二章 新衣装
あたしがフィアナスタ家に泊まった日から一週間、あれからあたしはメリアに魔法と剣を教えながら自己研鑽に励んでいた。
ベルがあたしの身体に施してくれたセーフティのおかげで属性融合は起きなくなり、汚れた魔法を見られなくなったのがやる気に繋がっている。まぁ何もしていない生活に慣れないのもあるけど。
泊まっている家はメリアに付き合うためにフィアナスタ家を選んでいて、こちらの料理も質が良く毎日が充実している。一人だけ高貴な食べ方が下手なのは少し恥ずかしいがそう簡単に上達はしない。
メリアやアルだけでなくマリーも綺麗に食事が出来るのは流石公爵家と言うべきだろうか。
なんてここ一週間を思い返していると窓からメリアが大声を出しながら降ってきた。
「お待たせ! それじゃやろうぜ!」
「帰ってきたばかりなのに元気ね。それにしても窓から飛び降りるとか礼儀がなってないんじゃないの?」
「ゼラが言えることかよ。ドレス着こなしてヒール壊さないようにしてから言えよな」
軽口のつもりで吐いた言葉は何倍にもなってあたしの胸に直撃する。
この一週間であたしは高価なハイヒールを三つも壊したため冗談抜きで苦しい。あたしを笑うミラを思い出すのも嫌な気分になる。枕があったら飛び込んで殴りたくなるあの感覚だ。
「っ……うるさいこのヘボ兄貴。そんな事言うなら今日から厳しくするからね。より実践向きなやつでね」
「へっ、いいぜ。毎日成長出来て最高に楽しいんだからさ」
「ならさっさとヘボ兄貴から卒業してね」
そう言いあたし達はフィアナスタ家の訓練所で剣を構える。ミラの所持している修練場ほど頑丈ではないので本気は出せないが、ベルが結界魔法を張ってくれているので多少の衝撃は大丈夫だろう。
「おう、さっさと追いついて守る側になってやんよ」
「じゃあミラ殺しといて」
「あー……それは遠慮したいかも」
「冗談よ。あいつを泣かせるのはあたしだから」
緊張感のない言葉を交えながらもメリアのトレーニングは始まった。ヘボ扱いをやめる気はまだないが、一週間での成長スピードは早い。
そしてあたしはこの一週間でメリアの事を大分理解したと思う。
彼の戦闘スタイルは一言で言えば魔法剣士。あたしに近く剣も魔法もその歳にしては悪くない。だが悪く言えばそのレベルの魔法剣士は中途半端だ。
剣の腕は一流の剣士に届かず、魔法も魔導士ほど広範囲高火力なものは使えない。
そこであたしは訊ねた。どんなふうに強くなりたいのかを。
そしたらメリアはこう答えてくれた。
勇者エリカのようになりたい、と。
そんな言われ方をしたらこちらのやる気も多少は出てしまう。その時は「アホくさ」なんて言ってしまったが、あたしがよく使っていた高難度な探知魔法を教えたのはそういうことだろう。
本当は実戦慣れしてから覚えた方がいい技術だけど、探知慣れはしといて損しない。
「反応が遅い。反応出来ないなら防御魔法は常に全方位に」
「いやいやいや全方位は防御膜が薄くなるって!」
防御膜というのは防御魔法で生まれる壁の事だ。外からの攻撃は弾き内側からは好きなように物を出せる便利な防御魔法。なのだがメリアはこれの扱いがそんなに上手くない。
現在メリアはあたしの剣を捌ききれず防御魔法に頼ってなんとか凌いでいる感じで、これでは魔法剣士の利点がない。
ここからどう成長させるべきか……そんな事を考えながらあたしは少しずつ厳しく攻め込む。
「クソっ、ヒールの悪口一つでこんなに動き変えられるのかよっ」
「関係ない」
そう言いあたしは四基のリーテン・デューダでメリアを四方から急襲する。
「どわぁあぁっ! それアリかよ!?」
盛大な悲鳴と共に三基がメリアの身体に触れた。防御膜があれば防げたレベルの攻撃だ。
「ありよ。あんたを最速で強くするためなんだから。それに気がつかなくても全方位に防御膜張ってれば防げたでしょ」
