二章 ギルド
新しい衣装を用意してもらってから約一週間。あれからあたしはずっとフィアナスタ家に居座りタダ飯を堪能していた。メリアやパパからすれば一応は先生として働いてる扱いなのだろうがその実感はない。
メリアはというと一週間でかなり成長した。あたしと軽く剣を交えながらもリーテン・デューダをしっかりかわせるようになったのだ。
「あっはっはっ! これでリーテン・デューダはもう怖くねー!」
「手加減してもらってるの自覚してから言えよ」
四基のリーテン・デューダをかわしながら調子に乗るメリアに呆れながらも、あたしは少し嬉しいようなよく分からない気分になっていた。別に自分が得してるわけでもないのに、彼の成長は見ていて悪くない気分だ。
「だったら少し本気出してくれても大丈夫だぜ。今の俺ならやれる」
「あっそ」
あたしはかわす事で悦に浸ってるメリアにリーテン・デューダを四基追加で飛ばした。左右の袖から一基ずつ、スカートから二基だ。
勿論一つ一つの動きは初心者でもかわしやすいようにノロマにしている。もっともこの武装自体がかわしにくいものだが。
「ちょっ、急に倍は違くね!?」
「剣で弾いてもいいし防御魔法併用してもいいわよ。実戦で負傷しないための練習だから」
「俺が防御魔法苦手なの知ってて言ってるよな! ああもうクソっ、セコいんだよこれちっこいくせに殺傷能力あって」
流石に実戦慣れしてない人間に八基の相手は難しかっただろうか。四基の動きを少しずつ速くする方が今はよかっただろうか。
そんな事を考えながらも必死に耐えるメリアをしばらく眺めていた。
「ぜぇ、はぁ……きっつこれ……」
体力の限界を迎えたメリアは地面で大の字になりながら息を整えていた。あたしはそんな彼の身体中にできたかすり傷を数える。
「お疲れ様。リーテン・デューダに触れられた箇所は十二箇所。つまりメリアはあたしに十二回殺されてたわけだ」
あたしは膝をついて一箇所ずつ彼の傷を治していく。肌に触れて回復魔法で痛みもなく痕も残らないように。
「分かってはいたけどエリカほんとつえーな。それでいて回復魔法も使えて、せめて一歩動かすくらいには追い詰めたいんだけど」
「今のあんたは探知に慣れてかわせる攻撃を増やせればそれでいいのよ。かわしたり防げるようになってから攻撃手段を覚えた方がいいとあたしは思ってるから」
「だとしても同い年の女の子にポケットに手入れられたまま完封されるのは男のプライドが傷つく。なんだよあれ全く動かずに急に危ないもん飛ばしてきて。無理だよ、魔法陣とか見せてくれれば分かりやすいのに」
出たメリアの弱音。
最近気がついたがメリアは本気で無理だと思っていなくても弱音を吐く。結局やる気は高くいつもあたしに食いついてくるのだから。
「ああ、それはママのデザインもあると思う。この服の武器の隠し方って奇襲狙いだから。それにあたし予備動作見せるの嫌いだから余計な動きは見せないようにしてる」
「ヴィクトリアス持ってる時はかなり大振りじゃんか」
「アレはかわされてもいい武器だから。ヴィクトリアスが原因でできる隙は魔法剣でカバーできるし、むしろその隙を狙ってきた敵には袖やスカートのリーテン・デューダが直撃すると思う」
話してて思うが、これまでのあたしの剣の使い方とヴィクトリアスの使い方は全くの別物だ。
勢い任せのヴィクトリアスには予備動作を見せた上で対応出来ないであろう攻撃を続けられる性能があるからそうやっているが、もし対応されたらあたしは一気にキツくなる。
これからも慣れて上達しないとなぁ。
「そんなのどう相手すればいいんだよ」
「んーヴィクトリアスは機動力と火力でごり押す武器だからあたしと同じくらい速く動けないと無理だと思う。それか持久戦ね。ミラに本気で粘られたら多分あたしは魔力切れ起こす」
そもそも転移魔法で知らない土地に逃げられたらあたしは追えないからな。
「現実的なのは魔力切れ狙いか……じゃあリーテン・デューダの対処は? 見慣れるしかないの?」
「敵だったら見慣れる前に殺せると思うからこういう初見殺し武装の対策にはならないかな。あんたの場合探知魔法の範囲を広げて、特に袖とスカートの中警戒しておけばいつ射出されて戻ってるかが分かるとおも……う…………」
ここまで口にしてあたしはある事に気がついた。
