは頭を下げた。
そして彼女のもう少し過ごしたいという言葉があたし達の心を堕としにかかる。
いやいや、普段冷たい子のそんな本音も卑怯でしょ。そう思いながらあたしは言葉を返した。
「こっちこそありがと。またね」
「怒られたらフィアナスタのガキにしつこく絡まれたって言えよ。こっちのせいにしとけばイヴの親じゃ何も言えんだろ。そんじゃあな」
「ええ、その時は使わせてもらいます。ではまた」
そう言い去っていくイヴの背中を二人で見送りあたし達は帰路についた。
そして少し経ってからメリアは口を開く。
「……本当は俺があいつのされてる虐め、止めてやんないといけないんだけどなぁ。こんなに仲のいい友人を守ってやれないの、ダサいよな」
「やっぱり前に言ってた人見知りってイヴの事なんだ。それでなんで止められないの?」
イヴがいなくなった瞬間メリアの雰囲気は変わり、普段の陽気さが消えていた。楽しい時間を過ごしただけ守れない自責の念があるのだろうか。
「簡単に言えば俺がドライになりきれないんだ。虐めてる連中の家はどこもイヴの家より上で、中には王家の奴だっている。だからフィアナスタの次男が少し注意する程度じゃあいつらは止まらない。俺に隠れてするようになるだけだ」
「なるほどねぇ。いくらうちでも王家ほどの威圧感はないわけか」
国の中枢を担う家の子供が皆してバカな事をやっているとなると、イヴの精神的負担はとんでもないものだろう。
だが王家という絶対的存在が他人の関与を許させない。卑怯な連中だ。
「これからはうちが王家より恐ろしい存在になりそうだけど、今それはいいや。なんていうか、俺があいつら全員を切り捨てるように動けばまだ変わると思ってるんだけどさ、それができないんだ。ゼラに理解出来るかは分かんないけど、貴族や王族の元で産まれ育つととんでもない期待を押し付けられ他者と比較される。すると同年代全員がイヴの実力と比較されるわけだ。なんであんな家の奴に劣るんだと」
「……期待も比較もされる気持ち分かるわよ」
環境は違えど役目に対しての期待はきっと貴族以上だったと思うから、あたし。
それはともかく、家の格で勝りプライドの高い人間からしたら、子供がイヴのような立場の弱い家の子供に負けるのは我慢ならないのだろう。
その結果が虐めか。醜い。
「そか。まぁ、そうして子は親に責められストレスが溜まっていく。それと同時にイヴの事を嫌悪するようにもなる。だからその発散先として集まって虐めなんてくだらない事をしてしまう。イヴからしたら怠慢なら勝てても囲まれたらキツいだろうし、そもそも格上の貴族を傷つけたら色々と問題だ。どっちにも良いとこ沢山あるのに、正解が分かんねぇ」
あたしなら迷いなくイヴを選ぶ。と言いたいが、どちらとも仲がいいと本当に分からないのだろう。
メリアの表情は一目見るだけで察せる程度に曇っていた。
だからこの場であたしに出来る事と言えば、彼を慰める事くらいだろう。結局学校の問題は通う人間にしか解決出来ないのだから。
「……そうね、確かにあんたはドライになりきれてない。どっちも大事にしようとしてるわ。でもまぁ、それはそれでメリアの良いとこなんじゃない?」
「そうかな。そもそもゼラはこういう甘い考え好きじゃないと思ってたけど」
「その甘さに救われてるからね、あたしは。あんたが思ってる以上に、イヴもメリアに救われてるかもよ」
ごめんねイヴ。二人だけの秘密にするべきだったけど、これくらいは伝えてもいいよね。
「なんだよ、急に小っ恥ずかしい事言うじゃんか。でもそれはありえないって。普段のイヴの態度見てたら分かるだろ」
「これだから朴念仁は。まっ、あの子は自分の事は自分で解決したがる子よ。あんたが自分からそこまで悩む必要ないと思うわ。あっちから頼ってくるまでね」
「うわぁ、一番言われたくない人に朴念仁って言われた。ちょっと反応に困るかも。にしても、ゼラらしいよそのドライなところ」
あたしに言われたくないとはどういう事だ。と尋ねたいとこではあるが、今は他を優先する。
メリアには自分が強くなる事を優先して欲しいし、あまり悩まないで欲しい。
「仕方ないじゃない。結局今のあたし達に出来るのは共に過ごす時間をいいものにするくらいよ。まっ、あたしにはあんたに出来ないやり方があるけど」
いずれイヴを虐めるクズ共には暗闇で痛い目にあってもらおう。すぐに行動すればメリアに疑われそうなので、三ヶ月くらいは待ってからだ。その間は情報を仕入れる事に集中すればいい。
そして彼女を敵に回すな、誰にもこの件を話すな、とだけ脅して恐怖で縛る。それだけで雑魚ならもう虐めなんてしなくなるだろう。そう考えているとメリアは顔色を変えて飛びついた。
「えっ、解決策なんかあんの?」
「秘密。それよりこれ」
そう言い話を逸らしたあたしはメリアにネックレスをかける。そのネックレスは小さなルビーを輝かせる控えめなもので、彼に貰った指輪ほどの価値はない。
「安物に感じるだろうけど、あたしからのお礼。いつもありがと。これからもよろしくね」
「っ…………な、なんだよ、俺にも買ってたのかよ。金大丈夫か?」
「あはは、給料ほぼ全部消えた」
隠しようがないのでここは素直に答えた。
それにしても、メリアがプレゼントを送りたがる気持ちがこの数分間でよく理解出来た。
イヴもメリアも、つけてもらった後の少し恥ずかしそうな顔がとてもいい。今度はベルやミラにもしてみたいな。
そう思っているとメリアに頭をぽんぽんと叩かれる。
「ったく、無理すんなよ」
「いいでしょ別に。あたし他に使い道あまりないし」
「まぁそうか。ありがとな、大事にする。でもちょっとチェーンの長さ弄りてぇな」
そう口にするメリアを見ていると確かにほんの少し苦しそうだった。
どちらかといえば女性用のアクセサリーだから、男性であるメリアの首周りにはチェーンの長さが足りていない。
「あーやっぱりちょっと短い? メリアからしたらそんなに価値ないだろうし、アレなら捨てちゃっても――」
「――俺からしたら金じゃない価値があるよ。妹様の初めてで不慣れなプレゼントってなると、かなりいいもんだぜこれ」
「なんか意地悪な言い方」
「いいじゃんか、気に入ってるんだよ」
そう言いメリアはネックレスを見つめてからあたしを見つめる。
「改めてこれからもよろしくな、エリカ」
「こちらこそね」
元勇者の名であたしを呼ぶ彼と一緒にあたしは家へと帰った。
今日も今日とて充実した一日だった。そんなあたしの日常の隣には、いつもメリアやミラがいる。勿論フィアナスタ家の皆やベルに、友人と呼べるイヴも。
ただこの時のあたしは知らなかった。ある子の恐ろしい独占欲を。
「どうして僕には贈り物ないのさー!! お兄様とだけ仲良くされちゃやだー!!」
「ちょ、ごめんマリー! 今度買ってくるから!」
「今度じゃ遅い! 僕もお姉様と二人きりで出かけたい!!」
メリアのネックレスをあたしからのプレゼントだと一目で見抜いたマリーは、屋敷内で大暴れして家族全員を困らせた。
おかげで充実していたはずの一日なのにベッドに入る前の疲労が凄まじかった。
しかもベッドの中には何故か自分の部屋に戻されたマリーがいるし、この子無茶苦茶過ぎる……。
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