「そ、それはそうだけど俺ゼラに剣の腕完敗してるんだぜ? 剣と防御魔法の二つで防ぐしかねーよ」
「そもそもあんたは剣の腕だけで勝てる相手が少ないの。あたしだって剣だけじゃ勝てない奴いるし……だからそういう奴に勝つ為に魔法を上手く扱うんでしょ。あんたの場合防御魔法は課題だらけだし得意な属性魔法をもっと使ったら?」
言いながら思うが防御魔法下手な人にこの武器まで使ったのは少しやりすぎたかもしれない。
これは思ってる以上にハイヒールを壊した事を弄られた恨みがあたしの中にあるのかも。
「うっ……俺学年じゃ剣の腕一番なんだけど……」
「まあその歳にしては悪くないんじゃない。でも目標があるなら小さな世界で満足しない事ね」
「っ……そうだよな。俺頑張る!」
落ち込んだかと思えばすぐやる気を出すメリアを見ていると、なんだか兄という感じは全くしない。子供を相手してる気分だ。
「とりあえず、この一週間で剣と魔法の質を上げたでしょ? 今日からはそれを合わせて鍛えましょ。教えた探知魔法でリーテン・デューダの位置を把握しながらあたしと向き合うの」
「えっ、一気に難易度上がってない? 俺剣振り回しながら高難度魔法使うのまだ慣れてないんだけど」
「これくらい余裕よ。というか慣れるための練習」
そう言いあたしは更に四基を追加で展開した。合計八基のリーテン・デューダがメリアを囲むと、彼は目を細めて口を開く。
「……言いたい事は分かるけど、リーテン・デューダ八基を今の俺にやれると本気で思ってる? さっきの恨みとかない?」
「……お、思ってるし怒ってないわ」
「こっち向いて言えよぉ!」
あたしが目を逸らしながら答えると、メリアは声を大きくして人間サイズの竜巻をあたしに向かって飛ばした。確か今の彼に出来る最大の攻撃魔法だ。
「ちっこい竜巻ですねぇ、下もこんなサイズなんですか?」
「急に入ってこないでベルっち! あとそれ悪口だから!」
「下のサイズ?」
「分からないならゼラはそのままでいよ。純粋な貴女でいて」
何の話をしているのか分からなかったが、メリアは顔を赤くしてベルを拒む。
後でミラかママにでも聞いてみようかしら、なんて思いながらあたしはちっこい竜巻を消し去った。
「まぁいいわ。とりあえず目標としては、斬り合いをしながらの探知魔法は常時で、防御魔法もほぼ常時。隙を見て今みたいな攻撃魔法も選択肢に入れられるのを目指しましょうか」
「……エリカさん俺人間」
「お嬢様、その目標は急に高くなっていませんか?」
あたしの言葉を聞いたメリアは目を細めて抗議し、ベルは柔らかな言葉で「ちょっと違くない?」と伝えてくる。
「えっ、そう? ちょうどいい目標かと思ったんだけど」
「もう少し達成しやすい目標の方が分かりやすいかと。それこそ斬り合いと探知魔法の両立から始めてはどうですか? でないとこの根性無しはすぐ泣きますよ」
「ムカつくけどベルっちの言う通りだよぉ……段階飛ばしすぎだよこの人ぉ」
バカにされてるのは承知でメリアはベルを肯定した。
うーん、あたしちょっと飛ばしすぎなのかな。教える側がやる気出しすぎて暴走するのも良くないか。
そう思いあたしは予定を考え直す。
「……そか、流石ベルね」
「そもそもさ、今のエリカも探知魔法ってそんなに使ってるの? ミラさんとやり合ってた時は武器に魔力持ってかれて使う余裕なかったんじゃない?」
とりあえずリーテン・デューダかわさせるか、と考えているとメリアに色々と尋ねられる。
今更だけどメリアはママと違い、人がいる時といない時でゼラとエリカの名をしっかりと使い分けてくれるので助かる。たまに人前でも呼ぶけど。
「教えた探知魔法ならもうあまり使ってないわよ。あたしが使うと周囲が汚い空気になって嫌だし」
「えっ、ならどうしてるの?」