「…………なぁエリカ」
「……なに」
どうやらメリアもそれに気がついたようで、ただ明るく真っ直ぐなメリアではなくなっている。なんだか頬が少し赤い。
「男にスカートの中とか言うのやめねーか……?」
「……あたしだって流石に気づくから言わないで」
目を合わせずに伝えてきたメリアを見てあたしも目を逸らした。
いや、別にあたしはそういう趣味があるわけでもないし武装の対策を伝えただけであって、別に下着を意識されたかったわけでもないし、あーもうっ、あたしはなんであんな事言ってしまっていたんだ……。
無理、やっぱりスカートなんて履きたくない。スボンに戻りたい。
でも……リーテン・デューダを収納するならスカートの方が色々と都合いいのよね。
それからあたし達は気まずい空気のまま何も話せなかった。メリアが口を開いたのは少し経ってからだ。
「…………ギルドでも行くか。行ってゼラの登録でもしようぜ」
「そ、そうね。そうしましょ」
「じゃっ……着替えてくる」
「うん……」
互いに目を見れず上手く話せない。そんなぎこちない会話をしてあたし達は別れた。
今更女としての自分を意識するなんてバカバカしい。そうは思ってもこの妙な恥ずかしさは収まらなかった。
そしてあたしのメイドはそんな隙だらけのあたしを逃がしてはくれない。
「少しはご自分の愚かさを理解出来ましたか?」
「うるさい」
「色々と覚える事が多いですね、ゼラお嬢様」
どこか楽しそうに笑うベルに小さなイラつきを覚えながらも、あたしは黙って部屋に向かった。
--------
「パラヴィアの街ってこんな感じなのね」
「そりゃあ王都で休日だからな。どこも人だらけだよ」
現在あたし達はパラヴィアの街中を歩いていた。大国の王都なだけあって栄えてる事を感じさせる人だかりだ。
人間嫌いなあたしには人酔いさせるいい光景ではないが。
「なんか気になるもんあったら言えよ。なんでも買うぜ」
「あのね、あたしはさっき大金もらったばかりよ。流石に自分で買える」
そう言いあたしは家を出る前に渡された財布に触れた。ポケットの中のそれは肌触りだけで高価な物だとあたしに実感させる。いや、詳しくは知らないけど。
これはパパとママが用意してくれた物でここ数日間のあたしの給料とおまけらしい。
給料の額はちょっと経験のない値で受け取る時は緊張してしまうくらいだ。それでいておまけの財布も値段を知ってはいけなさそうな雰囲気を出しているのが恐ろしい。
正直無くしたり汚した時の事を考えると安物の財布に変えてしまいたい。
そんな嬉しい反面怯えてしまうプレゼントを大切に握っていると、メリアはため息をついて口を開く。
「はぁ、なにも分かってねーな妹様は。流石に宝石やアクセサリー買ったらなくなるだろ。ドレス嫌いなのは知ってるけど綺麗な宝石なら興味あるだろ?」
「ない」
「……正直ちょっと予想はしてたけど即答かープラン壊れるなちくしょー」
呆れた視線を貴族の兄に送られるあたしだが、ないものはないとしか言えない。
「なによ、あたしは無駄遣いしないわよ」
「いやむしろしていいんだよ公爵家の娘は。多少傍若無人でも許されるわけで」
「十分好き勝手してるわあたし」
「ああダメだお金の使い方を知らないよこの人。そこから教えないとダメだこの人」
もはや可哀想な何かを見る目で見つめてくるメリアが嫌であたしは話題を変えようとする。いや、確かに高価な物に興味はないし買う経験もないけどさ。
「なんか失礼ね。それより気がついてる? つけられてる」
「えっ、マジ?」
「探知してみて。フィアナスタ家にいた人間がずっとついてくるんだけど」
あたしがそう言うとメリアは探知魔法を使わずに口を開いた。
「ああ、それは俺が貴族の子供だからだな。うちの騎士団の誰かが護衛としてついてきてるんだよ」
「ふぅん、そういうものなんだ」
「ゼラは知らないだろうけど貴族の子供って結構狙われるんだよ。誘拐して身代金要求したりとかよくある話でさ、嫌いな貴族を陥れるためにそういう連中を雇う貴族までいるんだ。ほんっと人間は足の引っ張り合いが好きだよ」
醜い話だ。そう感じるのと同時に少し興味を持ってしまう。あたしが誘拐されたらそういうクズ共を直接裁けるなと。
「へぇ、ならあたしも攫われてみたいものね」
