二章 フィアナスタ
「えっと、ローダンセ・ゼラ・フィアナスタです。これからよろしく、お願いします……」
着慣れないドレスを着せられたあたしは、公爵家の大広間で兄弟となる人物達に挨拶をしている。
あの日ミラがあたしの心を拭いてくれたおかげで、フィアナスタ家へ来るのに嫌悪感はない。
むしろ興味がある。あたしなんかにそこまで恩を感じる物好きな連中に。
聞く話だとフィアナスタ家は四兄弟らしいが長男は忙しくてしばらく家に顔を出せないらしい。だから今目の前にいるのは三人の男の子だ。
「ふふっ、真っ白なドレスも似合っているわエリちゃん。これはベルちゃん好みのドレスよね」
「こらヘリダ。少しは落ち着きなさい、子供達の前だよ」
そして彼らに名乗ったあたしの偽名は残念な事にヘリダには忘れられてしまっていた。今後も常にその呼ばれ方だとあたしは困るぞ。
「あら失礼。ごめんねゼラちゃん。ほら、皆もゼラちゃんに挨拶して?」
本当に反省しているのか分からない謝罪を受けたあたしは彼女の子供達を見る。勿論そこには満面の笑みのメリアもいるが、今回は無視した。
だが主張の激しい彼はあたしの視界に無理矢理入り込んでくる。
「あれ、俺なんか嫌われてる?」
「あんたは既に会ってるじゃない」
「それでもなんか言わせてくれよ。そのドレスも似合って――」
「――お兄様じゃまー!」
「ぐわぁっ!」
メリアが何かを言おうとした瞬間の出来事だった。
彼は風の魔力に吹き飛ばされ、あたしの目の前には小さな可愛い子が現れる。
「はじめまして、僕はマリーっていいます。マリー・フィアナスタ七歳です!」
「っ……!」
マリーと名乗ったその子は、これまで経験した事がないほどにあたしを追い詰める。可愛いすぎるその容姿で。
薄い金髪セミロングで愛らしい碧眼を向けてくる彼はもはや天使と言える。
可愛いっ……かわいすぎる……。
「あらあら、エリちゃん……失礼、ゼラちゃんはマリーにメロメロね」
「ヘリダ、君も彼女にメロメロのようだが早く慣れてくれ」
マリーと向き合い言葉を失っているあたしの近くで義父母は話すが、その内容が届かないくらいあたしはマリーに目を奪われていた。
「ゼラお姉様? マリーお姉様に抱っこされたい!」
目の前の小動物は可愛らしくぴょんぴょんと跳ねあたしを求める。その姿にときめき触れようとした瞬間忘れていた男が主張する。
「おいマリー! いきなり危ねーじゃねぇか! 魔法の勉強はまだそんなに進んでないだろ!」
吹き飛ばされ壁に激突していたメリアが戻ってきたのだ。
「えーだってマリーにはあんなの簡単だよ? それより邪魔しないでよ」
「邪魔はお前! 少しは兄に遠慮しろよな!」
「小さい弟にムキになるお兄様恥ずかしいね。ゼラお姉様もそう思うよね?」
「えっ……?」
「こんな生意気な弟ゼラも嫌だよな? 俺は嫌だぜ」
気がつくとあたしは義弟と義兄から並々ならぬ圧を受けていた。プレッシャーと呼べるようなものだ。
二人から自分を選べ、自分を肯定しろという思いが嫌というほど伝わってくる。
なにこれ……どうしよ。そう思い背後のミラを頼るように見つめるが彼は目を逸らした。
こいつ逃げやがった! 頼りたければ頼れとか言ってたくせに!