「魔法剣に探知要素も加わるように改良したの。他には魔力を薄く広げて魔法でない探知手段にしてる。あたし魔法見せたくないから魔力のままどうにかする技術は勝手に上手くなったのよ」
最初の頃は風の探知魔法で周囲の情報を把握して目を閉じても戦えるようにしていたが、見た目が悪過ぎるので止めた。なんていうか、あたしの風魔法は身体に悪そうな瘴気のように見えるのだ。そりゃあ恐れられる。
だから見えない魔力を展開するやり方を覚え、それを魔法剣にも適用させる事で自身と離れた場所の情報も把握出来るようにした。言ってしまえば魔法剣はあたしのもう一つの目だ。
だからメリアにはいずれこの便利な魔法剣を極めて欲しいと思っているのだが……。
「へぇ……すげーな魔法剣! 俺も一つなら使えるようになったし練習したい!」
残念な事に彼の魔法剣はまだヘボヘボだ。
「基本を覚えてからにしなさい。探知魔法極めてからじゃないと探知能力付き魔法剣は使えないわよ。ただでさえ空間認識能力求められるんだから」
「へーい」
「とりあえず今はリーテン・デューダの位置把握に慣れてみて。防御魔法苦手なあんたなら防ぐよりかわす方が向いてるだろうし、上手く使えばダンジョンの隠し部屋とか見つけられるわよ」
まぁそれでも星域は見つけられなかったけど。ミラはどうやってあんな遺跡を見つけたのかしらね。
「おおぉ、汎用性高いのな。流石だぜエリカ」
「そりゃあそうよ。魔力を風にして周囲を自分の支配下に置くんだから、慣れれば地形も物も簡単に把握出来るようになるし、味方の援護だって簡単。その辺の探知魔法とは格が違うのよ、あたしのは」
「楽しそうですねぇお嬢様」
ベルの呟きが聞こえた瞬間あたしの理性は少し戻った。
メリアがあたしを持ち上げてくれるせいでどうでもいい事まで語ってドヤっていた気がする。らしくない。
「とりあえずまずは四基ね」
「おっけ、頼むぜ。いくぞ、エリア・ウィンド!」
メリアがそう言うと風の魔力が周囲に広がる。あたしの教えた高難度探知魔法だ。名前をつけたのはメリアだけど。
「相変わらず安直なネーミングセンスですね」
「あたしもそれ感じた」
「うるさいわ!」
少し顔を赤くして頬を膨らませるメリアは年相応で可愛い。
それからあたしはそんなメリアにしばらく付き合った。メリアはすぐ弱音を吐く割には覚えが早く、見ていて飽きない。
まぁ……本当は防御魔法を徹底して覚えてもらった方が生存率は高くなるんだけどね。
他は才能ある方なのに、防御魔法苦手ってだけで実戦ならしばらくはマイナスの方が大きいだろうなぁ。なんて考えていると訓練所にあの人が来てしまった。
「エリちゃーん! 新しいお洋服の完成よー!」
あたしのママ、というかお着替えの時間が到着だ……。
「うぇっ……」
「明らかに嫌そうな顔すんなよ」
隣にいるメリアは他人事のようにそう口にする。
こいつには分からないのだろう。ママが選ぶ服とあたしの相性の悪さが。
ベルもそうだがお願いだから動きやすい服を着せて欲しい。ドレスの類は本当に苦手なのだ。
あたしがズボンを許される時間はメリアの先生をしてる時だけって少し理不尽だと思う。
などと不満を心の中で形にしながらあたしはママに近づいた。
--------
「どう、エリちゃん。暗器の収納箇所が多くていいんじゃない?」
「奥様ー名前いい加減気をつけてくださいー」
あたしの偽名をいつも忘れてるママにベルが突っ込むが、この場には二人とメリアにあたしの四人しかいないため問題ない。
それにあたしはそんな些事など気にならないほど新しい衣装に衝撃をうけていた。
「……悪くない。それどころかかなりいい」
あたしが今着せられた衣装は、簡単に言えばオフショルの白いブラウスと黒と赤のコルセットスカートだ。その上から鎖骨や肩を隠すようにフード付きの赤いマントを羽織っている。