「それ弱いものいじめしたいだけだよね?」
「バレた? まぁ殺しておかないと面倒になる人間は先に始末しといた方がいいのよ。女神にもそう教わったし」
「えっ、女神ってどの国からも崇められてるあの女神様?」
あっ、ちょっと口が滑った。あいつの事は基本誰にも話さないようにしていたのだから。
まぁメリアなら問題ないか。あたしはそう思いながら彼を見つめる。
「そうだけどそれがどうかしたの」
「いや、意外とリアリストなんだな女神様って。もっと全ての人間に公平に優しいと思ってた」
「あいつは確かに公平よ。ショタコンだけど、基本正しい人間には優しいし根っからの悪人には冷たい。だから人を躊躇いなく殺せる人間を勇者に選ぶの。他の生きる人間全てのために悪人を殺せる人間を」
「まぁそういうもんか。綺麗事だけじゃどうにもならんよな」
あたしの予想通りメリアの反応に問題はなかった。変に拗らせた理想論を押しつけてこないだけ助かる。
まぁ、あたしはあいつの言う通りに人を殺し過ぎたのかもしれない。だから反感を買い人の輪から孤立した。
少しは綺麗事のように……いや、殺してもいい悪人ばかりだったし考えるだけ無駄か。そう思い口を開く。
「今となってはあたしも死んでいい存在に落ちたのかしらね。だからもうあいつに話しかけられる事もない。あいつの声が聞こえないのが元勇者の何よりの証拠ね」
「なんか、いいように利用されて終わりって嫌だな。今頃何やってんだよ女神様は」
「互いに利害が一致していたから何も思わないわ。あたしは勇者となるために育てられたのだから、選ばれる必要があった。あいつには魔族だけでなく人も簡単に殺せる強者が必要だった。互いに必要で、互いに必要なくなったから終わり。円満よ」
そういえば、魔王城から帰る時に女神に言われたっけ。ここからは一人で行動しなさいと。今思えば女神はあたしが母国と仲間に裏切られる事を察していたのだろうな。
仲間が是非私の家に、なんて言うから女神の忠言を無視して母国へと帰ったが、それから彼女の声は聞こえなくなった。
きっとあの時は見限るのにいいタイミングだったに違いない。互いに必要ではなくなったのだから。そう思っていると少し曇った表情のメリアがあたしを見つめてくる。
「……俺やっぱりゼラの価値観おかしいと思う。女神だっておかしいよ。代わりに頑張ってくれた勇者様があんな目にあったっていうのに、自分は何もしないんだろ。もう話しかけてもこないって、普通謝罪くらいするだろ」
どこまで知ったのかは分からないが、メリアはあたしの身に何があったのかを知っていそうな口調だった。
まぁパラヴィアでも力ある貴族であるフィアナスタ家なら、他国の情報も簡単に仕入れられるだろう。パパとママもその辺察していそうだったし。
「……何を知ったのかは知らないけど、あたしは何も気にしてないわよ」
嘘だ。ここであたしは嘘をついた。でもメリアにはあの件に触れて欲しくなかった。人の汚い部分ばかりが見えるあたしの過去にだけは。
「本当かよそれ。もっと怒ったっていいだろ、復讐したって誰も責められないだろあんなの」
「あたしは今の環境に満足してる。だからそれでいい。それにあのバカ女神なら今頃ショタ探しに忙しいだろうし、もしかしたらマリーを見つけられて再び出会うかも」
これは割と本心で言っている。ミラやベルがいてフィアナスタ家で過ごせる日々は本当に満たされる。
あとあのバカ女神もマリーには絶対堕ちる。間違いない。それだけマリーは可愛いし抱いていたくなる。
「……ゼラがそれでいいなら、いいけどよ。でも俺は、ゼラはもっと幸せになっていいと思う。俺に出来る事ならなんでも言って欲しい」
「…………まっ、代わりに怒ってくれるのは嬉しいわ。でもあたしが求めるのは穏やかな平穏だから今がいいの」
こうは言っても気にならないわけではない。もし復讐をしたとしたら……どうなんだろうね、
気持ちいいんだろうな、くらいには考えてしまう。まぁ迷惑かけたくないからしないけど。
とりあえず、いい加減話題は逸らした方がいいかな。心のためにも。
「それとさ、今更なんだけどそういう話題は話すにしても家でしようよ。あたしが風魔法で防音してるの気がついてる?」
「……ああぁっ! やべっ、ごめん大丈夫!?」