クソっ、もう絶対に血は分け与えてやんない。そんな小さな決意をしていると、先程から口を滑らせている人物が手を貸してくれた。
「もう、二人ともエリちゃ……ゼラちゃんを困らせないの。今日は初日で緊張してるんだから。それにアルの自己紹介も終わってないでしょう? 一度落ち着いて。ね?」
「はーい」
「はいはい」
相変わらずあたしの本名を滑らせてはいるが、彼女は一応親らしく二人を退かせる事に成功した。
ありがとヘリダ。いや、ママって呼ぶべきか。
「あーえっと、はじめましてゼラさん。アルヴリンド・フィアナスタです。よろしく……お願いします」
主張の激しい兄弟が黙ったところでもう一人の弟が口を開いた。
茶髪碧眼の彼は両親にあまり似ておらず、メリアやマリーと違って少し緊張しているようにも見えた。
「あ、うん。こちらこそよろしく……お願いします」
「貴様の敬語キモいな」
アルへの挨拶をした瞬間煩わしい声が背後から聞こえたので、とりあえずあたしは蹴り飛ばした。だが振り向かずに足だけを動かしたのが悪かったのか、感触はよくない。
「あーその、アルでいい? 敬語とか苦手で。あたしにも気使う必要ないからさ」
「あ、むしろ俺も助かるよ。俺からは……ゼラ姉でいい?」
「うん、なんでもいい」
別にミラに言われたからではないが、変に遠慮し合って気まずい関係になるのは嫌だったのでこちらから尋ねた。その結果受け入れられお互いに害のない関係にはなれそうだ。
「人見知り同士の出会いって見てて面白いな」
「そうねぇ、アルもゼラちゃんも社交的ではないものね」
「アルは異性を意識しすぎてるだけだと思うぞ。こいつ令嬢の前だと顔死んでるし」
あたしとアルの会話はミラやヘリダ、メリアにとって見せ物だったのか彼らはとても楽しそうだ。そんな彼らに不満を覚えないあたしではない。特にミラ。
「……ミラもママも性格悪い。メリアはまぁ、あたしには関係ないか」
「なんか俺の扱い雑だよねゼラ。これでも俺はゼラの事すげー尊敬してるのに」
「さっきのメリアの話はあたしに関係なかったでしょ。それにあんたに頼りたい事だって一応あるわよ」
そう言うとメリアは目の色を変えあたしの手を掴もうとする。だが強力な風に阻まれあたしと彼が触れ合う事はなかった。
「お姉様抱っこー」
「ああぁ、いいわぁ……可愛い娘にママと呼ばれるこの感覚……たまらないわぁ」
再び吹き飛ばされていくメリアを見守っていると、気がついた時には囲まれ身動きが取れなくなっていた。
足に抱きついてくるマリーと肩に擦り寄ってくるママだ。
ちなみにメリアは壁に突き刺さり身動きが取れなくなっている。
「ちょっ、二人とも離れてよっ……!」
「やだー抱っこされたいー」
「嫌よ可愛い娘なんだから。アルはもうママって読んでくれなくなったから私には必要なの。子からママと呼ばれる事でしか得られない栄養が」
「呼べるわけないだろこの歳で!」
あたしに張り付きながらもアルを見つめるヘリダは、息子の反論に悲しそうな表情を見せる。その表情がどうもあたしを縛りつける。そんなにそう呼ばれる事に価値があるのかと。
アルの意見を聞いたあたしとしては、やはりママと呼ぶ事が恥ずかしい事なのではないかと感じてしまう。だが一度呼んだ呼び方を後から変えるのも恥ずかしい。まるでミラに笑われたのを意識しているようで。
どうしようか……そう考えているとママがあたしに話しかけた。
「ゼラちゃんは私の事ずっとママって呼んでくれるわよね?」
「えっ……?」
「呼んでくれるわよね……?」
パッと見は笑顔で尋ねているだけのママだが、あたしの主観では黒く濁った表情に見える。その黒い圧にあたしは逆らう気力を失い従っていた。
「…………うん、ママ」
「ふふふっ、嬉しいわぁ」
「うーお姉様抱っこー!」
ママの相手をしていると次は下のマリーが駄々をこね始めた。そうだった、あたしは二人に囲まれてたんだ。
「もう、分かったってば」
何故初対面のあたしにここまで求めてくるのかは分からないが、義弟を放置するのも悪いと思いあたしは彼を抱き上げた。だがその瞬間ある違和感を覚える。
「えへへぇ」
「……ん?」
喜ぶマリーを見つめているとあたしはある感覚を思い出す。これはミラに吸血されていた時の感覚に少し似ている。
というか魔力が勝手に漏れ出ている。
なんだこれは……そう考えているとパパがため息をついてから口を開く。
「すまないねゼラ。うちの問題児が二人も迷惑をかけて」
「いや、別にあたしは……」
「もう何か気づいているかもしれないが、マリーは触れるだけで他人の魔力を勝手に食べてしまうんだ。それで魔力が豊富な君を本能で求めているのだろう」