もっとも袖が縦に広がりすぎてて見た事ない服なのでブラウスと呼べるのかは分からない。
あとは歩きやすく耐久性がありそうな黒のブーツもいい。太ももにリーテン・デューダを収納出来るホルスターがついているのも高評価だ。
「でしょでしょ。武器の収納スペースはちゃんと確保してあるの。エリちゃんの戦闘スタイルに合わせてね。それでいて可愛く出来てると思うわ。特にオフショル着せたくて、あとガーターニーハイも。ほんと可愛いわエリちゃん」
「後半は母さんの趣味じゃねーか!」
メリアのツッコミが入るが、もはや見た目はどうでもいい。あたしに重要なのは性能だ。
ママの言う通り武器の収納スペースは過剰なほどに確保されていて正直余る。
背中には収納形態のヴィクトリアスをしまうスペースがあり、大きなマントがその姿を隠してくれる。主武装の姿を晒さずに済むのはありがたい。
大きな袖やスカートの中には大量のリーテン・デューダが仕込まれており、これらは奇策として近距離の初見殺しに使えるだろう。
パッと見だと相手から見える警戒すべき対象はホルスターのリーテン・デューダくらいだろうか。情報を与えないスタイルの衣装があたしは好きだ。
「うん、よく理解してくれてる。特にこの手元が見えにくい大きな袖いいかも」
「収納用の広口袖ね。リーテン・デューダで不意打ちしてもよし、魔導砲を溜めてもよしで相性いいと思うわ。一点物じゃないから袖破いたり壊して状況に合わせて使ってね」
「ありがとママ、ちょっと感動してる……!」
最初は期待していなかったママの衣装作りだが、蓋を開けてみればとてもあたし好みな衣装に仕上がっていた。
欲を言えばスカートでない方が助かるのだが、暗器の収納箇所にできるのはスカートの特権だろう。適当なズボンでは不可能だ。
その事を理解してしまうとこれまでのような拒否反応は鎮まった。
「私も自分の才能が恐ろしいわ。エリちゃんをこんなに可愛くかっこよく仕立て上げられるなんて」
「私としてはこの無茶なデザインをたった数日で形にした挙句リーテン・デューダの個数を用意しきった吸血鬼組を褒めて欲しいところですが……まぁヘリダ様の才能は認めます」
ベルは目を逸らしながらボヤくように口にした。その言葉を聞いて確かにそうだとあたしは納得してしまった。
高性能な武器を大量に用意し専用の衣装を作成する。それを一週間以内に行ったのは凄い。
というか衣装作成はミラのとこでやってくれたのね。
「そうそう、そのマントは意外に耐久性あるからなにかあったら盾にしてみて。エリちゃんレベルの戦いでは意味ないかもだけど」
「もしかして星域の素材かしら」
「そうみたい。それでミラ君も衣装新調するみたいよ。外側は黒くて内側は赤いマントって、ほんと吸血鬼の印象通りよね」
「げっ、赤被ってるじゃん。マントの色変えない?」
そもそも赤はそんなに好きじゃないし。なんて感じて口にしたが、ママを見ればあたしの意見が通らない事は察する。
「だーめ。私の配色を信じて。エリちゃんが一番かっこよく見える配色だから。それにそれを言い出したら赤い瞳も被ってるじゃない」
「瞳は変えられないから諦めてるだけよ。あいつと被るのは嫌」
あの夜ミラのおかげで色々と楽になったのだから彼の事は嫌いじゃない。が、それとこれとは話が別だ。
単純にあたしがあいつに勝つまでは被ったりなんかしたくない。なんていうか、部下とかに見られそうだし。
「なら勝ってあっちの色を変えさせたら? この際ピンクとか可愛い色に変えてあげましょうよ」
「いいわねそれ。この服なら負ける気がしないしちょっと行ってくる」
こんなに武器を増やして専用の衣装がある今なら以前より善戦出来るかもしれない。というか、この数日間でヴィクトリアスの扱いは上達した。
そんな今のあたしならミラに勝てる!