「ベルがセーフティ用意してくれてたから問題ないけど、普段のあたしじゃ無色の風魔法とか無理だから」
口が滑ってからのあたしは会話が外に漏れないよう球体のバリアを風魔法で生み出した。それがなければあたし達は周りから変な目で見られていたかもしれない。
「ううぅ、ダサい自分が嫌になるぜ……」
「面白いわよ、今のあんた」
「頼むから名誉挽回のチャンスをくれ……」
さっきまで小さな怒りを見せていた人物とは思えないほど凹んでいる様子が妙に可愛い。ダサいのは変わりないけどね。
「いいけど何するの?」
「まずは飯! というかゼラの場合甘いものか。ショートケーキもカタラーナもなんでも美味いところがあるからそこに連れてく!」
へぇ、いいじゃん。不覚にもそう感じてしまったあたしはその後も期待する。
「その後は?」
「冒険者ギルドに行って俺が依頼達成するかっこいいとこ見せる! 成長した今ならそこそこな魔物退治でもいけるはず」
「前者は嬉しいけど後者は別に。それより防御魔法の練習に励んでくれた方が助かるんだけど」
「そ、そんな事言わずにさ、男は女にかっこいいとこ見せたいものなんだって」
まぁ確かにそういう人は多そう。でもあたしあんたより強いし、そもそもかっこいい姿ではなくダサい姿ずっと見てきたんだけどなぁ。なんて思い指摘した。
「ここ二週間ずっとダサい姿見てきたけど」
「ああもうっ! 意地悪な女だなこいつ!」
「そうよ。憧れを抱いていた女は弱いものいじめ大好きなクズだったってわけ。先生解任するなら今のうちね」
最初の頃よりも互いに遠慮のない言葉選びになっていくのが面白く、あたしはつい意地悪をしてしまった。
なんていうか、メリアってちょっといじめがいがあるのよね。反応が可愛い。
「ううぅ……前の先生より成長感じてるからそれは出来ねぇ……と、とにかく行くぞ。こうなったらやけだ俺も食う」
「ふふっ、今日のメリアおかしいわね」
面白い何かを提供してくれて、それだけではなくあたしを理解した上で心配してくれる。そんな彼にあたしは少し惹かれていた。
--------
「あー食った食った」
「ご馳走様。美味しかったわ。でも自分の分くらい出したのに」
メリアに案内されたお店の料理は、フィアナスタ家のものと比べ負けず劣らずの味だった。まぁ庶民の舌ではしっかりとした優劣など分からないのだろうが、あたしの心は満たされている。
ただ流石に同い年の子に奢ってもらうのは気が引けた。メリアが頑固な反応を見せるので任せたが、ここ最近ずっとタダ飯しか食べてないのは少し気にする。
「いーのいーの。こういう時は男に任せるもんだぜ。そもそも誘った側が出すのが礼儀だろ」
「あたしはその辺よく分からない。なんか一方的に貰ってばかりだと申し訳なくなる」
「いや貴女は五年前に無償で俺らの命助けてるからね。それと比べれば安すぎるわけで……まぁゼラはずっと理解しなそうだし、もう冒険者ギルド行くか。所属したいギルドとかある?」
「あっ……」
メリアの言葉であたしは思い出した。ギルドには種類があり個人で運営するタイプと国が運営するタイプがあった事を。
そういえば冒険者登録する事しか考えてなくてどこを選ぶとか何も考えてなかったな。そもそもこの国のギルドに詳しくないし。
そんな事を考えていると目を細く伸ばしたメリアが見つめてくる。
「もしかして何も考えてなかった?」
「あはは……その通り」
あたしの言葉を聞くとメリアはため息をついてからもう一度口を開く。
「なんかもうゼラに慣れてきた。とりあえず目立ちたくないなら国立ギルドで登録してフリーの冒険者になるといいよ。俺もそうしてるし」
「慣れてきたってなにさ。まぁ分かったわ、道案内お願い」
「おっけ。この際だから聞くけど個人運営ギルドと国立の違い分かる?」
知るかそんなもの。興味がない。と言いたいところだったが、ギルドまでの道中暇なので尋ねる事にした。
「知らない。どんなの?」
「まず国立でフリーの方が手数料とかで金持ってかれるらしい。その代わり個人運営のとこに所属してると面倒なイベントに巻き込まれるんだってよ。ギルド同士の討伐数ランキングやたまにやってる武闘大会で結果残せばいい仕事くるからな」
イベント……そう言えば聞いた事がある。魔王がいない平和な時期は人同士で高め合うためのイベントがよく開かれると。