パパの言葉を聞いてあたしは頭を傾げたくなった。
そんなえげつない能力これまで聞いた事がない。似た能力は見た事があるが基本抵抗出来るものだ。
ミラの吸血ですら傷をつけられてから始まる。
だからそんな能力を七歳の子が使いこなしているとなると普通は警戒するが、正直可愛くて警戒しにくい。
「なにそのめちゃくちゃな能力……」
「原因はそこの吸血鬼だ。甘えてくるマリーに吸血を教えた結果こんな荒技を覚えてしまった」
「俺は悪くないぞ。マリーが天才なだけだ」
ミラは悪びれもなくそう口にするが、実はあたしも似た意見だ。普通人間の身体でそんな能力は扱えず、魔力吸収量はミラほどではないが条件が簡単すぎる。
おそらく遊び半分で見せたら勝手にマリーが覚えたのだろう。あたしはそのように解釈したが、どうやらパパは納得いかないようだ。
「天才なのは私も認めているが悪趣味な技を教えないでもらえるかな? そもそもマリーは君と違って人間だろう」
「なら生まれつき吸血鬼の才能もあったということだ。俺の血を求めてきたからなこいつは」
「だとしても先に分別を教えて欲しかったものだよ、全く」
「それを教えるのは親である貴様の仕事だ」
パパの言葉を尽く受け流すミラを見てあたしは感じる。やっぱりこいつ性格悪い。主張が正しかったとしてもなんかムカつく。
そう考えていると再びあの男が戻ってきた。
「おい父さんも母さんも! マリーにやられた俺の心配はないのかよ!?」
壁に突き刺さっていたメリアは戻ってくるやいなや喚き散らかす。
あたしはどちらかというと倍以上生きてるメリアを吹き飛ばせるマリーを評価したい。
「マリーに吹き飛ばされるのは日常茶飯事じゃないか。だがマリーにはいい加減この癖をやめてもらわないとね」
「そうねぇ、マリーもそろそろ気に入らない人を吹き飛ばす遊びは卒業しなさい」
「はーい、分かりましたー」
「え、それだけ? 二人とも末っ子に甘すぎない? 俺ミラさんに治療してもらわなかったら頭から血出してたけど心配しないの?」
両親の対応に不満のあるメリアはしつこく問いかけた。
だが二人の反応は薄くそんな光景を見せられると彼が惨めに見えてくる。
「心配されたいなんて情けないのねメリア」
「いや、そうじゃないってゼラ。普通子供があんなに吹き飛ばされたら心配するのが親だと思うわけで」
「あたしに言われても困る」
両親のいないあたしに言われても返しようがない。そんな経験も知識もないのだから。
そう感じているとミラのため息が聞こえた。
「はぁ、メリア貴様地雷踏むの上手いな」
「え、俺なんかやった?」
彼の言葉にメリアはあたしの方を向き心配そうに尋ねる。
あたしの事情を深く知っているミラだから口にしたのだろうが、別にそこまで地雷でもない。そう思いあたしはメリアに返事をした。
「なんもしてないから大丈夫。気にしないで」
「マリーはお姉様の地雷踏まないよ! だからこれからもよろしくお願いします!」
抱き抱えられながらそう口にしたマリーはどこまでも可愛かった。本当に可愛くて可愛くて、ここまで愛でたい気持ちは生まれて初めてかもしれない。
「うん、よろしくねマリー」
「……マリーって本当甘え上手だよなぁ。俺には無理だ」
マリーの頭を撫でていると少し離れた所でアルが呟く。
まぁ、確かにこの子はとても甘え上手だと思う。
「美味い魔力の持ち主を見つけたせいか本人も気合い入ってるしな。ある意味餌付けだなあれは」
「ゼラ姉にその意思はなさそうだけどね。ミラさんはもうゼラ姉の魔力食べたの?」
「ああ、あそこまで美味い奴は初めてだ。反応も面白いしな。今度アルも見てみるか? 貴様には刺激が強いかもしれんが」
マリーを撫でながら性格の悪いミラを眺めていると、彼は薄汚い笑みを浮かべながらアルを見下ろした。
「っ……いいよそういうのは!」
ミラの言葉に何を感じたのかは分からないが、アルは顔を真っ赤に染め反論する。何故そんなに赤くなるのかがあたしには分からないが、嫌なものは嫌なのだろう。
「わるいわるい」
ミラは目を逸らすアルの頭を撫でながらあたしを見つめてきた。悪くない環境だろ、と言いたげな視線が嫌でも伝わってくる。
事実その通りだから今回は不快感も不満も何も感じない。
ただ……。
「……くそっ、マリーの奴いつか覚えておけよ」
弟に居場所を奪われた兄は可哀想だな、と少し同情してしまった。マリーが可愛いから二の次だけど。
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