そう感じたあたしの行動は早かった。
「ふふっ、いってらっしゃい。いい報告を待っているわ」
「……あの人俺への授業を忘れやがった」
「好きな分野に関しては歳相応ですよね。今はミラ様に勝ちたい一心のようで……ではゼラお嬢様の代わりに私がしますね。どうせエリア・ウィンドに慣れるだけの段階ですし」
飛び去ってから気がついたが、あたしはメリアの授業をほっぽり出してフィアナスタ家を出てしまった。
まぁ、ベルが代わりをしてくれるなら問題ない。
それよりも……待ってなさいよミラ。今日こそ負かしてやるんだから。
気分のいいあたしは全力の飛行魔法を楽しみながらウキウキでミラの屋敷へと向かった。
--------
「うぅぅ……ベル、目眩する……」
「貧血ですね。ゆっくり休んでください」
ミラとの勝負に再び負けたあたしはフィアナスタ家の客室で横になっていた。
今回も追い詰めはしたのだが、結局ミラの回復力と分身魔法にやられてしまった。悔しい。
当たり前だが衣装作成に関わっていた彼には袖やスカートからのリーテン・デューダは初見殺しとしてそんなに機能しなかった。むしろ使える数が増えた事によるあたしの判断遅れが目立った。
「おーい、大丈夫かー?」
「お姉様ー!」
横になっていると扉の外から二人の声が聞こえた。ヘボ兄貴と可愛い可愛い弟だ。
二人はこちらが返事をする前から部屋に入りあたしが横になるベッドの隣までやってきた。
「お姉様抱っこー!」
「どうだった勝負は。やっぱりミラさん強かった?」
遠慮もなく入ってきた二人は何食わぬ顔で自分の言葉を伝える。
マリーに至っては勝手にベッドの中に入ってくる始末だ。可愛いからむしろ嬉しいけど。
「よしよし、マリー可愛いよ」
あたしは抱きついてくるマリーを抱き返して頭を撫でながらメリアの言葉に答える。
「なんていうかね、ミラが強いのは当たり前なんだけど、あたしが慣れてないって負け方だった。ヴィクトリアスにもリーテン・デューダにも。だからもっと慣れて強くならないと」
「俺から見たらもう十分すぎるほど強いけどな」
「まぁそうだろうけど、あたしにはこれしかないから」
結局あたしは他の生き方を知らないのだろう。勝てない相手がいるうちは更に強くなりたいと願ってしまう。
「んーそんな事ないと思うけどな。マリーだってこんなに懐いてるし」
「この子は魔力目的な感じするけどね。今だって吸われてるし」
マリーは毎日会う度にあたしから魔力を吸い取っていく。別にそこまで吸われるわけでもないので問題ないが、他の人にはするなって教えるべきだろうか……。
「あー確かに……ってそうじゃなくて、ゼラが他に何もないように感じるなら、これから俺達がゼラの何かになるよ。俺だっていつか追いつくし?」
「それはもう少し強くなってから言ってね」
「うっ……でもあの後ベルっちに付き合ってもらってなんとなく掴んだんだぜ?」
「なら明日の朝を楽しみにしてようかな」
得意気に話すメリアを見てあたしはそんな言葉を口にしていた。一日でそう簡単に変わるわけでもないというのに。
「おう。少しズレたけど俺が言いたいのはさ、俺らはずっと長く生きるんだから、自分を卑下するような言葉は少し控えようぜってこと。ゼラが思ってる以上に時間はあって、その分だけ可能性があるんだからさ」
どういうわけかメリアは突然真面目な顔でよく分からない事を伝えてきた。なんていうか彼らしくなくて言葉が詰まってしまう。