出来るだけ目立ちたくないしそういうのは参加しない方がいいか。
「ふぅん……なら確かにあたしはフリーがいいや」
「ゼラの実力なら色んなとこから勧誘くると思うぜ。あとは……あー貴族で冒険者登録してる奴も基本フリーだな。普通貴族は冒険者登録する必要がないからそういう連中は皆目立たないようにやってる。まぁ目立つためにやってる連中もいるけど」
「ならなんであんたは登録してるのよ」
「俺はミラさんの影響。あの人ダンジョン巡りよくしてるんだけどさ、戦ってる姿かっけーんだもん。あと冒険者って男のロマンだよやっぱ」
あたしが尋ねるとメリアはとても楽しそうに語りだした。やはりメリアも男らしくそういうのが好きなようで、ミラが歳下の男の子に人気なのも納得だ。
「あたしにはそのロマンってのがよく分からないわ」
「まぁゼラはどんなロマンも理解しようとしなさそう。ヴィクトリアスの変形にロマン感じたりしないだろうし……なんて言ってたら着いたな。ここだよ」
そう言われたあたしは目の前の建物を見上げた。その建物は想像以上に大きく人が集まっていた。その大きさはどこかの貴族の家くらいありそうだ。
勿論フィアナスタほどではない。少しも。
あとヴィクトリアスに感じるロマンは力だけだ。
そんな事を思いながらもあたしはメリアについていきギルド内に入った。
「あれ、イヴじゃん。これから仕事?」
「……そうですが、貴方こそ何故こんな所にいるんです? ここは公爵家の人間が来る場所ではないでしょう」
ギルドに入ったメリアは知り合いを見つけたのか声をかけていた。その子は魔導士って感じの黒い服装の女の子だが、心の底から嫌そうな表情でメリアを見ている。
聞いていた話と違いメリアは異性から嫌われているのだろうか。
「俺だってギルドには来るぜ。強くなってダンジョン巡りしたいからな。それに今日は別の用事もあるんだよ」
「そうですか。では私も用事があるので」
そう言い女の子は短い黒髪を弄りながらあたし達の横を通り過ぎようとした。毛先の方が少し群青色になっているのが、あたしとしては少し気になってしまう。
昔のあたしと同じ髪色を部分的にでも持っているのがどうにも……ね。彼女の群青色の瞳は美しいが、髪の群青色は恐れられていた魔族を思い出させる。
「ちょ待てよ! 珍しく外で会ったんだから少しは話そうぜ」
彼女の容姿を観察していると、メリアが強引に手首を掴んで彼女を引き止めた。ちょうど隣にいたその子からは舌打ちが聞こえてきたが……ヘボ兄貴よ、嫌われてるなら絡むのやめたら?
「話す事なんてありません。急いでますので」
「いいじゃんか、今日の依頼はっと」
「なっ、返してください」
メリアは嫌がる彼女から依頼の用紙を奪うと、身長を利用して無理矢理中身を見る。うーん、これっていじめか何か?
衣装的にも長杖を背負っている姿からも彼女は間違いなく魔導士だろうが、筋力のない魔導士から無理矢理物を奪うのは少し可哀想だ。
「ふぅん、Eランクの依頼を一人でねぇ。相変わらず無茶してんな」
「私はDランクですので無茶ではありません。一人がいいんです」
「報酬分けなくていいもんな。あとお前友達いないし」
本当にそうだとしたら迂闊に言っていい言葉ではないだろそれ。なんて思うが、あたしが介入するべきとも思えないのでとりあえず眺めていた。
すると黒髪の女の子は表情を歪めてメリアを睨む。
「……相変わらず失礼でムカつく男ですね。私を煽る暇があったら連れの相手でもしたらどうですか? 貴方の言動と行動に引いてますよ」
「えっ、マジ?」
「……あんたのウザ絡みに引いてる」
振り向くメリアにそう言うと、何故だか彼は傷ついたようなリアクションを取り後ずさる。
いや、このウザ絡みは誰でも引くでしょ。
「話の分かる方で助かります。私の名はイヴレイド・メダリオといいます。一応そこのデリカシーのない男のクラスメイトです」
メリアから紙を回収した彼女はあたしに頭を下げると名乗り始めた。
うん、普通に礼儀正しい。人を寄せつけない雰囲気はあれど会話は出来そうだ。
「あたしはエリ……ローダンセ・ゼラ・フィアナスタ。一応これの妹って事になるのかな」
ママのように偽名を一瞬忘れたあたしだが、どうにかこちらも自己紹介をする事は出来た。いい加減偽名に慣れろあたし。