「……急になによ。あたしは自分がドレスを着こなせる日がくるとは思えないわ。ヒール折っちゃうし」
「それは……慣れだよ慣れ。これから戦闘以外の事にも触れていくうちに、色んな出来る事がゼラにも見つかる。だからあたしなんて、とか自分にはこれしかない、とかは気軽に言うなよ。こっちが悲しくなるじゃんか、もう家族なんだから」
ここにきてあたしは自分の発言が理由だったと気付かされる。本気で悲しんでいるわけではないだろうが、メリアはメリアなりにあたしを支えようとしているようだ。
なんていうか、くすぐったい。少し的外れな部分が。あたしの価値観なら強さだけあればいいし。
でも……ここまで豪勢な生活をさせてもらってる以上、発言に気をつけた方がいいのは間違いない。そう思いあたしは謝った。
「……ごめん」
「まぁゼラはこういうの慣れてなさそうだもんな。早く慣れて自己肯定感上げてけー?」
「そこまで言うなら慣れるまで末永く付き合ってね。あたしも末永くメリアいじめ……鍛錬に付き合うから」
どうせあたしが慣れるのは当分先だろう。そんな事を考えながら口を動かしていると失言が生まれてしまった。
「おい言い直しただろ今! 末永く俺をいじめたいって意味かよそれは!」
当たり前だが失言を逃すほどメリアは抜けてない。むしろ過剰なまでの反応を見せてくれる。
「あぁ、いや……そういうのじゃないのよ? 別に今日相手して弱いものいじめとか感じたわけじゃなくて」
「思っても口に出すなよそれは! へこむって!」
「あはは……」
どうにか誤解を解いたあたしだが、これはこれで精神的ダメージがあったようだ。
発言に気をつけた方がいいと感じた瞬間にこれだと、やはりあたしに戦闘以外は無理ではないかと実感してしまう。
「ったく……こっちこそ末永くよろしくな、おバカでヒール壊しまくる妹」
「うるさいヘボ兄貴。まぁ、今後もよろしく頼むわね」
マリーを抱きしめながらも見上げるメリアは、最初の印象と違って温かく身近に感じる事が出来た。
でもこの時あたしは一瞬でも愚かな妄想をしてしまった。それが自らの心を蝕むとも知らずに。
もしもあたし達が最初から兄妹だったとしたら……あたしが最初からフィアナスタの一員だったら、なんて考えるのは愚かだ。でもどうしても考えてしまう。
だってあたしが感じる温もりには、決して埋められない溝があるんだ。血の繋がらない家族という溝、線引きが。
だから返せるものが欲しい。返して近づける何かを見つけたいと、与えられれば与えられるほど心が焦ってしまう。人嫌いのくせに、随分と自分勝手。
そんなんだから騙され裏切られるんだよってあたしを嘲笑うもう一人の自分が嫌になる。こんな楽しい場なのにね。
きっとこの感情は、あたしが本物だったら生まれない。偽物の家族だからこそなのだろう。
だから、一度くらいは妄想しても悪くないよね? 最初からこうだったらって。
「はぁ……お二人とも末永くなんて言葉は簡単に使わない方がいいですよ」
「えっ、そうか? どうせもう家族なんだし問題ないでしょ」
「そういうわけでは……いえ、無自覚バカに説明するのも面倒なのでもう何も言いません」
ベルの指摘はあたしの耳にも届いたが、この時のあたしは一時的に現れた感情を処理するのに必死で言葉を返せなかった。
それからはこんな感情を抱え込む機会はまずなかった。
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