「……ああ、話に聞いていた養子で先生の方ですか」
「メリアから聞いてたんだ」
「嫌ってほど自慢されましたから。騒がしくて反吐が出る」
「あはは……なんかヘボ兄貴がごめん」
どうやらあたしはメリアに外で色々と語られているようだ。正直遠慮して欲しいのでメリアには後でそう伝えておこう。
「貴女が悪いわけではありませんよ。では私は仕事があるのでこれで」
あたしにだけ頭を下げたイヴはそのまま立ち去ろうとした。だがしつこいあの男は放っておかない。
「待てよイヴ」
「……なんですか」
「金が欲しいなら一緒に高難度の仕事行かないか?」
メリアの言葉にイヴは不機嫌な表情を隠さずに振り向いた。この感じだとお金に反応したのだろうか。
「……三人で行くつもりですか?」
「おう、俺も成長したしゼラとイヴがいれば楽勝だろ」
「一応聞きますが貴方のランクは?」
「F!」
ランクを尋ねられたメリアは得意気にそう口にした。
いや、下から二番目のくせに何故こんなに強気なんだこいつは。
どうやらその疑問はイヴも一緒に抱えてくれたようで、呆れた表情でメリアを見ていた。
「……話になりません消えてください」
「待て待て待て、ゼラなんてまだ未登録だぞ、俺以下だぞ。ゼラにも同じ事言えよな!」
「……呆れてものも言えません。それに一目見れば彼女の実力は多少把握出来ます。まぁ、私には奥底に恐ろしいものを秘めてる事しか感じられませんが」
「えっ……」
何かを見透かされたような彼女の発言にあたしの胸はざわめく。この子……多分魔力探知のレベル高いな。今のあたしはベルのマッサージでかなり魔力を抑えているのに。
「冗談です。ともかく実力もランクもないバカと実力はあってもランクのない人間では高難度なんて行けないでしょう」
「それがあるんだなぁこれが」
「信じられません」
「信じなくていいぜ。でもついてきたらその依頼の十倍の報酬が出る依頼を受けれるぜ。勿論一人あたりな」
「っ…………」
どうやらメリアはバカでも相手の弱みを交渉に使うのは上手いバカのようだ。強気なイヴも十倍という金額を聞いて頭を悩ませている。
「……もし嘘なら殺しますから」
「おう、かかってこい」
イヴの強気な発言に怯む事なく返したメリアは彼女を連れてギルドを出た。
あれ、あたしの冒険者登録は?
--------
「…………それでうちに来たと」
「そっ、ミラさんならなんか難しい仕事あるだろ? 紹介してくれよ」
「…………おいバカ女。このバカ兄貴止めろよ」
「いや、なんか乗り気だったし考えがあるのかなって」
呆れた瞳であたしを睨んでくるミラにあたしはこう返すしかなかった。
それからミラはしばらく黙った後、深く息を吸い込んで吐く。
「貴様ら二人なら帰らせるが知らない客人も来てしまったのなら話は別だ。何か用意するから現状のランクを教えろ」
「F」
「黙れ論外」
「未登録」
「貴様には聞いていない」
訊かれたから答えたはずなのにあたしは冷たくあしらわれた。悲しい。
「……はじめまして、ミラージュ・ダチュラ様。イヴレイド・メダリオと申します。現在の私の冒険者ランクはDになります」
「ほう……メダリオ家の者か。大体の理由は察した。苦労しているな。足手まといが二人いてもいいなら紹介するが、構わないか?」
メダリオ家? よく分からないがミラが察する何かがその家にはあるのだろうか。苦労しているとはどういう意味だろう。
この時のあたしはそれが気になり足手まとい扱いすら気にしなかった。
「足手まといは一人でしょう。聞いている通りの報酬なら是非私にやらせてください」
「健気な子だ。おいバカ兄貴、この子に迷惑だけはかけるなよ。それが条件だ」
「しねーよそんなの……てかなんで俺っていつもこんな扱いなの……」
この時のイヴとミラは後から思うと本当に上辺だけの会話をしていたように思う。
そして凹みながらもあたしを頼るように見つめるメリアがどこか愛らしい。
「バカで無鉄砲だからでしょ」
「ゼラまでぇ……」
「まぁ、どんまい」
自分でまいた種だろう。そう思いながらもあたしはメリアの頭を撫でた。
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